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我が国でテロや暗殺に関与し治安に影響を与えている過激派組織、それらに信奉されている1人の吟遊詩人。
王家唯一の直系男児であるエルフワイン・アマルリック王子。ルシアの父たるベック・ラグニフラスさんとリベオール総合商会。
そして、父の復権を恐れる魔法使い上層部から派遣された、私の監視役であり魔法省に勤める諜報員、ウィトルド・オードバガール魔法準男爵。その雇い主が現内閣の魔法大臣である人物で私の父に左遷人事に関わった経歴を持つとのこと。
何だか、随分と大事になってきた。最初は偶然王子とルーウィンさんの会話が聞こえてきただけなのに。いや、盗み聞きなんてせずにそのまま立ち去れば良かったのだけれども、混乱してしまって足を止めてしまったからなあ。そこから先は興味本位でずるずると引きずった結果、こんなことに。
ややこしさの原因は、過激派組織、王家、リベオール総合商会、そして魔法使いと4つの組織と勢力が入り混じり、それら全てに影響しかねない事象について少なからず私の言動1つで相互に作用する可能性があるからだ。
……とはいえ。今の私の身代ではそれら勢力のいずれも独力で動かすことに能わず、国政に影響を轟かすなどという大それたことはできない。
だから、今回。私に求められることは、そうした勢力の利害調整が終わるまで座して待ち決定した事項に粛々と従うのみ、だと考えていた。
そして魔法使い上層部に情報が伝わったことで、彼らの手回しで大方辞退することになるであろう、とも。
そんな考えは以後の2週間で見事に瓦解することとなる。
*
「……うん、駄目だね……ヴェレナ、さん……。ちょっと……見通しが、甘い。かな……?」
「ソーディスさんの言う通りですね。あなたは曲がりなりにもアプランツァイト学園の卒業生なのですから、もう少し正しく物事を予測できるようにならなくては。一応、今でも『勉強会』のトップはヴェレナさんなのですよ」
「それに王子の依頼は予定外であったかもしれないけれども、私達のリベオール側と、ヴェレナのお父様の魔法使いに関してはあらかじめ情報を集めておく必要があったのではないかしら? ヴェレナは正しい情報が無いと突拍子もない手を打つポンコツなのだから」
「ルシアさん、それについては私も少々指導不足でした、と痛感しておりますわ。……まだヴェレナさんには、その才覚に若干のムラがあるのですよね」
「……あの。久しぶりに集まって、いきなり総出で私のことを批難するのはやめてもらえないですかね」
まさかのアプランツァイト学園初等科時代の『勉強会』メンバー全員再集結である。……どうしてこうなった。
場所はクレティの実家。一度避暑地でお会いしたことのあるクレティの姉であるアルバさん、エイダさんに軽く挨拶をする。アルバさんは確か錬金術師になりたいと言っていた。そのことを尋ねると、今は一般の中学校に通っており、高校課程相当の錬金爵育成学校から錬金術師ルートに入ろうと画策しているとのこと。魔法使いが女性に門戸開放された時に錬金術師もまた女性入学を認めていたため、中学校から錬金系列校に行くことは可能であったが体力面に不安があって先延ばしにしたと言っていた。まあ、魔法学院も特別教育でごっそり肉体強化してるし、多分錬金術師サイドも似たような感じなのだろう、どっちも軍務があるわけで。
それと、ソーディスさんがお世話になっているクレティの従姉妹にも会った。……大使館勤務があり聖女の国で働いていた父を持つ、その娘の名はルトガルダ・ワルデルディス。私達と同世代だそうで、ソーディスさんのことをかなり慕っているらしい。治安悪化が原因で居候を始めたソーディスさんだが、その居候生活が2年も続いているのはひとえに彼女がワルデルディス家の面々、そして本家・ロイトハルト家に好かれているという部分が大きい。
……そういうところは如才ないのよねソーディスさん。実際、クレティが初等科時代にはソーディスさんのことを苗字呼びであったのに今は名前で呼んでいる。
……急速に仲を詰めた2人に置いてけぼりにされないように、対抗してルシアも多分ソーディスさんのことを名前呼びしていそうだなこれ。
また従姉妹と比較して、クレティが本家と言った理由。それは、ソーディスさんの居候するワルデルディス家はロイトハルト家の中に別邸を構えて暮らしているからだ。
――別邸。
それだけで規模が大きいことが分かるであろう。
家の周囲は水掘とぶ厚い石塀で囲われている。そんな厚い塀には一定間隔で丸い穴が開いている。……聞いてみたら、鉄砲銃眼と言うらしい。
つまり何者かによって家が囲われた際には、その穴から外の敵を撃つわけで。一般住宅と言うよりかは最早城砦と言って差し支えないレベルの防備が整えられていた。
しかも、その敷地に入る門の側には櫓のような高い建物が2つ立っており、防備に優れた門を避けようとしても家の敷地を挟んで反対側には川が流れている。
そして本邸に入る前にはもう1度水掘を渡る。城だよなあ、これ。
そんな異常とも言える防犯意識の強さをクレティに聞いたら一言で返ってきた。曰く「我が家の商品の在庫はこの家で貯蔵しておりますので」とのこと。
……そういえば、クレティの家は油問屋であった。その油を大量に保管しているのだから、何かの拍子に敵意のある人が家の敷地に火を放ったり爆発物を投げ込んだりできないように試行錯誤した結果がコレのようである。
そして、万が一家の内部で油の取り扱いを間違えて発火や爆発が起きても、自分の家以外には絶対延焼させないという意味でも水掘とぶ厚い壁を設置しているとのこと。覚悟が半端ない。
また家とは別の地域に本店を構えているが、そちらは商談用といった趣きで、全く油を取り扱っていないわけではないが、試供品と周辺住民が個人で使用する分を賄う程度しか置いていない。……問屋だし、個人客相手の販売は二の次というわけなんだね。
そんなクレティの家が、かつての『勉強会』メンバーの集合場所に選ばれた理由はいくつかある。
1つは簡単だ。今この家にはクレティとソーディスさんが住んでいる。だから単純に集まりやすい。実際に私が魔法青少年学院に進学してからは、他の3人がアプランツァイト学園中等科1年の中核として動いているわけだが、3人で密談をするときにはこのクレティの本家が最も集まりやすいことに気が付き、それなりのスパンでルシアも入り浸っていると言っていた。
そしてもう1つ。この防衛力が高く外界から隔絶された空間は、今の私にとって都合が良い。すなわち、あの魔法準男爵のような私……というかフリサスフィスの名を恐れる魔法使いらから送られる護衛と言う名の監視役を避ける目的がある。
王子の要望をオーディリア先輩の手によって即座にオードガバール魔法準男爵に伝えたとき、王子の近衛が詰める場には忍び込めないと答えたことを先輩が利用したわけだ。
つまり私の監視は常に行われているわけではないということ。であるならば諜報員とはいえ、外部の侵入者の感知には建物構造からして敏感なクレティ邸に果たして侵入する程のリスクを抱え込むのだろうか。
まあそれでも監視を行うのであれば、それはそれとして割り切る覚悟はこの4人にはある。ただしその場合、忍び込むのがあの魔法準男爵かどうかは知らないが、ばれない為にはほとんど人間業ではない技量が必要となるであろう。
さて。そんなクレティ邸に集まった『勉強会』メンバーであるが、何故集まったのかと言えばそれは私の吟遊詩人との面会の是非についてなのは自明だ。でもクレティやソーディスさんのように直接関係ない彼女らをも巻き込んだのは、他でもないオーディリア先輩の提案があったからである。
これまでの出来事を時系列で整理しよう。
あの日、アマルリック王子から面会依頼を受けた私は、オーディリア先輩と魔法準男爵に事の次第を話した後、寮に戻ってまずは魔石通信装置を利用して、お父さんとルシアの家へ説明を行った。
私のお父さんからは、その翌日に返信が返ってきてフロドプルト・クロドルフ魔法大臣のことを知っている、というか友人である旨とこの件に関しては私に全て一任するという言葉を頂いた。
これはこの動きを自身の復権に利用しない、ということで、お父さんがその選択をすることは予想できた。……が、私の自由意志で動いて良いと言われるまでは想定していなかった。
お父さんやお母さんが過激派に連なる人物に会うことを楽観視していることは断じてありえない。『森の民の金融恐慌』のまさに当日にルシア宅に赴く際にタクシーと武装兵力を用意したことを鑑みれば、その辺りの危機感は一般のそれよりも強いと見るべきであろう。
にも関わらず一任。これは、私のことを試している。両親は私が転生者であることを知っており、それでも自身の家族として迎え入れてはいるが、同時に私との話し合いで見た目通りの年齢では扱わないことを決めていた。
……つまりこれは信頼であり、今後本当に親の助力なしで私が生活できるかのデモンストレーションでもあるのだろう。一言に込められた想いが――重い。
その翌日にはルシアのお父さんのベックさんからも連絡があった。
そこではリベオール総合商会でのやり取りを教えていただいた。ガルフィンガング解放戦線に連なる情報は知りたいが、それをラグニフラス家と『個人的な親交のある友人』に命じる立場にはなく、ましてや危険に晒してまで欲してはいないとのこと。
そして、面会についてはリベオール総合商会の進退を考えず、あくまで私の一存で決めて欲しい、とそう告げられていた。
正直、もっと積極的に情報を取ってこいと言うと思っていたが、万が一のことがあった場合に責任が取れないことと、裏の事情としてラグニフラス家の隠し玉を危険に晒して彼の家と魔法使いという国家組織ごとそっくり敵に回る可能性があることを考慮した場合とても釣り合わないと判断した、とベックさん自身が補足していた。
そうか、リベオール総合商会が前に出過ぎると、何かあった場合の損害が大きすぎるというリスクがあったのか。それは如何に情報を手に入れるチャンスとはいっても消極的にならざるを得ないだろう。
そして、それから遅れて私とオーディリア先輩が偶然2人きりで居るタイミングでオードバガール魔法準男爵が死角から現われ魔法使い上層部から受け取ってきた書面を私に渡す。
書かれた内容を一瞥すると、「王子の依頼に対してその応否には関与しない」……つまり、魔法使い上層部もまた私の自由にして良いという回答であった。
ただし「応諾する場合は、護衛戦力の提供は惜しまない」との一言も。これは私の監視も兼ねているけれども、身に危険があってもそれはそれで困るというように読み取れる。当事者ながら今回、魔法使い上層部は難しい立場だな、と感じたり。
そして、王子は伝えられた通り、別に急ぎではないから答えはいつでも構わないし、断っても構わないと表向きは私を配慮してくれている。
――つまり。今回の吟遊詩人面会の件。思惑があるのは間違いないが、それでも想定される関係者全てがその是非について、私の自由意志で決めてしまって構わない。そう述べているのである。
これを知ったときのオーディリア先輩の目の輝きようはもう忘れられないね。全員から自由にして良いと言われ、半ば断ろうと考えていた私に向かって、
「奇しくも関係者全員があなたの自由意志に任せると言ってしまった手前、ヴェレナさんの判断に対して全ての勢力が責任を負うことになりました。……むしろ安全性という面では王子のお墨付きの状態から更に好転しています。
――ここまでお膳立てされて、ヴェレナさん。あなたは本気で何もしないお積もりですか?」
全ての勢力が自由意志に任せるといったのは、私に自由裁量を与えるとどう動くのかを見極めたい意図と、リスクを拾わない堅実派だと思われているからある程度放任してもそこまで突飛なことを引き起こさないだろうという皮算用で引き起こされた天啓にあるまじき事態だと主張した上で、オーディリア先輩はここから「むしろ盤面を全力でかき乱してみませんか?」という悪魔の提案を私に囁き唆したのだ。
その提案に私が若干心を揺さぶられたのを見るや否や先輩の行動は早かった。その週の週末には私はオーディリア先輩を引き連れて急遽帰省することとなり、まずはお父さんから友人と言っていた魔法大臣の人となりを聞き出す。
魔法大臣――フロドプルト・クロドルフ氏は父の言葉を引用すると、私人としては好漢な印象を与える底抜けに明るい……変人。公人としては優秀だが肥大化した野心を隠すことすらしない自信過剰な人物。
聞くことによれば父は今でも頻繁ではないが、この魔法大臣に食事に誘われることがあるとのこと。自らを失脚に追い込んだ張本人を食事を誘う胆力を褒めるべきか無神経さを貶すべきか……はたまた私のお父さんの権力に対する無頓着さを批難すればいいのか判断に悩むエピソードだ。ってか、私的な関係とはいえ現職の魔法大臣と繋がりが今でもあるのかお父さん。
そんな今回の件ではまるで役に立ちそうにない話を聞いたオーディリア先輩の次の一手が勉強会の再集結なのである……というところで冒頭に戻る。
私の父も、王子も、この国の大商会も、国家権力たる魔法使いすらも出し抜いて、全力で場を荒らし……安全を確保しつつ強烈な印象を植え付ける――それがオーディリア先輩が私達「勉強会」を動かそうとする餌であり。
同時に、私にとっても明確な「相手」を持ってどう動くかの新しい挑戦なのであった。




