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5-3


 転生直前までプレイしていたゲーム『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の攻略対象であったアマルリック王子。


 曲がりなりにも恋愛ゲームであった、それ(・・)は王子との恋愛描写に重きが置かれていたのは言うまでもない。

 それでも王子が、若くして頭角を露わにし、国内での名声が高い人物であることは度々触れられていた。


 ……ただ、まあ。

 実際にこうやって相対してみて思ったことは。


 優秀なのは分かっていたし、王族だから情報収集の手足が長い(・・・・・)のは予測できていたことではあったけど、まさかここまでとは想定していなかった。


 お父さんが魔法使いであり、今は閑職であることを掴まれることは考慮していた。だって、魔法使いになるための学校だしここ。

 けれども、ルシアの交友関係を探らないとまず出てこないリベオール総合商会と私の弱い繋がりを把握されているのは流石に驚きである。


 特段隠していたというわけではないが、王子から見た場合ただのクラスメイトの1人でしかないんだぞ、私。



 しかも、私のバックグラウンドを知識として手に入れているだけではなく、それを的確に活用してきた。


 非公式ではあるものの、王子の代理人としてこの国の過激派組織の上へと繋がる可能性のあるキーパーソンとの面会。

 王子が提示したメリットは、この過激派組織に殺された商会長を過去に有するリベオール総合商会、その繋がりを仮に悟られていたとしても、王子の依頼であれば『今回に限って』比較的安全に件の吟遊詩人との面会を執り行うことができるということ。


 その暗殺事件を契機として、リベオール総合商会は内部の体制改革に着手し、その改革の1つとして情報収集力強化に舵を切ったという話は過去にルシアと彼女のお父さんであるベックさんから既に聞いている。

 そんなリベオール総合商会でも……ううん、大手商会だからこそ一方的に敵視されている過激派組織に関する情報を直接的に入手できる機会は少ないはずだ。

 だから、面会で手に入った情報の一部をリベオール側に話すことによって謝礼を手に入れることが可能というわけで。王子からも依頼への対価は得られることを考えれば二重で報酬が入る。


 後は完全に私個人の都合によるものだけれども、ゲームシナリオを踏襲した場合、私ことヴェレナ・フリサスフィスは魔法使いの『強硬派』として台頭し、隣国との戦争に突入するわけで。

 魔法使いの『強硬派』と民間の『過激派』組織。この2つがどれだけ相互に影響し合っているかは現状では未知数だ。けれども、ゲーム上の私がどういう意図を持って問題解決の手段として戦争を選んだのか、あるいはもっと単純に悪役令嬢・・・・たる私は何を考えていたのか。

 破滅の未来(ゲームシナリオ)を避けるためには、それらを知ることも必要ではないのだろうか。これも王子の要求を呑むメリットである。


 一方で、デメリットだが。最大のものは分かりやすい。リスクが高すぎるということだ。今までも取り替え子という魔物の疑いをかけられた状態で教会に行ったり、自身の行動が与える影響を考えず動いて不興を買うことはあったけれども、今回もし面会を選択するのであれば、私自身がリスクを理解した上で危険に突っ込むことを意味している。相手側に刹那的にリベオール憎しの感情のみで動くような浅慮な人物が居たら、最悪私が殺される可能性がある。


 また次点として、私と王子、あるいは私と民間の過激派組織が結び付くように見える今回の出来事は私の動き次第では魔法使いで権勢を誇る『学閥』の上層部に、フリサスフィスの復権を予感させかねないというデメリットも存在する。

 それは、状況次第ではゲームシナリオの踏襲に繋がることが危惧される。



 たっぷりと時間を使って考えを巡らした結果、吟遊詩人との面会は一言で言えばハイリスクハイリターン。であれば、


 そして私が思考をまとめるまで待っていてくれたのか、王子は口を開く。


「――どうでしょうか、お考えはまとまりましたか?

 私といたしましては前向きに検討していただけるとありがたいですが、特段急ぎの用件というわけでもありませんので。後日お返事がもらえればよろしいですよ?」



 ……こちらから提案しようとしていた回答の先延ばしについて、王子側から言ってくれた。

 渡りに船であり、私は王子の言に飛び乗ってこの場を切り抜けることとなる。

 ただ、まあそこまで王子の計算ずくなんだろうな、というモヤモヤ感を残す結果となったが。




 *


「あら? オーディリア先輩ではないですか。先輩も、こんな時間まで学院に居たのですか?」


 あの後小講堂に残っていた王子とルーウィンさんに別れを告げ、木造の校舎の玄関から外に出るとオーディリア先輩が居た。

 去り際にルーウィンさんが女子寄宿舎まで送っていくと言い出したが、それは私から固辞した。王子も苦笑いしながら「どうやらお連れの方がいらっしゃっているようですし、君が行っても邪魔になるだけですよ」とアシストしてくれたのでルーウィンさんは渋々引き下がった。


 あの時はてっきり王子が口裏合わせてくれただけだと思っていたのだが、王子はオーディリア先輩が校舎周辺に居ることに気が付いていて事実を述べただけだったのね。……先輩の行動を把握してるのかよ。


 そんなことを考えている私を余所に、オーディリア先輩は問いかけに答える。


「いえ、少々あなたの帰りが遅かったので、様子を見に来ただけですね。そうしたら丁度ヴェレナさんが出てきましたので。

 寄宿舎を出てくるときにはビルギットが夕ご飯の下準備をしていましたので、帰ったら出来ている頃合いじゃないでしょうか……おや。

 ……ヴェレナさん? 何か、ありましたね?」


 ……ここで、ほぼ断定的に何かあったことを察する先輩はやっぱり只者ではないわけで。

 私だけでは判断に悩む出来事であったので、オーディリア先輩に話そうとは思っていたが、でもここ校舎外とはいえ普通に外なんだよね。誰かに聞かれる可能性があるから……。


「ちょっと、帰り際にアマルリック王子と出くわして……。ちょっとここでは相談し辛いので寄宿舎に戻ってからでいいですか?」


 そうして辺りを見渡す私。もう完全に陽も落ち切って、魔石の街灯と建物から零れる灯り以外は周囲は闇が覆い包んでいる。

 人の気配は無さそうだけれども念のため、と提案した私の言葉は予想外のオーディリア先輩の言によって翻させられる。


「へえ、ヴェレナさんから王子殿下の話を聞くのは珍しいですね。

 ……別に、箝口令を敷かれたとか、そういうわけではないのでしょう? 寄宿舎に戻れば私に話してくれるようですし。であれば、今、聞きますわよ。そちらの方が好都合ですわ」


 確かに人に話してはいけないと王子には言われなかったので、赤の他人が私達の話を盗み聞きしていようと知ったことではないのだが、そうした配慮をオーディリア先輩が否定して、今聞きたいと言うとは思わなかった。だって、寄宿舎に戻れば1時間も経たない内に話すつもりであったのに、すぐ聞きたがるのは不自然。


 ――不自然?

 そうか。先輩が今聞くことに理由があるのか。寄宿舎では駄目な理由が。


 となれば、この場で簡潔にまとめて話す。王子の下に過激派組織から手紙が届いていること。多種多様な組織からとある1人の吟遊詩人に面会して欲しいと要求されていること。

 そして、その面会の代理人として非公式に私を指名してきたこと。それらのメリットとデメリットを私がどう考えたのかも添えて説明を行う。


「――それで、承諾も拒否もせずに考える時間が欲しいということで保留にした、と。

 成程……そういうことでしたか。……それなら。

 ……うん、お手柄ですわね、ヴェレナさん!

 てっきりそういう話があったなら、あなたならその場で断りそうでしたのに。即興でそれだけの立ち回りが出来るようになっていらしたのですね」



 ――まさか、褒められることになるとは。

 正直「やらない」と明言はしていないけれども、言動から拒絶したい意図は王子に間違いなく伝わっているのだよなあ。

 まあ、それでも保留にしたのが正解であったか。私的には行動の是非を先輩を含めて他の方に問いたいから後回しにしただけなんだけど、これが正しかった理由を尋ねる。


「ああ、それはあなたの損得換算が正しいことにも繋がっているのですけれども。

 ――この面会の件。そもそも周囲に与える影響が大きすぎます。


 王子があなたとルシアさんを通したリベオール総合商会の関係に勘付いているのでしたら、リベオール側にも事前説明が必要となるでしょう。だからルシアさんのお父様に直接指示を仰いだ方が良いでしょう。

 そしてもう1つ。あなたと過激派、あるいは王子とが結び付くことを『リスク』として考えているのであれば、フリサスフィスさん――あなたのお父様にも説明は必要なのではないでしょうか?」



 私の行動が与える影響のメリット・デメリットについて考えを巡らせることには成功していたが、それによって影響を与える方への根回しまで頭が回っていなかった。

 こうした抜けを指摘してくれるから、オーディリア先輩の存在は大きいんだよな。


「そうですね。リベオール総合商会の進退に関わり、我が家――フリサスフィス家の意向も関わってくる部分ですので、決断する前に助言を頂く必要がありました。

 ありがとうございます、オーディリア先輩!」


「いえ。とりあえずあなたの部屋には魔石通信装置があるのですから、寄宿舎に戻って落ち着いたらお伝えしておきなさいな。

 それより――」


 先輩は一度言葉を区切ると、言葉尻を強くして鋭い言葉を投げかける。


「護衛対象が王子と話し、過激派組織の関係者への面会要求をされる――。

 これは、旅行の時の『公使不審死事件』に匹敵する程の緊急事態・・・・なのではないでしょうか。

 これだけ分かりやすく情報提供したのですから、姿を現したらどうです? 『保安調査部』の魔法使い様――?」


 先輩がこの場(・・・)にそう話しかけると、一呼吸ほどたっぷりできる程の時間が経っただろうか。不意に静寂が破られ、街灯の明かりが照らさない街路樹の死角から1人の男性が出てきた。


「クレメンティー嬢には驚かされてばかりだな。

 そしてフリサスフィス嬢、直接話すのはあのラルゴフィーラでの一件以来だ」


 えっと、確かラルゴフィーラでの旅行時に、外交官の不審死事件の犯行現場の近くで帰宅を促した魔法使いだ。

 確か――オードバガール魔法準男爵と言ったっけ。魔法省内の諜報組織である『保安調査部』に所属しており、失脚した父を警戒する魔法使い上層部の『学閥』から派遣された私の監視役、の可能性が高い人物であった。

 ……というか、この場で姿を現した時点で監視役についてはもう確定だ、これ。


 そんな魔法準男爵は先輩に「何故気が付いた?」と話しかける。確かに気配などは全く感じなかった。私なんかの監視役とはいえ、曲がりなりにも正規の諜報員、スパイなんだ。その辺りの身のこなしが中学生であるオーディリア先輩に見破られたのであれば気になるのであろう。


「状況証拠ですね。

 ヴェレナさんが王子殿下と話をして、私に相談があると言った瞬間に」


「……成程な。ならばオーディリア嬢が殿下の身辺を離れたこの間隙で、私が釣り上げられたということか。寄宿舎に戻る前に彼女に話させたのも、撒き餌だったわけだな」


「下手に秘匿して、無理に聞き出すために寄宿舎に忍び込まれるのはご遠慮願いたいですので。あくまで私達の安全性を高めるための浅知恵ですわよ」


 えっと……、つまりどういうことだ。

 先輩は私と話しながら王子が持ってきた要求に対する対策を練りつつ、同時に魔法使い上層部から送られている私の監視役を吊し上げるための罠を張り巡らせていたってこと?


 えっ、そんなマルチタスクを会話中ずっとしていたの? マジで?




 *


 このまま2人だけに話させていると私は完全に置いてけぼりになるので、一旦止めて説明を受ける。


「あー……、じゃあ王子が言っていた手の者って」


「それが、近衛だな。流石に王子に侍る程の手練れの諜報員が潜む中には、私も入れない」


「そもそも魔法使いと近衛兵では組織体系そのものが違いますしね。下手に忍び込んで見つかりでもしたら、懲役刑は免れませんわ」


 忘れていたが、魔法使いや錬金術師以外にも軍事を司るお仕事がこの国にはあったんだ。

 つまり私の監視を『魔法使い』の上層部から拝命しているオードバガール魔法準男爵だが、近衛兵は管轄が違うため迂闊に王子の居る場に近付けば如何に正規の軍人とはいえ逮捕は免れないとのことで。


 となると、私と王子が話していたあの小講堂の場にはこの魔法準男爵は居なかった、と。

 けれども王子と接触したことは分かっているため何を話したのか探られることとなる。だから先手を取ってオーディリア先輩は明かしてしまうために、今ここで話せと言ったのか。


「だが、正直オーディリア嬢が、我々に協力してくれるとは思わなかった。

 結果的に利害が一致しただけなのかもしれないが、これほどの重要事項を事が起こる前に入手できたのは、我々としても非常にありがたい」


「いえ、それよりも学院内の連絡員に伝えなくて良いのでしょうか? 居るんでしょう、学院の職員にあなた方の関係者が」


 そう言うと魔法準男爵は黙り込む。……まあ、学院的には部外者である魔法準男爵をここまで通している時点で協力者はどこかにいるよね。


「……本当に、全く君は答えづらいところを切りこんでくるな。じゃあ、私は先の王子関連の件を上層部へ伝えに行くので失礼する」


「ええ、あなた方の上司に昇進祝い(・・・・)と伝えておいてくださいな」


 おそらく、先輩が冗談半分で告げた最後の一言には何も返さずに歩いて去っていく。……創作モノの忍者みたいに突然気配が消えたりはしないのね。諜報員と言っていただけにそういう特殊技能が見られると思っていたが、普通に反対方向に歩いて去っている姿にはちょっぴりだけ残念な気持ちになる。


「えっと、オーディリア先輩? 最後の昇進祝いと言うのは……?」


 冗談めいた口調ではあるが、裏取りはしているのだろう。もしかして保安調査部内で人事刷新があったのかな。

 ……と、そんなことを考えていたが、先輩から予想外なことを告げられるのである。


「あら? あなたを監視するように言った『お雇い主』さんは、今の魔法大臣ですよ? つい最近、内閣改造で魔法省次官から栄転したフロドプルト・クロドルフ氏ですね。……ヴェレナさんのお父様の左遷にも関わっている人物です」

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