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「ふむ、知らないことばかりだから何か新しいことをやってみたい、か……」


「はい、お父さん、お母さん」


 教会に行ってから、1週間が経った。


 あれから、ずっと考えていた。私があの病気、『突発性異世界転生症候群』に選ばれた意味を。


 この世界に関する知識が足りないことはずっと承知している。ただ、今までは知識を集めることのメリットよりも、知らないことを踏み抜くリスクを恐れてこちらから情報収集に対するアプローチを両親に取ろうとはしてこなかった。


 別にその判断が誤っていた、とは思っていない。しかし、その姿勢そのもの、なにに対しても受動的で一線を引いて眺めること、そのものが『子供』として不自然なのでは、とちょっと疑問にもなった。


 それであるならば、ワガママという形でお願いしてみた方がいいのかもしれない。


 なんてことを1週間ずっと考えていた。正直に言えば今以上に何らかの行動をするのはそれ相応にリスクがあるし、どのような危険があるかも全く分からない。未知だからこそ怖い。


 だが、将来的に敗戦や没落といった負の未来が予測される以上、早め早めで動いてその芽を摘むためには、時間を惜しみ多少のリスクは許容する必要はあるかもしれない、私はそう感じた。


 ただし、これは結局答えの出ない問いである。

 というのも今自分が進んでいる道のりが果たしてゲームのシナリオの通りのままなのか、違うのか途中で把握する術が無いからだ。『悪役令嬢』ヴェレナについての情報なんて没落した瞬間のものしかない。

 ゆえに確かめようがない、今のもしくはこれからの自分の立ち位置がゲーム通りか否か。


 結局ここでは焦燥感のが上回り、両親が共に居るタイミングで話を持ちかけた、というところで冒頭に戻る。



「新しいことをやりたい、うん、その姿勢は構わない。……そのきっかけは教会のことかい?」


「ええ、それは私も気になっていたわ。あの日の礼拝が終わってからずっと上の空だもの。何か気になることでもあったの?」


 さて、何と答えるべきか。考え過ぎたのが逆に裏目に出ていたようだ。

 ここで正直に、「自分の境遇と大勇者の境遇に親近感を感じた」などと言ってはダメだ。かといってあからさまな嘘というのも思いつかない。……それならば、


「……分からなかったの。大勇者様がどうして勇者様になったのか」


 ――農夫の息子(わたし)勇者(悪役令嬢)にならなければいけない理由が。

 という言葉は飲みこむ。返答としては少々抽象的になってしまったか。


「……ああ、あのときの話か。よく覚えていたなヴェレナ。しかし考え込むまで印象に残るとは思わなかったな。大勇者様が勇者になった理由か。ヴェレナはそれを知りたいから、新しいことをやりたいと言い出したのだな?」


 ここは頷く。予想外の返答をしてしまったのだろうか、お父さんの目つきは少々真剣なものとなった。

 ここからが勝負所といったところか。


「ああ、いやヴェレナ。そこまで身構えなくてもいい。何、実はそろそろ習い事をさせようとディエダと話をしていたところだったんだ。どこかの教室に通うのも、あるいは家に先生を呼んでもらうのでも構わない」


 ああ、そうだったんだ、びっくりした。タイミングが偶然重なってお父さんも驚いていただけなのね。

 でも、そうか。確か私も小学校行く前とかに習い事はやっていたなあ。全然続かなかったし、そのときやってたもので今でも出来ることってないのだけども。


「――ただ、お父さんには困ったことに、『大勇者様が勇者になった理由』を示すことのできる習い事というのが分からなくてね。いや単に事実を知りたいとのことであれば歴史学なり宗教学なりの手法はあるが。

 ……ヴェレナ。君は一体何を学びたいのか、それをお父さんに教えて欲しい」



 ――えっ。

 完全に虚を突かれレスポンスが一拍遅れた。

 私が何を学びたいか……? ここは何と答えるのが正解か。


 正直に言えば、分からない。何が必要となり、どういった知識を身につければいいのだろう。


 ただしここで2度分からないを使うわけにはいかない。それならば、本心をぶつけるしかない。


「……私が何を学びたいかではなく、これだけは知っていないといけないというものが知りたい」



「……なるほど、そうか。まずは問われた質問に答えよう。将来的に嫁ぐことを考えたときにどんな家庭へ行く場合でも必要となるのは『裁縫』と『料理』だ。もっとも『裁縫』に関しては小学校で『被服』の授業として学ぶ必要があるので、重要性はこちらの方が高い」


 『裁縫』か。料理はまだ何とかなる気がする。1人暮らしはしていたんだ。面倒であまり作ってないだけで料理ができないわけではない。ただし『裁縫』は家庭科の授業で悪目立ちしない程度でしかない。日常生活で縫ったり編んだりする機会なんてなかった。

 そういう女子力の高い趣味は持ち合わせていなかったので。


「『裁縫』はどのくらい出来るようになる必要があるの?」


 この私の質問に対しては母が答える。


「そうねえ。最終的には、ただ縫うだけではなく採寸し型紙にそれを写し、裁断して縫合する、つまりは布から服を作れるようになる必要があるわ。特に服によっては洗濯するたびに仕立て直すこともあるわね。とはいえ、うちみたいに既製品の服を買うケースもあるわ」


 やべえ。想像を絶するほど高難易度なこと要求されてる。とんでもねえ、そりゃあできないわ。


「『裁縫』はやっておかないとまずいかも……」


「ふむ、わかった。ただしこれは本当に最低限だ。家によってはそれ相応の『教養』が要求されることもある。楽器演奏とか美術、礼儀作法に類するものだな。ただしどれが良いという優劣は基本的には無い。というか相手先の家によってまちまちだ」


 ああ、それは何となく習い事っぽい。そして、今の段階でどれが大事ということがない、というのも分かる。もしかしたらその時々で流行とかもあるかもしれないし、必須であると断言できないのはそういうことだろう。


「では、『教養』に関しては後回しということに……?」


「いや、少しだけでも今のうちから齧っておこうという姿勢は間違っていない。……そうだな、まずは一通り触れてみて、興味があるものだけ継続する、というのはどうだろうか。勿論、ヴェレナに才覚がある、と判断したものに関してはお父さん達から薦めるということもあるだろうがね」


 それは願ったり叶ったりだ。


「そして最後に小学校でやることを基礎的な部分は先取りしておく、ということも必要かもしれないな。もっとも先ほど言った『裁縫』や『教養』に重複する部分も多いが」


 ああ、そうか。勉強もやらなければ駄目か。でもぶっちゃけ小学校入学前のレベルくらいなら問題ない気がするなあ。流石にそこでは躓く気はしない。


「そちらの一部は、休日にお父さんが直接見る。それでも良いかな、ヴェレナ」


 お父さんが直接見るってことは魔法、なのかな。どうしよう、めっちゃ気になる。

 ……え、でも、小学校で魔法学ぶなんてことあったかな。ゲームの方だと中高一貫の魔法学校でしか魔法学べなかったような。

 まあ、国が違うから制度も違うのか、じゃあ安心安心。


「よろしくおねがいします、お父さん!」



 ――なお翌日から、お父さんの主導で走り込みとか基礎体力作りが始まった。マジか。魔法ではなくそういうことだったのか、あれ。


 そういえば、全然運動とかしてなかったね今まで。確かにさあ、子供だから外で運動しなきゃ駄目だとは思うけど、運動苦手なんだよね私、きっつい。





「でも、あなたが習い事をやると言い出すとは思わなかったわ」


 両親との面談を終えた翌日、お父さん直伝の体力作りという名の運動をノルマクリアした後にお母さんに話しかけられた。


 運動は正直メニューとしてはそれほど大変ではないのだろう。ただし、このくらいの幼児であればもっと遊びとか遊具とか使うはずでは。走ったりするけどそんなに距離は走ってないし、柔軟とかストレッチとかのがむしろ多くとってある。


 本来そこまで疲れるメニューというわけではないのだろうけど、インドア派だから体力的にというよりもメンタル面で運動に抵抗が、あっ、それをなくすためにも今からやっている訳か。


 それで、明らかに疲れている私に冷たいジャスミンティーをコップに入れて渡しながら話しかけてくるお母さん。それを私は右手で受け取る。あっ、コップ冷たい。

 というか家でも入れるようになったのね、ジャスミンティー。


「ありがとうお母さん」


 質問に答える前に、とりあえずまずはジャスミンティーを飲むためコップに口をつける。あっ冷たいと何だか引き締まる。でも暖かいときと香りはそのままで落ち着く。

 ああ、それで習い事を始めた理由だっけか。何と言えばいいんだろうなあ。


「まあ、何もしないでいるのもね」


 昨日と同じことをいうのでは芸が無いので適当に誤魔化す。正直深く聞かれるとボロが出る部分なのでさらっと流してほしいところでもあるんだよね。


「偉いわね。……あの後お父さんと相談した結果、これから教室や手習いの先生に連絡していくから早くても予定が入るのは来週以降ね。だから、今週は私と一緒に『裁縫』について軽く触れましょう」


 連絡伝達が元の世界ほどにスピーディーではない世界だ。始めたいと言ってすぐに行動してもどうしてもラグが生じてしまうのは仕方がない。アポなしで突然行くのも失礼だしねえ。


 というか、お母さんも裁縫できたのか。いやまあ確かに家事は全部やっているし、料理とかもうまいけど、服に関してはお店で売っている凝ったものばっかりだからてっきり苦手なのかなって思ってました。

 じゃあ単純に布から作った服を着させられていないのはお母さんのファッションセンスの賜物だったのね。まあ、そうだよな。

 今着ているスポーツウェアにしても、黄色いビッグシルエットのポップなパーカーに、ワンポイントの入った黒い伸縮素材のスキニーパンツ。

 私がもし選んだらジャージとかになってるやつっすね、これ。


 いやあ、『裁縫』で求められる水準が怖いけどまだ大人になるのに十数年もあるからリカバリー可能……と思いたい。

 不安は強いが、時間が全く無いわけではないしね。いや、まあ有り余っているということはできないが。


「……『裁縫』を一通りにできるようになるのに、どのくらい時間がかかるかな?」


「そうねえ……。一概に言えるわけではないけど、小学校の6年間で大体できるようになるわ。中学校に通う人はあんまり多くないわね……もっとも最近は進学する人も増えているらしいけど」


 ああ、義務教育って小学校だけなのね。中学校は義務教育適応外ってことか。小学校だけで必要な知識大体詰め込まれるってことなのかな。


 逆に言えば中学校から社会に出る人が居るってことは結構この世界の婚期早そうだな、法的に最低年齢が定められているかにもよりそうだけど。

 正直結婚に関しては、元の世界での恋愛経験もあまり多くなかったことも相まって現実味が無いと言うか、実感が湧かないという気持ちの方が強い。


 いや、別に結婚したくないって言ってるわけではないよ! ただ、なんか漠然としすぎていると言うか、結婚前提で付き合った経験がないので。そういう意味で遊んでいたわけでもないから単純に恋愛スキル不足って感じだ。乙女ゲームやってる時点でその辺りはある程度察してほしい。


 結婚に関してもう少し考えると、状況次第ではお見合いとかいわゆる政略結婚的なのもあったりするのかなこの世界。正直何だか気が重くなってくる。結婚しないのでもいいのでは、とすら考えてしまうね。



 ……ともかくとして、とりあえず目先のことが優先だね。結婚よりもとりあえず習い事をしっかりやらないと。




 ――そして私は、これから始まる習い事でめまぐるしい日々を過ごし、2年が経過したのであった。

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