4-20
「おーおー、最後にこっちに帰ってきたのは随分前なのに、ウチの部屋の清掃行き届いているじゃないか」
ラウラ先輩と2人で建物の2階部分にある彼女の私室に立ち入る私。あのまま下のフロアにて弁護士さんやその他の使用人? のような方々と一緒に話していても良かったが、先輩が何やら怪しげな店に行くことを企み出したので、とりあえず私の荷物を置きに先輩の部屋へとやってきた算段である。
そこは先輩の言う通り清掃の行き届いた部屋があった。さり気なくこちらの部屋にも消臭剤は撒かれていた。同時に普段は、魔法青少年学院の寄宿舎で暮らしていて誰も使ってはいない部屋であることを忘れそうな程の清潔感である。
ただし……
「先輩……部屋に荷物少ないですね」
部屋には、衣装棚とドレッサーに何も物が置かれていない木製の机、そしてホテルかのごとくメイキングされたベッド。それ以外のものは無い。生活感が皆無なのである。
「そりゃあ、学院の寄宿舎に必要なものは全部持って行っているしなあ。それに、元々物を集める性質でもねえし」
話を聞いてみると、ハウトクヴェレに限った話ではなく貧民窟のような場所に住んでいる人間は基本的にモノを部屋に溜めることは少ない、とのことで。
それはまず防犯上の観点から盗難に遭いやすいという面。流石に『お嬢』と呼ばれるラウラ先輩から物を盗ろうという発想に至る住人は居ないそうだが、逆に安全だからといって警戒の手を抜くというのも先輩的には納得できなかったらしい。
そして、物があると拠点を移動する際に荷物になる。貧しい者にも色々あるが最も多いのは、流れ者。だからこそ今このハウトクヴェレに住んでいる者の中にも古くから住む古株から、ごく最近に流れ着いた新参まで様々だ。そして、長らく住み付いているからといって今後一生涯同じ場所に住み続けるかと言われれば、そんなこともないのである。
家を持ち、世帯を持ち、少ないながらも資産を有する一般的な庶民とは異なった生活がそこにはある。
「でも、本とか勉強したノートとか、服や靴なんかは荷物にならないのですか?」
曲がりなりにもラウラ先輩だって、この倍率の高い魔法青少年学院に特待生として入学しているんだ。勉強道具くらいはどこかにあるはず。あるいは、それ以前に女の子なんだからファッション系のアイテムだって揃えているはずだ。住んでいる部屋そのものは貧しさを感じないが故に。
「あー……、本は基本教会で読めるし、自分で持ってたこともあったけどもほとんど教会に寄贈するか誰かにあげちまった。ノートもここの子供らが欲しがったからくれてやったし、服や靴も使わなくなったのは欲しがるやつにくれてやっているからほとんど残らないなあ」
何と。なにもかも誰かに渡してしまうのか。私個人としては昔書いたノートとか、ある日突然読み返したくなったりするんだけど。だから捨てられないんだよね。
でも、使ったものは誰かにあげるのであれば確かに物は溜まらないかもね。この辺は実家の私室にほとんどそっくり物を残してきた私とは大きく違う。
……あっ、そうだ、実家で思い出した。
「あの……もしよろしければ、ラウラ先輩の両親にご挨拶しておきたいのですけれども……。突然お伺いしたから手土産とか何もありませんが、顔を見せるくらいはお願いしてもよろしいでしょうか?」
この辺りは前世有り人間としての矜持とアプランツァイト学園での人脈形成スキル育成の結果が入り混じっている。いやでも普通の中学生でもこのくらいは気を遣うかもしれないな、分かんないや。
そんな私の申し出に先輩は困ったような笑みを浮かべてこう答えた。
「なんていうか……、その、ウチの母親は、この街には住んでいない。
不仲だとか、会えないとかそういう感じではないんだけど、ウチがこの街に住み続けることを選択したときに、母親の親族がウチの母親だけ引き取ったというわけさ。
……元々はウチごと連れていく予定だった。けれども――ウチが強く反対したのさ、このハウトクヴェレにどうしても残りたいって言って無茶言ってさ。その結果だよ」
先輩のお母さんの親族が、母親だけこの街から引き揚げさせた。子供も預からずに。何ともまあ、判断に悩むことを。
でも先輩はどうしてもこの街に残りたくて、親族側は母親をこの街に住ませたくなかった。本来はラウラ先輩も引き取るつもりで声はかけているんだから、親族側が薄情だったというわけではないだろう。
……あれ。でも、話に出てこないことがある。
「あの……? そのときにお父さんはどうしたので?」
「…………そうか。
ヴェレナは気が付かなかったんだな。というか何か勘違いしているだろ。
質問を質問で返すのは悪いとは思うが、なあヴェレナ。
私が特待生と聞いて一体何を考えていたんだ?」
……えっと、随分話が飛んだ気がするけれども。ラウラ先輩の特待生についてか。
まあ質問の意図がいまいち掴み切れないから、それを聞いた当時に思ったことそのまま答えよう。
「それなら、はじめにオーディリア先輩から伺ったときに、随分と優秀な生徒が居るんだな、と」
「あーなるほどな。学業特待生と勘違いしていたってわけか。
っていうか、ヴェレナさ。疑問に思わなかったのか?
ウチの学年の首席がオーディリアなのは知っているだろ? もし学業特待制度があるなら、あいつのが適任ではないのか」
確かに! 言われてみれば学業特待であればトップの成績を修めているオーディリア先輩が特待生になるのが自然じゃん。今まで全く気が付かなかった。
じゃあスポーツ特待とか何か一芸に秀でているとかなのだろうか。
そんなことを考えていたらラウラ先輩が続きを話す。
「なあ、ヴェレナ。お前今、生徒手帳持っているか?」
「……えっと。あっ、はい。ありますけれど。
……これですね?」
「その学則の112条の2則を読んでみな」
もしかしてラウラ先輩って学則覚えているんですか、と若干戦慄を感じながら言われた条文をページをぱらぱらとめくりながら探す。
――あ、これだ。『112条 特待制度』。その2則だったな。
「……『次の者は特待生として授業料が一律免除される。
――戦死者もしくは公務が原因の疾病で死亡した貴族・国家公務員の遺児』。
えっ……これって……」
「ウチの父親は魔法使いだったってわけさ、かつてね」
*
「あっ、ごめんなさい……。辛いこと思い出させてしまって……」
「いや、いいさ。もう3年前のことだからな」
3年前! 想像していたよりも遥かに最近である。私はてっきり20年ほど昔の魔王侵攻が原因かと思ったが、そこで亡くなっていたら先輩が産まれないか。
でも3年前って何かあったか? そんな指揮官クラスの死人が出るくらいの出来事って。
と、そんなことを考えているとラウラ先輩が語り出す。
「……父は街道の民駐在軍所属で長らく国を離れて、『街道の民』らを魔物から守っていた。
別に魔王侵攻ではなくても瘴気の森の外縁部ではそうした小競り合いは度々起こるからな。そこで……ってやつさ。
……まあ過ぎた話だし、どうでもいいだろ!
それよりも、そろそろヴェレナの鼻も慣れてきた頃合いだろう。アンセルム爺の店に行くぞ!」
ラウラ先輩がここで話を切った以上、私の方から先輩のお父さんについてあれこれと口出しするつもりはない。
ただ、多分、その直後に母親がこの街を出ていくことに繋がるのだろう。つまり、このお父さんにラウラ先輩をハウトクヴェレに留まらせた理由、そしてこの街の方々から『お嬢』と呼ばれている理由があるのだろう。
私は先輩のことを慌てて追いかけながら、そう考えた。
*
確かに先輩の言う通り臭いに順応してきたのかもしれない。消臭剤が効いていたラウラ先輩の部屋のある建物を出て、中央広場に躍り出ても行きに感じていた程の不快感は既に無かった。突然周辺の環境が改善されることは考えられないため、やっぱり私が適合しただけなのだろう。
そして先輩の案内で脇の食料品市場に入っていく。まず市場に入って送風機の側に置かれているのが野菜類。痛むのが早いから日陰で風当りの良いところに置いてあるみたい。
そしてその奥には豆類や麺類などの穀物系のエリア。見たことのない色鮮やかな豆であったり、不思議な食べ物が並んでいる。
それにしても小麦粉置き場の隣に並んでいる、小麦以外の製粉された粉は何だろう。
いや、ライ麦粉は分かるんだ。黒パンになるやつでしょ。だけどその隣の甜菜片混合ライ麦粉だったり、さらに隣にある木粉ってなんだ……。
木って食べられるのかそれ……。
そうした見たこともないような食材が並ぶ中を、ラウラ先輩は奥へ奥へと進んでいく。そうすると野菜売り場をいつの間にか抜け、また別のエリアに差し掛かった。
「あっ……先輩、先輩! カブトムシ売っている屋台がありますよ!
虫かごではなく、足に紐を付けて逃げないようにしているんですね、これってペットとして誰かが買っていったりするんですか?」
市場の隅の方にちょこんとあったカブトムシ屋台。1匹100ゼニーと書かれていて片足に紐が結ばれ、その紐は片手で持てる大きさの止まり木にくくりつけられている。正直、場違い感甚だしいが確かにこの街の中にペットショップがあったりする方が違和感があるので、そういう意味ではこうして屋台として出店しているのかも。
そうした、私の予想を遥かに斜め上に横切る形で先輩が答える。
「カブトムシか。
子供の駄賃じゃちっとばかし高級品だが、稀に友達や家族同士で遊ぶために買ったりするやつも居るな。
それで、夜になったら大人たちが、素揚げにして珍味として酒のつまみで頂くから、娯楽にも食い物にもなる万能な食材だよな」
……食材? 素揚げ? マジですか。
嘘でしょ……カブトムシって食べられるのか。
いやいやいや、あの見た目で食い物名乗るのはちょっと厳しいものがあるでしょ。信じられないわ。
「私は苦手だな。正直食感は悪くないとは思うが、土に墨を垂らしたような味がするが……。
まあ、無理をしろとは言わないが、ヴェレナが気になるなら奢ってやってもいいぞ?」
顔をにやつかせながら聞いてきた先輩の問いかけに対して、私が全力で首を横に振ったのは言うまでもない。
*
まさかのカブトムシにより半ば放心状態で先輩の後を付いて行った私だが、不意にラウラ先輩が立ち止まる。
「おお、やってるやってる。ここだ、アンセルム爺の店。じゃあ、入るか」
そういって躊躇もせずに扉を開けて暖簾をくぐり店内に入っていく先輩。
暖簾はイグサを編んだすだれのようなもの。そしてその店外には文字がかすれて読めなくなった小汚い木箱が散乱している。
辛うじてその木箱には『ビール』と書かれていたことが読み取れ、その前のスペースにはおそらくそのビールの銘柄や会社名などが書かれていたのだろうと推察できる。って、ここそれじゃあ居酒屋みたいな場所じゃないっすか!?
でも先輩が完全に中に入ってしまったので今更後に引けるわけもなく、しぶしぶ中に入る。
中にはテーブル席が所狭しと並んでおり、そこは中々の活況であった。
何気なく全体を見渡すと、入口付近の席では昼間からお酒を飲んでいる男性の集団が居る。やっぱり居酒屋なんじゃ……。と思うと、そこそこ家族ずれや子供だけで来ている人らも居て、テーブルに置かれるものもお酒ばかりというわけでもない。
「先輩? このお店は……?」
「ヴェレナには何て言えば伝わるか。『大衆食堂』とか『地元民向けの食事処』とか言えば分かるかな」
お酒を供してはいるものの、居酒屋ではなく食堂。
ってことは食事のがメインってことだね。成程。まあ流石に先輩もまだ中学生だし居酒屋連れてくることはないか。内心この世界では中学生段階でアルハラされることになるのかと超ビビっていたけど。
一応居酒屋ではないことに安堵して、緊張と混乱状態が解けると、段々と周囲の様相が把握できてくる。
落ち着いて一番初めに感じたのは、五感でいうところの嗅覚による情報であった。
この街特有の香りには慣れてきたけれども、このお店はまた異質な臭気に包まれている。鉄臭さと獣臭さ、そこに硫黄臭も混ざったかのようなとてつもない臭気。それが店の奥……おそらくキッチンから漂っている。
私がまた臭いにやられていることをラウラ先輩に察せられたのか、笑いながらこう言われた。
「やっぱりこの煮込み料理の臭いはヴェレナは駄目だったか! おう、アンセルム爺! 余所者からはやっぱりこの煮込み料理は受け付けないみたいだぞ」
そう言われて店内の奥から出てきた老境に入った白髪のお爺さんが中から出てきた。でももう老人といった見た目なのに筋骨隆々で、身体の衰えは全く感じさせない体つきをしている。
そのアンセルム爺と呼ばれた年配の男性はこう答える。
「……ほう、お嬢の連れにしては随分と上物を引っ張ってきたじゃねえか。
さては、お嬢? ……人攫いに手を染めたか?」
「攫ってねえよ! 魔法青少年学院の後輩だ、この老いぼれ!」
ラウラ先輩、また誘拐を疑われているよ……。ここでの私と先輩のコンビは誘拐犯と被害者という見え方なのかね。まあ、この老人に関してはこうして先輩をからかって遊んでいるだけなのかもしれないけれど。
「まあ、お嬢もお連れさんも昼飯はまだなんだろ? 食っていきな。若いうちには飯は食えるだけ食うもんだ」
「そりゃあ、アンセルム爺の若い頃は、戦場を行き来していてまともに飯どころじゃないじゃねえか。まあでもそのつもりで来たのさ。ヴェレナも別に構わないよな?」
「えっ……ああ、はい。ご飯ですね。確かに朝食べたっきりでしたし、それもありかもしれないですね」
まあ、ラウラ先輩が何らかの意図を持って連れてきたのだから、その思惑に乗らないと彼女が見せたいものを私は体験することはできない。
「でも、お嬢。このお連れさんが食えるもんなんてこの店で……」
「おっと、爺、そこまでだ。ウチが何も考えずにこんな身なりの奴を此処に連れてくる訳ないだろう?
……まあウチは久しぶりだし、その件の煮込み料理でも頼むとするか。じゃあ……ヴェレナ、どうする?」
今までで最も難易度の高い注文タイムがやってきたぞ。
先輩と同じものを頼もうかと一瞬考えたが、この煮込みってこの臭いの元凶の料理だということを考えると、ちょっと注文するのは躊躇う。
であれば、別のモノ。メニュー表は無いので、店内に所狭しと木板に書かれた料理名を眺める。
まず一番気になるのは大きく2文字で書かれた『定食』というもの。……いや、何の定食なんだよ、これ。ちなみに値段は90ゼニー。
えっ……90ゼニー? 安過ぎないかこれ?
「あの……定食のメニューって一体なんでしょうか?」
「え? 『定食』なんだから客が選べるわけないだろう」
真顔でラウラ先輩に答えられた。
ああ、そうか! 『店に定められた食事』ということで定食なのか、これ。言葉の意味ごと前世と異なるパターンは珍しいな。
でも、それならラウラ先輩も先ほどのお店のお爺さんも知っているはずなのに一向に教えてくれる気配が無い。
ちょっと定食は保留にしてメニューを再度眺める。『焼鳥 鶏つみれ・鶏かしら・馬 1串18ゼニー』……。……えっ? 焼鳥で馬?
「ええと、焼鳥なのに『馬』ってどういう……?」
「まあ、それは馬だな? お前も乗馬してるあの馬だよ」
いや……それは分かるけど。でも馬刺しとかもあったから馬肉を食べるのはまあ、まだ分からなくはないか。なんか今までのタイプと違って名前から料理は連想されるはずなのに、食材が謎すぎる。
「よし、気になったのは『定食』と『焼鳥』だな。まあ、私も煮込みだけじゃ足りないから焼鳥は2人で食べるか」
そう言うや否や先輩が煮込みと定食と焼鳥3種をそれぞれ1人前ずつ注文した。煮込みは55ゼニーと書かれていたので、全て占めても200ゼニーに届かない。
10分程待つと、盆に載せて先ほどのお爺さんが持ってきた。
「ほれ、注文の品だ。
どうやら何か儂に用事があってきたようじゃが、まずは飯を食え。奥で休んでいるから、用があれば呼べ」
そう言ってキッチンへと戻るアンセルムさん。
まあ、まずは飯だな。それにしても……
「先輩の煮込み……やっぱりすごいっすね……」
卓上に持ってこられたことにより、その臭気がより濃厚となる。
でも目の前で見てみるとネギとか生姜が入っている形跡はあり、これでも臭い消しの努力をしていることは感じられる。……正直意味があるのかは分からないけど。
「まあ、まずは自分の料理を食べてみな」と先輩は、テーブルの上にある木筒から箸を取り出して、煮込み料理を何食わぬ顔で食べ出した。こう思ってはいけないんだろうけど、すげえ、という感想が思わず口から出かかってしまった。
自分が受け付けられないからと言って、料理店のメニューを食べただけで凄いというのは失礼に値すると思うので危なかった。まあ既に臭いにやられていることが丸わかりな私は失礼さで言えばもう手遅れではあるのだが。
そして自分の料理――『定食』と呼ばれたそれに目を通す。
まあ、見た目だけみれば私が知っているタイプの定食だった。黒パンとスープにメインのおかず。
そして、そのおかずは良くだし汁の染みた豆腐に薬味のネギ、そして細切れにされたお肉が1つの深皿の上に乗せられていた。成程、肉豆腐かなこれ。
まずスープを一口飲む。仄かにブイヨンというかコンソメというかそうした出汁らしき風味が感じられるが、酷く薄い。その代わりにハーブ系の香料が多く使われていて、スープの味全体は薄く感じるもののハーブによって均衡を保っている。そして箸をスープにぐぐらせてみると、ほとんど引っかかりがなくスープの中には具材らしい具材が無いことが分かる。
……というかパン料理に箸なんだ。まあ肉豆腐であれば箸で食べられるから問題ないけれども。
そして黒パンも一口。ひどく固い。そしてパンそのものに酸味を感じる。でも、この酸味は全く身に覚えがないわけではない。確か前世で食べた天然酵母のパンはこんな感じで若干酸味があった気がする。……それよりも何倍も酸味は強いけれども。
うーん、普通の白いパンとは別物と考えれば、新食感ではあるし、これはこれでありなのかも。歯ごたえがとんでもない上ボリュームがあるけれどね。
さて、メインの肉豆腐に手を付ける。まずは豆腐だ。表面を見るとよく染みこんでいるように見えるが箸を入れてみると、結構弾力を感じる。
そして一口大に切った豆腐を口に運ぶ。口当たりは少々硬めではあるが、食感は悪くない。……ただ、豆腐の味……大豆のうまみ? と言うのだろうか、そうした味は感じられないのと、煮込まれているはずなのに表面しか味が染み込んでいない。これはどういうことなのだろうか。
更にお肉。細切れになっているため、見た目からでは牛か豚かの判断が付かない。流石に鶏ではないことは分かるけれど。……って、焼鳥で馬肉がメニューに書かれていたから、牛豚鶏の三択という部分も怪しいかもしれないのか、怖っ。
でも全体的に脂身は少ないから何となく牛っぽさはあるのだけれども、食べないと分からない。
細切れになっている以上、既に一口サイズなので特に切ったりせずにそのまま口に入れる。
――その瞬間。
口の中で、きゅるっと、おおよそ肉とは思えない食感を感じ、歯が肉の表面を滑る。
……噛み切れない。でも骨のような硬さではなく、硬質な弾力で跳ね返されている印象だ。
全く歯が立たないので、どうにかして食べられる部位を口の中で探す。
きゅきっと再度口から異音が生じながらも、柔らかい部位を発見したので、そこを噛み切ろうとする。
そこは歯は通り、噛めはするが、まるで輪ゴムを噛み切ろうとするがごとく、全くちぎれる気配がない。
……肉のゼラチン質の部位そのものかこれ。使い方次第では化けそうな部分だが、でも肉として食べる部分では無いわなこれは。
結局硬い部分は全く噛み切れる気配がなかったので、歯で圧縮していき、最終的には無理やり飲み込む形で事なきを得る。細切れ大だったから一口でなんとか食べられて助かった。
「……先輩……、なんですかこのお肉……?」
私が涙目になりながらラウラ先輩に真相を聞くと、殊更真面目な声で次の返答が返ってきたのである。
「牛のスジ肉。
……いや、この言い方はヴェレナにとっては適切ではないか。
――不可食部位。商人や加工業者にそう判断され本来ゴミとして処分されるはずだった、所謂『廃棄肉』と呼ばれるやつさ」
――本来はゴミとして捨てられる廃棄肉。
お肉を食べるのは、前の世界でも今の世界でも当たり前にやってきたことだったけれども、様々な部位のお肉が売られているから、捨てられる部分がある……ということを考えたことすらなかった。
でも人が食べるのに適さない部位があるのは当たり前か。だが、それがこの――ハウトクヴェレの地では食されている。
……その事実が、私の価値観を大きく揺さぶってくるのであった。




