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 *


【[号外]商業都市国家群駐在公使不審死事件!?】


 本日13日の昼頃、ラルゴフィーラ駅からほど近いホテルの一室にて外務省職員で商業都市国家群への駐在大使の赴任が決まっていたサンカラット・ラムセス氏が変死しているのが発見された。


―不自然な遺体―

 発見された同氏の遺体には頭部を銃で数発撃ち抜かれた形跡、そして左手には魔法銃が握られていたとのこと。州警察部は自殺と推定して捜査を進めている。

 だが使用された魔法銃は自動拳銃式であり片手で操作可能である一方、連射を行う際には引金をその都度引く必要があるため、自殺と仮定した場合頭部を負傷した状態で再度引金を引いたこととなる。


―外務省の緊急声明と噛み合わぬ歩調―

 外務省は同氏の死去が判明した後、緊急声明を発表した。その中で警察捜査とは反して『他殺』と断定したこと。その根拠に彼が自殺する動機に薄く、魔法銃を所有していないこと、そしてラムセス氏は右利きで銃の持ち手が反対であったことを明かした。

 その一方で内務省警察局、ならびにラルゴフィーラ市にて警察権限を有するヴァンジェール州総督は沈黙を保っている。


―沈黙と軍事力の強化―

 本事件に関して外務省は積極的に記者らに呼び掛けて情報交換を密にしているが、その一方で内務省・魔法省・錬金省は不気味な程に音沙汰がない。

 消息筋によれば魔法省では本件について一時的に箝口令が発令されたとも。

 また同地には既に現地警察以外にも内務省治安維持部隊や、魔法省・錬金省の諜報員が増派されている。


―異例の否定声明、ガルフィンガング解放戦線より―

 外務省の緊急声明後に、慌てるかのように犯行否定声明を挙げたのが過激派組織として名高い、ガルフィンガング解放戦線だ。8年前にリベレヒト魔石経済大臣そしてリベオール総合商会の商会長を暗殺した彼らの犯行と今回の事件は近似する部分もあるために、その誤解を解くために犯行否定の声明に踏み切ったと考えられる。

 その会見中に、今回の件について内務省ならびに外務省からのいかなる捜査も情報提供も受け入れる用意があると続けた。


―今後への影響と商業都市国家との関係―

 本件が自殺か他殺か断定できない以上、テロ攻撃もしくは商業都市国家側からの軍挑発行為の可能性も考えうるため、市は夜間外出を控えるよう呼びかけること、そして本日と明日の国外行きの国際鉄道の便は全て運休とすることを議論している。

 捜査の進展次第では更なる問題として発展する可能性も考えられる。


(ラルゴフィーラ時事 8月13日)





 *


「うわあ……、すごいことになってますねオーディリア先輩。

 あのオードバガール魔法準男爵の言葉に従わなかったら下手したら明日帰ることができなかったかもしれませんね。

 国際便の方はもう今日中にも動かなくなりかねない状態じゃないですか」


「……そうですね、いや? ここまで多くの情報が号外として流れるのは珍しいですね。……誰かが意図的に流している? とすれば外務省なのでしょうけれども。

 いずれにしても、事件発生から数十分であの対応を決断した魔法準男爵は優秀、といいますか情報を知り過ぎていましたね」


 寝台特急18号車の2名室にて号外新聞を読んでの私の一言とそれに対するオーディリア先輩の返答である。


 ……とりあえず順を追おう。


 まず寝台特急のグレードアップした件。これは確実な答えは無いが、おそらくあの魔法準男爵の関係者が乗車予約の変更を行った際に2等車の座席が取れなかったので1等車に切り替えたのだろうと先輩らは推測していた。

 まあ確かに確実に私達を王都に返そうとしていたし、そのくらいはするか。


 そして座席が1等車になった影響で4名1室と2名1室で取っていた予約も、2名1室が3部屋に変わっていた。とはいえ、これは1等車の座席数自体が少なくその中でもさらに限られている大部屋が取れなかったと考えればそれほど不自然なことでもない。

 ということで部屋割りは、アプランツァイト初等科繋がりで私とオーディリア先輩が同室と相成ることとなった。


 更に、駅で購入する時間など無かったはずなのに号外新聞がなぜ手元にあるのかという問題。これは1等車のルームサービスみたい。部屋に入ったときに大手の新聞が机の上に並べて置いてあった。先ほど読んだものは地方ローカル紙ではあったようだけれども、号外ということで多分特別に留め置かれたのだろう。


 そこでオーディリア先輩が指摘したのは号外の紙面の情報量の多さ。

 かの外交官の不審死は、あの魔法準男爵の言葉を信用すれば今日のお昼頃の出来事であった。そして18時出発のこの列車に印刷された媒体として姿を見せている。たった6時間ほどで事件を把握し、外務省の声明などの各種情報を集め記事にして、印刷を行い配達まで済ませていることを考えると驚異的な速さである。


 まあ、確かに前世でもニュース速報はそのくらい、いやそれよりももっと早く私達の下に届けられていたけれども。この世界では1つ前提が異なる。


「確かに……、王都とラルゴフィーラ間の距離は寝台特急で18時間。一番早い特急列車でも10時間はかかるのでしたよね?

 となれば、記者が単身移動するのは間に合わない。

 魔力通信装置でやり取りを行ったということでしょうか?」


 私の答え合わせにオーディリア先輩は頷くことで肯定の意を示す。


 そう、携帯電話はおろか固定電話回線もメール機能もないこの世界は、情報の伝達速度が異なる。


「2都市の距離と、通信装置の送受信速度を考えると大まかに考えましても2時間半は最低限かかるでしょうか。ですので最大でも1往復しか言付は残せないことになります。……ほぼ一方通行に情報を送り、相手が受け取ってくれることを祈るような形でやり取りはしていると考えられます。


 その中でこの『ラルゴフィーラ時事』という地方紙の新聞社が、王都の外務省にて発表された情報を紙面に載せているというのは類まれなことですよ。

 ……それはこの新聞社が特別に情報収集に長けているか……。もしくは外務省が積極的に情報を公開して何としても今回の事件の真相を掴もうとしているかの二者択一になりますが」


 その後に続けるには、新聞社の技量は分かりかねるがおそらく後者のバイアスのがより強くかかっているだろうのこと。


 ごくごく短いメッセージでも2時間半必要となると、相互にやり取りすることは叶わないし、全ての内容をそのまま送り付けると時間がかかりすぎてしまうので端的にまとめて送る必要がある。

 にも関わらず号外のこの情報量。初報にしては充分すぎるほどだ。それをオーディリア先輩は外務省の本気度合いと捉えたわけね。



 また、それとは別口で事件発生からわずか数十分の段階でほぼ全貌を知っていたオードバガール魔法準男爵。事件に関する確認が終わると、自然とこの男性の話へと話題が移る。


 私が最も強く違和を感じたのは、宿のことを聞いてきたあの場面。

 何故私達が、宿に寝泊まりしていることを知っていたのか、そして宿の中でもホテルだと思っていれば絶対聞かないような質問をしてきたこと。


 それを話すと、オーディリア先輩は笑みを浮かべながら「ええ、確かに怪しいですね」と答える。


 なんだその余裕っぽさのある雰囲気。


「……もしかして、オーディリア先輩はあの男性の正体を知っているのですか?」


「確実ではないので王都に戻ったら調べる必要はありますけれども、推測なら。

 では1つだけ。

 あの方の第一声覚えています? 『フリサスフィス嬢と魔法青少年学院のお三方』なのですよ」



 ……そうだったっけ? 不意であったし、知らない人から呼びかけられたことによる緊張感で一言一句までは飛んでしまっていた。


 言われてみれば変な台詞である。私達が魔法青少年学院の生徒であることは、その後の帰宅云々の問答で知られていたから問題は無いのだけれども……、であれば何故『魔法青少年学院の四人』のような言い方ではなく私だけピンポイントで苗字を呼んだのだろうか。


 それじゃあ、まるで先輩3人がついでのような扱い……みた、い……?


 その瞬間、点と点であった情報が線で繋がった。


「――それって……、行きの列車で送られたソーディスさんの手紙に書かれていた……」


「ええ、確定とは言えませんがほぼ確実に。

 ――あのオードバガール魔法準男爵は魔法使い上層部から命を受けた……。

 ヴェレナさん。あなたの監視役のはずですよ」




  *


 オーディリア先輩は私が気が付いた宿のこと、第一声以外に『魔法省整備局保安調査部』という身分が気になったようであった。


「保安調査部は社会思想の調査・収集や、あるいは魔法使いの外向けに情報を発信する機関です。

 表向き……と言いますか、今挙げた内容だけでもそれが情報工作や防諜の類の『諜報員』の仕事であることは明らかなのですよね。

 だからこそ、彼が素直に自身の身分を名乗ったのが謎なのですけれども。それは王都に帰って調べれば分かることですわ」



 ……保安調査部ってスパイ組織みたいなものだったのか。

 でも素直にスパイ組織に所属していますって名乗るスパイってのも先輩が考える通り確かに妙である。


「私達が中学生だから、どうせばれないと思って嘘偽りなく答えた可能性はどうでしょうか?」


「……ああ、そうですわね。私達を侮っていた線はあり得るかもしれません。

 後は……、私達との接触は想定外のことだったのではないでしょうか。

 あの不審死事件騒ぎで期せずして現場周辺に立ち寄ろうとしたから慌てて声をかけてきたと考えれば、対応が定まっていなかったことも納得がいきますね」


 確かに。スパイが調査対象に直接声をかけるなんてあまり聞かない話だ。……私のスパイ知識は、前の世界の創作物での設定くらいしかないけれど。


「……となると、私の身辺の情報収集ついでに護衛も担っているというわけでしょうか」


「どちらに主軸が置かれているのかは分かりませんけど概ねその通りかと。

 良かったですね、いざと言う時の身辺警護は完璧じゃないですか、ヴェレナさん」


 揶揄するかのように少々おどけた口調で発せられたオーディリア先輩の一言で、私の中にあった『監視されている』という緊迫感が若干緩和された。

 そんな先輩の配慮半分からかい半分の意図を汲んで私も少々ふざけた形で不満を口に出す。


「勝手に守ってくれる人に自己の安全を投げ捨てるような身の程知らずでは私はありませんよ」



 一応の魔法準男爵の素性について情報共有が済んだところで、客室の扉がノックされる。

 私がドアを開くと、そこにはラウラ先輩とビルギット先輩が居た。


 そのまま招き入れると2人は部屋の中に入り、こう言い放つ。


「時間あって暇だから、また行きの時みたいに恋歌帖れんかちょうやろうぜー!」


「どうやら1等車では客室まで料理を持ってきていただくこともできるみたいです。なので4人で食べようと思いまして。

 その待ち時間にラウラが恋歌帖やりたいと言い出したので、いいですかねオーディリア、ヴェレナさん?」


 私もオーディリア先輩も異存はなかったので、2人を招き入れる。

 2人部屋とはいえ1等車なので、4人集まっても何とかなるくらいの広さがあるのだ。椅子も部屋の隅に予備の簡易型のものがあったため、それを取り出して室内の備え付け客席テーブルを囲むようにして座る。


 そして、ビルギット先輩の持っていた恋歌帖の箱をラウラ先輩がひったくるようにして掴み、そのまま箱を開ける。……そんなに急いでもカードは逃げないだろうに。


 そして取り出してカードの山札をそのまま机の上に置く。


 偶然一番上にあった9月第1週のカード『彼岸花と暗殺者』が私達に囲まれてテーブル上に鎮座していた。




 *


「……そういえば、1日早く帰ることになりましたけれども予定の方は大丈夫なのでしょうか?」


 ご飯を食べ終え1等車専属の給仕の方が後片付けをし一息ついたタイミングで、オーディリア先輩が話を切り出す。


「ウチはそのまま実家に戻るつもりだぜー、そもそもいつ帰るか伝えてないし」


 大雑把だなあ、ラウラ先輩のとこ。


「私は特に問題ないですね。今回は事情が事情ですし、お付きの2人もおりますのでそのまま王都に着いたら一度本家に戻らせて頂きますね」


 一方で、ビルギット先輩はお付きの人とともに今回の事情説明も兼ねるが故に早く戻るとのこと。


 そしてオーディリア先輩は、先ほど言っていた魔法準男爵の身元確認の調査があるとのこと。


「……それで、ヴェレナさんはどうなさるつもりで? 予定外の帰宅ですので女子寄宿舎は、本来の帰宅日である明後日まで使えませんよ」


 ああ、そのための確認だったのね。


「私も実家の方に戻ろうかなと考えて……あ、そうだ。お父さんが学会発表で明日の夕方まで出張に出ているんだった。お母さんも出張に便乗して観光目的で一緒に行っていて家に誰も居ませんね。


 ……あれ、じゃあ私、明日夕方まで家に帰る意味が無い?」


 そのことを話すと先輩らから「家にお手伝いの方とか従者は居ないのですか?」「鍵は持ってねえのか?」と聞いてくるが、前者は家には居ないし、鍵は帰省するタイミングは基本魔法通信装置を使って予定の摺り合わせはしていることと、頻繁に帰るわけでもないので自分で持っていると失くしそうだという理由で実家の鍵は持っていなかった。


 うーん、どうしよっか。幸い丸一日ではないから泊まる場所までは考えなくていいが、旅行用の大荷物を持ちながら1人で時間を潰さなくてはいけない。


 そんな様子を見かねたのかラウラ先輩が声をかける。


「オーディリアのとこで、ヴェレナ預かることはできねえのか?」


「ああ、いや。別に構わないのですが。明日は調べ事のために面会予約を取りに知り合いのところを回ったり手紙を数通書いたりしようと考えていたので。

 最悪私の下に来てもらっても構いませんが、おそらく退屈な上移動も多くしかもヴェレナさんにとっては知らない方と何度も会うことになるのであまりお勧めはしないですね」


 それを聞いたラウラ先輩が、「うわっ、つまらなそう……」と呟く。めっちゃ正直だな、おい。



 そのままラウラ先輩は一通り考え込むような仕草をして、うんうんの唸るように悩み込む。その様子に思わず声をかける。


 すると私の目を射抜くように見つめてきて、こう答えた。


「あー……、それならヴェレナ。

 ウチの家んとこに来るか? 夜までで良いんだろ、それなら大丈夫さ」



 ……ラウラ先輩の実家!?

 なにそれすっごい気になる。


 ――私は彼女の提案に飛びつくように同意をして、明日ガルフィンガング中央駅に降り立った後の目途がついたのであった。

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