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――商業都市国家群に駐在予定であった外交官の不審な死。
それはこの場に居る誰もが想定不可能でかつ、予想外の回答であった。
魔法準男爵位を持つ目の前の男性、オードバガールさんと言ったっけ。ともかく彼の言葉の中にある単語で真っ先に耳に入ったのは、『他殺』と『ガルフィンガング解放戦線』という2つのキーワード。
現状では、死亡した外交官が自殺なのか他殺なのかは分かっていないとのことであったが、ルシアのお父さんが勤めているリベオール総合商会の商会長が8年前に暗殺されている前科を踏まえれば過激派組織による強硬手段であったかもしれないと感じてしまう。……まあ証拠があるわけではないので全て先入観と推論でしかないけれど。
しかし数十分前ということは、他殺であれば近辺に犯人が居ることになってしまう。万が一の危険性を考慮する場合、今すぐにでもここから移動した方が良いというのは私にも判断が付く。……まあ、でもそれは話しかけられた段階でオーディリア先輩が同意していたけど。
ひとまず現場を離れ大通りに戻り、準男爵をビルギット先輩のお付きの人2人が囲みつつ、ラルゴフィーラ駅へと向かう。
と、私にはこの後どう行動すれば見通しが立たない状況であったが、オーディリア先輩は外交官不審死の話を自分の中で処理したのか、この先の行動について魔法準男爵へとこう告げるのである。
「……状況については承りました。そして今後ですが私達はどのようにして王都――ガルフィンガングまで帰宅すればいいのでしょう? 予約している寝台列車は明日の夜の便ですし」
「ああ、それだが。私の所属する魔法省整備局には運輸計画を担う部署があるから、その担当者とともに魔法使い側で有している輸送車両を臨時列車として走らせるように交渉するつもりだ。なので今すぐにでも来て頂けるとありがたい」
その話を聞いた途端に難色を示す先輩3人。
代表して急遽猫被りモードとなったラウラ先輩が懸念を伝える。
「あー……、ええと、わたくし達の移動を第一に考えてくださっているのはありがとうございます。ただ……、そのやり口では足が付きませんでしょうか、とわたくしは個人的に考えてしまいます。
外交官が怪死したその日に魔法使いが圧力をかけて臨時列車を走らせた、と何も知らない者から思われるのは嫌ですもの」
一時的に狼狽える魔法準男爵だが、ここにオーディリア先輩が追撃と提案を行う。
「それに露見したら、事実か否かに関わらずよろしくない事態を引き起こす事柄については魔法使い内部で事を収めた方が。
……鉄道省からの情報流出の危険性が考えられます。おそらく外務省は今回の件に犯人が居るか否か血眼になって探すでしょうからあまり外部を当てにしないほうがよろしいかと。
……こちらからお願いするのは恐縮ではあるのですが、もしよろしければ寝台特急の予約を変更して本日の夕方の便にすることは可能でしょうか?」
まさかの逆提案を受けた魔法使いの男性は、反射的に私達に向けて怪訝な視線を向けるが、即座に霧散させてこう私達に告げる。
「……君の提案が実現可能か否かと言えば、可能だ。
ただし私としては君達にはなるべく早急にラルゴフィーラを離れて欲しいと考えている」
その言葉を聞き、今度はビルギット先輩が答える。
「あの……ご気遣いは大変ありがたいのですが。
……私達の荷物って宿舎に置きっ放しなのです。ですので、本日出立するにしても一度取りに戻らないと」
「それであれば人を向かわせるから荷物は後ほど送り付ければ……いや。
……確か、君達の宿はどこであったか?」
その問いに即座に「ここから車で1時間ほどの所にある教会併設の宿舎ですわ」と答えるオーディリア先輩。
あー……。教会には私達が『魔法青少年学院』の女学生であることは知られている。ってことはそこに後から魔法使いの方が荷物を取りにきたら、今度は教会にばれるのか。
そして女神教そのものは女性運動推進派。その牙城たる教会に「女学生の荷物を受け取りにくる大の大人の男性」という構図を見せつけることそのものが、また別の魔法使いへの攻撃材料になりかねない。魔法使いはこれまで女性の登用には消極的で糾弾されていたりしてそれが女性への門戸開放へ繋がったし。
――ただ、ここで宿について思いを巡らせたことで私の中で疑心が芽生えた。
準男爵の方から宿に対する質問が生まれるということそのものがおかしいのだ。普通にホテルに泊まっているのであればこんな問題は生まれない。魔法使い側からわざわざ『人を送らなくても』ホテルに連絡すれば後日荷物を届けてくれるだろう。
つまり人を送るという発言は、そういうサービスを有する場所に私達が宿泊していないことを『知っている』発言なのだ。
また宿はどこだ? という部分も変だ。親戚や友人の家という線を最初から消している。
私がそのような疑念を浮かべている間に、準男爵は考えをまとめたようだ。私達にこう告げる。
「……よし分かった。どの道、荷物を今から回収しに行ったら臨時列車を走らせるとしても夕方になってしまうな。
それであれば、君達の意見に乗ろうと思う。18時すぎの寝台列車の予約はこちらで取っておこう。
君達は一度宿舎に戻り、教会の方らに1日早く帰ることを伝えて速やかに戻ってきて欲しい。いいだろうか?」
……ほとんど、こちらの意見に譲歩してくれた。
この条件であれば先輩らは問題ないと判断したようで、3人とも頷いている。まあ、旅行1日短くなってしまうけれども、状況が状況だし帰宅できないよりかは、ましか。ということで、荷物を取りに戻ることに私も同意して……あっ。
「……あの、オーディリア先輩。教会からの送迎車がこちらに来るのって夕食後の予定でしたよね?」
私の発言でこの場に居る全員が、はっと顔を見合わせてしまう。全員その点を失念していた。いくら私達が早く帰ろうとしても迎えの車が来ないならどうしようもない。
「では、どうする? 教会に連絡を取る手段はあるのか?」
男性の一言にオーディリア先輩が、教会と直接連絡を取る手段はなく、一度王都側の関係者に照会を取らない限り遠隔的に連絡を取ることは不可能といった趣旨のことを伝える。
……うーん、それだと自力で教会への帰還手段を模索した方が良さそうだ。
移動手段――『車』、『バス』、『路面列車』。
公共交通機関を利用して間に合うのであれば既に今回の宿泊地に一番詳しいオーディリア先輩が解決策を述べているはずだ。ということはバスと路面列車では難しい。
となると『車』。けれど教会からの送迎車は来ないわけで。
「……あの、タクシーは利用できませんか?」
思い出したのは、森の民金融恐慌初日に両親と乗ったタクシー。情勢不安である共通点もあるから、思いつきにしては割といいのではと思ったのも束の間、準男爵の彼から否定的意見が告げられる。
「……いや、ラルゴフィーラのタクシー業者は多くない上、要人警護用途のものがほとんどだ。魔法使いの息がかかっている業者があるにはあるが……」
彼が言葉を濁した部分をオーディリア先輩がばっさりと言ってしまう。
「表向きは民間企業ですので私達が利用した痕跡は残りますし、その隠蔽工作が完全に身内の魔法使い程には行えないってことでしょう。
程度の問題はありますが、臨時列車を走らせるのとあまり大差ない結果を引き起こしかねないというわけですね」
……おそらく完全にぼかした部分を言い当てられたのだろう。オードバガール魔法準男爵は絶句してしまっている。まあオーディリア先輩と出会った人は割と誰しも通る道な気はする。
でも、タクシーは駄目ってことか。
そうなると他に、車。思い出せ。私の記憶の中に車を利用したことがあったはずだ。
……。
…………。
――そうだ。
「オードバガール魔法準男爵。あなたが父と同じ魔法使いであるならば、車の運転はできますよね?
『公用車』。これを用立てすることは可能でしょうか?」
――転生2日目に、病院に行くために父が用意した公用車。運転技能も魔法使いは即応性のために習得の必要があったはずだ。
私の指摘に魔法準男爵はこう答える。
「……運転は可能だ。
だがラルゴフィーラの魔法軍管区司令部は都市防衛の観点から瘴気の森側の郊外に設置されている。魔法省や幕僚本部の組織も司令部に一元化してしまっているが故に、我々が居る都市域には心当たりが……」
魔法省に魔法幕僚本部。そのどちらの施設もないのか、では厳しいかも。
……いや、魔法使いの組織ってもう1つあったよな。
そうだ、『魔法教育統括部』……、ん? 魔法教育……何か引っかかるな。
ああっ! そうか!
「地方校のヴァンジェール魔法青少年学院! これは司令部ではなく都市域にありませんか!?」
*
結論から言えば、ヴァンジェール魔法青少年学院にて公用車を借りることは簡単にできた。
その運転手をオードバガール魔法準男爵にお願いするしかなかったため、帰りの寝台列車の予約を行う人が居なくなってしまう。
だが、その問題は魔法準男爵本人が解決した。
「元々臨時列車を走らせるために、整備局の交通関係者を呼んでいたから、その人に予約手続きはお願いすることにした」
多少段取りは変わってしまってはいるが、この辺りは彼の機転のおかげで何とか帰路につくことができそうだ。
公用車の助手席には教会の宿泊施設までの道順にもっとも詳しいオーディリア先輩が自主的に乗り、残り5人は後ろの座席に乗った。
「それにしても学院に三七式兵員輸送車があるとは……」
ぽろっと呟く魔法準男爵だが、兵員輸送車などと大層な名前はついているものの、長方形の箱型の車だ。
ただ前世であまり見慣れない形をしている。
印象で語るのであれば軽トラックの荷台に屋根がついて両側面に座席という体裁で座るための板が打ちつけてある感じだ。当然乗り心地は普通の車と比較したらかなり悪い。常に進行方向に対して横を向いているわけだし。
乗り物酔いになったら大変なことになるのは目に見えている構造なので、とにかく私は酔わないように遠方を眺めながら1時間無心で居ることを心掛け続けなんとか事なきを得たのであった。
そして宿泊地に到着するや否や急いで荷物を片付けて輸送車の中に詰め込んで、教会の方らにも急遽1日早く宿舎を後にすることを告げる。
ただこのとき正直に事情を話すわけにも、かといって隠したり明らかな嘘をつくとかえって詮索される恐れがあったのでその辺りの誤魔化しはオーディリア先輩とオードバガール魔法準男爵にタッグを組んでもらい一任した。少なくとも先輩はこの手のことには適役過ぎる。
その後は嵐のように来た道を戻り、再びラルゴフィーラ駅まで戻ってきたときには既に寝台特急の出発時間20分前とまだ何とかなるもののそこそこ危ない時間であった。
到着して公用車を降りると、先回りで駅での寝台特急の予約変更を行い待機していたオードバガールさんの関係者の方が私達に変更された乗車証明書の改訂版を渡してくれた。よし、これで何とか帰れそうだ。
そのまま魔法使いの2人は公用車をヴァンジェール魔法青少年学院に返す必要があるから、と駅前で別れを告げる。
その際に、
「今日のあの事件については、事が明るみに出るまでは箝口令が上から出されているので話さないように」
と注意されるものの、そのときオーディリア先輩が、
「もう手遅れみたいですよ」
と言って、駅前の売店で販売されている新聞を指差す。
そこには既に『商業都市国家群駐在公使不審死事件!?』と大きく見出しに書かれた号外新聞が売られており、私達が帰宅にてんやわんやしていた数時間で既に情報が出回ってしまったことを示していた。
その様子に若干意気消沈しながら私達を見送る2人を尻目に駅舎へと入り、荷物検査などの乗車手続きを済ませて、そのまま駅のホームへと向かう。
ホームでは荷物検査の真っただ中であり、何とか乗車することができそうなのであった。
「――おや? お客様方、申し訳ございません。こちらの列は2等車用の入り口です。
皆様の乗車証明書は18号車……1等車の予約になっておりますので、奥の1等車のお客様専用の入り口にて荷物検査を行っていただけますでしょうか」
……えっ、なんか勝手に帰りの寝台特急の座席がグレードアップしているんですけど!?




