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4-14


 オーディリア先輩が子供が苦手という衝撃の事実が分かったわけであるが、正直言われてみれば納得する部分も多い。


 アプランツァイト学園初等科時代に、彼女は自身の学年とクラスを牽引する存在であったが、同時に他の学年の児童・生徒らとも連携していた。

 なので彼女は当時の学園で最大派閥を率いていたなんて、言われたりしていたけれども、闇雲に全ての学園生と付き合っていたわけではない。


 実際、彼女から見て1学年下にあたる私達の学年で表立って付き合いがあったのは私とその関係者――いわゆる『勉強会』メンバーであった。

 そしてルシアもクレティもソーディスさんも『子供』と称するには違和感があるほどの友人らである。逆に私と同世代のクラスメイトとオーディリア先輩が話していることは見たことが無い。

 ……つまるところ、オーディリア先輩は幅広く交友関係を持っている一方で、確実に仲良くする相手を選別しているのだ。その価値基準の一端に実は『子供っぽくない』という条件が入っていた可能性は充分に考えられる。


 そもそもアプランツァイト学園そのものも派閥形成評価とか子供を育てる場としては私目線から見た場合、若干不適当な感覚もあったがそれもオーディリア先輩的には好印象だった、と。



 でもそれって。

 オーディリア先輩は、自身の夢を追い続けながらも、苦手なものの回避を同時に行うことができる。――ということになり、却って化け物性が強化されている気がするのですが。




 *


「そういえば、最初に行くのは教会の幼稚園なんですよね? 教会併設ということは何か特別な教育を行っていたりするのですか?」


 ログハウスのような見た目をした宿舎から歩いて良く晴れた空の下を幼稚園へと向かう最中に、先輩らと私を先導する教会の職員らしき人に話しかける。先ほど車を運転していた方とはまた別の人である。ただ修道服や祭服などは着ておらず、ポロシャツにジーンズと動きやすい服装をしているので、聖職者かどうかは分からない。



 そして私が先の質問をすると同時に、先輩3人は声にならない声を出して絶句する。……やべえ、何か失言したか、私。

 そんな妙な空気を身に纏いつつある私達のことに気付いているのかどうか不明だが、職員の方は何食わぬ顔でこう返した。


「教育と言うほどのことではありませんが……。教会の祭儀へと参加させたり、簡単な説話を説いたりしますね。

 その中でも『合わせ読み』と我々は呼んでおります大人に続いて修道書の一句を発声するのが基本でしょうか」


 あれ? 謙遜を前置きしていたけれども、それってちゃんとした教育なのでは?

 ということは、この人が謙虚なだけで実は教会内で様々な教育が施されているのかな。

 ……『女神教』は確か聖歌がポップスであったり、アーティスト事業に力を入れているって話も確かあったよね。芸術方面でも何かやっている可能性があるのだろうか。


「成程、合わせ読みですか。

 お絵かきの時間や、聖歌を歌う時間なども設けていたり……」


 ――私が質問をしている最中にラウラ先輩が私の左腕を強く引き、強引に言葉を中断させてきた。ってか腕を引く力が強くて痛い痛い!


 私が言葉を止めたことで、前を先導していた職員の方も振り返る。そして腕を掴まれている私の姿を視界に入れると苦笑いしながら、こう答えた。


「……いえ、このくらい大丈夫ですよ。先にそちらのお嬢さんの質問に答えておきましょうか。

 聖歌は特別私達の方で時間は設けておりません。私達の方で教えずとも歌える子は多いですから。お絵かきもやっていませんね。

 とはいえ、特異な才覚を示す子が居れば話は別ですね。そうした芸術分野の専門に進むのであれば、中央に推挙するという制度はあります。認められれば女神教内の少年・少女聖歌隊や絵画師の養成所へ通うことも可能ですね」


 ……一般にはやっていないが、特別な才能を持つものの人材発掘は行っているということか。でも、これってそんなに言いづらいことなのかな。ラウラ先輩は私がもうこれ以上質問しないように睨みつけるように見てくるし。



 と、職員の方が足を止めると、目の前には青い外壁の1階建ての建物。結構昔に立てられたのだろうか。経年劣化でところどころ外壁の塗装が剥がれている。そして中から甲高い叫び声や笑い声が絶えず聞こえてくる。もしかしてここが幼稚園?


 開口部から建物内に入ると、外の陽射しが遮断されている室内は涼しく、そして暗い。一応採光のために壁の上の方に空気口のような溝があるため真っ暗というわけではないのだが、眩しい屋外から屋内に入ってきただけに目が慣れない。……魔石装置の照明器具が無いんだ、この建物。


 段々と目が慣れてくると、部屋の中には20人に届かない程の幼児が思い思いのまま遊んでいる。

 一部には見慣れない私達が入ってきたことでじっとこちらを見続けている子なども居る。……威圧感あるな、あの子。大物になるぞ。


 ちらりと、部屋の奥を見ると棚になっていて、そこにはドールハウスだとか、カラフルな積み木に、世界地図のパズルにテープで補強された絵本など統一感が全くないおもちゃが並んでいる。


「ああ、そこは皆様から寄付された遊具を置いている棚ですよ。消耗が激しいものもありますが……」


 その棚のそばで複数人の子供を相手にしていた女性が私の視線に気付き声をかける。そっか、教会併設だもんね。寄付とかがあるか。


 とりあえず職員の方の案内に従って私達4人は固まらずばらけるように床に座る。

 ふと対面を見るとオーディリア先輩が笑顔で子供の相手をしている。……けれどあれ交渉用のポーカーフェイスだよね。子供にすら悟らせないのは流石だし、終始笑顔だからむしろ子供好きそうな印象すら抱かせるけど、私から見ると素ではない感が物凄い。マジで苦手なんだな……。




 *


 見た目には全くそう感じさせないが想像以上に疲弊していそうなオーディリア先輩と、その内心を概ね察している私とラウラ先輩とビルギット先輩の3人は今日ばかりは対照的だ。

 オーディリア先輩は自分で日程を組んでいたはずなのに、やっぱり子供苦手な面が影響してかメンタル的な疲労がえげつなさそう。


「おいおい、次は教会の小学校だけど大丈夫なのかよオーディリア……」


 心配と揶揄が半々くらいで話しかけるラウラ先輩。


「理屈あるいは感情で動く方の相手は一家言あるのですが、動きが読めない相手は苦手なのですよ……」


「あら? 子供なんて自分の欲求に忠実だからむしろ読みやすくないかしら」


 ビルギット先輩もここぞとばかりに煽る煽る。

 でも、そっか。オーディリア先輩は彼女なりに交渉事や人の行動洞察にロジックを積み上げているから異常な読みが出来るということなのだろう。勿論その推察に必要なだけの情報収集を怠らないけれど。

 だからこそ、スポーツで言うところのビギナーズラックのようなものを苦手と感じるのか。子供の振る舞いは彼女のロジックの埒外である、と。


 オーディリア先輩の一端を掴むことは出来たけれど、これは模倣することすら難しい。

 彼女ばりの交渉術を身に付けるのはおそらく無理だね。


「あら、午後からはあの学校ですわね」


 ビルギット先輩が指差した先には、木造の建物。あれが教会学校らしい。教会の隣とかではなくそこそこ道を歩いた先にあったが、それでも教会学校と呼ばれる理由は「教会に併設されている学校」という意味ではなく「運営母体が女神教の教会な学校」ということで区分としては私立の小学校となる。


 ……まあ私立とは言ってもアプランツァイト学園とは大きく異なる。

 先ほどの幼稚園と同じく慈善事業によって運営なされているためだ。


 だからこそ授業料であったり給食費みたいなものはかからない無償の学校である一方で、設備的には充実しているわけではない。まあボランティアみたいなものだし、しょうがないのかも。


 校舎の玄関……とは言っても入口らしい入口は1か所しかないので一目瞭然だが、そこに案内をして下さる先生が待っていた。


 4人で礼をして、ここの先生へ敬意を称する。……こういう所作は、魔法青少年学院に入ってから徹底的に鍛えられたこともあり、特に意識せずとも一糸乱れぬ一礼となってしまい、期せずして相手を少々気圧する感じになってしまった。


 「ここに通う子らと1年、2年しか変わらないのに、随分と洗練された動きをするものだ……」と妙な感心をされつつ、その先生に校内を案内してもらう。


 ……一応授業中なんだけど私達が教室の前を通り過ぎるたびに、視線がこちらに集中してやり辛い。まあ、一番やり辛いのはそんな浮足立った子供達をまとめ上げて授業に注目させる先生側なんだろうけれどもね。


 一方でこの反応についてはある程度想定していたのか先輩らは全く動じている様子はない。子供が苦手と新たに分かったオーディリア先輩も、こういって取り巻きに見られる反応については逆に慣れ親しんだものであることから、平静を保っている。


 とりあえず低学年のクラスでは見知らぬ私達を見つけては騒ぎ立て、まともに授業にすらならなくなってしまうので早々と通り抜け上級生のクラスの見学をすることとなった。

 なんというか、小学校低学年って普通こういう反応になるよなあ、という前世知識と照らし合わせても常識的な子供っぽさが返ってきたのは久しぶりだ。

 それはすなわち今まで初等科時代に出会ってきた人物は、やっぱりこの世界基準でもちょっとおかしな水準に位置していた訳で。まあ、そういえばアプランツァイト学園初等科は平民が通うことのできる学校の中では最高峰クラスの小学校とは言っていたな。

 たまに意識することはあったものの改めて私の友人らのぶっ壊れ具合に感慨深いものを感じるのであった。



 そして教室の後方にお邪魔させてもらい、授業風景を見せてもらうこととなる。小学5年生のクラスで、算術の授業だ。

 黒板に数式が書かれ粛々と授業は進行していく……が、まずその黒板に書かれている内容を見て真っ先に気が付いたことがある。授業中なのであまり大きな声を出さずに隣に居るオーディリア先輩だけに聞こえるような声量で囁くように確認を取る。


「あのオーディリア先輩……。今やっているところって私達、3年生のときにやりましたよね……?」


「……アプランツァイト学園が国の定める授業進捗目安と同様に進めるわけがないでしょう。外から見たら相当先行してやっていましたのよ」


 そうだったんだ! だから魔法青少年学院に入学して数か月となる現在でも、学科教育で困ることが無いんだな。


 こうして他の小学校を知ることで、私の通っていた学園の異質さが浮き彫りとなり、小学校入学前の幼児期の段階で私立進学という選択肢を提示してくれた両親の先見性には頭が上がらない。

 転生者であるが故に精神的には一般的な小学生より成熟していることから、一般の小学校に通った場合私自身が浮いてしまう(・・・・・・)のは避けられなかっただろう。化け物の巣窟たるあの学園に突っ込まれたことで結果的に、その辺りの違和感を感じずに6年間過ごすことができたのは大きい。そしてこれからは、自身の精神に肉体が追いついてくるので、ギャップを感じることは次第に減るだろう。



 ――そして、もう1つ気が付いたことがある。

 このクラスの子、ノートを持っている(・・・・・)子と持っていない(・・・・・・)子が居る。

 ノートを『取っていない』のではなく、机の中を見ても、荷物のサイズ感からしても明らかに持ってきていない児童がちらほらと存在する。


 ノートを所有していて板書を写している子もまた、違和感が。それを確かめるために近くに居た子に演習の時間を使ってノートを見せてもらう。……この子、随分文字小さく書くな。

 いやそれよりも、私が考えていた通りこの子も授業ごとにノートは分けられておらず全教科の内容が時間割順に一緒くたになっていた。


 時系列での記憶を重要視しているのかな? 普通に考えればノートを見直す際に効率が悪い気がする。

 更に付け加える形で気が付いたのがノートを持っている子も基本的にノートに書きたがらない。先生が書くように、とかなり念押ししないと板書をノートに転記しようとしないのである。それも1人、2人ではなく、このクラスのノートを机に出している子のほとんどがそういうスタンスなのだ。


 極め付けは、繁華街で配られているチラシの裏紙を丁寧に綴じてオリジナルノートを作ったり、明らかに幾度も消した形跡がみられる黒鉛で黒ずんできているノートを持っている子を見つけて、この子たちの不可思議な行動に対する疑問が、答えを持った確信へと変わった。



 ――つまり、ノートが貴重で買うことができないレベルの貧しい家庭の子供達が通っている学校なんだ、ここって。


 ノートを持っている子らがあまりノートに文字を書きたがらないのは、勉強が嫌いとか授業が面倒、あるいは先生に反抗的であるという理由以上に、ノートそのものが私や先輩らの感覚のように消耗品ではないのだろう。だから積極的に板書することがないのだ。沢山書いてしまうと、ノートの買い替えが早まってしまうから。

 そこで気が付いてしまう。これでは学習効果はどれ程になるのだろう。授業内容よりもノートの残量を気にする状態では決して効率の良い学習とは言えない……とは思う。

 まあ手を動かしてノートを取ることが最も効率的な勉強法である、と主張するつもりはないけれども、それでも極力……あるいは一切メモの類を取らずに人の話を理解することは至難の業と言えるだろう。

 ……それこそ、ソーディスさんレベルの化け物でない限り。というかソーディスさんの家にもノート、というか本の類は一切無かったな。

 まあ、彼女の場合は学園の図書館に入り浸ることでその辺りの問題は解決しているし、別に授業中にノートを持ってきていないわけでも無かったので、ここまで貧しいというわけでもないのかもしれない。あるいはアプランツァイト学園のことだから備品くらいは支給していた可能性はある。


 ……でも。この現状を見て1つだけ言えることがある。

 おそらく、授業の中身そのものは学校ごとに差は大きくないのだろう。学園初等科では授業進度が異常であっただけで、教えられている中身自体は私も聞き及ぶ範囲であるし、しっかりと応用問題にも触れている。


 ただし、そこから先。生徒が学習内容をインプットするときに、『経済的格差』がそのままダイレクトに学力に影響してしまっているのが実態だ、と私は感じた。

 しかもこの国唯一の義務教育である小学校ですらこの有様なのだ。……そりゃあ、貧しいというだけで中学校より上への進学ルートが絶たれることは想像に難くない。



 そして、中学進学という部分に想いを巡らせたことで気が付いてしまう。

 ――魔法青少年学院に通う生徒の中に、一体どれだけ目の前に居るような子らのようにノートすら取れないという境遇からのし上がってきた人は居るのだろうか?


 成程、確かに王族も貴族も平民も通っている面を見れば、随分と身分制度にフラットな部分があることには異論はない。


 ただし、その平民の水準が問題だ。

 オーディリア先輩は町医者の娘であり、医師が国家資格で技能のある限られた者にしか渡されないということを考えれば貧しいことはありえない。

 ビルギット先輩などは平民とはいえ元従士の家系で、既に家で馬を飼っていたり、今回旅行に連れてきたような『お付きの人』のような存在が居ることから、どう考えても彼女も富裕層側だ。

 そして、私もまた。元従士家系で一応あり、国家公務員・魔法使いでかつ大学特任教授という父を持つ。……これも一切の議論の余地なくお金持ちであることは間違いない。


 唯一私達の中ではラウラ先輩のみが下町の出身であり正確に家のことは分からないが、彼女は特待生・・・である。まあ、選ばれるだけの才覚はあるのだろう。


 つまり、平民は富裕層とごくごく限られた天才のような存在しか掬い上げられていないのが魔法青少年学院と考えることが出来る。

 才ある者が魔法使いになるのだから制度的には間違っていないかもしれない。魔法使いは同時に国家を守護する軍人でもあることから門戸を広げても採用枠や採用基準を軟化させる必要はないのかもしれない。


 ……私が主張したいのはその教育制度根幹部の『思想的』問題ではなく、現在情勢を鑑みた場合、実は意外と危機的状況下に陥っているのではないかという推測だ。


 魔法青少年学院に通う、これは国家公務員・魔法使いになるということとほぼ等価だ。

 その魔法使いになる学校には、富裕層と天才と貴族しか通っていない。


 そして2点目。この国は先の『森の民金融恐慌』で中小銀行の合併を推し進めた結果、大量のリストラが発生し公務員に対する羨望と『妬み』が高まっている。


 さらに3点目。この国の治安は未だに回復しておらず、しかも『森の民金融恐慌』を政府は優れた手腕でほぼ最速と言える速度で脱したが、その処理過程で貧困層の支持を失い、彼らの一部を『ガルフィンガング解放戦線』……暗殺やテロ行為すら辞さない過激派組織に走らせる結果となっている。



 ――以上を統合すると教育的に貧困層と富裕層が分断されている状態で、このまま政治上で貧困層の支持を失い続けた場合……一般庶民から妬みを買っている公務員がテロ攻撃の対象になる可能性があるのでは。


 ……その際に、私達が狙われることがないと根拠なき断言をすることが果たして出来るものなのだろうか。

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