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4-13

 

『――皆様、14時間に及ぶ長い旅路でしたがお疲れ様でした。あとおよそ40分程で当列車は目的地でありますヴァンジェール州の州都・ラルゴフィーラに到着致します。只今の現地の天候は晴れ。風も少なく大変過ごしやすい陽気となっております。到着まで今しばらく時間がございますが、出立の御準備をしてお待ちくださいませ――』


 夜が明け、陽が高く昇り、窓の外には青々とした新緑の山々が折り重なっている。鉄道はそこそこ高所に引かれているらしく、トンネルを通ったり、あるいは渓谷と呼ぶべき深い谷に架けられた陸橋を渡ったりと風光明媚な自然を楽しめる。


「いや、絶景ですね! もしかしてこれから到着するラルゴフィーラもこうした山々に囲まれた盆地のような場所なのですか?」


 私がそう口に出すと、既に1時間ほど前に起き出発の準備を終えたビルギット先輩とラウラ先輩も部屋内のボックス席に座り、返事を返す。


「いえ、ラルゴフィーラは西部では最大の都市ですので平地に広がっておりますよ。ですのでこれから一気に下りますわね」


 あっ、そうなんだ。じゃあ今は、たまたま標高の高い地域を走っているだけなんだね。

 そんなことを呆けたように考えていたら、思わぬところから指摘が入った。


「……あー、もしかして知らないのか、ヴェレナ。知識偏重になると単純なこと見落とすぞ。

 ほれ、あそこ。見てみな……。


 ここからならちょっとだけだけど見えたりするのだよね。

 ――『瘴気の森』が」



 瞬間そのラウラ先輩の言葉に反射的に反応して、彼女の指差した車窓の先を目を凝らして射抜くようにして見つめる。


 すると天気は晴天なのにも関わらず、黒色というか紫色というか何だかもやがかった地域が遠くに微かに見えている。

 ――列車はかなりの高台を走っており、地平線を見下ろせるようなロケーションである。そして周囲を自然に囲まれているため、延々森が続いているように見える。……のだが、その靄の周辺の森はやっぱり近場にあるものとは何だか雰囲気が違う、異質な存在のような印象を受けた。


 如何せん遠くであるので細部までくっきりと分かる訳ではない。だがそれでも、何となく不穏な雰囲気を感じ取ることができた。



 ――そっか、あれが『瘴気の森』なんだね。


 瘴気の森。『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム中では悪役令嬢《私》が敗戦した決定的な要因の1つ。魔王や魔物が棲み、魔王侵攻を後々引き起こすこととなる私の身の破滅となるトリガー。

 そして同時にゲーム中の悪役令嬢が就いた職業であり、私も目指している魔法使い。その魔法使いの職掌範囲が、あの『瘴気の森』である。

 魔法使い……ううん、人類にとって瘴気の森はそれ単体で敵地ではある。けれどもそれに加えて魔物の脅威が存在することも忘れてはいけない。

 そうした危難から日常生活を守ること、それが魔法使いとしての本義である。



 そんな私が食い入るような視線を遠くの瘴気の森に向けているのを尻目にしながら、オーディリア先輩がこう話す。


「鉄道が魔石などの物資輸送も担う重要な軍事的な要衝であることはヴェレナさんも知っておりますよね?

 ……王都からラルゴフィーラを直接結ぶ、この特急路線そのものが魔石輸送の大動脈となる幹線路線なのです。だからこそ、非常時においても防衛できるように我が国の国土に大分食い込んだ内側を走っているのですよ。それが高台を走っている理由です。ある意味、限界まで魔物に侵攻されたときの最終的な国土防衛線とも言えますね」


 高台とはいえ、瘴気の森が目視でギリギリ確認できる位置が最終防衛線。

 ……近いな。私は反射的にそう感じた。如何せんあまりに遠方なため具体的な距離感が掴みかねるが、最終防衛ラインが平時の段階で敵が見えなくもない位置というのはいささか危ういような印象を感じてしまう。


「……一応オーディリアの脅し文句にヴェレナさんが乗せられそうだから言っておくけれど。

 見えてはいるからすぐ近くに思えてしまいますが、ここからだと瘴気の森まで結構距離ありますからね。

 そもそも鉄道敷設時に、初代勇者と初代魔王から連なる歴代の5000年分の魔王侵攻データを参照した上で、攻め込まれたことのないか撃退できた地域にしか幹線路線は作っていないわよ」


 あー……、まあそりゃそうか。国が主導して作っていて重要な路線なら国防のことくらい考えて作るよね。

 ……前にソーディスさんが奇跡の復興を遂げた国と言っていた『勇者の国』が、全土占領の憂き目に遭っていたことは考えないこととしよう。お父さんから話を伺ったりした『前回の』魔王侵攻では、森の民は国境、というか我が国と瘴気の森との境界部分での競り合いだったからほぼ侵略されていないようなものだしね。




 *


 下車時に荷物検査を受けて、4人プラスお付きの人2人の6人で駅へと降り立った。

 ラルゴフィーラ駅は私達のように王都や他の大都市から長距離移動してきた乗客が降りる西の主要駅である。

 それだけではなく、『街道の民』、あるいはその先にある『商業都市国家群』という外国へ連なる森の民の玄関口としての役割も担っている。


 ……一応、国外移動手段として飛行機もあるんだけどね。飛行機の方が早いけれども今はまだ鉄道で隣国へ渡るのは一般的な手段だ。まだまだ国際便の飛行機のフライト運賃が高いのだろう。後は安全が保障されているとはいえ、未知の森の上空を飛ぶ、というのは気持ち的にちょっと怖い。墜落した時に救助が来れるのかという問題もさることながら、未知の森は飛翔物体に攻撃を仕掛けたりしないのだろうか不安なのである。

 その点鉄道であれば、とりあえずは人間の勢力圏を縫うように敷設されているので、瘴気の森、未知の森というこの世界の人類的に危険エリアに踏み込むリスクは低下する。国と国を繋ぐような主要路線であれば防衛のこともしっかりと考えて敷設されているのは想像に難くない。


 それと、隣国の『街道の民』。名前に『街道』と付いているが、これはこの国が、森の民と商業都市国家を東西に結ぶ3本の街道に出来た国家であることに起因している。

 ただし鉄道が誕生する前ならともかく、今のご時世では物流の基盤は鉄道貨物である。なので、街道にほぼ並行する形で国際鉄道もちゃんと主要街道の数と同じ3本が敷かれている。

 街道というアイデンティティが鉄道で失われている気がしないでもないが、今なお両国の物流の中継地としての需要はあるわけで。


 逆に、その先の『商業都市国家群』は打って変わって広範に亘る国家である。ただし都市国家群・・・・・という言葉が示す通り、大小さまざまな都市や地域が集合して出来た緩やかな連合体だ。

 政治的あるいは軍事的に統一されている訳ではないが、経済的な結びつきは相互に強く、文化的にも類似する部分は多い。



 そんな国と鉄道で繋がっているので、てっきり列車を降りた瞬間から異国情緒溢れる景色が広がっていると考えていたのだが。


「……何だか、街並みは私の住む王都に似ていますね」


 この世界では最新の建築様式らしきコンクリート造りの鉄道駅舎。駅前は舗装道路だが、ちょっと路地を入れば無舗装な道。その道に敷かれし路面列車のレール。


 木造とコンクリートとレンガ積みの建物がそれぞれ入り混じる街並み。

 言ってしまえば王都にもありそうな景色だ。


「まあそりゃそうだろ、ここが森の民であることには変わりないからな。

 確かに街道の民やら商業都市国家から来た住人が多く住んでいる地域とかは、それなりに街の雰囲気が違ったりはするけどな」


「あとは、観光地などはそういった他国の息吹を感じられる場所もあるわね」


「……ある程度大都市化に成功した街並みはあまり変わり映えしなくなるわけですね。田舎も田舎で似たような景色が広がることも多々あるとは思いますが。

 国としては同じなのだから、ある程度傾向が似てしまうのはあるかと思いますよ」


 3人の先輩がそれぞれに私の感想に突っ込みを入れる。そしてオーディリア先輩がそのまま続けて話題を転換する。


「まあ、それはひとまず置いておいて。とりあえずに荷物もありますし、宿泊先の方へ向かいましょうか。現地の方が車を回してくれるとのことでしたので、ご厚意に甘えましょう」


 そういえば宿はオーディリア先輩が見繕ったから、保養地の別荘を貸し出してくれるとか旅行前に言っていたっけ。その宿泊費の代わりではないけど今日はお手伝いをするとか何とか。

 じゃあ、車を運転してくれるのはそこの管理人の方とかなのかな。


「オーディリアの関係者だから今更驚きはしないけど、車なんてものを普通に持っているのな……それもこの人数乗れるやつ」


「……まあ、その辺りは現地に着いてからのお楽しみってことでお願いしますね。ああ、そうだ。お手伝いの件も忘れないでくださいね」


 オーディリア先輩ってこういうところでサプライズをしかけようとするよなあ。割とお茶目というかテクニカルなふざけ方をしてくるというか。




 *


 駅のロータリーに私達が向かったときには既に停車していた車に乗り込み、大体1時間。案の定無舗装道路なので滅茶苦茶揺れるわけで。


 土埃を道路上に舞いさせながら、中心街から離れていく。如何に西の大都市とは言えども、渋滞のしていない道を1時間も走ればそれなりに郊外に出る。


 「ここから目の前に見える丘を越えた先が目的地ですね」と告げるのは運転をしている妙齢の女性。


 車は揺れながら坂を登りきると、開けた景色が広がる。そして目の前には白色の外壁。そして三角の屋根の上に尖塔。これって、もしかして……


「教会、ですか……?」


 私がそう声に出すと、運転手をしている女性が答える。


「ええ、当教会はこのように中心街から外れておりますので当教会の修道者は皆、運転技術を身に付けております。皆様のようにラルゴフィーラ外から訪れる信者の方々も居りますし、近隣の方々も必要であれば送迎を行ったりしております」


 だから6人で荷物付きでも乗れる車を所有しているんだね。

 そして教会が見えてきたのでオーディリア先輩が、まず荷物を置きに行きたいから先に宿に寄りたいと運転手に伝える。それを了承し車は一度教会を通り過ぎ、私達の宿泊場所へと向かうのであった。




 *


「……オーディリアのことだから、何かあるだろうなと思ってはいたけれども、まさか教会併設の宿舎とはね」


 そうぼやいたのはビルギット先輩。

 でも教会の宿舎とは言うものの、見た目はおしゃれな2階建てのログハウスだ。そして中にも広々としたキッチンやダイニングと設備は万全である。2階が大部屋と小部屋が1つずつあったので、ここは小部屋にお付きの人を入れて、大部屋で私達4人が寝ることになりそう。ということでみんな荷物はとりあえず2階に上げておいた。


 そしてオーディリア先輩。

 ずっと黙っていたけど、宿にお金がかからないとは言っていたけれども、そのコネクションというのがまさか教会だったとは。その辺の意図も含めてビルギット先輩と共に迫る。


「理由はいくつかありますけど。先に本日の予定をお伝えしますね。

 まず今の時刻が9時半を回ったところですが、10時から午前は教会併設の幼稚園で職員補助のお仕事を行います。その後はお昼ご飯を食べた後に教会学校での授業見学と簡単な紹介。最後に先ほど車の中から見えました教会にて礼拝に参加して終了ですね。

 ……端的に言えば、この丸木の別荘を数日お借りする代わりの奉仕作業、というところでしょうか」



 ああ、これは奉仕ボランティアだ。

 成程、ボランティアの見返りという形で宿泊費を浮かす算段だったんだなあ。うんうん、確かにそれは賢い。だが……


「……オーディリア先輩。まさかあなたが宿泊費を浮かすだけ(・・)の意図でこんな大がかりなこと、するわけないですよね?」


 権力に魅入られていて上昇志向で、その化け物具合の片鱗さを小学校時代から見せつけられている私にとっては、たったそれだけの理由でこんな仕掛けをするとは思えない。だってお金に困っている、というわけでもないから正直節約という観点は、理由づけとしては少々薄いようにすら思えてしまう。


 そんな私の考えを読んだのかは分からないが、交渉用の微笑みを浮かべてこう告げる。


「流石にバレますか。

 ……では1つだけ。ヴェレナさんは『女神教』が女性解放運動に熱心なことはご存知で?」


 ああ、それはどこかで聞いたことがある。新聞記事でちらりと見た、とかだったかな。まあ『女神教』という名が体を表すように、そもそも信仰している神様自体が女性なのだからそりゃあ女性を不当に差別することはないわけで。


 そうして古来から聖職者として女性を積極的に登用してきた経緯から、今では女性の社会進出を支える団体、としての側面も持っている。

 そんな女性解放運動の最前線たる教会と、私達の接点は……ああ。


「魔法教育の女性門戸開放……。そのトップバッターという立ち位置ですか……」



「正確に言うのであれば、将来的には私達はまず間違いなく女性初の魔法使いとなります。ヴェレナさんは2期生ですが括りとしてはほとんど同一として扱われるでしょう。


 なので私達は魔法使いとなった時点で否応なしに魔法使い内部で留まらず、女性解放運動に熱心な方々からエールを送られる立場になるのですよ、私達自身がそれを望むか否かは関係なく。

 将来的に無理やりその活動の流れに組み込まれざるを得ないのであれば、こちらから先手を打つというのもアリかと思いまして。

 快く引き受けてくださいましたよ、教会の方々も」


 そりゃあ、今まで女性に開かれていなかった組織に初めて飛び込んで行ったメンバーが教会での奉仕活動の依頼を出したのだから、万々歳だろうよ。今頃教会内部では宣伝に使えるワードが飛び交っているに違いない。

 ……でも、そうか。今後私達は常にそうした女性の権利だとか男女平等だとかのキーワードに振り回され続けることになるのか。そしてそれが教会の権益と交差する以上、将来的には政治的な駆け引きの渦中に引き摺り込まれることも覚悟しなければならない、ということで。


 ――と、そこまで考えた所でビルギット先輩が口を開く。


「……オーディリアの性格の悪さがにじみ出ているわね、この計画。しかも子供への奉仕作業というのも、もう権力者が自身の印象操作に利用する話作りで古くから使われている手法じゃない。それを中学生の段階で行うことで、幼い頃からそうした純朴な精神を持っていた、みたいな情報戦を後々仕掛ける為の布石だとか、そんなことを考えているんでしょう?」


 うわっ、きたねえ。

 そしてその評判はこうしてついてきた私達全員に降りかかる。……いや、まあ悪いことではないんだけれども、釈然としないな。


「まあ、先々の保険としての意味合いが強いのは認めますわ。そして事前に話さなかったことについては申し訳ありません。

 ですが最初から話したら、ビルギットやヴェレナさんはともかくとして、多分ラウラが参加することはなかったでしょう? ……あなたがそうした『政治的な行動』を苦手としているのは知っていますもの」


 そうしてオーディリア先輩の話を聞いてから沈黙を保っていたラウラ先輩に話を振る。

 彼女は一拍置いて、目を閉じながらこう答えた。


「まあ、先に言われていたら来なかったな。……オーディリア、あまりこういうことに巻き込まないでほしい。特に魔法使いになるのであれば尚更だ」


 ……なんかこの2人。今まで気が付かなかったが根本的な考え方の部分で確執を持っていそうな雰囲気だ。仲が悪い、とかではないことは少ない時間ながらも一緒に生活してきたから分かっているけれども。


「……ですが将来的に私達が政治的な動きの中で振り回されることは確定していますのよ。であればこちらから先手を打って先んじて動くことは必要なのでは……って?

 あら? ……そう言った割には、無断で連れてきたことをあまり怒っていないですわね、ラウラ?」



「……あー、いや。何となく巻き込んだ理由が分かってきたからな。

 そもそもお前なら小学生時代でもそうした考えに至りそうなのに、今までやってこなかっただろ?」


 まさかのラウラ先輩からオーディリア先輩に反転攻勢。てっきり我らがオーディリア先輩の話術で懐柔されてしまうのかと思ったけれども突破口を見つけたようだ。

 その先の問いに少々訝しみながらも頷くオーディリア先輩。


 確かにラウラ先輩の言う通り、今の話の流れであればそれこそ小学生時代から教会に通い詰めていても問題は無いはずなのに。だって彼女の考えの根源は『官と民の連携』。

 魔法使いにならずともを抑えるために公務員になろうとしていたには違いなく、その場合においても女性の社会進出を訴える教会との連携は有効な策であろうことは私にも思いつく。


 ――それなのに、彼女はそれを行わなかった。それは何故だ。


 一瞬の沈黙の後、得意気な顔をしたラウラ先輩が口を開く。


「――お前、子供みたいな理屈の通じない相手が苦手だろ?

 だから自分では必要だと分かっていても、子供と触れ合うなんて1人で行くのには中々踏ん切りがつかなかったとかじゃないのか。

 私達を巻き込んだのも、色々と打算はあっただろうが、極論将来的にやっておいた方が良いけど気乗りがしないことに、自分が挑むのに私達のことが必要だったってことなんだろ? ……そんな頼られ方をしては、怒るに怒れないさ」



 ――まさかの、オーディリア先輩が子供嫌い!?


 そしてラウラ先輩のその言葉を聞き理解した途端、オーディリア先輩は赤面した。どうやら図星だった上にオーディリア先輩としてもそこまで見抜かれることは想定していなかったようだ、ラウラ先輩マジパねえ。



 ……初めてオーディリア先輩が、ここまでコテンパンになる姿を見た。色々と意外すぎる先輩の一面を知ってしまった。

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