表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/174

1-5


 週末に教会に行くことになった。


 突然だとは思ったけど、休日に教会に行くのはこの世界では結構よくあることみたい。とはいっても絶対毎週末行かないとダメというわけではなく、気が向いたらいつでも来てね、というスタンスらしく割と緩めと言えば緩めな宗教だ。


 『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』内では『女神教』と呼ばれ、豊穣の女神を司る一神教の宗教だ。神様は女神ではあるが、聖職者や聖人に認定されるのは女性だけ、というわけでもなく普通に男性神官やら男性聖人も存在する。

 多分ゲーム的な部分では、神官系イケメン男子を置きたかったからなんだろうな、このへん。そういうイケメンキャラもいいよね。


 後はゲーム部分としては、タイトルにもある『聖女』。これは主人公の出身国である『聖女の国』と、ストーリーや作成したキャラクター次第では聖女の国の『2代目聖女』になれるというダブルミーニングになっていると考えられるが、この『聖女』という称号をゲーム中で正式な形で与えたのも教会のお偉いさんであった。

 ……聖女の列聖式典にもイケメンがいたな。何ならスチル回収したわ。


 ただし称号としての『聖女』は与えられたのはゲーム世界でも主人公以外には一例しかなく、その『初代聖女』もシリーズの初代主人公らしいね、攻略wikiに書いてあった。



 というわけで、縦にストライプの入った紺のガウチョパンツに半袖のウグイス色のポロシャツをお母さんに着せられた。そして最後に紅色のベレー帽を被せられて、完成。


「……ねぇ、あなた。教会へ行く前に郵便局へ行っても構わないかしら」


 私の服のコーデが終わったお母さんは、お父さんに問いかける。少し遅れて短く了承の意を返ってきた。



 郵便局は教会へ行く道の途中にあるようだ。

 まあ、教会も歩いて数分のところにある小さなものなのでそこまで遠くないが。


 



 郵便局は趣のある……うん、少しばかり古そうな印象が醸し出されているが、一方でしっかりと頑丈そうな造りの建物だ。中に入ると意外と広く感じる。長いカウンターが木の板で仕切られており、カウンターそのものは相当な年代物であることが伺えるが、その外観やカウンターとは異なり、床や壁は塗装を塗り直しているのだろうか、全体としては時の流れをあまり感じない内装となっている。

 リフォームしたのかも。


 窓口に書かれている文字を見てみると、『郵便窓口』『魔力通信窓口』『各種証明書窓口』……などなどが存在する。お母さんは郵便窓口へと向かっていったのでお父さんと待つ形となった。


 魔力通信、確か家に冷蔵庫くらいのサイズであった装置のことかな。

 と思い起こし父に聞いてみたら、どうやら郵便局で管理しているものはもっと大型でより多くのメッセージのやり取りができる言わば業務用のものみたい。


 というか、魔力通信装置と言われたら一般的には郵便局にあるものを指すそうで、普通の家庭にはまず置いてある家は少ないとのこと。

 冷蔵庫サイズで小型なのか。それと、電話やメールやSNSでのやり取りみたいにメッセージを相手に送るというのは、この世界では結構大変なようだ。

 手紙よりかは早く送れるらしいが、郵便局での魔力通信では郵便局間ではやり取りはできるものの、そこから先は配達員がメッセージを印刷した紙を郵便局からメッセージを送りたい相手のところに直接届けるしかないようだ。


 その通信そのもののラグも距離に比例して増大し、国家間とかだと10秒程度のメッセージを送るのに数時間とかザラにかかったりするらしいが。

 魔力通信機では音を相手先に送るのが本来の用途ではあるんだけど、結局配達の都合で文書を送る文字やり取りのシステムになっている。それでは大事な用くらいにしか使えないね。


 ……だからゲームではアポ取るだけの『通信』コマンドを使うだけで休日の一日が終わったのか。


 ただ、そんなあんまり使えないメール機能程度に考えていた通信機能は結構この世界では重要らしい。

 お母さんが戻ってくるまでちょっと時間があって暇だったから、壁に貼られている『当郵便局の成り立ち』と題されたいくつかの写真付きの説明を何となく眺めるとそんなことが書かれている。


 へー、元々はこの郵便局って冒険者ギルドの建物だったんだ。それで国が統一したことを受けてギルドを解体したときに郵便局になったと、ふーん。

 それで冒険者ギルドの仕事を支えるのに、当時は旧型だったらしいけど通信装置が大活躍していたみたい。世界中に冒険者ギルドはあったら連絡手段は必須だもんね、なるほど。


 郵便業務は護衛依頼だとか配達依頼などがそのまま継承される形でギルドから郵便局へ受け継がれたらしく、このときに商人ギルドなんかもまとめて郵便局へと編入されたと書かれている。その他の薬草を採集したり魔物狩ったりするような依頼はまた別のところがやってるみたいね。魔物退治は多分、魔法使いの仕事なんだろうなあ。


 ついでにその他の各種証明書発行というのは、市役所でやってることが郵便局でも代理で行ってるだけのようだ。住民票、パスポートの発行……ああこれはギルド証の名残だね。一般人にはギルドが身分証を発行する場所と根付いてしまっていたからこれも引き継いだのかな。



 その後何事もなくお母さんの用事は終わり、郵便局を後にした。ってか休日なのに郵便受け付けるんだね。





 郵便局から数分歩いて、教会に到着した。


 この街、ヘルバウィリダーの教会はそこまで大きなものではない。小さな礼拝堂があるのみだ。ステンドグラスやパイプオルガンのある大きな教会や、それよりさらに荘厳な大聖堂のような建物もあるらしいが、そういうのは私達の住宅街には無く、もっと人の多く住んでいる地域に多いらしい。あとは規模は利便性なども関係するっぽいね。


 礼拝堂の中に入り、後ろの端の方の長椅子に3人で腰をかける。他にも結構人は居る、けれども街の人全部というわけでもない。熱心な信徒ばかりが集まっているという感じでもなく、ただ時間があったから来たって人が多そうだ。


 何かの雰囲気に似ていると思ったけど、ああ、これ神社やお寺へのお賽銭を入れに行っている層に近いんだ。信心深く熱心な人ならもっと大きなご利益のありそうな所を訪れているのかも。


 実は結構ギリギリに到着したようで、席に着いてからものの数分で壇上に何か白服に緑色のストールみたいなのを巻いた如何にも宗教関係者っぽい男の人が出てきた。司祭さんとかなのかな。

 すると、私達の席よりも更に後方から演奏が聴こえてきた。そうそう、教会っぽい荘厳な音楽でパイプオルガンの演奏が……ってパイプオルガンじゃないじゃん! アコースティックギターとクラヴィコードにウッドベースにドラム、ここにはエレキ系の楽器は無いものの完全にポップスのインストじゃないか。カルチャーギャップがすごい。

 あっ、エレキギターとかキーボードに似た楽器も魔石を利用してあるのか。今日の礼拝では使ってないだけ? なるほど。

 


 後から知ったけど、『女神教』は女性の社会進出を支援している関係上から、聖歌隊の一部をアイドルユニットとして売り出しているらしい。まあこの曲調なら売れるわな、そりゃあ。






 曲が終わると礼拝の始まりの言葉が紡がれるとともに、椅子から腰を上げ膝立ちになるように指示される。

 えっ、ここからずっと膝立ちって辛くない、と思ったけれども、前にある長椅子の足と足の間を渡すように板があり、その板の上にはクッションが置かれている。ああ、ここに膝を置けってことね。


 そして、クッションに膝を置くと前の長椅子の背もたれ部分が手を置くのに丁度良い高さに来るみたい。――子供の私には高すぎて手を置く場所ないけどな!

 あっ、疲れたら女神様に祝福されるとき以外は椅子に座って大丈夫なんだ、はい。


 その後は、何か女神様の言葉とか祈りを捧げたりした。なんかこういうプログラム進行は入学式とかスポーツ大会の開会式みたい。来賓祝辞みたいな?


 あっ、次は司祭による『説教』とのこと。これはさしずめ校長先生のお話みたいなものか。





「今日のお話の主題は『選ばれた者は、その役割を全霊を持って応える必要がある』ということです。これは女神様と初代の大勇者様のやり取りを、最も近くで支えた信徒である初代の大修道者様が記録した『修道者手記』第一章の後半に記されている言葉です。


 大勇者様の幼少期は歴史的に詳しいことは分かっていない部分も多いですが、手記によれば農夫の息子として生まれ育ったことが記されております。生まれながらにして選ばれた勇者と勘違いされがちですが、そういうわけではないのです。

 また魔力も今の私達に比べれば大勇者様は有しておりましたが、それは当時の宮廷魔法使いと比較するのも烏滸がましい微々たる保有量であったと言われております。事実勇者として高名になった後に何度も大司教らによって魔力測定が行われているのが文献として残っております。


 大勇者様は決して生まれもった先天的な才能に恵まれていた、というわけではなく私達とある意味では同じ普通の人(・・・・)であったと言えるかもしれませんね。

 そのことを大勇者様自身も非常に気にかけており、高名になった後でも自分が魔王討伐の任を受けるのはいささか荷が勝ちすぎるのではと考えていたことが明かされております。


 そうした気持ちはごく自然なことです。大勇者様以外の初代魔王討伐隊の面々はいずれもその分野のエキスパートの天才揃いでした。そもそも手記を記した大修道者様もまた何事もなければ教皇の座に就くことは間違いないと言われた当時の『聖女教』唯一無二のエリートでした。

 そのような錚々たる面々の中で、学も無ければ魔力も大したことが無く、際立った才覚のない農夫の息子と考えていた大勇者様が彼らに気後れする気持ちというのは私達にも大いに頷ける部分があるでしょう。


 『修道者手記』第一章には以上のように自信喪失になっていた大勇者様と女神様のやり取りが記されております。言われるまでもないことかと思いますが、女神様と直接お話しをする機会があることそのものが常人ではありえないことではあります。ですが大勇者様はそのことについては自身の才覚ではないと捉えていたようです。


 大勇者様に与えられた祝福というのは些か複雑なもので、自身の心持ちなどの精神面に大きく左右されるものであったと言われており、おそらくそうした部分の管理、ということも含めて女神様から直接御言葉を授かる機会が多かった、と現在では考えられております。

 その中で女神様が大勇者様を激励する言葉のひとつとして登場するのが冒頭に挙げました『選ばれた者は、その役割を全霊を持って応える必要がある』、なのです。


 度々間違えられていることですがここでの『選ばれた』というのは女神に祝福されたことでも、魔王討伐の任を命じられたことでもありません。


 女神様がおっしゃりたいことというのは、『自身の周りの人の想いに応える』ということです。

 またこの場合の周りの人は魔王討伐の命を与えた王や貴族ではなく、もっと身近に『助けを求めている人が居て、自分にそれを為す力があるのだから、助けてあげなさい』ということ、すなわちあれこれ自分の存在や価値などと考えているよりも身体を動かし誰かの助けになることの尊さを説いております。

 その理想は自分から誰かを助けるように自発的に動いてくことになるわけですが、最終的に大勇者様はそうした理想の体現者となるまで成長しますがこれはまた別の機会にお話ししましょう。


 ともかく、その後の大勇者様の活躍は歴史書などにも記される通りなのです。


 『選ばれた者は、その役割を全霊を持って応える必要がある』、この言葉の意味を取り違えてはなりません。……本日は家族連れで来て頂いている方も多いですね。

 『選ばれた者』と仰々しいことを言ってはおりますが、これは学校の係や委員会といったものあるいは両親と約束してやっているお手伝いやお願いごとなども含まれます。

 自らやりたいと立候補したことであっても、家族や先生、お友達からお願いされてやっていることであっても、一度やると決めたことはなるべくやり続けよう、ということですね。

 そしてその理想形は人から頼まれたことを自発的に率先して継続的にやっていける人間になれることにあります。


 そしてもうひとつ、この言葉は『その役割を全霊を持って応える必要がある』と言ってはおりますが、ここには絶対に失敗してはいけない・やり遂げなければならない、といった強制力は伴っておりません。あくまで最大限努力することの重要さを説いているのみで、それに対する結果というのは重要視されていないのですね。


 全力で努力しても上手くいかなかった、あるいはそれでも途中で断念せざるを得ないということもあるでしょう。しかし女神様はそうした結果よりも『他の人の為に努力した事実そのものが尊い』……と、そうお考えなのです。


 今の我々の社会では結果ばかりが追い求められることが多く、失敗に対して不寛容な人が悲しいですが居るということも事実です。そのため、他の方から頼まれても失敗を恐れるあまり断ってしまったり、あるいは結果や成果などに影響が出ない場合にはやっても手を抜いてしまうなんてことが往々にしてあります。


 ですが、もし自分自身に余裕があり、頼まれたりお願いされたりしてやると決めたことがあったのならば、どうか出来るところまでは他の人の助けになることを続けていけたらと私は願っております――」





 ――正直、背筋が凍った。びっくりするくらい初代の大勇者様とやらと私は似ている……。


 元は農夫の息子であった初代勇者、転生前はただの乙女ゲームプレイヤーだった私。

 女神様によって勇者になることを宿命づけられた初代勇者、ゲームシナリオによって悪役令嬢になることを予期されている私。


 いや、まあゲーム上のヴェレナのように『悪役令嬢』になるつもりはないが、そうした場合の私の役割とは?



 が転生した意味はそこにあるの?


 確かに、そういわれると納得のいく部分も多い。


 ……この世界は魔石に頼り過ぎだ。何をするにも魔石が必要。しかし、私達の世界で必要不可欠だった『電気』を見かけないのだこの世界。だが生活水準に関しては概ね元の世界と変わらない、気がする。

 ここまで徹底して『電気』が生活に関わらないと、電気が普遍的だった世界から転生した私の意味を思わず類推してしまう、もしかして『電気の普及』、これが私に与えられた役割・・――?


 あるいは、私だけが今から30年経たない内に再度『魔王侵攻』があることを知っている。それを防ぐ、あるいは『魔王を倒す』ことも?


 それとも、ゲームシナリオ上対立した『聖女の国との戦争に勝利する』ことが可能なのも私だけ――?


 となると、魔法使いになって王子と婚約してこの国の権力を欲しいままにする『悪役令嬢』としてのヴェレナの歩みは最終的な結果・・が誤っていただけで、その役割を全霊を持って応えていたと言えるかもしれない。


 そう考えた場合、私に与えられた役割・・というのは、基本的には『悪役令嬢ルートを踏襲すること』?

 それじゃあ私婚約破棄された後どうなるか分からないじゃん。死ぬかもしれないし晒し者になるかも。



 ――その『末路も含めての選ばれた(・・・・)役割・・』なの?



 ……いや、違う。私はゲーム通りのシナリオに沿う必要なんてない。戦争に勝てば何の問題もないし、魔王も倒せばそれこそ救国者として名を連ねる言わば英雄だ。そうすれば末路は間違いなく変わる。


 ただ、果たしてそこまで大それた『役割・・』を元の世界では『凡人』でしかなかった私ができるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ