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4-8


 入学式初日のホームルームはオーディリア先輩の読み通りに翌日以降の連絡事項で、すぐに解散となってしまった。


 教室に居ても疎外感しか感じないし、多分現段階で話しかけてくれるのは貴族のルーウィンさんやら、アマルリック王子やらで、貴族として身分分け隔てなく接するという崇高な義務感で話しかけてくるのと、没落フラグの塊というあまり積極的には関わりたくない人物ばかり。

 そんなわけで先輩から言われていた通り、教室を出て真っ直ぐ女子寄宿舎へと戻ってくる。


 ただあまりにも早く帰ってきてしまったみたいで、常駐の2人の警備兵の方を除けば誰も居なかった。なので、とりあえず自室に向かい魔法通信装置を利用してルシアに対して、ルーウィン侯爵家について何か知っているかを伝言として残しておく。


 それで、3畳程度の自室に居て特にすることもないのでやることがなくなってしまう。困った。こんな真昼間から暇を持て余すことになるとは。


 とりあえず、通信で伝言を残すために喋って喉が渇いたので、キッチンへと向かう。

 玄関前のダイニングを通過して、冷蔵魔石装置の扉を開ける。あっ、私の私物入れるスペースが出来てる。でも今はじめて気が付いたので当たり前だが、何も入っていない。共用スペースに何か飲み物は……って、緑茶のウォーターボトルとか入っているけど、これ誰が作っているんだ。そのほかには牛乳瓶もあるけど、これは料理用かもしれない。まあ、水でいっか。キッチンシンクの蛇口のような見た目の魔石水発生装置からは飲料には適さない『魔力感応水』が出ているので、基本どこの施設にも常備されているウォーターサーバーを利用する。ここは寮だからいくらでも飲めるけど、街中のウォーターサーバーはお金を取ったりするから嫌らしい。まあ、自販機みたいなもの扱いなんだろうな。

 その反面、寮にあるやつは冷却機能などは存在しないので、常温水ではあるけど……。


「あら、ここに居ましたのね。ヴェレナさん。申し訳ありません、申請許可を取っていたら少し遅れてしまいました」


「おー居た居た。すまんなー遅れてしまって」


「それじゃあ、行きますよ。学院内をヴェレナさんは未だしっかりと回っていなかったでしょう? 入学前では学院の施設も空いていないところのが多かったですからね。オーディリアとラウラとも一緒にね」


「ビルギット先輩……」


 突然ダイニングに現われた先輩3人組。まあここ玄関からすぐ近くだし気が付くのか。

 それにしても学院案内とはね。確かに、授業などで使う施設は頭に入れておくのはいいかもしれない。……アプランツァイト学園のときは確かスタンプラリーだったな。もう6年前なのと、あの時はルシアの製紙産業の件があったからほとんど記憶の彼方だけれども。

 1学年30人程度のこの学院では新入生のために学校運営側としてイベントを企画するほどの規模ではないということなのかな。


「それじゃあ行くとするか。まずは本校舎からだな、別に生徒数少ないから広くはないけどな」


 案内する前にモチベ下げるようなこと言わないでください……ラウラ先輩。というか口調そのままで良いんですか。




 *


 ガルフィンガング魔法青少年学院本校舎。


 1階建てのU字型の木造校舎で、その間には中庭が存在する。校舎の端から端までは中庭を突っ切っていった方が早い。本校舎には各学年の教室が1つずつばらけて設置されている。西の端に1年教室、中央に2年、東側に3年という校舎配置になっている。


「学院のあるこの場所――地名で言えばガングベルクと呼ばれる地域なのだけど、王都の中では中央部から若干西側に位置していることに由来しています。……つまり、学年が上がるごとに王城へと近づいていくわけです」


 ビルギット先輩がそう教えてくれたが、何というか微妙な感じ。王城に近い方が偉いというか上下関係を示すものなのだろうけれども、所詮校舎という建物1つでどれ程の差異があるのだろうか。


「あー、ヴェレナ? わたくしも聞いたときは奇妙だとは感じましたが、別に大した意味のあるものでもないし、そういうものなのかと受け入れていた方が気が楽ですわよ。どうせこの学院が出来た頃からの『伝統』なのだろうし」


 一応、放課後を校舎内探索しているという形になるので、男子生徒や職員に会っても問題ないように、ラウラ先輩は猫被りモードである。そんな物言いに対して「ラウラはいつも自分の興味がないことに対しては、ドライというか無関心というか……」と頭を抱えているオーディリア先輩。


 そんな二人を尻目に従士繋がりのあるビルギット先輩が説明を続ける。

 教室以外には、1クラス分の生徒が入れる小さな階段講堂がいくつか存在する。床が階段状になっていて後列に行くほど高い位置から教壇を望める部屋だ。前に身長、正確には座高が高い子が座ると全然見えないもんね。こういった地味な配慮は有難い。

 その他には実習室が一通り揃っている。魔法と錬金術の共通分野の学問である魔錬学のための魔錬実習室を始めとして、被服実習室・調理実習室、果てには『博物実習室』なるものも存在する。


「博物……?」


 私が思わず声を出すと、ラウラ先輩が答える。


「区分上では魔錬学の一分野になりますわね。動物・植物・鉱物について学ぶ学問でございますわ。魔法使いとして最も重要な国土防衛の任は、瘴気の森の外縁部での魔物との対峙になりますからね。魔物や瘴気の特性などを学ぶ前に一般的な森や山林における知識を深める、というわけですわ」


 なるほど。存外基礎的なことを中心に学ぶのね。まあ中学校課程だもんなあ、そりゃそうか。義務教育ではないとはいえ、基礎的な事項を飛ばして一気に発展的内容を学ぶなんてことはないというわけだ。


 それにオーディリア先輩が補足する。


「特に鉱物では『魔石』について中心に学びますね。勿論魔石自体は錬金術師らが専門に取り扱っているものではありますが、魔法使いの立場としては、魔石には瘴気汚染がありますので、その対処は我々がしなければならないということです。

 特に『魔石』の品質と廃棄手法については重要でしたわね」


 へえ、確かに魔石の廃棄方法については考えたことが無かった。瘴気汚染については、まあ魔物の居る瘴気の森に持っていかなければ大丈夫そうではあるけど、魔力を貯める性質のある魔石を処分するときは確かに面倒そう。


 というか、魔石そのものは魔力を失っても再充填することで何度も使える代物であったはずだけど、やっぱり形あるものだから壊れるときは来るのね。そして、魔石は未知の森から採掘してくるもの。

 この2つの事実が示すのは、魔石は目減りしていく資源の可能性が高いということ。人は魔石を消費するばかりで自ら生み出すことはできない。となれば未知の森における魔石の生成速度を人間の消費ペースが上回ればいつかは無くなるよねえ。



 その他にも、美術関係の施設もこの本校舎に存在している。


「アトリエに、絵画室。その奥には観劇室やシアターといった小規模ではありますが舞台といって差支えの無いものがありますわね」


 その観劇室やシアターは、授業では楽器の演奏や合唱などの音楽系で使うのが一番頻度は高いが、シアター側にはスクリーンが存在するので映像資料を見る場合にもこの部屋は使われるとのこと。勿論、劇団やオーケストラを呼んで映像や資料ではない本物の舞台を見ることもある。


「でもここは狭いから、外部から人を呼ぶときには入学式でも使った大講堂の方がよく利用しますよ」


 そう語るのはビルギット先輩。そんなに人を呼ぶ機会があるのか、とは思ったけれどもこれは、どうやらこの学院が『芸術』のなかでも音楽関連には力を入れているのでオーケストラ演奏は比較的頻繁にあるらしい。

 芸術の授業自体は小学校のときから存在したが、どうやら学院独自の特性があるようだ。芸術で言えば音楽以外で重要とされているのは美術品の鑑定素養を培うこと。


 でも、何故なのだろう。……こういうときはオーディリア先輩に聞いてしまう。この手の理由には詳しいしね彼女。そして案の定答えてくれる。


「音楽と美術品鑑定。それはどちらも将来的に魔法使いになることを前提としたものですね。

 楽器は比較的分かりやすいですね。儀礼式典などで演奏する機会は多いですし。あの手の魔法使いの音楽隊は現役の方から選抜してやっているとのことですので、楽器は使えた方が望ましいということなのでしょう。あとは戦闘時にも情報伝達の手段として楽器が用いられることもあるみたいですね。もっとも指揮官の所在地がばれてしまうなどの欠点もあるので積極的に使われているわけではないようですが。


 美術品の鑑定に関してですが、こちらは魔法使いの業務の1つとして災害時対策などもありますからね。災害、あるいは魔王侵攻などで、自国の特定地域から避難する際に1人1人が物の価値を分かっていれば文化財などの保護も迅速に行えますからね」


 ……うん。何というか段々とこの学院のことが掴めてきたぞ。基礎教育は確かに行っているけれども、徹頭徹尾魔法使いになることを主軸に据えた教育なんだ。

 これまで通っていたアプランツァイト学園では人脈やコネクションを作る意図が全面的に押し出されていたのと同じように、今度は魔法使いに必要な技能や素質を習得することにあまりにも特化している。まあ、だからこそ『魔法学院系列』と呼ばれるのだろうけどもね。


 魔法使いの業務から逆算して、学生時代に何を学べば良いのかで学習内容を決めていますね、多分。


「あとは図書室と資料室、ああ戦史史料室などもありますが、そちらはどうしましょうか」


「あー……あのオーディリア。そろそろ時間的に屋外施設も回らないと時間が足りなくなると思いますが」


「おや? 本当ですわねラウラ。それであれば厩舎へ向かいましょうか。それでよろしいですね、ヴェレナさん?」



 学院のこと何も分からないので本当にお三方にお任せしますよ、ルート選びについては。




 *


 そういえば厩舎はアプランツァイト学園のときにも存在したな、と思い起こす。あれも、入学式のときのルシアと一緒のスタンプラリーで行ったきりだったけどね……。あの学園は初等科から大学科まであったから如何せん敷地が広すぎた。6年間通って一度も入ったことのない建物が沢山あったし。全てを把握しきる前に卒業してしまったのは心残りといえば心残りなんだけど。


「そういえば、ヴェレナは乗馬のご経験はあるのでしょうか?」


 そう語りかけるは猫被りモードのラウラ先輩。

 乗馬か。前世含めてもそういえば乗ったことは無かったな。


「いえ、ありませんが」


 そう答えると声を上げてビルギット先輩が驚く。

 乗馬未経験なことってそんなに驚愕されるようなことだったのか?


「ほら、やっぱりそうじゃないですかビルギット。いくら従士階級出身だからといって、自分の家で馬を飼っているのはビルギットの家くらいですわ」


 ラウラ先輩の言い分を聞けば馬飼ってんのか!? マジか。


「従士本家なのですからそれくらい普通だと思っていましたが、ヴェレナさんは違うのですね……」


 この人一応身分上は平民なんですよね。同級生に王子とかガチ貴族の子供とかがちらほら居るだけに、段々と感覚がおかしくなってくる。

 そもそも実家では分家の人が身の回りの世話をしていたんだっけかビルギット先輩。私の家もそれなりに裕福ではあったと思うけど、家そのものは高級住宅街にあるおかげで、家の広さは普通だった。

 けれど多分ビルギット先輩の場合だと、少し郊外などに邸宅というか分家の人ごと住める部屋数の多い屋敷のような場所に住んでいるんだろうな。だからこそ、馬を飼っていてもおかしくない……いや、やっぱり馬は凄くない?



 そうこう話している間に厩舎に到着する。今まで馬の話をしていたので、ビルギット先輩が主導を握って私に対して学院での馬事情について説明を行う。


「この学院に居る馬は単一の馬種ではないけれど、全て軽馬種でかつて野生では山岳に棲んでいた馬を集めているようです。見て分かる通り胴が長いし、つなぎ……足先のひづめと球節の間の部分ですね、ここががっちりとしているので乗っていると安定感があり、山道などの整備されていない道でも問題なく走ることができるわ」


 やっぱ家に馬飼っている人は違うわ。言われても全く分からない、というか馬の区別なんてできないわ。


「……まあ、折角馬場の使用許可を取ってきたので乗っているところを見せましょうか。ヴェレナさんは流石に本日は教官の先生が居ないので乗せることはできませんが」


 そう言うや否やビルギット先輩はそそくさと近くに居た馬に対して、手綱と結ぶハミ(・・)を口に付け、そして背に鞍を置いて、自身は倉庫から持ってきた堅そうなロングブーツに履き替えた、と思ったらいつの間にか馬上に乗っていた。


「靴だけ替えれば乗れるのですね……」


 乗馬にはもっと色々と装備が必要だと思っていただけに意外である。鞭とか要らないんですね。


「まあ、制服のブーツだと馬の皮膚を傷めやすいので……。それに馬は基本的に足と身体の動きでこちら側の意志は伝わりますので手綱も補助的なものですし。

 じゃあ、見ててくださいね! ヴェレナさん!」


 そう言いビルギット先輩は足で馬の腹? の部分を軽く蹴ると、馬が歩き出した。

 ……本当に足で操作するんだ。何か手綱をぶんぶん振って指示を出しているものかと思っていたが違うのだね。


 最初は歩くようなスピードで歩み出した馬であったが、馬場に入り、コースの中でビルギット先輩の身体の動かし方が少し変わったと感じた瞬間、徐々に速度を上げていつの間にかトップスピードに乗っているかのように颯爽と軽やかと走り抜けている。


「……まあ、1年間あってもここまで上手く乗れる人は限られていますわ。特別教育で乗馬をするとはいえ毎日乗る訳ではないので、幼い頃からずっと乗馬経験のあるビルギットのようになれるとは思わないでくださいね」


 苦言を呈すかのようにオーディリア先輩から述べられたその言葉に納得するが、コースを駆ける1人と1頭の雄姿を見つめていたためか生返事を返してしまう。

 ……その際に「ビルギットのやつ、ヴェレナの案内するとか言っておきながら自分が乗りたかっただけじゃねーか」という呟きが私のすぐ近くから聞こえてきたが、まあこれは聞かなかったことにしよう。




 *


 そしてビルギット先輩が満足して戻ってきて後片付けと軽く餌付けをしている間に、オーディリア先輩から補足事項を説明されたのでそれを聞く。


 馬の厩舎とは離れたところに飛竜の厩舎も存在すること、また馬のコースもここには簡単な楕円形の馬場だけだが、学院の門外には障害物コースと馬上射撃コースもあるって話。この辺りは前にも聞いたな。


 そして運動施設は充実してることと、農作業スペースまであることが伝えられた。結構生徒数少ない割に色々と設備はあるんだな、と実感。アプランツァイト学園にも似たような設備はあったけれどもあっちはお金のある私立校だったし……。


 また、合わせてそうした屋外施設は特別教育の際に利用するので1回行った場所は忘れないように、とも伝えられた。特別教育は放課後や土曜日に行われる普通の授業とは異なる学習のことだっけ。


 ――って放課後ということは、明日から早速あるってことじゃん! ……不安だ。

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