4-7
6月23日更新として午前中に『4-6』を投稿しておりますので、もしまだ読まれていないようでしたら前の話も是非読んでいただければと思います。
――オーディリア先輩が、悪役令嬢。
その権力への飽くなき探求心から、それっぽさあるなあと我ながら苦笑してしまうが、実際にそんなことがあり得るのだろうか。
まず確実なのは『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム世界においては私が悪役令嬢を務めていた。これは間違いない。そして、ゲームがそのままそっくり再現されているのかどうかは不明だが、少なくとも今世の世界はある程度ゲームの世界を基盤にしているのは間違いないだろう。
……というか、この世界に飛んできた原因たる『突発性異世界転生症候群』という病気が悪いのだ! なんだよ、『魂が引き寄せた世界に転生』って……。引き寄せ方によってはゲーム世界に類似しただけの世界って可能性も全然あるじゃないか。
となると、後はゲームシナリオにどれだけ沿っているのかという部分を確かめたいが……。正直、未知数だ。だって1回プレイして寝て起きたら、こっちの世界に来ていたし。
そして問題は『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲームそのものがシングルエンディングではなく、マルチエンディングであり、主人公はキャラメイク機能で自由にクリエイトすることができる点にある。まあ初回プレイだったからランダム生成の汎用主人公でやったんだけど。
そういうわけで出てくる可能性の1つが、オーディリア先輩ってもしかして別シナリオでは主人公やライバル格のキャラクターだったり? とか、あるいはゲームシナリオでのヴェレナにとってキーパーソンだった? という疑惑。勿論確かめる術は無い。
一方で考慮しなくて良い可能性は、オーディリア先輩も私と同じ世界出身の転生者ということ。
状況証拠にはなるが、もし同郷であればまず間違いなく私の言動で転生者バレをしているはずだ。色々と決定的なものはあったのに、未だにオーディリア先輩をもってしても私のことを掴みかねているということは、転生前世界のことは知らない、と考えて差し支えないと思う。
まあ私から見て異世界からこの世界へ転生してきた、みたいな可能性はあるかもしれないが、それはもう私の行動に影響を及ぼさない『誤差』でしかないから考えない。
ついでに、『突発性異世界転生症候群』の説明でかつて『疾患者同士で同一世界同一時間軸に跳躍しない』ことは分かっていた。だからこそ、複数人転生者という事態は皆無と言っていいだろう。情報が間違っていたり、抜けているなんてことはあるかもしれないが、現時点で私が入手しているこの疾患についての情報はこれくらいだし、今後新たなことが分かる見込みもない。
故に今ある情報で状況を見定めるしかないのだ。であれば、もうこれから先転生者が複数人という可能性については一考だにしないこととする。……まあ、その予想が外れたら、一から考え直す必要があるけど、それは仕方がないことと割り切ろう。
ということで、オーディリア先輩について新たな可能性について考察を深めたいところだが……、
「あら? ほら、ヴェレナさん。
止まっていないで、行きますよ。そろそろあなたの教室に案内しないと、遅れてしまいますわ」
……思考の世界に飛んでしまって、今が入学式終了直後の移動時間であったことを忘れていた。確かに辺りからは人影がかなり減ってきており、皆移動を済ませつつあることが見て取れる。
ただでさえ、唯一の女子生徒ということで目立つこと極まりないのに、その上遅刻なんてしたら目も当てられない。オーディリア先輩の後に続いて、急いで教室に向かうのであった。
*
教室の手前まで来てオーディリア先輩と別れる。その際に、今日はおそらく伝達事項程度でしょうからそのまま女子寄宿舎に戻ってきなさいと言われた。確かに初日から授業ってことにはならないか。
1学年男子30名プラス女子なので、クラスは当然学年毎に1つだけだ。だからこそ、これから出会うメンバーと3年間……いや、その先の高校課程の魔法爵育成学院まで見据えれば6年か。それだけの長い期間と共にクラスメイトとして過ごすこととなる。そう思うと緊張してくるな。
教室の扉は前方と後方に1つずつあり、そのどちらも今は空いている。なので廊下から中の様子を伺うことは可能だ。……うん。当たり前だけど男子しか居ないね。改めてまざまざと現実を見せつけられると心が重くなる。
その教室内クラスメイト男子らも既に複数のグループに別れて雑談をしている。……既にグループが出来ているのか、と思ったが当たり前か。彼らは男子寄宿舎で寝食を共にしているわけで、既に顔合わせ程度は終わっているということか。
足取りがとても重たく感じるが意を決して教室内に入る。
……一瞬の静寂と一身に浴びるいくつもの視線。それが悪意に依るものではないのは分かっているが、それは『異質』なものを見るときに向けられる目だ。
自分の席を探すと、一番窓際の前から3番目。何の順番なのかは分からないが窓際なのは助かった。
席に座ると、こちらに視線は向けられることは無かったが、明らかに私が入ってくる前よりもクラス内の話し声のトーンは下がった。……うわあ、やりづらいなこれ。
多分、嫌がらせとかいじめみたいな意図はないはず。だってほぼ初対面の状態だし。だからこそあるのは困惑なのだろう。1人だけ居る魔法使い志望の女子に対して接し方が分からない、みたいな。
このクラスでこれからどうやって私は振る舞っていけばいいのだろう。そう途方に暮れていると、後方から「フリサスフィスさん、でしたよね」と声をかけられる。
えっ、私の名前を知ってると驚いて振り向くと……そこには、先ほど王子の隣に侍っていた貴族のルーウィンさん、だっけ? が座っていた。
後ろの席なのかよ。
「……成程。あなたの先輩はこれを見越して無礼を承知でエルフワイン様に声をお掛けしたのですね。認識を改めねばなりません」
まあ流石にオーディリア先輩自身の構想たる『官民連携』への一手だとは読めないよなあ。
でも先ほど不快感を述べてきたのに、意見を翻すとは。
「……あら? アマルリック王子のお側に侍らずにこちらに居て問題ないのでしょうか?」
初対面に限りなく近いので素の口調ではなく若干余所行き仕様にした上で気になったことを聞いてみる。
「ええ、エルフワイン殿下はあちらでご歓談中です。なのでお手すきとなりまして席に戻ってきたら、あなたがいらしたというわけですね」
それで話しかけてくるというのは、本質的にはお人よしなのかなこの人。そして、ちらりと彼が視線を向けた先を見てみればそこには10人程度の人だかりがあり、その中心にはあの王子が居た。すげえ、笑みが全く崩れない。うわ、ちらりと見ただけなのにこちらの視線に気が付いて軽くアイコンタクトしてきた。そして、周囲の人間にはそんな所作を一切悟らせず会話を続けてる。
そうだった、エルフワイン・アマルリック王子はゲーム中でも完璧という言葉を擬人化したような人だった。王子を体現するかのような言動はゲームでやってたときには好意しか感じなかったが、この一瞬でそこまでのコミュ力を見せつけられると、逆に恐怖心のが先行するわこれ。得体の知れなさのが大きい。
「あの、今王子の周りにおられる方々は平民の方も混ざっておられますよね?」
「それが何か? 一応私以外にクラスメイトで数名貴族の方も居りますが、同じ身分同士でまとまっては意味が無いでしょう。王族……いえ、貴族もそうですが全ての身分の方から等しく声を掬い上げることが理想とされておりますので」
……それは、きっと建前論なのだろう。実際にこの目の前の人は、オーディリア先輩と私の強襲に対して、身分の差異を口にし不満を表明していた。
ただ、その一方で今述べた建前論を当人は存外本気で実践しようとしているかのような物言いだ。これはダブルスタンダード? いや、無理やり挨拶した行為そのものが問題だったはずだ。
となれば、仮説。
このルーウィンさんとやらは、あらゆる身分の方々に対して博愛主義を掲げているが、低い身分の者が上位の者に対して述べる際には所定の手続きが必要とか、あるいは上の身分の方が求めたときに意見を述べられるという発想になるのだろうか。
……うーん。今まで貴族とは出会ってきていなかったので、貴族という『身分』、いや正確には貴族であることで生じる『外的環境』がどのような思考を産むのかというプロセスが分からない。
とにかく判断材料が不足しているわけで。……ちょっと話題をずらすか。
「……すみません脱線いたしましたわね。それで今、私に話しかけてきたのは何故でしょうか。あともう1つ、私の先輩がアマルリック王子に挨拶した意図をどのようにお考えかお教え頂けないでしょうか」
「ああ、そのことですか。どちらも同じことになりますが、フリサスフィスさんが教室に入ってきたときの場で分かりました、女性が1人で男だらけの集団に放り込まれるとどうなるのか、と言うことがね。
……男子というものは、拒否や拒絶、あるいは好奇の目線ではなく、距離感が掴めず警戒から入るのですね、それは知りませんでした。
女性にはあのような目線は酷というものでしょう。それを事前に察知したからこそ、無礼を承知で王子のお目通しを行った。いやはや、流石ですね」
……まあ、おそらくルーウィンさんの話している要素なども当然オーディリア先輩は考慮していたのだろう。
――しかもルーウィンさんか王子のどちらかがこうして先輩の考えの一端を看過して認識を改めるところまでセットで。
そして気が付いてしまった。
この――相手が優位に居ると思い込ませて、自分の考えの一部を読み取らせることで優越感に浸らせた上で相手に便宜を図ってもらい真意は探られないようにする――というやり口は、オーディリア先輩というよりもソーディスさんの手口だ。勉強会を立ち上げるときにクレティが完全に出し抜かれたやつ。
ってことは先輩、勉強会においてソーディスさんに出会ってから彼女の手腕すらをラーニングしている。当然、ソーディスさん側もオーディリア先輩のやり方を吸収していると思うけど。
更に合わせて思い至ったことがもう1つ。ルーウィンさんは私のことを苗字で呼んでいるのに『フリサスフィス』という名が左遷された魔法使いの名だということに気が付いていない。……というかそもそも知らないのだろう、私の父のことなど。
そしてその姓を聞いたクラスメイトも特に反応をしていない。王子の周りに居る生徒らを除けば、私とルーウィンさんの会話にどことなく聞き耳を立てているのにも関わらず。
別に同級生の父親のことなど知らないのは普通のことかもしれないが、忘れていないだろうか、オーディリア先輩も、ルシアも、クレティも初対面時には私の『家』に関する情報は入手していた。そしてクラスメイトも『魔法使い』の家であることは理解し、私には手を出せないし私側から手を出される心配が無いことには至っていた。
繰り返すが、小学1年生のときの出来事である。
しかし、このクラスにおいてはそうした反応が今のところ全く見られていない。となれば可能性は1つ。同級生の家のことなど調べてきていないのだ。
……まあ目の前のルーウィンさんは貴族だし、家の者が学院生の素行調査くらいはしてそうだけど。けれど、その情報は当人まで至っていないということで。
私の父の知名度が低いだけなのかもしれないが、でも魔法使いの派閥抗争、そして現行の有力派閥たる『学閥』の成立背景を追っていけば出てくる名前なのに気が付かないとは……。
って、そっか。例え自分が将来なろうと思っている職業だとしても、その職業の派閥力学まで考慮して進学先は決めないのか、普通。
アプランツァイト学園のときは、それぞれが商会関係者やらで入学前から商会同士のパーティなどに連れていかれていた人たちが多数派であり、そもそも学園の校風からして派閥形成が『常識』となっていた世界であった。
一方、魔法青少年学院は魔法使いになるための学校であり、そして魔法使いは軍人としての要素が強い。というか、普通は魔法使いと言われて学閥の派閥抗争だとか、魔法省や魔法幕僚本部に務める官僚だとかを思い浮かべないんだ。軍指揮官、下手すれば魔法銃をばんばん撃って魔物と戦うとかそんな認識のが強いはずで、だとすれば私の父のことを知らないのも無理はない。
まあ、その中で例外がおそらく今目の前で話しているルーウィンさんに代表されるような貴族から魔法使いを目指している人と……あとは、王子だよな。
とりあえずルーウィンさんは学閥に関する情報をどこまで仕入れているかは知らないが父にまで至っていない。だからこそ、私のことを『魔法使いを目指すか弱い女子』という認識で留まっているのだ。
勿論貴族であることを考えれば、交渉ごとでの対応能力には警戒する必要はある。……が、それでも彼が情報不足で居るには違いないんだ。
ただ、問題は王子の方。
オーディリア先輩は『王族であることを重視する方』と言っていた。この先輩の『前情報』は、私の有している『ゲーム知識』と非常に似ている。
私の浮かべる『エルフワイン・アマルリック』王子は、物腰や言動は非常に優しいが、これはあくまで周囲の王子像を正確に反映しているからである。……こういうと性格は実は腹黒、みたいな設定がありそうだと思ってしまうが、この王子はそういう二面性は持ち合わせていなかった。
――徹頭徹尾、王子であろうとするのである、この王子。
『公』と『私』が対立するような状況ではまず間違いなく『公』を優先するし、王子として求められている振る舞いは的確にこなし、その資質は本物である。だからこそ名声が高かったわけで。
であれば、まず間違いなく私の家の背景などは調べ尽くしているわけで、それでいてルーウィンさんには黙っているということに……って。
……ふーん。もしかしたら王子とルーウィンさんは完全に一枚岩ってわけでもないかもしれないんだ。
いや、でも王子は何故ルーウィンさんに私のことを伝えていないのだろう。妥当な理由が浮かばないね。
では逆に、王子は私の父のことを調べていない? いや、流石に王族たろうとする王子が同級生の家族構成を調べていないなんて、そんな私みたいな凡ミスをするとは考えにくいのだけれども。
まあ結局のところ、両名の考えを知るためにはこの国の貴族と王族についてもっと知る必要があるということだ。
統一前の部族乱立時代の領主であった彼らが、今現在どのような生活を送っているのか。
あるいは、どんなことをしているのだろうか。




