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まさかここで攻略対象キャラクターだった王子と出会うことになるとは……。
あの壇上の王子が魔法使いになることは知っていたはずなのに、この学院に来ることになるということは完全に失念していた。
――エルフワイン・アマルリック。この国『森の民』の王家の嫡男、すなわち第一王子である。
私がこの世界に来る直前まで『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム中で攻略していたキャラクター。もっとも私の体感時間では、前世の記憶は8年以上昔の記憶となる。
ゲーム中では第一王子という身分もさることながら、当人の才気や優秀さなどから国内での名声も高かった。だがそれ故に権力的な支持基盤の薄かった魔法使い過激派が目を付け、そのリーダーであった悪役令嬢・ヴェレナが政略的な婚約関係を結ぶと同時にこの国の国政を担う宰相に就任している。
その際のゲーム主人公と王子の関わりはあまり多くない。そもそも、ゲーム主人公の出身国は聖女の国で国が違う。森の民領土の東と南には『未知の森』が広がっているが、その未知の森を突っ切って行かないと聖女の国にはたどり着かない。
聖女の国は四方を未知の森で囲われており、他の国家と地続きで繋がっている訳ではないが、危険を承知で未知の森を突き進むか航空機を利用すれば往来は可能だ。またそうして隔絶はされているものの、そもそも聖女の国自身が広く大きい国家であり、自国の周辺の未知の森内部に点在する人間の勢力圏を直轄地として併呑しているほどの強国である。ちなみにその聖女の国の直轄地で最も広い所だと、我が国・森の民と同じくらいというレベル。――まあ、そこがゲーム主人公の出身地ではあるんだけどね。
そして、聖女の国の四方が未知の森という部分は、もう1つ強大なアドバンテージとして働いている。周辺全てが未知の森ということは、瘴気の森の影響を受けることがない。つまり、この国は魔王侵攻が発生しても自国に踏み込まれる危険性が事実上皆無なのである。だから強国として繁栄を享受している側面もあるのだろう、きっと。まあそんな国でも瘴気の森に備える魔法使いは存在するんだけどね。確かゲーム中で起きた魔王侵攻では商業都市国家群に対外派兵していた。
……とまあ、そんな国の主人公と王子が関わるのは主人公の国外での職業体験イベントで出会うことを除けば、森の民と聖女の国の戦争後講和交渉のみだ。
職業体験時に知り合った後、デートとか個人イベントが連鎖的に発生してイベントスチルは大量に手に入るのだが、その後のやり取りは専ら魔力通信装置や手紙といった手段に限られるし、それも森の民魔法使い過激派の台頭により遮断され、以後は新聞発表や暗号解読、現地特派員からの報告などでしか情報が入手できなくなる。
だからこそこの王子は攻略対象にも関わらず、実際手持ちの情報は少ない。勉強もスポーツできる万能みたいな表層的な部分や、外に出ると何故か同じカフェに行きがちとかそんなどうでもいい情報ばっかり。
王子だから、王家がバックについているのは当たり前なんだけど……。そもそもこの国の王家であるアマルリック家って、まだいまいち実態が掴めていない。
権威はあるのだろうけれど、そもそもこの国が成立したときに初めて国王を置いたらしいので歴史は浅い。
じゃあ、実権があるのかと問われれば、これまた微妙だ。立法のプロセスの中に『裁可』という形で紛れてはいるけれども、逆に言えば最終的に出来上がった物に対して良いか悪いかを意見することしかできないわけで。しかもその意見を言うのにも側近や国家を動かす首脳部の意志を汲み取る必要があって、本当に王なのかと言いたくなるほど制約が多そうである。
そうしたことを考えた時この王子は今後同級生になるわけだが、果たして距離を取るべきなのか、ある程度友人関係を構築して牽制と動向の把握をした方が良いのか判断に悩む。……まあ私側が唯一の女子同級生なので目立つことには違いないのだけれども。
ともかくここまで判断を決めかねている理由は、ゲームシナリオ通りに進むような強制力がこの世界に働いているか分からないからである。普通であればそんなことを人間関係の構築で悩む必要はないんだが、敗戦後の婚約破棄だからなあ、その後の末路がゲーム中では描かれていなかっただけに警戒の度合いは高いのである。
ただし、婚約破棄ということで疑問点が一点。王家との婚約には貴族院に登院できるレベルの格が必要なはずだという部分が未だに解消されていない。我が家、フリサスフィス家は統一前には従士階級ではあったが、今は平民。そしてそもそもこの国の貴族は一代限りの騎士爵を除けばほぼかつては領主クラスであった家の当主に与えられた称号である。
そんな貴族の中でもある程度の爵位を超えないと貴族院に登院することは不可能だ。まかり間違っても私の家がそれだけの家格を実は有していた……なんてことはない。
となると、『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』中のヴェレナが何故王子と婚約できたのかが不可思議である。平民の家格を上げるとなると……貴族家への養子縁組とか? うへえ、今更家族が変わるのは絶対嫌だなあ。
ということでそうした分からない部分が多々あるので、王子との接触は不自然にならない限り控えよう。向こうも性別が違うし身分差も激しいことから露骨に私に対して関わってくる、ようなことはないだろう。であれば、私の方からコンタクトを取らなければいいだけだ。
――少なくとも、入学式の最中はそう決意はしていたのである。
*
ガルフィンガング魔法青少年学院・大講堂で開かれた入学式は特に何も問題が起こらずつつがなく閉会した。……まあ、王族の晴れ舞台だし何事もなく終わらねばならないよな。
その後アナウンスで「入学生は各自指示に従って動くように」と伝えられる。これは、どういうことなのだろうと思っていたら、多くの新入生は持ち場を離れて各々上級生の周りに移動している。……あー、そうか。私が女子寄宿舎に入ったのが入学前だったように、男子生徒もそうだったわけだね。そして男子は1学年30名で3学年全てが1つの寄宿舎で生活ともなれば。
そりゃあ上下関係が明確化するわな。100人に迫る数の集団生活は息が詰まりそうだけど、別にそれだけの人数が1室に閉じ込められるわけではないだろうから、どんな感じなんだろう。前の世界でも実家を出た後は即1人暮らしで寮生活などは体験すらしたことなかっただけに未知数だ。
女子寄宿舎の方はそもそも寮って感じよりも、シェアハウス感のが強いし。
そういえば入学式が終わったらオーディリア先輩のところに行くように、と今日の朝に言われていた。
ちらりと在校生席を見ればオーディリア先輩がこちらの視線に気付いたのか目線だけで呼び寄せている。……というか男子100人弱の中だと先輩すっごい目立つな。まあそもそも制服の構造から違うから当たり前だけど、私も随分と目立ってるんだろうなあ、とやや憂鬱に。
オーディリア先輩の下へ馳せ参じている間に、私達と同じ制服を着ているはずの新たな先輩2人を目で探したが、2人は入学式の会場には見当たらなかった。
私のことは基本的にオーディリア先輩に任せるような感じだったし、早々に自分の教室辺りに引き上げたのだろうか。居れば絶対見つけられただろうに。
「――ああ、やっと来ましたね。ヴェレナさん」
オーディリア先輩の開口一番の台詞から、私の動き出しが遅かったかもしれないことを悟る。まあそれで怒られるとは思っていないけれども、一応謝罪の言葉を告げると、別に気にしていない旨の返答をされる。座っていた先輩は立ち上がりすぐ近くに居る私にこう囁いた。
「じゃあ、早速行きますわよ。善は急げとも言いますしね」
……その慣用句表現がこちらの世界にもあるところが個人的に気になるのですが。
流石にそれを聞くことをできないので、無難に返答する。
「ええと、どこへ?」
ああ、私の教室のことだったかな、と考えていたらオーディリア先輩は全く予想だにしなかった言葉を短く告げるのであった。
「本陣強襲。……といった所ですわね」
…………えっ本陣?
そう言われるや否や手を掴まれて、親が子供を手で引くように少々強引に私をどこかへ連れていく。
本陣ってなんだ。というか意外とオーディリア先輩歩くペース早いな。そして手を引かれていることから必然的に後ろから付いていくわけだが、仄かに柑橘系の香りがする。……先輩さては香水つけてる?
咄嗟のことで、先輩の行動の意図を考えをまとめようと思いを巡らしているが上手くまとまらず、そして目的地に到着したのか、急に立ち止まる。
移動していた時間は長くもなく、入学式会場の大講堂すら出ていない。だからこそ、この後の展開に対して全く準備も猶予もなく対応することとなる。
「……おや、あなたは?」
「お初にお目にかかります。魔法青少年学院2年首席のオーディリア・クレメンティーと啓し給います。此の度は学院への御入学謹んで慶び申し上げます。――エルフワイン・アマルリック王子殿下」
……マジかよ。初手で王子に声をかけるとは。
確かに本陣強襲だけど! 先ほど王子には自分から声をかけないようにしようとしていたのに、こうして面前に出てきてしまったら2人で話しかけたようにしか見えないじゃん!
まさかの展開に思考が全く付いてきていないが、王子は私達に向き合う。そして1人王子の側に仕えている学院の制服を着た生徒が私達に対して声を上げようとしたところを制して、こう告げた。
「先輩の方ですね、ありがとうございます。ですが代表挨拶で述べた通り王族である以前に本学院の一生徒ですので、そのように畏まらずとも大丈夫ですよ」
丁寧な口調だが、いくら一生徒と言われても王子であることには変わりはない。だからこそ、あくまでそれは形式的なものだろう。
そして、王子の側に居る生徒。微かに見覚えがあると思ったら王子のスチルで近侍していたキャラクターだ、多分。攻略には関係しないので台詞も名前も無かった気はするが、ゲームで既視感があったために不意に思い出してしまった。
そんな王子を前にして緊張しているのかしていないのか全く読めない先輩は王子の返答にそのまま続ける。
「……そういうことでしたら承りました。それでは今後学院内で会うことがあればよろしくお願いしますね。……ああ、そうそう忘れるところでしたわ。エルフワイン様と同級生となる今年度唯一の女子生徒を紹介しておきます」
……これもしかしなくても、私と王子の面識をつくるのが目的の1つなのだろうか。権力志向のオーディリア先輩は私と王子に渡りをつけることで何を狙っている……って、その前に王子に向けて挨拶をしなければ。
「……新入生のヴェレナ・フリサスフィスで御座います。機会があればクラスメイトとしてよろしくお願いいたします、アマルリック王子」
不敬にならない程度に若干の拒絶の意図を込めてクラスメイトであることを強調し、苗字だけで王子のことを呼ぶ。
すると、隣に控えていた男子生徒が静かにけれども咎めるかのように私達にこう告げる。
「……如何に女性とはいえ身分の差異がある者がいきなり押し寄せて、いきなりまくし立てるのは如何なものかと思いますが」
まあ、そうなるよね!? オーディリア先輩はどうしてこんな悪印象を与えかねないリスクある行動を取ったんだろう……。
謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、まさかの援護射撃が出てくる。
「――それを言うのであれば、初対面の人物に名乗らないのはあまり好ましくないですよ。この場で身分を気にしないという発言をしたのは私です。……それとも王子として前言を翻させるつもりですか?」
「……いえ、出過ぎた真似失礼いたしました。私はルーウィン侯爵家子息、コロバート・ルーウィンと申します。臣下として王家の者に仕えるのは当然のこと。
王子の御身を慮ったばかりのことでした。申し訳ございません」
「私としては君にも一生徒として見てもらいたいのだが。そうでなければ典令に基づいて魔法使いを志した意味がなくなってしまうのだけれども」
……まあ、一応この場は王子の取り成しで何とかなった、のかな?
というかまさか近侍していた人が従者とかそういうわけではなく、貴族家の子息だったとは。王族レベルになると身の回りを整える人ですら貴族が相手をするってことか。それともこのルーウィンさんとやらが特別世話好きなのか。あるいはまた別の理由があったりする……?
いや、分からないことだらけだ。
その後オーディリア先輩とともに王子の御前を後にして、そのまま大講堂から外に出る。
すると、オーディリア先輩は先ほどの王子との挨拶に手ごたえがあったようで誰に聞かせる訳もなく考えをまとめるかのように呟いている。
「……王子殿下は前情報通りですね。それだけでも無礼を承知で挨拶した意義はあったでしょう。
そしてルーウィン侯爵家、こちらは事前情報がありませんでしたから何とも言えませんが。
……そうでした。ヴェレナさん。ルシアさんに頼むことはできません? ルーウィン侯爵家とコロバート・ルーウィンさん……。リベオール総合商会の伝手で貴族の内情って調べられないですかね」
「えっ、ああ、はい。まあそれは構いませんが。
……って! オーディリア先輩、結局王子への挨拶はどのような意図があったのですか? 教えてください」
オーディリア先輩のその真意を訊ねる。まあ秘匿するようなものではなかったようで、割とあっさりと教えてくれる。
「魔法使いの女性門戸開放が絡んでおります。それと王子の人となりを早急に把握したかったので少し無理をさせていただきました。
一応、情報では王族としての言動を重視する方とお聞きしていたため、国策として進められている事業の当事者である私達に対してあまり強くは当たってこないだろうと考えた故ですね。
そして、ヴェレナさんは同世代に同性の方が居りませんので、上から抑えておけばある程度男子側を制御できるかと思いまして」
「なるほど。……でも、それだけじゃ、ないですよね?」
嘘ではないだろう。でも語られた内容だけではオーディリア先輩にとってのメリットが少ない。
確かに王子の人となりを知るというのは大事だけれども、それだけでリスクを賭ける人ではないはずだ。
「ばれましたか。
……ヴェレナさんには以前お話しましたよね。『官と民の連携』を強化していくのが私の昔からの構想だってこと。
ここまで言えば、分かりますでしょうか?」
――この人。いきなり王家という『官』の最上流を狙いに行ってたのか。
でも、あれ……それは?
権力の為にエルフワイン・アマルリック王子に近付くって……ん? 何か既視感が……。
その部分だけを切り取ってしまえば『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のヴェレナの動きに似ている……と言えなくもない、かも。
ということは、だ。つまり、まさかオーディリア先輩が悪役令嬢ってことなの……?




