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「――これが最後の報告ね。
『森の民金融恐慌』からもう2年経とうとしているけれど、失業率の水準は金融恐慌以前の水準まで戻ったわ。平均賃金等は政府の雇用政策などでむしろ改善傾向にあって、経済的には恐慌を乗り越えたと言ってもいいかしら。
ただ一方で貴族院での法案に起因していたことで、低所得層を中心に政治不信が高まり、あのテロリスト組織たる『ガルフィンガング解放戦線』の支持が高まっているわね、忌まわしいことに。あいつら王家を国家の守護者とか言っているけど、ほとんどこの国の上層部への敵愾心しかないじゃない。
……まあ、そんなところだからワーガヴァントさんは中等科に入ってもそのままクレティの従姉妹のとこから学園に通うらしいわよ。全部聞いたらヴェレナ、あなたからも何かしら私に返信を寄越しなさい。通信装置の試運転なのだから。……それじゃあね」
ガルフィンガング魔法青少年学院の女子寄宿舎に引っ越したことを、ルシアに後日魔法通信装置を使って伝えたところ、その日のうちに近況の情勢としてメッセージを私に対して送ってきた。
経済的な苦境は乗り切ったが、一方で治安に関しては改善の見込みはなさそうである。それにしてもテロ組織の支持率が高まるとか。その根本的な理由はルシア曰く、一部の層からの政治不信に由来しているとのこと。
正直、政治のことをあまり意識して生活してこなかったので、こういうことで困ったときにはオーディリア先輩に聞いてしまおう。そして、立場の違う人の意見も参考にしたかったので元従士階級のビルギット先輩ならびに、下町出身のラウラ先輩の2人も同席していた場で、この国の政治について聞いてみた。
……まあ、改めて考えたら中学生女子らしからぬ話題ではあったが、オーディリア先輩に「そもそも、ヴェレナさん。あなたはこの国の今の宰相も知らないでしょう」と言われて、その辺りのオーディリア先輩の説明から始まることとなってしまった。
*
「まず、知っているところから入るわね。この国には衆議院と貴族院があるのは覚えているわよね」
その辺りは勉強会でやったところだ。そして『法律』を通す際には、この両方の議会を通す必要がある。……まあ、法律以外にも立法手段には『勅令』などの抜け道があることもそのとき聞いた。
「それで立法から一旦離れますけど、この国の宰相と大臣は国王によって任命されます。国王の有している統治の権利を代行して執行するのが、宰相であり、あるいは各省庁の大臣、というわけですね。
……その際、宰相職に就任する者に明文化された規定事項はありませんが、基本的には衆議院で最も議席を有している政党……まあ与党ですね。その与党の代表が宰相に就くことが多いです」
しかし、それに付け加えるようにビルギット先輩が、
「あくまで原則ですし、破られることもありますね。現に今の宰相も別に与党の党首、というわけでもないですもんね」
と話す。随分とふわっとした話だなと思ったが、これはあれか。ゲーム本編で悪役令嬢であったヴェレナを宰相に就けるための措置か。でもまあ、逆説的にみれば、国王が任命するということは悪役令嬢であったゲーム中でも初期は王家に信任されていたということなのか。
……そんなことを考えていたら、ラウラ先輩が口を開く。
「まあ王が任命とは言っても、側近が決めたことに判を押すだけだけどなー、一応不信任を出すことも出来るらしいけど、王の意志で宰相の任命そのものを潰した先例はねーし」
根本から崩された。なんか国王とか王族と言ったら権力の源泉というかトップのイメージがあったけど、その運用を聞く度に段々と王家ですら、国のシステムの1つみたいな印象が出てきた。勉強会での立法手段を聞いた際も、国王のすることは『裁可』だけだった。……つまり自分1人で国の決まりごとを決めることはできないんだ、国王ですら。
というか、ビルギット先輩はともかくラウラ先輩もこの手の話に詳しいのはちょっと印象と異なって驚いた。下町出身という話に粗暴な口調からてっきり疎いと考えていたけど……と思い返して気付く。あっ、この人特待生って言われていたな、と。
話が脱線してきたことを認識したのか、オーディリア先輩が話を元に戻す。
「……それで今の宰相は、ウェンデリン・コンラッド氏。――『森の民金融恐慌』時に財務大臣であった者です。当時の宰相は景気悪化を事由に、丁度ドラッセル金融が分割され大手銀行に吸収された時期に大臣らとともに総辞職を行いましたが、その後の対策を一貫させるために自身の後継にウェンデリン氏を据えたようですね。……まあ先ほどの政党の代表が宰相職を行う慣例から外れていますが、彼の手腕で一応、現在まで経済対策は完遂されることになりました」
その対策の中身は、『雇用対策』、『基幹産業育成』、そして『銀行再編』。実際彼の掲げた対策は、既にどういった成果を挙げたのかは既にあの恐慌の後、あるいはルシアから聞いている。魔王侵攻手形に関する国債を完全に処理したことは現政権の特筆すべき評価事項であろう。
……ん? 銀行再編? 聞き覚えのあるキーワードが出てきたな。
私、というかルシアのお父さんの話が今の宰相のところまで上がったのか、それとも偶然の一致なのか。そんな疑問の表情を察したのかオーディリア先輩はこう述べる。
「ヴェレナさんも察したかと思いますが、現宰相は財務大臣からの持ち上がり。財界との関わりが大きい人物、と言いますか……『経済産業連盟』の元役員で、財界人そのものですわね」
あー……、色々と納得がいった。今の宰相と『経済産業連盟』が密接に繋がっているから、銀行再編というオーダーが政策に捻じ込まれていたわけね。
そして大手商会と上手く連携して政府の対策が講じられていたのも、そのためだ。
「景気は戻ったとかよく新聞で言ってはいるが、別にそんなことはないと思うぜ。『基幹産業』である繊維業の育成と言って大量に雇用したのはいいけど、雇った人間は別に職人でも何でもない素人を金で釣っただけで、とても対外輸出に仕えるような品質の糸や布が作れるわけないわな。だが、それでも国は繊維の輸出を国策として進めている。
まあそうだな。それまで庶民の中で流通していた布まで無理やり輸出しているってこった。それで一般人には新規の工員が作った低品質な布を売りつけているのが現状だ」
……一連の景気対策の結果、国内消費用の布の品質低下を招いているとは全く思いもよらなかった。
そして、ルシアの通信で聞いた『政治不信』と『低所得者層のテロ組織支持率向上』に繋がる。今の宰相の経済対策で流通する布の品質が悪化、そしてその宰相自身は『経済産業連盟』と密接な関わり――悪く言えば癒着がある、とも見られてしまう。
そして、テロ組織『ガルフィンガング解放戦線』は奸臣誅殺を掲げており、かつてルシアのお父さんの所属するリベオール総合商会の商会長すらも暗殺したという負の実績がある。
――その暗殺された商会長は『経済産業連盟』の創設者であった。
となれば、『ガルフィンガング解放戦線』が現在の政権、ひいては宰相に向ける目は明白であろう。そして、それが一部の低所得層を中心に支持されているとなると……。
魔王侵攻手形問題を20年越しで解決したことで、後は景気の回復を待つばかりと考えていた私は、この国の連鎖する負の問題に直面するのであった。
*
結局ルシアへの返信には新しい先輩の話をすることにした。
というかこの学院に来てやったことが、寄宿舎での暮らしを行うために決まり事を確認したり、共同スペースの使い方を教えてもらったり、買い物に行く際にはどこに行けばいいのか教えてもらったりなどで、あまりルシアに話す意味がないようなものばかりだったからである。新入生向けに渡された課題の残りとかもやっていたりした。
寄宿舎で寝泊まりをするようになってから入学式まで数日の猶予があり、その間は先輩らに色々と構ってもらったということになる。そしてその期間中に一度、寄宿舎の管理を任されている職員である寄宿監の方とお会いしたが、本当にその一度だけであった。優しそうな年配のおばあさんではあったが、寄宿監以外にも様々な仕事を掛け持っているようで、中々寄宿舎の方には顔を出せずに、どうしても放任気味にせざるを得ない、ということだった。
そして、女子寄宿舎を任せられるなら女性の職員である方が女子生徒への負担は少ないということで学院上層部は人員を割り振ってはいたらしく、そういう意味では配慮なされている訳だが、そもそも女性の魔法使いは居ないのだ。
必然的に外部から採用する必要があるけれども、大体女性の社会進出は徐々に是正されてきているとはいえ、そうした生徒の面倒を見ることのできる人物は少ない。
ただ今や国家公務員・魔法使いは安泰な職業として見られており、若い女性からの需要はあるはずだ。学院教師にも魔法使い職で出向してきている人が居るとは聞いている。
けれど、結婚して仕事を辞められてしまっては元も子もない。まだ手探り状態で始めたばかりだからこそ、長く仕事を続けることが出来、後進に教育できる女性の人材を職員として雇っていきたいと考え、その選定に難渋しているということらしい。
……それで、職員が中々増えないのはどうかと思うけど。
ということで、この寄宿監のおばあさんは様々な掛け持ちの仕事をしているわけで、中々私達の下に来れないというわけだ。
結局、自分の身の回りのことは自分でやるしかなく。
男子寄宿舎の方には食堂もあるみたいだけど、女子寄宿舎には無かったりと設備面ではあまり女子の方は整っていないと言えよう。……まあ一応男子寄宿舎にある食堂は使えないこともないけど。
そうすると、夕ご飯も朝ご飯も自分で作る必要はある。まあ、そこは週の初めに先輩と相談して決めることにした。もっと明確にローテーションを組んでも良かったが、あんまりガチガチに決めすぎても運用が面倒になるだけだということでこういう形でまずはやってみる、ということらしい。
それもあって買い物に行く場所を教えてもらったのも、文房具や勉強に使うものや身だしなみに関わるものよりもむしろ生活必需品やご飯の買い出しに関することのがメインだった。……門限が6時半らしいので、放課後に行ける距離も考慮するようにと言われた。
そんな感じで数日過ごしたら、入学式当日となったのであった。
*
この世界で二度目の入学式。流石に今回は代表挨拶なんてことはなく。まあ一生に何度も経験するようなものでもないし。
今日の朝ご飯はビルギット先輩が作ってくれた。
すりおろしたジャガイモを生地にしてフライパンで丸く形を整えて焼いたものだ。見た目だけ見ると薄いパンケーキである。
それにケチャップなどを付けて食べる。食感はだいぶ異なるが味だけで言えば近いのはハッシュドポテトかな、まあどちらもジャガイモだし。中のしっとり感と外のカリカリ感が見事に調和している。
その朝食を4人で食べながら、ふと思い出したかのようにオーディリア先輩は話す。
「ああ、そうでしたヴェレナさん。入学式は大講堂の方で執り行われますが、終了したらとりあえず私のところに来て下さい。教室までの案内やらを先生方から仰せつかっておりますので」
ああ、そういうことなら、と特段問題なく了承する。
するとラウラ先輩が「オーディリアってヴェレナに対しては割と世話焼きだよな」とからかってくる。
「まあ、短い付き合いではないので。ですがラウラ、あなたは休みの間ずっと素の口調でしたけど大丈夫なの? 今日からまた学院の者の前で猫被れるのかしら、ヴェレナさんの前では早々と馬脚を現していましたけど」
「ああ、いっけねえ、そうだった。
……あー、あー。ヴェレナさんはこの後わたくし達とは別行動となりますので、大講堂には1人で向かっていただくことになりますけれど大丈夫でしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
うわー、すげえ違和感。でも寄宿舎以外ではこの口調らしいから慣れないと。
「こう見えてもラウラは1年間素の口調バレはしていないのですから」
そう言うビルギット先輩の言葉もすんなりとは飲み込めないけれども、そういうものなのか。
そして朝食を食べ終わると、軍服ワンピースの制服を着て、ブーツを履き、制帽と手袋を付け正装に衣装チェンジ。地味に身に付けるもの多いから準備に時間かかるわこの制服。まあ正装でなければ帽子と手袋は免除されるけれど、暑さが緩和されるだけで準備の手間はさほど変わらんなこれは。
――ただ、このときは分からなかった。いや、完全に忘れていたのだ。
『魔法青少年学院』――つまりここは魔法使いになるための学校で、そして自分が誰であったのかを。
そして、その代償は今後二度と覆せない後悔として私に降りかかるのである。
その全てのはじまりは、入学式の新入生代表挨拶で明らかになったのである。
「続きましては、新入生代表挨拶です。
――エルフワイン・アマルリック様。どうぞ檀上へとお上がりくださいませ」
……エルフワイン・アマルリック……? どこかで聞いたこと……の、ある名前だ……? けれどこの学院の男子生徒の同級生で知り合いなんていなかったはず……あれ? 魔法使いになる知り合いなんて居な……ああっ!!??
まさか。
その檀上に上がるのは長袖長ズボンに身を包んだ軍服の男子生徒。高価なはずの軍服を着こなす姿は堂々としており、よく見れば紫のネクタイを身に付けている。……他の生徒は在校生含めても緑のネクタイなのに。
そして制服の左胸には弓と矢束と風の紋章。明らかに魔法使いの紋章以外のものが付いている。
極め付けは幼いながらも貴公子然とした姿。その容姿と立ち振る舞いに気品のある所作には、私は大いに見覚えがある。
その眉目秀麗な美男子は檀上で開口一番こう放つのであった。
「紹介に預かりました、エルフワイン・アマルリックです。
……ご存知の方も多いかと思います、我が国の王家・アマルリック家の嫡男です。ですがそうした身分のことは気にせずに私と同じく新入生の皆様、先輩の方々、あるいは教職員の皆々様、どうか私のことも一生徒としてどうかお付き合い頂ければと思います――」
――『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の攻略対象の王子、エルフワイン・アマルリック。
そうだった、そうだよな。この王子は魔法使いを志していたな、だからこそゲームの主人公と意気投合し連絡を取り合う仲になるのだから。
であれば、魔法使いの中でより重きを置かれる魔法青少年学院から通うのも王族なら当然だし、そして王族の住むのは当然王都であるからここ、ガルフィンガング魔法青少年学院を選ぶのも当たり前だ。……完全に忘れていた。
……悪役令嬢たるヴェレナ・フリサスフィスの将来的な婚約相手。……敗戦し、婚約破棄されて私はその後どうなるか分からないが。
今まで出会ってきた人とは明らかに違う。だって明確にゲームに登場していた人物に出会ったのは初めてだ。あの顔立ちもまだあどけなさがあるけれども忘れるわけがない。……スチルで何枚見た、いや魅了されたと思っている。
しかし、この学院で出会うことなど全く想定していなかった。しかも私と同世代なのか。これから3年間……いや、その先の魔法爵育成学院まで考慮すれば6年間は同じ学校で毎日顔を合わせる必要があるのか。
しかも今は1学年1クラスしか無い上に、新入生の女子生徒は私だけだぞ。……その上、追放されたとはいえ魔法使いの父を持つ者。
……目立つ要素しかない。これで王子のことを避け続けるのは不可能ではないのか。いやでもこの王子と関わると没落の可能性は今までの比ではならないレベルで高まる。
今まで、この世界と『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』を繋ぐ証拠は、傍証は多くも、直接的なものは自分自身しかなかった。
――ついに、明確な形で私の眼前に破滅の未来の可能性が突きつけられたのである。
50話以上投稿して、初めて元創作物の攻略対象キャラが主人公の前に姿を現す悪役令嬢物小説とは一体……。




