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4-4


 暗い赤紫色を基調とした魔法青少年学院の女子制服を着た見知らぬ2人組。


 オーディリア先輩のことを呼んでいたことと、女子寄宿舎に入ってきたことを考えればおそらく私の1学年上の上級生女子の残り2人であることは間違いないだろう。


 ……とはいえ、初対面であることは間違いないわけで。

 お互い全く予想だにしない遭遇に空気が凍りついてしまっているが、私から挨拶をした方がいいだろう。


「あの……、魔法青少年学院に本年度から入学することになりました、ヴェレナ・フリサスフィスです……。えっと、よろしくおねがいします」


 咄嗟であったので大分場当たり的な口上になってしまったが、慌てて頭の中が真っ白になった状態で脊髄反射で出た言葉なので許してほしい。

 一応、その私の言葉を契機に先輩2人も我に返ったようで、ドアを開けた方が突然止まったせいで後ろに居た先輩が私に見えるようにダイニングの中に入ってきてこう自己紹介をする。


「魔法青少年学院2年、ビルギット・ウィグバーグです。

 ええと、フリサスフィスさんは、オーディリアと小学校が同じなのでしたよね?」


「ああ、はい、そうですね。

 今日も学院の簡単な案内と引っ越しのお手伝いをしてくれました。

 あっ今は自室の方に一度戻られているようで、すぐこちらに来るとは思います」


 私がこう話すと、ウィグバーグさん……いや、ウィグバーグ先輩が「へえ……あのオーディリアが後輩の面倒見が良いとはね」と意味深なことを呟き、それに訳知り顔で頷くもう1人の方。


 そのもう1人の人は、自分が名乗っていないことに気付き口を開く。


「ええと、わたくしの自己紹介がまだでしたわね。

 わたくしはラウラ・ワルデブルグです。ラウラと呼んでくださいね」


「――ラウラ……第一声で素が出ていたんだから、今更猫被っても遅いんじゃ……?」


「それとは別だろ、ビルギット! お前喧嘩売ってんのか……あっ。

 あー、そうですね。ヴェレナ、さん、これからよろしくお願いいたしますね」


 ……多分猫被れていない気がするんだけど。まあ、初対面だし細かいことは気にしてはいけないか。


「はい、こちらこそよろしくお願いします。ラウラ先輩と、ウィグバーグ先輩」


「あら? ラウラを下の名前で呼ぶのであれば私のこともビルギットで良いわよ。 オーディリアのことをどう呼んでいるかは知りませんけれど、仲間外れは嫌ですから」


「ではビルギット先輩。これからよろしくお願い……」


 私が仕切り直してビルギット先輩に言入れをしていたところで再び廊下と繋がる扉が開かれる。


「……あら? ラウラもビルギットも帰ってきていたのね。

 ヴェレナさん、お待たせいたしましたわ。多分、今お互いに名乗りは済ませたのでしょうが、改めて。私とラウラ、ビルギットの3人が、この女子寄宿舎……ひいては魔法青少年学院の先輩であり、同時に今後生活を共にする仲間ということになります」




 *


「まあ、とりあえず夕食にしましょうか。多分出来ていると思うのですが……」


 オーディリア先輩はそう言いながら、耐熱手袋をつけて、キッチンの魔石装置のコンロの下に備え付けられているオーブンから天板ごと料理を取り出した。


「いつの間に作っていたんですか、オーディリア先輩」


「下準備はヴェレナさんが来る前に済ませてありました。あなたが来る時間は伺っておりましたから、後は長時間じっくり焼く必要があったのでこの学院について説明したりお片付けを手伝っている間ずっとオーブンで加熱していた、というわけですね」


 火のそばからそんな長期間離れて調理を行って大丈夫なのか……と思ったが、考えてみればオーブンは魔石装置で火は扱っていないのか。蛇口互換の水発生装置が水に限りなく近いけれども水ではない物質であったように、このオーブンも火ではない何らかの魔法由来の熱源を使っているので、長時間加熱したりする料理でも必ずしもその場に居なくてもいいということとなる。


 そんなことを考えていると、ビルギット先輩が天板の上を覗きこんで言葉を零す。


「あら……これまた豪勢な……。何て料理でして?」


「『ジャガイモのコキーユ』と言えばいいのかしらね。時間はかかるけれども見た目鮮やかですし、量感もあり皆さんで分けて食べられるのでこれがいいかな、と思いましたのでこれに致しました」


「オーディリアはこういう凝った料理に妙に詳しいからなー、あんまりウチらに作ったりはしないから、可愛い自分の後輩の為なんだろ?」


「……まあ、否定は致しませんが。それよりラウラ、ヴェレナさんの前で『そちらの口調』でよろしいので?」


 その指摘に対して「あっ、やべ」とラウラ先輩はばつの悪そうな顔をこちらへ向ける。今のは聞かなかったことにしろってことですかね。

 まだあまり新しい2人の上級生の関係性については掴めていない部分が多いが、少なくともラウラ先輩の方は、普段……というかこれまで女子寄宿舎ではずっと『素の口調』で話していたのだろう。

 オーディリア先輩に向ける言葉尻も友人としてのそれを感じる。


 そして鍋敷きの代わりにダイニングテーブルには布が敷かれ、オーブンから出てきた深めの鉄板がその上に置かれる。

 『ジャガイモのコキーユ』と言っていたな。確かに中を見ると一口大に切られたジャガイモが見え隠れする。しかしジャガイモだけではなく、ブロッコリーやミニトマト、パプリカ・ズッキーニなどなど様々な具材がホワイトソースに絡められて軽く焦げ目が付くまで焼かれている。

 見た目はグラタンのようではあるのだけれども、味はどうなのだろうか。


 「まあ、とりあえずこれから先は食べながら話しましょうか」というオーディリア先輩の一言に私を含めた3人は同調する。

 大きな木製のヘラでテーブル中央に置かれた鉄板から各々自分の小皿へ取り分けて、そして右手でスプーンを持ち口へと運ぶ。


 口の中に運ぶとまず感じるのは、どこか家庭的な情緒を感じさせるホワイトソースのまろやかな舌触り。そんな優しい味にメインのジャガイモのほくほくとした食感とマッチングする。そしてちょっぴりだけ焦がした部分が食感に変化を与えてくれる。

 ジャガイモの主役の影でブロッコリーを筆頭とした野菜たちも名脇役として、ホワイトソースと絶妙にマッチングし絡み合う。特にミニトマトはその程よい酸味と加熱したことによる口当たりの変貌は心地よさすら感じてしまう。


 ……オーディリア先輩って料理こんなに上手であったのか、と驚嘆。するとその心を読まれたのか、1つ問われる。


「……そういえばヴェレナさんは、料理が出来たのでしたよね?」


 ああ……、小学校時代にどこかで料理が出来る話をしたっけ、覚えていないなあ。一応前世での一人暮らし経験があるから、面倒で多少サボっていただけで出来ないわけではない。でもこんな美味しいものを頂いた後に出来ると言うのは、ちょっと恥ずかしいものを感じてしまう。言葉を濁して「まあ……少しくらいなら」と答えてしまった私は悪くはないだろう。


 その返答に対してオーディリア先輩は、


「それなら……去年よりかは大分楽になるかしらね。今でこそラウラとビルギットのお2人も料理の腕が上達しましたけど、入学した当時はまともに料理ができるのが私だけでしたから大変苦労したのですよ」


「なっ! もう過去の話だ……いえ、声を荒げてすみませんでしたわ」


 ラウラ先輩がまた猫被り偽装失敗してる……。流石にもう指摘していいよねこれ。


「あの……、初対面の私が言うことではありませんがやりやすい話し方で話して頂いて構いませんよ。私は別に気には致しませんので。

 ……というか、そもそも何故そんなに口調の使い分けを行うのでしょうか?」


「ああ、ヴェレナさん。それは私から説明致しますわ。

 ラウラはこの王都でも下町の出身でして、聞いての通り言葉遣いがやや粗暴というか……そうした面があるのですけれども……。

 魔法青少年学院女子生徒1期生であることと、ラウラ自身は『特待生』であるので表向きは淑女たらんと演じているのですよ。……私達の前以外では」


 別に学院自体がそういう口調まで指導してきているわけではなく、自主的にそうあろうとしているとのことで、男子生徒や先生方などが居る前ではその猫被りは今みたいに容易に剥がれることはないらしい。

 そうした行動は、下町出身だからとか口調が悪いという理由だけで舐められたくないという面子の問題と、女子生徒1期生で必要以上に人に見られる立場であることから、猫被りを始めたようで。


「あれ……? それなら、私の前では必要ないのでは」


「まあ、そうだけどな。でもオーディリアの後輩ってことはあのアプランツァイトに通ってたお嬢様(・・・)だろ? どんな繊細なヤツが来るんだって思ってはいたから、正直大分まともそうなやつで安心したわ」


「……まあ、ヴェレナさんと過ごしてみた後に本当にこの子をまとも(・・・)と言えることを楽しみとしておりますが。……まあ『アプランツァイト学園』の名は、そういう目で見られるということですよ、ヴェレナさん?」


 ……一瞬オーディリア先輩にすっごい失礼なことを言われたような気がして、そしてその言葉を聞いたラウラ先輩が「げっ、こいつもまともじゃないのかよ」と言っていた気がしたけれど。

 少なくとも私もオーディリア先輩には『まともじゃない』とは言われたくないのだけれども!


 まあ、でもそっか。あの今まで通っていた学園の外からの評価はお嬢様となる訳か。

 確かにルシア、クレティは口調と物腰だけ見れば確かにお嬢様然していたが。


 ……というか、私の前で猫被るのは本当に止めるんですねラウラ先輩。大丈夫そうだからとは言っても判断が早い。



「そうすると、ビルギット先輩は丁寧ですけれども……」


 実は演技で丁寧な口調をしていたのであれば少し末恐ろしさがあるが。これにはビルギット先輩本人がそのまま答える。


「ああ、それは私の家系によるものですわね。

 ――今でこそ平民ではありますが、ヴェレナさんと同じく元従士階級の家なのですよ、我がウィグバーグ家は」


 ……物凄い意外なところで共通点があった。

 そしてやっぱりバレているのね、私の家であるフリサスフィス家について。




 *


 料理ができなかった2人の先輩。

 まだ、中学生なんだし女子でも料理がまともに出来ない子なんて居る……ってのは前世の価値観だが、よくよく考えてみればこの世界は義務教育は小学校までで、過半数を超える女性はもう社会に出ている。


 そうした際に上級生3人組の中でオーディリア先輩しか料理ができなかったというのは相当なレアケースだったのだ。そもそも魔法青少年学院が女性入学を認めたことを公表したのも3年前で、元々若い頃から魔法使いを志していたわけではないから、魔法使いになるから料理を学んでこなかった、というわけでもないのだ。


 それでは何故この2人がそれまで料理ができなかったのかと言えば、出自に関係している。

 まずビルギット先輩。彼女は私と同じ(・・・・)従士階級出身とは言ったが、私の家たるフリサスフィス家を振り返れば分かるのだが、フリサスフィス家はそもそも親戚と大分疎遠だ。本家当主ということになりそうな私のお父さんも、そうした親戚を鎮めるために魔法使いになったこと以外は、正直大して『家』を意識するようなことはしていない。多分お父さんはそうした血縁による呪縛もあまり好まなかったのだろうとは思うのだけれどもどうだろう。家族だけでゲードルフピアーノの住宅地に居を構えていたのももしかしたら親戚から距離を取る意図もあったりしたのかな。


 ここまで考えた上で、ビルギット先輩のケースを考える。つまり従士階級の本家らしからぬ我が家とは違い、平民に身分が降下した後も『従士』としての家格を守り抜いているのだとしたら。

 真っ先に考えられるのは政略結婚の駒、なんだけど……。おっかなびっくりでこれを仄めかしてみたら笑ってビルギット先輩は首を振った。


「もし我が家が私への政略結婚を本気で望んでいたら、今この学院には居ませんよ。というか、家格を考えれば普通結婚するのには料理技能は必須ではないですか?」


 ……言われて思い出すのは、幼年期の習い事。

 確かに、あの時ゆくゆく必要になる技能を聞いたときに、『裁縫』と『料理』が必須と言われたわ。本気で政略結婚させることを考えたらむしろ料理は真っ先に学ばせるか。

 じゃあ、何故出来ないのかといえば――


「私の本家では、身の回りの世話は全て分家の方がやってくださいましたので」


 聞いて最初に思い至ったのはルシアやクレティの家。ただ、すぐに彼女らの家と違うところに気が付いた。


 ルシアもクレティも身の回りの世話をしていたのは給与を支払い雇われている給仕・・侍女・・。一方で、ビルギット先輩の家では分家の方。そこにあるのは雇用関係ではなく血縁関係という恐ろしさ。

 ……平民に降下した従士であっても、そのような血の正統性が上下関係を形成しているとは。


 そう考えると、祖父が従士でありながら例外的に騎士爵を叙爵したことで、貴族を狙えると考えたり、私が病弱だと知り強い子供が産めないと分かると、側室や妾を薦めてきた親戚らは、当時は憤りすら感じていたが、一応本家の人間に自由な暮らしを認めたり、私が親戚の前に出されなくても直接訪問などしなかったことを踏まえると、実はこれでも理性的な血縁者であった、とか?


 元従士クラスでこれなんだから、ガチ貴族とか一体どんな魔窟になっているんだ、とか考えたくないわ、もう。



 という背景が重すぎるビルギット先輩の料理ができない裏事情に対して、ラウラ先輩が料理できないのは意外と単純なことであった。


 このガルフィンガング魔法青少年学院の所在地は実はアプランツァイト学園や、ソーディスさんと遊びに行ったロッシュヴェルの近郊にあるのだけれども、学園やロッシュヴェルよりも王都中央側、僅かだが王城の近くに位置している。


 そして、王都・ガルフィンガングは、人口増加により外側に向かってほぼ同心円状に拡大した経緯があり、中央部に近ければ近い程基本的には古くからある街、すなわち上流階級やお金持ちが往来しやすくなっている。後は利便性から単純に地価も変わるし、中央部に居を構えること自体がお金持ちである証になる。それが住宅にしろ、商店にしろ。


 この魔法青少年学院の外にも商店などがあるが、その商店の商売の対象は一応魔法青少年学院の生徒も狙ってはいるかもしれないが、本命はそうした中心街の富裕層相手だ。


「学院に通い始めてから見たこともない食べ物が小奇麗な店の中に並んでいて、当時は本気で困ったよな。一応料理くらいはしたことあったけど、そんな知らない食べ物の調理なんかできねーし」


 いつの間にか冷蔵装置から取り出したグレープフルーツを食べながら受け答えをするラウラ先輩。このグレープフルーツ……というか果物自体も実家周辺ではあまり見かけなかったらしく。手に入るようになって食べてみたら存外ハマってしまい、冷蔵装置の中に備蓄するようになったとか。




 ……そんな話をしてもらい、私もまた2人の新たな先輩から、オーディリア先輩の過去やらアプランツァイト学園での生活などの話を振られて、それに応えていくことで、ガルフィンガング魔法青少年学院初日の夜は更けていくのであった――。


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