表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/174

4-3


 どうやら今年の女子の入学者は私だけらしい。


「女子では私だけ……。正直信じられないのですが、そんなことがあり得るのですかね……。もしかして私の代では受験者が少なかったとか……?」


 正直、私だけ受かるという事態はそこそこに考えにくい。一体何があったんだ……。


「……先に断っておきますけど様々な複合的要因が働いておりますが、それでもヴェレナさんの実力で入学したことには変わりないですわよ」


 そう答えてまずオーディリア先輩が語ったのは魔法青少年学院の女子受け入れ態勢の不十分さ。先輩の代で3人受け入れてみたものの様々な問題が露呈し、特に女性職員不足は一年が経過しても改善の兆しすら見えない。

 そんな状況で女子生徒数を増やそうとはあまり思わないわけで。


「それと、女子の若干名採用ですが、男子と比較してあまりに能力が違いすぎるものを受け入れるつもりもないようで。……入試試験そのものの内容に男女差はありませんので、男子だけの順位で30位の方の点を超えている女子でないとそもそも受け入れるつもりはないみたいですね」


 ……それは、でも、まあそうか。男子の合格最低点を下回っているのに女子が入学する、というのはそれはそれで男子にとってみれば不公平な話だ。


「まだまだありますよ。去年の私の代の合格者は確かに3人ではありますけれども、そのうち1人は特待生入学なんですよね。……まあ今日の夜にはヴェレナさんもお会いできると思いますので挨拶させますが。

 最後に、今年は地方校の方で女性入学者が増加したそうですよ。王都よりも地方のが今年だけ何故か人気があったみたいですね」


 3人入学とはいっても1人は特待枠だったってことは、元々2人しか受け入れるつもりがなかったのかな。そこに1人強引に捻じ込ませた、と。それならば今年帳尻を合わせて1人だけ、って可能性はあるのかも。

 そして魔法青少年学院は何もこの王都にある『ガルフィンガング魔法青少年学院』だけではない。地方に3か所存在する。まあ出身地は様々だから今年は偶然受験者の中でも優秀な人が地方に偏ったってのもあり得るのかな。




 *


「こちらが角部屋の鍵になりますね。マスターキー以外はこれしかないので、紛失した場合は寄宿監の方にお伝えください。

 とはいえ、寄宿監はあまりこちらの寄宿舎に顔を見せない放任主義的な人物ですので、見かけなければとりあえず本校舎の職員室の方に行った方がいいかもしれません。まあ、私に言ってもらっても構いませんが結局は学院の先生方に伝える必要はあるので二度手間になりますしね」


 鍵無くしたら面倒なことになりそうだ。紛失しないようにしなきゃ。


「そういえば手荷物をダイニングの方に置きっ放しでしたね。私が取ってきますので、先に部屋の方を見ておいてください。一応気に入らなかった場合は別の部屋を選ぶことはできますが、広さはどこも一緒ですよ」


 そう言うや否や、ダイニングへ私の荷物を取りに行ってしまったオーディリア先輩。やっべ、先輩を動かせてしまった申し訳ない。渡された鍵を見ると『105』という数字が刻まれている。あー、これが部屋番号ね。

 角部屋ということなので、とりあえず廊下を進んでいくと、一定間隔で扉のあるエリアが存在しており、扉には101、102とナンバリングされていた。

 その廊下を突き当たりまで進めば、丁度正面に見える部屋が105と書かれている。その部屋の建具の錠前に鍵を指し回すと開錠される。……鍵は魔法的な細工は為されていないのですね。


 部屋の扉を開くと、縦に長い空間が広がっていた。その長方形の部屋の正面の短辺と左側の2か所に窓がある……あるんだけど……


「部屋……狭っ……」


 ……そうなのだ。横幅は両手を広げれば届きそうなくらい。そして縦長で奥行があるとは言っても備え付けのベッドと机で部屋の半分以上を占有してしまっている。前世でのネットカフェとかよりは広い、とは思うけれども、これから暮らす部屋として考えると狭いよなあ。

 一応部屋の全体を確認すると、確かに入口付近に洗面台があって、その奥の扉を開けるとお手洗いがある。逆に言えばそれ以外は何もないので、本当にこのスペースがプライベート空間の全てということになる。


 多分今までの家と比較しても、あるいは前世で暮らしていたマンションと比べても半分あるかないかといったような広さ。

 ……そんなに自宅で荷物を詰めたわけではなかったけれども、大丈夫かな、全部物が入りきるだろうか、この部屋に。


 そうこうしていると、ノックされたので廊下と繋がる扉を開けば、私の荷物を持ってきたオーディリア先輩が立っていた。

 わざわざお手を煩わせて荷物を持ってきて頂いたことに感謝の意を伝える。すると、先輩がこう返す。


「先ほどダイニングに行ったついでに警備の方に聞いてきましたが、ヴェレナさんのご自宅からのお荷物が届くのは、予定ではもう間もなくみたいですわ。今日の予定は開けておきましたので、私も手伝いますよ。

 ……確認ですがこれから住むお部屋はこちらで大丈夫でしょうか? 他の部屋を選んでも内装は大差ない……あら、この部屋は角部屋だから窓が多いですわね。

 一応どの部屋も魔力装置の空調設備は入ってますし、夏場冬場問わず快適ではあると思いますよ」


 ああ、角部屋だからここは窓が多いのね。広さが変わらないのであれば正直そこまでこだわりはないので、この部屋で決めてしまおう。


 こうしてこれから3年間の私の生活拠点は決定したのであった。




 *


「――なんですか、これ。

 何てものを持ち込んできているのですか、ヴェレナさん……」


 自宅から届いたでかでかと『リベオール総合商会新規事業部』と書かれた段ボール箱を開いて、洋服ラックや新しく購入して引っ越し荷物に混ぜていたカラーボックスに収納をしていると、梱包材も入った一番大きな箱を開封した先輩から困惑の声が聞こえてくる。

 段ボール箱は引っ越しする私にルシアが送り付けてきたので利用している、というか段ボールは例の製紙事業で『板紙』として売り出している歴とした商品とのこと。


 先輩が限りなく素に近い声を漏らすのは極めて珍しいので、一旦作業を中断して先輩の様子を伺う。


 確か一番大きな箱には、と考えながら覗き込むと中に入っていたのは電子レンジみたいな形と大きさの……魔力通信装置だ。


「え……、魔力通信装置ですけど……」


「あのね……ヴェレナさん。それは一応存じ上げております。

 でもですね、これ最新式じゃないですか……」


 最新式。まあ確かにお父さんが、これを買ってくるときに最新のものならコンパクトなサイズがあるって言っていたな。


「確かに最新のものを買ってきた(・・・・・)とお父さんは言っていたので、高価なものですけれども……まずかったですかね?」


 私がそう言うと、思いっきり溜め息をつかれる。

 その後、私に対して子供を諭すような口調で語りかけてきた。


「『四六式特殊通信装置』……それがコレ(・・)の名前ですわ。

 ほんの2年前に魔法使い内で制式採用された魔力通信装置であり……軍用品です。民間販売はなされておらず、開発したウェスカテル通信が独占的に魔法使いに対して卸している軍事物資ですわよ。

 まあ、あなたのお父様のフリサスフィスさんが正規の手続きを経て入手して魔法使い内で資産譲渡の証書を発行している旨はこちらに貼られている物品管理ラベルに記載されておりますので合法であることは確かですが」


 えっ、まさかの軍用品ですか、この通信装置……。最新式とは聞かされていたが、まさかの国内最先端レベルだとは。


「……それじゃあ、一体どれほどの価値があるのですか、この装置」


「ウェスカテル通信が魔法使いから頂いている金額で1台40万ゼニー程だと伺ったことはありますが、あくまでそれは最安値と考えてください。フリサスフィスさんの入手経路やわざわざ1台だけ入手する手間を考えればもっと高額の可能性もありますしね」


 最安で、40万ゼニー。やはり価値が分からない。……聞いてしまうか。

 先輩に大きい金額だと分からないから何かに喩えて欲しい旨を伝える。



「――そうですね。この国の『男性』の正規雇用者・・・・・の平均年収が80万ゼニーに届かないくらいですので、彼らの給与の半年分といったところでしょうか」



 給料の半年分!? 

 そりゃあ先輩もこんなリアクションするわ。しかも、その値段は言ってしまえば卸売価格で、お父さんの購入ルート次第ではその値段は跳ね上がるだろう。


「もしかして……通信装置をこの学院で使うのは無理、ですかね……?」


「紛失・盗難などを自己責任で良いのであれば、このまま学院にも黙って部屋に置いておけば問題ありませんわ、その場合私から口外することは致しません。基本的には部屋に無断で他人が入ることは余程の緊急時以外は無いはずですし。

 無難なのは貴重品申請を学院側に出しておくことですが、この場合申請が却下されたらご実家に送り返す必要が生じます。物が物だけに学院職員側がどのような判断を下すのかは未知数ですね。

 もう1つ資産保護申請を提出して学院側に一時的に資産として保護してもらい管理を一任させることも可能ですが、そうすると自分で使う場合にも面倒が生じますけれど」


 そして申請を出す場合は、学院側に要らぬ勘繰りをさせる可能性があることをオーディリア先輩は指摘する。というのも魔法通信装置自体は魔法青少年学院内にあるものの、最新のそれ――先輩曰く『四六式特殊通信装置』は、学院の備品ですら存在しないものだからだ。


 魔法学院系列の備品は基本的に現役魔法使いが使用していたもののお下がりであったり、旧式の在庫処理も兼ねている。これは無論経費節約という面もあるが、配属される部署や部隊によっては旧式の支給品しか給付されないケースもあるため、学校教育の場で最新のものに慣れてしまうと古いものを扱うときに困惑するという事態をなるべく起こさないようにするためである。

 学校で新しいものを学んで、いざ実践の場では旧式の装置の使い方から学び直す、のではモチベーションが下がるだろうしね、分からなくはない。


 それで先輩から魔法通信装置の処遇について3通りの解決策を頂いたものの、正直どれもこれもメリットもデメリットも存在する。まあ黙って置いておくというのは言い方はあまり良くないけれども、実際価値を知るまでは普通の自分の私物と同じ扱いをしようと考えていたし。

 でも自分自身の想定よりも高価であることを知ってしまい、貴重品申請くらいは出してもいいのかな、と揺れ動く気持ちはある。けれど、却下されたり面倒ごとに巻き込まれたりするのは嫌だなあ、って思う。


 というか、そもそも教員側は全員ではないけれども、現役の魔法使いの方もいらっしゃる。特に学院長などの上層レベルになれば、それは国家公務員・魔法使いの組織たる魔法教育統括部からの出向人員で、現在の魔法使いの学閥関係者である可能性があり、となると私の『フリサスフィス』という姓からお父さんについて考えが及ぶ者の可能性が考えられる。


 というか、入学させた時点である程度身辺調査は行われていることも考慮せねばならない。だって毎年の入学者が30人くらいしか居ないんだから調べようと思えば調べられる数であろう。ドロップアウトさえしなければ、そのままほとんどスライド式に魔法使いになる者ばかりなのだから、その受け入れに対しては相当吟味しているはずだ。特に森の民金融恐慌以降は公務員が人気なんだし、学院側は学生を選びたい放題のはずだからね。


 となると私の入学を拒絶することすら可能であったのに、それを行わなかったことに対して若干の疑念もあるわけで。いや、入学を受け入れてくれなければ私は魔法使いになれないから感謝もしているのだけれども。


「……それじゃあ、このことは黙ってもらう形で良いでしょうか? どちらにせよ、私の父の関係上、学院内で意識はされていることだと思いますが、わざわざ悪目立ちする要素を増やしたくないので」


 オーディリア先輩はその私の返答に了承の意を返し、魔法通信装置にはとりあえず布を被せて申し訳程度の隠蔽を施した後に、そのまま私の荷物整理を手伝ってくれた。




 *


 先輩の手伝いの甲斐あって1日でとりあえず区切りの良いところまで片付けができた。


 もう陽の光も大分傾いてきたのでこれ以上の作業は明日に回すべきだろう。この辺りでやめようとオーディリア先輩に伝えたら、先輩は一度自身の私室に戻るとのことで、とりあえずダイニングで少しだけ待っていて欲しいと言われたので、先に玄関横のダイニングに行き8人掛けテーブルの一番隅の入り口に近い席に座って待っていると、不意に玄関の扉が開く音が聞こえ、その直後にダイニングの扉が開かれ開口一番こう放たれた。


「おーい、オーディリア! 今日新入りが来るって話だったろー? どこに居るんだ……って、あっ」

「――ちょっと急に止まらないでよ、ラウラ! 一体何があったの……って」



 声のした部屋の入口に無意識的に目を向けると、2人の魔法青少年学院制服を着た女子生徒がおり、しっかりと目が合ってしまうのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ