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prologue-3


「――そうですね。銀行を使う側の心理として潰れない銀行にお金を預けたいじゃないですか。やっぱり」


 銀行の統廃合、つまり合併でもって金融対策となる理由だが、一番はそこにある。


 難しいことを考えなければ、合併することで銀行自体の規模は大きくなる。そして合併した銀行同士で似通った仕事をしている部分を削ぎ落すことでコストカットが可能だ。いわゆるドーピングに近い形ではあるが不景気によって流されない力を付けることもできる……かもしれない。


 そして何よりぱっと見たときに大きい銀行のが、何か預金を返してくれそう感がありふわっとした安心感が生まれる。実際に安全なのかは経済の専門家ではないから分からないが、この『漠然とした安心感』が取り付け騒ぎという緊急事態には大事になる、と私は考えた。


 結局のところ取り付け騒ぎにやってくるのは、そういった私みたいに経済に疎い一般人だ。企業レベルで銀行に預けている資金を全て引き出す場合、即日で下ろすのは無理だろう。つまり、取り付け騒ぎの防止には経済に疎いけども行動力や噂の拡散能力に優れた人に安心してもらうのが有効打になるはず。



「そもそも……この国に銀行って一体いくつあるんです?」


 私の漠然とした疑問にベックさんは数値情報を頭に入れていたのか即座に応える。


「大小さまざまだが、普通銀行に限っても300以上はあるだろう。この他に、銀行ではないが似たようなことを行っているかつてのギルドの扶助組織から拡大発展した信用組合や、合法非合法を問わず貸金業なども巷には溢れている」


「300以上……随分と多いですね……」


 私が数の多さに反応したら、ルシアが「へえ……ヴェレナにとっては多いと感じるのね」と呟かれ、完全にやってしまった。いかん前世知識目線で考えて墓穴掘ったなこれ。

 そうしたら案の定、じゃあどのくらいならヴェレナは丁度良いと思うのよ? とルシアに続けて聞かれる始末。やっちまった……。


「うーん、そうだね……。王都とか大都市に本店がある大きいところはともかくとしても、州に1つくらいでいいんじゃないかな、大きい銀行も3つ4つくらいで充分な気がするけど」


 この私の発言ににわかにどよめく親子2人。墓穴掘ったから開き直って完全に前世での感覚をそのまま伝えたのはミスだったかもしれない。

 でも逆にそれだけの数であった前の世界の銀行は、少なくとも多少の不景気で取り付け騒ぎになったり休業や、倒産なんてことにはなっていなかったはず。……世界レベルの大規模な金融ショックは別問題として。


 そして1州に1つであれば、州内のあらゆる産業と関わりができる。これは州に無数の銀行のある状態だとどうしても力の弱い銀行は特定の産業や業種に対してお金の貸し借りをしない、という状態ができてしまう。

 魔王侵攻の影響が大きかった最北の州に本店を置いていること、そして新興の銀行であるという理由だけで不安がられてしまったドラッセル金融。もし地方の銀行が1つしかなければ、そのような噂で崩れることもなかった可能性はある。


 そこで、ふと今更ながらの疑問が出てきたので尋ねる。


「あの……ドラッセル金融って大きな銀行なのですか? それとも中小なのでしょうか」


 この私の質問に対してはルシアが溜め息交じりで答える。


「あのね……それも知らずに今まであなたは話を聞いていたのかしら。まったく……」


 そうして語られる内容。

 結論から言えば、銀行全体の中から見れば5本の指には入らないものの上位ベスト10には確実に入るだろうと言われているくらいの有力な大銀行である。断定的ではないのは財務状況を公開していないためだ。

 大銀行は基本的に大手商会と結びついていたりすることが多く、ドラッセル金融もその例に漏れていない。この世界の大手商会は、『商会』や『商店』みたいな名前だとしてもただのお店ではなく、実態はホールディングスグループだったり大企業だったりするから名前で判断が難しい。


 そうした金融業界でも特に大きなところについてはルシアから説明され、それが丁度5つあるらしく。おそらくドラッセル金融はその5つ程には稼いでいないだろうと考えられることから5本の指には入らないという評価になるようだ。


 そしてその5つ。

 一番分かりやすいものは今私の目の前に居るベックさんが勤務しているリベオール総合商会の『リベオール金融』。ってかそもそもルシアが前にリベオール総合商会の事業領域について金融・石炭採掘・工業って言ってたわ。


 このリベオール総合商会と多角的経営かつ大商会という面で近似した特徴を有するのが『レーゲース商会本店』。こちらの『レーゲース金融』も大手5行の一角だ。


「レーゲースは鉱業やセメント、あるいは大がかりな産業用魔導装置を作成する魔導工学並びに錬金術に長けているわね、魔法使い・錬金術師双方に地縁を持つ有力商会よ」


 ……国の機関に食い込んでくるとは、安泰そうである。というかそんな商会とリベオール総合商会は覇を争っているとは。大手とは聞いていたけどそこまで大きな商会だとは思わなかった。


「あと3つね。まずリッシュベーク金融。ここは今までの商会とは違い、金融事業を中核として運営されているわ」


 『リッシュベーク』の名は我が国の州の1つの名前だが、これは創業者の出身地を冠しているだけであり、本店は既に王都にあるらしい。

 金融事業が中核・・というのは、銀行業務以外に保険業や不動産、あるいは商社などに手は出しているとのこと。


 また、同じく金融事業中心の商会として『ヴァースドルフ商会』が存在し、ここも大手5つのうちの一角だ。ただしこちらがリッシュベーク金融と異なる点は不動産ではなく農林開発事業部を有しており、農場経営を行っている。

 うん、銀行が農場を運営するのは意外だ。


 最後に5つ目として『クレデル商会』。歴史ある商会ではあれど、新興のドラッセル商会に近い性質を持ち、様々な分野に手を出しているのが特徴だ。

 例を挙げると、鉱山、魔道具、魔石装置などの今までの大手商会にありがちな事業に加えて、有機溶剤や塗料などの『分子錬金溶剤』、マヨネーズ・ドレッシング・マーガリンなどの錬金術的な加工を為された『食品錬金』に関する事業、その他にも農薬であったりゴム生成やアルミニウム製錬などのマテリアル事業部などを有する。

 そして金融部門はあくまでもその1つに過ぎず。それでもトップ5には入ってくる中々侮れない商会ではある。


「少し複雑だけれども、このリベオール金融、レーゲース金融、リッシュベーク金融

、ヴァースドルフ商会、クレデル商会金融部門が我が国の頂点に君臨する代表的な金融機関よ。

 これら5つを追う位置に同じくらいの数の銀行がありその中の1つにドラッセル金融があるという構図ね。なので、決してドラッセル金融は中小というわけでも弱小ということでもないわ。むしろ強豪と言ってもいいくらい。


 ……というか、中小の銀行は割と頻繁に倒産したり新しくできたりするから、それでいちいち金融恐慌だとは騒がないわよ。

 流石に今回のドラッセル金融の取り付け騒ぎで、明日休業すると情報を流した地方銀行や信用組合らのように連鎖的に複数企業・団体が倒れるなんてことは今まで無かったけれどもね」



 こうして聞いてみると、先に聞いたドラッセル金融の休業の重みが変わってくる。

 中小銀行が倒産するのはこの国では頻繁にあることだった。この視点は抜けていた。

 であれば今更小さい銀行の進退でこの2人が焦ったりはしないか。なのにドラッセル金融で大騒ぎになっているのは、大きい銀行であったから。

 そして大きい銀行であるからこそ、休業した今その波及効果が読めず長期化する見込みを立てた上で、私に対して相談を持ちかけてきている、と……。


 こうして見るとリベオール総合商会の立場がわずかに透けて見えてくる。まさに猫の手も借りたい状態なのだろう。だからこそ『神がかり』と称した占い師(・・・)たる私にも話を持ってきた。それは、どんな手を使ってもこの金融恐慌を回避したい、ないしは早期の段階で終結させたいという意図があるように思えてしまう。


「けれど、ベックさんが……いえ、『リベオール総合商会』が何故そこまでしようとするのでしょうか。景気の悪化は確かに企業としては大きな懸念事項ではあるとは思いますが。

 あくまで今回の発生源は他社ではないですか。国の援助や救済に任せればいいだけなのではないでしょうか」


「ヴェレナさん1つ誤認があるのでまずは訂正を。我々はドラッセル商会を救おうとしているのではなく、素人とは思えない発想をするあなたとプロの意見の摺り合わせを行っているだけです。

 ……まあ今行われております『経済産業連盟』の緊急会議の方に提案として持っていくことはするかもしれませんが、我々が景気対策にかかる費用を自己負担するわけではないことはご理解ください。

 なのであなたから聞いたことをそのまま実行するわけでもない上、社内で留め置く可能性はあります。もちろんあなたの個人的意見ではありますのでヴェレナさんに対してまで守秘義務の遵守を迫ったりはしませんが、ここで聞いた情報はせめて明日までは黙っていて頂けると助かります」


 ……考えてみれば当然の話だ。一企業が善意で私費を払ってまで景気対策を行うことはない。仮にこの国の経済を救っても自分の企業が倒れてしまったら意味がない。


 そして、今この場の話し合いは私に助けを求めているのではなく、ただの意見の摺り合わせであると明言された。まあそりゃそうか。むしろまだ小学生でしかない私に……いや、見た目年齢を抜きにしても財界で経験を全く積んでおらず素人意見しか出せない私に国家の命運などというもののトリガーを引かせるわけがない。


 でもだとしたら1個聞かなければならないことがある。


「では何故、ここまで迅速にリベオール総合商会は先手を打とうとしているのですか? 商売や情報にスピードが大切なのは理解できます。……ですが早すぎます。私の家への魔力通信は新聞報道前でしたし、通信のラグも考慮すると相当早期の段階で送ってきていないですか?」


 魔力通信は外国とのやり取りのような遠距離ではそれこそ1日が潰れるほどかかってしまう。通信距離に応じて時間はかかるが、それ以外に音を魔力的に変換する都合で発信・受信時にも時間が取られる。

 王都間でごく短いメッセージを送るのにも1時間以上かかるとか、そのくらいだ。だから距離によっては直接伝令の人員を送った方が早いなんてことは往々にしてあり得る。

 そうして考えると私の家に緊急通信を受けた時間は夕方。一方で、ドラッセル商会が休業したのが午後2時頃。……ドラッセル商会の情報を掴むのにも時間がかかることを考慮すると、この世界においては割と信じられないスピードで私の下にまで情報が届いているのである。

 それだけの情報網を整備して機能させているという面では感嘆の一言だが、勿論相応に費用をかけないと不可能だろう。


 私のそうした意図まで伝わったかは分からないが、ベックさんはこう答えたのである。


「そうか……。ヴェレナさんは気が付かないか。もう6年も昔のことだものな。リベオール総合商会・前商会長オスマール・フォーク氏の暗殺は……」


 懐古するように語られた内容は、私がアプランツァイト学園に入る前のテロ事件のことだった。

 当時のリベオール総合商会もこの国の景気悪化による政情不安は当然把握しており、私兵を雇いテロに対する対策は行っていた。防衛戦力の保持でテロに対抗しようとした形だ。

 ただしこの国では私兵の保持は成立当時から認められている。だから、あくまでも増員であった。しかし合法的な私兵の保持は戦力の保有数により多額の税金を納付する必要がある。戦力を保持し続けるだけでもお金はかかるのに税金とのダブルパンチで財政への打撃は大きい。


 そしてそこまでの警戒体制をもってしても商会長暗殺を防ぐことができなかった。当然犯人に対して非難や反発の声明を繰り返し発表していたようであるが、同時に問題意識はこの国の景気にも向けられたのである。


「繊維業への不信……。業務の多角化の必要性……。こういった言説が明確に打ち出されたのもオスマール殿の死後からだ」


 ……そこに繋がるのか。そしてベックさんが学園内でそうした考え方を持つ人をルシアの友人に求めた……と。何故ならリベオール総合商会の既定路線がそちらの方向性だから、ルシアにも繊維業一辺倒の娘になって欲しくなかったから。

 というところで私が出てくるのか。そりゃあ、あの時に友達になっただけで満点以上だったのも納得できる。


 そして話を続けると、結局私兵を増員しても暗殺を防げなかったリベオール総合商会の上層部は、その対策の方向性を防衛力の強化から、情報収集能力の強化へと舵切った。情報の速度と正確性が重要となり……


「得られた情報から的確な判断を下す対応能力も重要視されるということだ。

 ――ヴェレナさんに求められている役割が、摺り合わせなのも……」


「全ては確認ということよ。

 ヴェレナという情報源も判断能力も異とする、けれどもお父様からみても的確な情報さえ与えれば専門家と同等水準の判断を下すあなたの判断が、リベオール商会の判断に抜け落ちがないか確かめるためのね」


 ベックさんとルシア両者がそう話したことで私もようやく腑に落ちる。

 全ての始まりは商会長暗殺事件からだったと。そしてその後のリベオール総合商会の改革の流れに実は私も少なからず巻き込まれていたというわけで……。


 では最後にこれは聞かねば。


「――今回私の意見と上層部の判断事項で、違いはありましたか?」


 その質問は正直ベックさんも予知していたのだろう。淀みなく答える。


「対策面についてはこちらでも考えていたものばかりだ。……流石に銀行の合併案まで言い当たられたときは少々ひやっとしたが」


 あのときの空気感の変わり方はそういうことだったんですね。そしてそのまま話を続ける。


「だが……、あくまでも我々の合併案は中小銀行に対しての『救済合併』だ。

 すなわち倒産を免れない銀行を我々の下で吸収することで預金者を救い、我々は本来買収するよりも安値で引き取るができる……そのような仕組みでこの恐慌を乗り越えようと考えていた。


 それが、まさか……1州に銀行1行程度にするという話になるとは思わなかった。確かにその構想があるヴェレナさんからすれば今の銀行数が多すぎるように見える、というのも納得がいった。どの道今回のドラッセル商会の件で多かれ少なかれ銀行再編の必要は出てくるであろう。その中で機会があれば君の意見も活かせれば活かしてみようとは思う」




 *


 ……うん。一応役には立っているようだけど、見事なゼロ回答っすねそれ。いっそすがすがしい。


 そんなことを考えていたら、ベックさんがこう伝えてきた。


「ヴェレナさんがどう思っているのかは知らないが、これでも私は君に感謝はしているよ。それ故に今あなたが必要であると思っているものを、私が用意できる範囲のものであれば、お礼といきなり呼び出したお詫びとして1つだけ好きなものを譲ろうと思う。

 ……金銭でも物品でも、常識・・を逸脱したものでなければ何でも構わない」


 それって欲しい物なら、買ってくれるってやつだよね。素直に受け取ったらまずいかもしれないが、でもお礼か……。断るにも角が立つぞ。


 常識の範囲内で……と言われた通り、限度があることは分かるんだけど。一方で、私はこの世界の常識に疎いからそういう見極めのポイントがいまいち分からないのよね。自分の中で過小だと見積もっていても、相手にとっては過大な要求になるかもしれないし、逆も然り……って、ん?


……。

…………。


 ああ、そういうことか。

 若干ベックさんに誘導されている感が否めないが確かにそれは私にとって必要なものには違いないので、おそらく先方が求めていたであろう答えを告げることにする。


「情報を。

 リベオール総合商会から上がってくる情報を私にも回ってくるようにして下さい」


「――承知した。

 ただし、その願いは今回の謝礼としては些か度を越しているので無償提供とはならない。いくつか条件は付けさせてもらう」


 その条件とは、リベオール商会に不利益になるような情報および機密事項については渡せないのである程度渡せる条件は制限されるということ。……まあこれは仕方ない。不利なものも全部見せられるなんてことは流石にあり得ないし、限られた情報しか渡さないと先に明らかにしてもらえるのはむしろありがたい。

 第二に、今回のように意見を求めることがあるのでそれには協力してもらいたいとのこと。これはどちらかと言えば既得権益の再確認ということか。


 そして第三条件。情報提供はルシアを経由して行われること。

 ……これは、おまけなのかな。もちろん彼女の教育を兼ねているとは思うが。それ以上に中学生になって学校が変わってしまう私達に対して、その関係が途切れてしまわないように、という父親としての親心と、繊維業への理解者という希少カードを手放すつもりは無いぞという社交メッセージの2つが含まれているのだろう。……学園の最初期の友達ということもあるのかもね。




 それでも。

 それでもついに、私は、限定的でかつ制限がなされていて、しかも利害関係という鎖に縛られたものではあるけれども――


 ――今まで常識と知識が絶望的に偏り不足していた……『この世界に対しての情報』について、それらを仕入れるルートをついに手にしたのであった。

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