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prologue-2


 『魔王侵攻損失補償国債法案』。

 また魔王侵攻関係である。この国の金融不安や社会不安などは、魔王侵攻時に生じた支払期限の延長された金融債権の処理問題にあった。


 新聞記事を読む限りでは、えっと……。『「魔王侵攻手形処理法」によって発生した国債のうち1000億ゼニー相当について政府が10年分割で補償を行う』?


「あの……この内容ってどういうことなのルシア?」


 一度整理してみよう。20年ほど昔の魔王侵攻当時に行政勅令で戦災地域の期限切れになった有価証券の支払いを猶予したことが全てのはじまりである。

 これの負担を森の民中央銀行が一手に背負い、その損失補填を政府が行うことは決まったが、政府の用意した予算が足りず決済期限を延長したのが18年前と15年前。


 結果的に国債と引き換える形で全ての魔王侵攻手形は回収し、その臨時発行の国債も15年かけて全て返済を行うと規定したのが14年前……すなわち来年にはその国債の分割返済の期限が来てしまう。

 勿論そこで支払うことができれば問題ないのだけれども、その段階で出てきたのが「魔王侵攻損失補償国債法案」というわけだ。


 まだ「法案」でしかないので国会に提出されて審議中な訳で成立した訳ではないのだが、1000億ゼニーを10年分割。

 この法案が出てきたということはすなわち、15年間かけて国債を全部返せないことが露呈したこととなる。


「えっ、でも新聞には『流言』が原因って書いてあるけど……」


「『ドラッセル金融』が経営危機だとか、臨時国債を大量に保持しているとか、そういった噂の信憑性が低いことを指しているだけよ、それは」


 つまり法案が提出された時点で、遅かれ早かれ取り付け騒ぎなどの騒動になることは必然で、そこでドラッセル金融が『選ばれた』のが流言のせいというわけか。


 でも、そういう類の話を聞いてしまうと1つ疑念が浮かんでしまう。ドラッセル金融に取り付け騒ぎが直撃するように誰かが誘導したのではないか、という陰謀めいた推測だ。

 そこでベックさんに、ドラッセル金融について詳しく聞いてみる。


「ドラッセル金融……ドラッセル商会の金融部門だな。ドラッセル商会そのものは森の民統一後に出来た新興の商会で、我が国最北の州であるオーヴルシュテックに本店を置いている。

 まあ事業範囲は新興故に多角的だな。製鋼や非鉄合金といった分野では錬金術師らと連携しており、製粉などの食品部門でも製造販売を行っていたり、魔石採掘にも近年力を入れている。ヴェレナさんや私達にも馴染みのあるところでは人造繊維のレーヨンの製造も行っているな」


 何というか節操ないな、と感じたが製粉はともかくとしてほとんどが新しい産業なんだこれ。

 錬金術師そのものが国家組織として形成されたのは、魔法使いの例に当てはめればおそらく森の民統一後のタイミングだろうし、魔石だってこの世界の近代化の象徴に相応しい発見の1つなのだから歴史あるものではない。

 人造繊維……前世の化学繊維はまだまだ発展途上の分野だ。この国の基幹産業は綿花や繭からできた自然由来の繊維による軽工業だもの。新興企業故に化学繊維という隙間産業に飛び込んだことは十二分に考えられる。


 ……ってことは繊維業サイドが確実に競合するであろう人造繊維陣営を切り崩すために意図的に悪意に満ちた噂を流した可能性も考えられるのだろうか?

 と、そうした邪悪な考えをしていたのがベックさんに看破されていたようですぐに修正が入る。


「……忘れているかもしれないから一応言っておくが、我が国の繊維産業は長らく基幹産業であったゆえに、そう簡単には崩壊しないと楽観的な予測をしているのが大勢だ。正直人造繊維業を敵とすらみなしていない繊維系商会も多いだろうな。

 そこで繊維産業の延命のために流言を使い陥れるほどに危機感を抱いている商会となれば、危機意識だけで言えば我がリベオール商会は、ヴェレナさんあなたの助力もあり対策を行う程ではあるが、私らがドラッセル商会を潰すためにだけにこのような稚拙な陰謀を組むとでも?」


 邪な考えをよぎらせただけで、頭の中を読まれて釘をさされた。

 確かに、もしこの取り付け騒ぎがリベオール商会内部で仕組まれたものであれば、その対策の案をわざわざ私に求めることはないわな。私から漏れたら一発でアウトなレベルの案件だし。閑職とはいえ国家公務員である父と繋がるルートがある私を巻き込むのはリスクが高すぎるはず。


「ではドラッセル金融を追い込んだ『流言』そのものは何者かの情報操作の類ではなく、偶然ドラッセル商会が外れくじ(・・・・)を引いただけ、ということですか?」


「正直短絡的で近視眼的な愚か者による策略や愉快犯の犯行などの可能性などまで考えればキリが無いが、まともな神経をした商会であれば『魔王侵攻』関係の国債を使って火遊び(・・・)はしないだろうと結論付けている。

 そもそもこの国はその負の遺産(・・・・)の処理だけで20年近く揺らいでいる状態だ。そこに着火すれば洒落にならぬことになるのは明らかだからな」


 もっとも今回は既に小火ぼや騒ぎどころではないレベルで火が付いた上に、消火が間に合うのか未知数な状況まで事態は進行しているが、とベックさん談。

 まあ、確かにバレたら命まで危ないもんな。燻っている状況ですらテロとか暗殺事件起こるくらいには情勢不安定だったし。

 まあ、ここまで聞いてしまったのだから、ありえそうなものは聞いてしまおう。


「……外国勢力による破壊工作の可能性は、どうでしょう?」



 この質問をした瞬間にベックさんの目つきが一瞬鋭くなった気がした。


「――全く。取り付け騒ぎの意味も知らない子供なのに、どうしてそのような指摘ができるのか不可思議だ。


 聞かれねば言うつもりは無かったが、外国勢力の介入については不明だが我が商会では可能性は低いと見積もっている。一応上層部が調べさせてはいるようだが、そもそも今日発生したことだからまだそこまで多くの情報が上がってきているわけではないことは理解してほしい」


 1日、というか半日すら経過していない状況では海外の介入などは調べても報告はまだ上がってくるわけもないか。そりゃそうだ。


「しかし、まさか魔法使いになろうとしているヴェレナから他の国を疑うような発言が出るとはねえ……ずっと学園で一緒にやってきたけど、あなたのことに関しては分からないことが未だに多いわよ」



 そこに響くルシアの何気なしに呟かれた一言。この目の前の親子は私の一体どこに違和を覚えているのかな。いや、外国を疑うことが普通の人や、一般的な人から見た時の魔法使いの在り方からは逸脱しているということは分かるけれども、何故その行為が『普通』ではないのだろうか? だって、魔法使いは瘴気の森で戦う軍人としての側面もあるはず……ん?


 魔法使いは瘴気の森対策。錬金術師は未知の森。……あれ?


「あの……他国に備える軍隊って?」


「ヴェレナのお父様のが詳しいからそっちに聞きなさいよ。多分無いんじゃないかしら? 国の規模で専属の対外国のための部隊なんて持っているなんて自分は悪者です、って宣言しているようなものじゃない」



 前世と価値観が、違うんだ。

 ルシアの言葉を額面通り受け取ってはダメだろう。これは建前論なはず。だって森の民統一前は部族同士で争っていたのだから、人と人同士が戦わないという話ではないはずだ。テロもあるし。


 でも、そっか。部族抗争。そして、40年だか50年だかそんな昔に統一した後にこの国を襲った危機は『魔王侵攻』。国家対国家という戦争をこの国は経験していない。

 だからといって平和ボケしているわけではない、だって魔法使いのポストは増えているし。それに呼応して軍事費も増えているはずだ。ってか、経済停滞してんのに軍拡しているから社会が不安なんじゃ、いやこれは今は関係ない。


 危機へのレベルが人間の国家相手よりも、瘴気の森や未知の森に対する方が段違いに高い。だからそもそも『戦争』というものがこの世界ではあまり多くないのかもしれない。


 前回の魔王侵攻の際、隣国の商業都市国家群は我が国へ街道の民の護衛を依頼してきた。こんな感じで魔王侵攻時には隣国とも連携してそれらを打ち砕く必要がある。下手に周辺国の国力を低下させた場合、独力で魔王に対処しなければならなくなる。

 だから、全面戦争になることは少ないのか。いや全く無いわけではないんだろうけども。

 そう考えると魔法使いは有事の際は国家の垣根を超えて協力して魔物に立ち向かう必要がある。だから実際の魔法使いがどう考えているかは別問題として、一般庶民視点からだと外国人と仲が良いように見えるのかも。……ルシアを一般庶民と規定するのは些か難しい気はするが。


 ここまで考えると、ベックさん、いやリベオール商会が諸外国の破壊工作を疑わないのも釈然とはしないものの理解はした。

 そうすると、本格的に『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』ゲーム中の悪役令嬢・ヴェレナの動きは異質だったことになるね。そしてこうした国民感情が潜在的に存在する中で敗戦しその戦争犯罪人となったとなればその末路は到底まともなものではなかっただろう。

 多分その辺りも含めて強硬派と呼ばれる要因はあったのだろう。


 また1つ、悪役令嬢(ゲーム内ヴェレナ)のピースが見つかった。




 *


「……ドラッセル金融の取り付け騒ぎに際しての流言が偶発的であるものであることは理解しました。では、何故これがベックさんは長期化し金融恐慌になると判断しているのですか?」


 その理由が全く見当がついていない、というわけではない。再三言われている金融不安からくる情勢不安定と反社会的活動。これが1つだろう。

 だが、リベオール商会であれば何か異なる情報を得ているかもしれない。


「実は我が国の北部に基盤を持ついくつかの地方銀行並びに信用組合が明日営業を行わない方針に定めていることは既に分かっている。……初動で騒ぎを止めるのには既に失敗しているというわけだ」


 ……なんと。とんでもない話が飛び出てきた。もう波及は確定していたのか。そりゃあ長期化見積もり出しますよね。


「まあ後は新聞の推測でもあったけど、結局事態の収拾には『魔王侵攻損失補償国債法案』をどうにかしないといけないわけだから、事は経済ではなく政治の話になるのよね。

 商会としても動けることは限られてくるから、長期化見積もりしているのもあるわ」


 そう言いながらルシアが目線を1つの新聞に向ける。……あっ、これ錬金術師の機関紙だ。私達の演劇を記事に載せたやつ。



「これで一通り話したと思うけど、どうヴェレナ? 何か浮かんだかしら、この危機に対する対策が」


 そうだった。何も私は今回情勢の勉強をするために呼ばれたのではなかった。経済対策となると、前世ではどんなものがあったっけ。

 まあ、歴史上にあった大きなものを考えてみればいいか。となると……


「公共事業の創成による雇用創出で失業率を下げる、とかですかね」


 不況になれば仕事を失う人は増える、根本的にそうした収入構造そのものを変えないといけない。となれば景気が安定するまで公共事業でそれを賄うという発想は必要なはずだ。


「ヴェレナさん。それは金融恐慌が深刻化した後の、本格的な対策になる。準備は必要かもしれないが、そもそも今回の事態でまだ失業者は出ていないだろう?」


 あっ、確かに。ケースが違うかこれ。

 じゃあ、多分これもダメだろうけど、一応大規模公共事業創成と共に思い出したから言っておこう。


「一応思いついたので言っておきますが……。

 特定の経済圏でのみ補助金をかけ、その圏外には高い関税をかけることによって輸入品による国内需要の食い荒しを防ぎ、自国の産業を保護するというのも、今回の場合ですと少々迂遠になってしまいますよね……」


 無言で頷くベックさん。やっぱりこれもダメか。


 もっと生活に密着したところから考えた方がいいかもしれない。スケールが大きすぎて抜本的な対策となっていない。

 取り付け騒ぎ……預金を下ろしに来ているということだよね。それで銀行のお金が空になってしまって預金を引き出しに来た人にお金が出せない状態になるのがまずいから一旦休業したって流れだった。

 ってことは、逆に考えればいいんだ。銀行にお金があればいいんだ。目に見える形で。


「それでは、休業している銀行の入り口にお金をショーケースにでも入れて積み上げておきましょう。それだけで安心感が段違いなはずです」


「ああ、ヴェレナ。その対策はほらこの新聞を見てみなさい」


 え!? これは既にある手法なのか。どれどれ……、財務大臣が会見で言った台詞で「森の民中央銀行はドラッセル金融に対して救済の準備がある」ってやつか。


 私がその文字列を読んだことを確認してベックさんが静かに述べる。


「救済と言葉を飾っているが、言ってしまえばこれは資金注入、金を貸し出すことを言っている。

 もしこれが実現すれば銀行側は先ほどヴェレナさんが言った通り、危機的な支店の軒先に金を積むだろうな。単純が故に効果も高い」


 そして続けて、やはりヴェレナさんの結論もそれになるか、無難ではあるが一番手堅い打ち手はこれなのだな、と再確認するように独り言を呟くルシアのお父さん。


 意外とポピュラーな対策だったんだ。知らなかったけど。

 でも当たり前の発想をしているだけでは呼ばれた意味があんまりない。わざわざ夜中に呼ばれたのに施策の再確認だけで終わるというのは、緊急通信を入れたベックさんにも、何より護衛まで伴ってここまで連れてきてくれた両親に対しても申し訳なさが強い。


 ……何より、これでは『製紙事業』の際に指摘された『良く当たる占い師』のままだ。過程なき前世知識は説得力が生まれず、私の意見が通るということは相手が考えていたことであるということを揶揄した言葉が『占い師』だ。



 前世の銀行を思い出せ。別に経済政策とか景気なんかはどうでもいい。どうせその知識は知っていたとしても説得力はない。銀行の在り方そのもの、私が当たり前に見ていたものが、突破口になるはずだ。前世知識の活用。かつて権力テニスバトル演劇をひねり出したときにやったようなことをすればいい。


 ……前世では地方銀行を除けば、大手の銀行は誰でも知っていたよな。つまり数が少なかった。本当に片手で数えられるくらいしか大手銀行はなかったはずだ。



 ――そしてそんな大きな銀行は、その多くが名前が長い。それこそ2つとか3つの名詞が合わさったような合体ネーミングだった。それは何故? 複数の銀行が合併したんだ。

 そもそも大きいものが合併したせいで名前を全部消すことができずに間延びしたのだろう。……となると、名前が失われる形で吸収された銀行も居るはずだ。



 私は零れるように決定的な一言を口にする。


「銀行の、統廃合……」



 ――その瞬間、ベックさんもルシアも2人とも明らかに纏っていた空気感が変わった……ような気がした。

 そしてベックさんが、私に対してこう尋ねてくる。


「……その意図を我々に教えて頂いても構わないだろうか?」



「そうですね、もっとも完全に思いつきでしかないのですが。


 銀行の統廃合、それを為すことが金融状況の改善に繋がるであろう理由は――」

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