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「……なるほど。概ねは理解できました。ありがとうございます、フリサスフィスさん」
その後、二言三言質問をした後、オーディリア先輩側から会話を打ち切った。
どうやら、彼女がずっと気になっていた部分は消化できたようだ。そして、その言葉に続けて「折角ヴェレナさんのお家に伺ったのですから、娘さんのお部屋にお邪魔しても構いませんか? ……少々興味がありましたもので」とお父さんに尋ねると、お父さんは納得のいった様子で私に対して先輩を案内するように、と言ってきた。
……でも、オーディリア先輩がちょっと不自然なくらいに笑みを浮かべている。ちょっと、今の先輩には逆らえそうにないので父とオーディリア先輩の提案を即座に了承し自室に先輩を連れていくこととなった。
というか、家族以外の人を自分の部屋に入れるのはじめてだ。まさか初の来訪者がオーディリア先輩になるとは、ちょっと意外だ。
*
「あら……? 随分と本が多いのですね、ヴェレナさんのお部屋。……って本棚への本の入れ方ばらばらじゃない。……なんで魔物の図鑑の隣に王都の料理屋さんの雑誌を置きますかね……」
お父さんの書斎ほどではないが、私の部屋にも大きな本棚を1つ用意してもらっている。私個人としては整理整頓しているつもりであったが、オーディリア先輩から見たときにはただ乱雑に置かれているように見えたようだ。……まあ、確かに魔物図鑑と食べ物系の本を並べるのは良くないか。
ただ言い訳をさせてもらうと、そこの棚は『調べもの』をするときに見る棚だ。辞典・辞書の類から図鑑に雑誌まで何でも置いてあるから整理されていないようにしか見えないが、何気に一番この棚が利用する。
つまり、『調べもの』棚はインターネット検索を意図した部分だ。パソコンもスマートフォンも存在しないこの世界では、何か調べる場合、伝聞を除けばそのほとんどは本や新聞といった書籍に情報が集約されている。
本棚を整理するとき、当然ジャンル別にまとめることは考慮した。けれども、私がよく調べるものにはある程度の偏りがある。『取り替え子』の轍を踏まないように魔物の情報、ゲーム知識を活かすために『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の舞台であった聖女の国関係の書籍、そして前世知識が生かせないものであるお店の位置などの情報も含めた地図や芸術作品や文芸作品の一覧などを一か所にまとめている。……インターネットのブックマーク機能を意識して形成している。
ただ、それを説明することはできないので曖昧に笑って誤魔化すしかない。そしてそのまま流れで、白くて丸い座卓に下に敷かれている桜色のカーペットの辺りに座るように伝える。
まあ私室なので来客応対用のソファーセットみたいなのは置いていないから仕方がない。座布団なんかもないけど、その代わりにカーペットはそれなりに厚手の生地だから大丈夫なはずだ。……正直、もっと上流階級っぽい部屋にしても良いって両親には言われていたけど、何だかんだ言って自分の感性に任せた結果、一番落ち着く部屋の結論が前世の住んでいたアパートと似たようなレイアウトになってしまった。
本棚と座卓以外に何があるかと言えば、まずベッドと机が大きく占有している。そして小物などはカラーボックスに入れたり飾ったりしている。カラーボックスを買うときに、もっといい家具買ってもいいのに、と両親に言われたりもしたが、何だかんだで一番自分にしっくりきたのがこれだったので無理を通して買ってもらった。
「あまりこういうことを言うのは良くないのかもしれませんが……、部屋の統一感がありませんわね……」
前世一人暮らし部屋を再現した結果、オーディリア先輩視点では安物家具をとりあえず揃えた感が目立ってしまい、全体としてちぐはぐとした印象を受けたようだ。
本棚のジャンルも彼女から見れば意味不明だし余計にそう思うのかもしれない。
「これが一番落ち着くのですが……」
思わず出てしまった本音に一瞬ドン引きして顔色を変えてこちらを見つめる先輩。まさか、こんなところで交渉用の笑顔をはりつけっ放しの先輩のポーカーフェイスを崩してしまうとは……。
先輩のペースを崩せて、してやったりという若干の思いと、こんなしょうもないことで先輩驚かせてもという落ち込みの入り混じった複雑な気持ちになり、何とも言えない表情で私が立ち尽くしていると、我に返った先輩がカーペットに座り込み、
「まあ、ヴェレナさんも座ってくださいな。……仕切り直しといきましょうか」
そう先輩が誘ってきたので座卓を囲うように座る。さっきまで部屋にドン引きしていたのに順応するの早いな……。
*
「……どうでした? 私のお父さんとお会いして何か得られたことはありましたか?」
とりあえず私が個人的に気になっていたことから問う。オーディリア先輩は何年も私の父に会いたがっていた。
ただ……正直なことを言えば、権力志向的で上へ上へという意識の強く、派閥抗争どんとこいタイプな先輩と、お父さんは非常に対照的と言えよう。
私の部屋に行きたい、と言ってきた際の先輩の表情を鑑みるに、ほぼ確実に私に対して言いたいことがあるのでは、と推測している。もっとも、それが不満なのか感謝なのかそれとも別のことなのかは分からないためやや心騒ぎはしているが。
そうした私の不安な気持ちを察されたのか、端的に私に伝えてくる。
「フリサスフィスさん……ヴェレナさんのお父様は、まさかあそこまで権力に無頓着なお方であったとは……」
さて、これはどう捉えるべきか。言葉尻だけを取れば批判にも受け取れかねない。
だが単純な驚きの感情の発露にも取れる。少し出方を伺っていると、更にオーディリア先輩が意を決したように言葉を続ける。
「ねえ、ヴェレナさん。……私から申し上げてよいのか判断に悩むところですが。先ほどのフリサスフィスさんのお話――意図的にヴェレナさんに対して隠していることと、お父様自身が気づかれていないだろうことが、いくつか推測ではありますけれど浮かんだのですが、それをあなたにお話しても大丈夫でしょうか?」
……ええっ。一体どういうことだ。
私が完全に固まってしまったのを、もう少し判断材料が欲しいと思われたようで更に先輩が踏み込んでこう言い放つ。
「フリサスフィスさんは自身の進退について、一見美談のように話されておりましたが……。多分それはあなたが魔法使いに対して幻滅しないように、という配慮の想いもあったかと思いますわよ。
……まあ、話したことに嘘があったというわけではなさそうですけど」
「あー……、やっぱり左遷の理由としては理不尽ですよね、あれ……」
上司に意見しただけで命令違反。それは流石にやり過ぎ感はある。
「いえ、まあそれも間接的には影響しているとは思いますけれども。
聞いていた限りフリサスフィスさんの価値観を利用された感がありましたわね」
お父さんの価値観。
お父さんにとって権力や出世というキーワードは絶対的なものではない。これは確かだ。フリサスフィス家の事情を思い返せば、必要なのは『魔法使い』であるという名。そして、家族を養えるだけの収入という実。
「その実利と魔法使いの『名』だけを求める姿勢は、対立派閥の人間にも見透かされていたということではないでしょうか。
……事実、フリサスフィスさんは今後の魔法使いとしての栄達は閉ざされてしまっておりますが、魔法使いの『名義』は失っておりませんし、私立大学の特任教授となられたことでむしろ収入面で考えれば公務員として働いていたときよりも多くの賃金を頂いていることでしょう。
――これはおそらく、左遷の対価報酬として用意されておりましたわね」
お父さんが出世を求めていなさそうなのは私だって分かるくらいに明らかなことなのだから、出世レースの渦中に居た他の魔法使いからみても、それはさぞかし露骨に映ったであろう。
「だから嫉妬を買って失脚した……と?」
「短絡的な結論はいけませんよ、ヴェレナさん。繰り返しますが推測として聞いてくださいね。肝要なのは、フリサスフィスさんを傀儡にして操るのには優秀すぎます。ですがその一方で、彼をリーダーに据えるには能力や知識・見識という面では問題はありませんが……『野心』が決定的なまでに不足しているのですよね。
そして不幸なことですが、フリサスフィスさんを差し置いて学閥の長に収まることのできるだけの名声のある人物が他には居なかったはずです。
この推論がもし正しければ……何が起こり得るか分かりますか、ヴェレナさん?」
……自分の父について分析されるのは正直心安くはないが、彼女の人物眼は一考の価値がある。だからこそ、お父さんが語らない裏の内容について知ることのできる機会をこうして用意してくれている。それが善意なのか目的あってのことなのかは私には分からないが。
野心が足りない、そう評価したオーディリア先輩の言葉は確かにそうかもしれない、という納得でもって受け入れられる。でもお父さんは名と実はしっかり確保しているんだよね。親戚を抑えるのに必要な『魔法伯爵』という肩書きと特任教授としての収入……、それは左遷人事の対価として頂いた前借りの褒賞でもあるとオーディリア先輩談……。ん? 何か引っかかるな……って!?
……本当に、敵対していた森の民統一前から魔法使いをやっている旧来の彼らだけがお父さんにとっての敵対者の全てだったのだろうか。潜在的な敵対相手……そんな類の相手が居たのではなかろうか。
だって、傀儡にはできないがトップとしては不安で、代わりになる人材が居ない……これで危機感を覚えるのは、普通に考えればお父さんの言っていた旧来の魔法使い側ではなく、学閥内部の人間なのでは……?
「学閥内部にも、お父さんがトップになることに反対だった人が居るってことね……」
「そして、その彼らが旧来の魔法使い勢力と連携することで、フリサスフィスさんの追い出しにかかったと……。そう考えた方が『自然』ではありませんか?」
その後というか今現在もなお『学閥』として権力を握っている彼らが、旧来の魔法使い側と協調した側……そう考えると辻褄が合う、というか合ってしまう。
魔王侵攻後、州兵を利用した総動員の解除後軍縮を余儀なくされ、その流れでお父さんを含めた多くの人が左遷あるいは自主退職を行われていったが、反面肥大化した魔法使い軍を完全に解体することはできずに、新たな人事ポストも増強している。
それは果たして軍縮なのか? と思う部分も多々あるが、総兵力では大幅削減しているのは事実であるし、高級指揮官の数そのものも予備役送りにした者を考慮すれば減少はしている。魔王侵攻時と比較すれば軍縮だが、一方で魔王侵攻前と比較すれば学閥の持ち上がり分だけポストが必要となっている。
それらの人事ポストを開けるために既に上に居た旧来の魔法使いは棚上げ人事で更に上へと押しやったり、新設の部署をつくり魔法使いの果たす役職の範囲を広げることで何とかしていった、という流れとなるが。
……この流れ、どう見ても『学閥』と旧来の魔法使いが連携しているのですよね。
この問題に対してオーディリア先輩はさらに見解を重ねる。
「そもそも『学閥』って呼称自体が微妙なんですよね。魔法系の学院を卒業した者の派閥ってことは分かりますけど、誰がリーダーなのかはその呼称からは掴みかねますし……というか、実際には『学閥』にリーダーは居ないようですが」
お父さんを左遷という形で『学閥』のトップから追いやったまでは良かったが、そもそもお父さん以外にさしたる名声のある者も居なかったため、『学閥』は拡大化しているのにも関わらず、それを統率する人材が居ないそうだ。オーディリア先輩がこのことに気が付いたのは魔法使いの話題をする際に『学閥』という単語は頻出するものの、個々人の名前をほとんど聞かなかったことに起因しているらしい。
つまりこの大枠での『学閥』という枠組みこそあれど、内実は乱立している派閥の調整機関としての機能が主たるものなそうだ。オーディリア先輩曰く、私のお父さんという曲がりなりにもリーダーに収まれるだけの資質のあった者を追放してしまっただけにある種の制御不能状態に陥ってしまい指導者不在体制になっているのだとか。
その中で、時にはポストを新設することで懐柔し時には左遷人事を行うことで他の学閥内派閥を牽制したりと、非常に面倒くさいことになっているのだろうと先輩は推測している。
って、この先輩の考えが正しいと仮定すれば、
「先輩の推理が正しければ、今の魔法使いの『学閥』は魔法使い内で主導権を握っているように見えるけれども内実はばらばらで……、しかもその一部はお父さんの追い落としにも協力していたってことになりますよね」
うーん、どうなんだろう。推理として聞くと確かにそれっぽさはあるのだけれども、先にお父さんから聞いた話と比較すると相当印象が変わってしまう。
正直、推測は推測で全部が全部事実であるというわけでもないんだよね、先輩の話。だが一方でお父さんの話は真実ではあるだろうが、多くのことが隠されているとしか考えられなくなってしまった。お父さん自身が隠しているものもあるし、魔法使い上層部によって隠されたものも多いだろう。
そうしたオーディリア先輩の推理もお父さんの話もどちらも全てを鵜呑みにしないことを決意すると、先輩が1つ問いかけをしてきた。
「フリサスフィスさんの件とも若干関連はするのですが……、実はヴェレナさんにお伺いしたいことが1つございまして、良いでしょうか?」




