3-18
「そろそろ『勉強会』……遡れば入学式の際にお願いいたしました、あの『約定』について果たしては頂けないでしょうか?」
――オーディリア先輩から言われた『約定』。何か彼女と約束事をしていたっけ私。
と、一瞬思いを巡らせてみれば思い至るのは、あの『勉強会』の参加の是非をルシア・クレティに問うソーディスさんの説得工作の際に、オーディリア先輩を勉強会へ呼び込むために、私の父に引き合わせるというカードを切って彼女を引き入れていた。
……てっきりそれは、『勉強会』の講師と生徒という形で私の父に会わせたのだから完遂していたものだと考えていたが、どうやら認識に瑕疵があったようだ。どうやら1対1で対面の場を設ける必要があったらしい。まあ、確かに魔法使いの『学閥』に関して、あるいはお父さんが閑職となる前のことについては『勉強会』においても触れていなかったな。
ただ、何故このタイミングでオーディリア先輩が私に対して催促をしてきた……って、そっか。先輩は来年度4月には6年生。つまり、その次は中学生だ。中等科と初等科では、学園内の棟が異なり今まで通り顔を合わせる機会が減る。
そして私は魔法使いになることを公言しておりかつ、魔法教育の門戸開放がなされた。私がこの学園から2年後には居なくなることも察されているということだね。
「まあ、私が『勉強会』に誘ったときに言い出したことなので、調整はしてみますが……お時間は頂いてもよろしいでしょうか」
事はお父さんのスケジュールも絡むことなので即答はできない。そのことはオーディリア先輩も察してくれたようで「まずは、フリサスフィスさん――ヴェレナさんのお父様に聞いてみてくださいな」と言ってくれた。
その日の夜にお父さんにスケジュールを伺ってみたら、3,4月は忙しいから、5月であれば時間は取れるとのこと。あー……この時期は卒業直前で学生の面倒を見るので手一杯だし、4月は新学期シーズンでこちらも多忙になるというわけみたい。
その旨を翌日、オーディリア先輩に伝えた所、時期が悪かったことには理解が及んだようで、5月まで待ってくれることを了承してくれた。うーん、何だか申し訳ないな。私が先に気が付いていればここまで後回しになることもなかったはずなのに。
オーディリア先輩は私が入学したとき、その初コンタクトで私の父と話してみたいと明かしてきているのに、結局それが果たされるのに4年間も要してしまった。
正直ここまでオーディリア先輩と仲良くなるとはあまり考えていなかったので、時間をかけすぎたことは申し訳なさのが先に立つね。
*
「本日はよろしくお願い致しますわ、ヴェレナさん、そしてアデルバート・フリサスフィスさん。……何てお呼びすればいいでしょうか?」
「ヴェレナから聞いているが、普段私のことは姓で呼んでいるのだろう? ……我が家に居るのは全員フリサスフィスではあるが、いつも通りで構わないが」
心地よい風が吹き、照り返す日の光も過ごしやすい晩春の週末に、ついにオーディリア先輩が我が家にやってきた。
晩春。すなわち5月。私は5年生に、先輩は6年生になった。……約束の期日が来たというわけだ。
オーディリア先輩に関する話は両親にもしている。その上、お父さんは『勉強会』で交流はあるわけなので、彼女の非凡さは十二分に理解していることだろう。
まず、オーディリア先輩を通したのは父の書斎。応接用のソファーはあるので、オーディリア先輩はそこに座って頂いて、父はデスク越しに対面するという威圧体制。しかも、書斎には魔法使い関係の書籍も置いてあるので、先輩がそちらにあわよくば意識を取られるのを狙うという鬼畜フォーメーションなのである。
そして、私は別室から椅子を持ち込んで、2人から少し離れたところに座っている。……これは、あれだ。ルシアの家で『製紙事業』のときを確実に意識していると思われる。つまり、オーディリア先輩と父の対談を介しての私への教育を狙っているというわけか。
また、ルシアの家での一件は、私のあずかり知らぬ所で両親はその顛末を知っていた。そして、オーディリア先輩は、その時のルシアを煽った張本人なのだから、その後どうなったかについて知っている可能性は高い。つまり、父もオーディリア先輩も分かっているからこそ、これは先輩側から見た場合、1つのブラフになるのだ。
――すなわち、父がオーディリア先輩に対して何か怒っているのでは? という疑念だ。
まあ、お父さんがオーディリア先輩に対して怒るようなことは多分無かったとは思うので単純なブラフであろうが、ここでブラフを貼ってくることで父の本気度合いが読み取れるというものだ。
それは、オーディリア先輩を私のお父さんは子供でも小学生とも見ておらず、それだけの小手先の盤外戦術で状況を整えなければならない相手と理解しているという証左である。そして、そうしたメッセージをおそらく先輩は正確に受け取っていることだろう。
「あら……? これがよくヴェレナさんがお話しているジャスミンティーですわね。……あの、ゲードルフピアーノ大聖堂近くのお店で売られている。やはり、香りが違いますわね」
あーもう、この先輩は全く動じてないよ。確かに私の家ではお母さんの好みでジャスミンティーを良く飲むことは学園で話したこともあるかもしれないけど、何で購入店舗まで割れているのか……。
明らかに出会ったときよりも化け物度合いがレベルアップしている気がしないでもないが、少なくとも主導権を握ることはできなかった、と私とお父さんは悟るのであった。
*
オーディリア先輩が入学式のときにお父さんに聞きたいと言っていたことは、魔法使い『学閥』の中核としての地位に至った経緯。
さて、ここで少し父の経歴について振りかえってみる。
高校課程準拠の魔法爵育成学院、そして大学課程準拠の魔法学院、その両者の一期生でありかつどちらでも首席であったのが私の父だ。それ故、学院卒業後は魔法使いエリートの有望株として、国家公務員・魔法使いの三大組織たる、魔法省・魔法幕僚本部・魔法教育統括部のうち、作戦指揮を担う『魔法幕僚本部』の出世コースたる第一局に新人でありながら所属していた。
……もっとも、その後に発生する魔王侵攻において、前線で上司と諍いを引き起こし、魔王侵攻終結後左遷され、そこをスタンアミナス大学が特任教授として拾い今に至るわけだが。
ここまでは、私でも知っているお父さんに関する共通認識だ。しかしオーディリア先輩はとんでもない切り口から父に爆弾を放り込んできた。
「ずっと気になっていた故、どうしても当人に伺いたかったのですが……。フリサスフィスさん、世間ではあなたが上司に対して楯突き、命令違反を行い、その懲罰として左遷させられた、ということになっていますが。
――本当に事実なのですかこれ? 正直フリサスフィスさんが命令違反するとは思えないのですが」
その台詞を放たれた張本人たるお父さんは、ちらりとこちらに視線を向けてくる。
……って、いやいやいや! 私は何も言っていないって! 何でもかんでも私のせいにするのはやめてください本当に! そもそも私は何も知らないし、オーディリア先輩のように疑ったことは無かったし、完全にとばっちりじゃないか……。
私の慌てて弁明まみれになっている頭の中を読まれたのか、父は軽くため息をつき、オーディリア先輩に向き合いこう答えた。
「言っていることの意味が分からないが……。一体どういった考えで、その推測になったのか」
その父の言葉に先輩は自信ありげに、歌を歌うように自身の考えを紡いでいく。
「まず1つ。魔法爵育成学院と魔法学院双方の設立時首席卒業者、その肩書きは『学閥』にとっては非常に重いのではないでしょうか。何せ『学閥』……つまりは魔法系学院の卒業者の派閥であり、そこで成績優良どころかトップなのですから、あなたが本当に優秀であるか否かに関わらず、派閥の看板としての価値は絶大ではないでしょうか。
しかも、フリサスフィスさん。あなたは、そうした『学閥』の傀儡では収まらない程の優秀さを秘めていた。聞きましたよ、ヴェレナから。魔王侵攻時、事務方として魔法幕僚本部第一局で膨大な業務をこなしていたことは。
そんな学閥の看板であった方が新人でありながら事務として優秀で、もし戦地での指揮能力にも優れていたとしたら……それは果たして対立派閥の方からは容認できる存在なのでしょうかね」
その先輩の発言を鑑みて考え直す。前回の魔王侵攻は20年前。そして魔法爵育成学院の設立はおよそ35年前だったと昨今の魔錬教育女性門戸開放関係の新聞で読んだ気がするな。となると、高校・大学課程を卒業したのであれば7年間。つまり、お父さんが仕事に就いてから魔王侵攻までは8年間ある。……ちょっと、8年も働いていて『新人』と称するのには違和感があるが。それも派閥抗争側から見ると、お父さんの『新人扱い』にも思惑があることが考えられる。
『勉強会』で習ったことだが、先進国においては魔法使いは歴史的経緯から長年、魔力量の多寡により地位や権力を決定する構造であった。ただし、それは全ての人が生まれながらにして微弱な魔力を保有しているという『先天魔力理論』の証明によって崩れ去る。
これを我が国――森の民に矮小化して考える。森の民統一前では魔法使い内での画一的な理論は散逸しており、魔力量の持つ者が各々が独学、あるいは氏族の中で細々と継承されたものが魔法であり、それ故魔法使いは部族レベルで登用される存在であった。
森の民が近代国家として統一なされたのは今からおよそ45年前。魔法爵育成学院の設立と10年程度離れている。だが、魔法使いは瘴気の森への対策として必要不可欠な存在であったため、学院が誕生するまでの魔法使いは、その部族レベルで登用されていた魔法使いの寄せ集めでできていた。これも、お父さんの話で聞いたところだね。
そうした魔法使いは森の民の統一前から部族抗争で戦場に出ていた者ばかりだ。だから魔王侵攻までの『学閥』の人間は、ただ学校を卒業しただけで実戦経験を有していない『若造』であり『新人』として見られていても致し方がない。
ただし、若造の新人は彼らにとって可愛がる後輩ではなく、敵にしか見えなかった。何故だろうか。
先進国では先天魔力理論により既存魔法使いの地位低下が起こったが、それを部族上がりの魔法使いらが知っていたとしたら――?
『学閥』として呼称されまとまりつつあるように見えたそれは、さぞかし脅威に見えたことであろう。自らの職と権力の源泉を脅かしかねない存在なのだから。
しかも、そこに現われるのが、魔法爵育成学院と魔法学院双方を首席で卒業して、エリート畑で事務を卒なくこなすお父さんだ。神輿としても優れた看板を持つ者が実務能力に優れていたとしたら?
……だからこそ、魔法使い上層部は魔王侵攻の初期に彼ら若手エリートを前線に出そうとしなかったのか。下手に武功を挙げられてしまったら、旧来の魔法使いらの暴発を止められない。……まあ空前の動員規模になってしまい指揮官不足から、そんな派閥調整の策はぶっ飛んでしまい結局お父さんも前線へ赴くことになったのだが。
……となると。……まさか、お父さん。魔王侵攻で戦功を挙げたのか? 名声もあり、事務もできて、それで作戦指揮もできる将来対立することが確定している派閥の者。そして当時の学閥はまだ若手ばかりであったため、上層部にまで組み込めていない。
――ああ、これは左遷させられるわ。オーディリア先輩の推理に一定の合理性を感じてしまい納得してしまう。
そして、オーディリア先輩は続けてこう述べる。
「2つ目は状況証拠ですが。魔王侵攻以後から魔法使いはその役職ポストの拡充をし続けていると『勉強会』の際におっしゃっておりましたね。また戦時昇進した者の多さ。
フリサスフィスさんのように名声のあったものは、左遷させることに成功していたようですが、そうした者を除いてもなお役職が増えた。旧来の魔法使いの数が増えることはもうありえないことですから、そこで地位を得たのは『学閥』の方になりますわね。
――つまり、あなたを左遷しても功のある者が学閥内に夥しい程居たわけですね。なので軍縮にかこつけて学閥を解体することが不可能になってしまった。それ故、苦肉の策として派閥の統率者になれそうな者だけを左遷したのではないでしょうか。
そこまで考えると、どうも命令違反という左遷の名目が作為的にしか思えないのですが」
オーディリア先輩の考えていることはこうだ。お父さんという学閥のトップにおあつらえ向きの人材を失っているのにも関わらず、結局魔法使い内での学閥の権勢は拡大の一途を続けている。それは逆説的に、旧来の魔法使いが学閥を潰しきれなかったことを示している。
そしてポストの拡大。これも学閥の肥大化を示している。こうした事後状況を考慮すると、魔王侵攻後の当時の魔法使い上層部が行った処置がおぼろげながら見えてくるというわけだ。
「そして最後に1つ。そもそも命令違反をしていたら私達に『勉強会』として魔法使いに関して教える行為そのものがおかしいし、ヴェレナさんに魔法使いを志させるのも違和感が生まれるのですよね。
これに加えて、フリサスフィスさんがヴェレナさんに対して度々おっしゃております『魔法使いは身内意識が強い』という発言。
『勉強会』で魔法使いを教えたことから今なお魔法使いであるという自負がある前提で考えますと、このお言葉は身内、つまり魔法使い内で何やら隠しているようにしか思えないのですよね」
……確かに、本当に嫌気が差していたとしたら、私に対して魔法使いの道は薦めなかっただろう。たしかに親戚問題があったが、親戚が求めているのは『魔法爵位』であり、魔法使いになることではない。
となれば、『錬金爵位』のある錬金術師でも良かったはずなのに、お父さんは魔法使いを薦めた。そもそもお父さんが魔法使いそのものを嫌っているような発言は無かったしね。……命令違反、左遷などの要素をそのまま受け取れば、魔法使いに対して嫌気が差していてもおかしくないのに、確かに不自然といえば不自然だ。
私はオーディリア先輩の言い分に完全に感化され、父の進退には何かあったようにしか思えなくなってしまったが、お父さんはこの先輩の考えに対してどう返すのだろうと耳を傾ける。
すると、お父さんは半分開き直るような形でこう放った。
「……1つだけ訂正しておこう。魔王侵攻時に上司と作戦方針の行き違いがあったのは事実だ。詳細は省くが、魔物らの動きが不穏であり陽動や罠の可能性を指摘したが、それを上司は受け入れず眼前の敵に全力で応対した結果、魔物らの別働隊によって他部隊に大きな損害が生じ敗走し、我らの部隊は半包囲の危機に瀕した。
――このときの上司の言い合いが他部隊の士気低下に繋がったとして、その責を私が取ったというのが真相だ」
「えっ……それ、お父さん悪くないのでは……?」
「上層部より再三、指揮系統の一元化に対する命令は下っていた。そして我らが率いていたのは州兵という名の徴兵部隊と、商人の私兵の混成部隊だ。故に指揮官にも魔法使い外の民間人も居たのだ。如何に国土防衛とはいえ、彼らにとって地元でも何でもなく強制的に連れてこられただけなのだから士気が高くないのも今考えれば当然だ。
にも関わらず陽動の可能性を指摘したことで、対魔物戦闘の素人であった私兵指揮官に迷いを生じさせた。これについては明らかに私の判断ミスであった。
後から聞いたが、上司がそこまで強硬策を主張していたのも混成部隊の士気の低さを理解した上で、単純明快な作戦方針を示すことを尽力していたからだったしな。参謀あるいは、魔物戦闘の専門家として考えれば私の意見は間違えていなかったが、指揮官――つまり人の上に立つ者としての行動ではなかったということになる」
「なるほど……だから左遷されたのですね……。フリサスフィスさん、あなたは『学閥』を率いる資格が無い、と上層部に判断されたからこそ」
「下らぬ派閥争いを抜きにしても、狸と私が称する旧来の魔法使いは、腹立たしいことに私が上に立つ者としての覚悟と立ち振る舞いが不足していることを見抜いていた。
そして、事が『学閥』と旧来の魔法使いの政治的争いに収まらない可能性を指摘されたが故、私は左遷を受け入れた」
名声は充分で、事務能力もあり、戦場における敵に対する状況判断力もあった。だが、人を率いる者として味方や部下に対して気が回っていない。
父にとって不幸であったのは、学閥のトップに収まる可能性が高かったことであった。一魔法使いであれば見逃された失態であったが、これから魔法使いを率いていくことになる者としては容認されなかった。
安易に旧来の魔法使いと学閥の対立だと考えてしまったが、それだけではない。勿論、学閥を敵視していたのは事実であろう。
だが、父の進退の最後の決定打になったのは、純粋な能力に対する不安であった。森の民統一前から魔法使いをやっており、戦場を駆け巡っていた彼らだけにその指揮官としての素養に関する人物眼に関しては、命が懸かっていたがゆえに磨かれていたのである。
だからこそ、父もこれまで戦場を駆け抜けてきた古豪の指摘だからこそ、それを受け入れ左遷に同意したのだろう。
それは派閥としての嫌がらせや政治的な働きではない、武人同士の本気の掛け合いだからこその結果なのであった。




