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【 [社説]小学生の学園祭で見た女性活動の最前線――スポーツ歌劇の世界に触れて 】
10月の収穫祭に関連して開催されるアプランツァイト学園の文化祭。3日間の日程でのべ数千人の来場者を記録する同学園の文化祭は、学校法人が運営する行事の中では我が国でも最大規模のイベントとなる。小学校に相当する初等科から大学科までの4科に渡る児童・生徒・学生が揃って出し物を行う上、許認可は実行委員会が厳正に精査された上で決定することで、企業やプロ顔負けのクオリティとなることもしばしば。
そうした中で、今年は初等科の女子児童わずか5名からなる団体が興味深い出し物を行った。彼女らは演劇とテニスを融合させるという斬新な切り口の舞台を披露して観客を沸かせていた([註釈]写真は同団体の歌劇のもの)。演劇といえばグローアーバン路面軌道株式会社の創遊事業本部に結成された女性だけの演劇団が数年前に話題となったばかりだ。
そしてこの児童らの団体は通常は演劇をやっているわけではなく、『魔錬学・社会科』について学ぶ勉強会として活動を行っており、その活動範囲は自学園のみならず、他の大学をも巻き込んで女性の身でありながら両科目を学んでいる。子供とはいえ、女性の新たな可能性について切り開いている最前線で戦う『乙女』と言えるのかもしれない。
そして、魔錬学と言えば昨今女性に対しても対等に教育機会を設けるべきでは、と国会でも話題となっている。恥ずかしい限りだが、枢密院では昨今度々魔法使いらと共に錬金術師の爵位職には制度上男性しか就業できない点が議題に挙げられている事実もあり、錬金術教育や魔法教育の見直しは急務とされてきている。
既に、錬金爵育成学院並びに魔法爵育成学院は設立から35周年を迎えている。そうした中での幼い彼女らの活躍は、女性解放活動への追い風へとなるだろうと筆者は主張する。
(新報アルカエスト 10月21日)
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文化祭は全日程を消化して無事終了した。『勉強会』として参加した出し物の演劇『再興の先』はそれなりに反響があったようで、後日新聞の朝刊に社説をわざわざ割いてもらって紹介されていた。その新聞名は、新報アルカエスト。
正直今まであまり聞き覚えのない名前であったから地方ローカル紙なのかと思っていたが、これに対するお父さんの反応が、
「……これで一応、はっきりしたなヴェレナ。魔錬学の女性教育を推進している首謀者は錬金術師の手の者であることは疑いない」
かなり不機嫌そうに紡がれた言葉は殊の外断定的であった。それまで情報不足で魔錬学に対して働きかけを行っている勢力が錬金術師か教会勢力が断定できなかったのに、新聞名だけで確定することができるのは、この『新報アルカエスト』の性質にある。
――つまり、錬金術の機関紙なのだ。一般に中立性や独立性の求められる大衆紙とは異なり、特定の政治等の団体のために発行され、その団体の目的や意図に適った内容しか掲載されないのが機関紙となる。
じゃあ、ローカルなのかと言うとそういうわけでもなく。例えば魔法使いの組織の中には対外宣伝業務を行う部署があった。それと同じで錬金術師にもそうしたマス・メディア戦略を担う人が居るというわけになる。たかが機関紙と侮ることなかれ。曲がりなりにも国費を投じて対策を行っている訳で、生半可な全国紙の新聞では太刀打ちできない程の影響力があるのが、この『新報アルカエスト』なのだ。
魔法使い側にも同様の機関紙は存在するが、錬金術師らは基本的な主義主張はリベラルではあるものの、技術に関しては先進主義的だ。そして歴史的経緯から国家権力に寄り添う形で発展してきたのが彼らであるので、先進的であれど政治的には穏健派と称されることが多い。実態は母数が多すぎるのでそこまで簡略化して区分できるほど一枚岩ではないらしいが、世間一般的にはそう思われており『新報アルカエスト』もまた、そうしたリベラルな主張が多く取り入れられている。
それは私達の演劇の記事を読んでみても露骨で、女性児童に対する魔錬学教育や、女性解放運動の流れに完全に組み込まれた内容になっている。錬金術師に体よく利用された構図になるためお父さんは不満そうであったのだ。
ただし、同時に私達フリサスフィス家の事情を鑑みると一概に悪い話でもない。親戚問題、つまりフリサスフィス家次代当主には『魔法爵位』を有する魔法使いが求められていること。その一点を見れば、この記事はあたかも私が女性初の魔法使いになるべく道を切り拓いているように誇張されていることは、フリサスフィス家の名声を高めるように親戚らを誤認させることが可能だ。私が魔法使いになることは、個人的にはゲームシナリオ的にほぼ既定路線と考えていたが、こうして目に見える形となったことで周囲の人間の説得工作も容易となり、お父さんへの側室推薦攻勢や、養子縁組要請を跳ね付け、私の次代当主への内定がほぼ確定的になる、という利点がある。
「……そして小癪なことに私とヴェレナに対しても、もう1つ利点があるぞ。
錬金術師共は腰が重く裏で立ち回るのが得意なのだ。今まで水面下での動きでしか把握できなかったが、こうして機関紙という形で表に出してきたということは、大方もう根回しが終わっているのだろうな」
だからこそ一体だれが首謀者なのかはっきりさせたいが個人が特定できず苛立たしい、と続けるお父さん。
「えっと……それは、つまり……?」
「錬金術師らに合わせる形になるであろうが、ヴェレナ。中学校課程の魔法教育の場である魔法青少年学院――おそらく行けるようになる」
――それから数か月もしないうちに魔錬教育法修正案が国会で通過し、来年度入試、つまり再来年度入学生から魔法教育の場に女性が入学可能となったのであった。
現在、小学4年生。1年の猶予をもって魔法使いへの道が開かれたのである。
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3月。
来年度より小学5年生となる。そして再来年から魔法学院系と錬金学校系列校への女性入試が行われるようになる。大きな波紋はあったが、混乱にまでは至っていない。そもそも準備期間が2年近くあるし。
私達家族以外の周囲の人でこの情報の影響を強く受けたのは、クレティの1つ上の姉2人のうちの長女の方であるアルバさんだ。そういえばこの人は錬金術師に興味があるって言っていたしね。私達と1学年しか変わらないため、アルバさんも何とか法改正後の入試に間に合う形となる。
それもこれもクレティの家であるロイトハルト家の家督はクレティから見て8歳年上の兄が継ぐことが確定しており、既にその兄はクレティの父とともに油問屋として働いているからである。なので、娘3人にはある程度自由裁量権が与えられるとのこと。『勉強会』説得時にはてっきりクレティはある程度進路が家によって定められていたのか、と思っていたが必ずしもそういうわけではないのだ。とはいえ、クレティの今後の進退はとりあえず、このまま小学校の義務教育終了後も学園内で進学を続けるとは聞いている。まあ、それはそうか。
小学校4年生の3月の段階で自分の進路について強く意識するのは元の世界ではあまり考えられなかったなと思ったが、逆に義務教育期間があと2年程で終わると考えればある程度進路について考えるタイミングでもあるのだろう。前世では中学校まで義務教育だし、その後も大部分の人は高校へ進学、その後も社会に出る人も一定数いるが大学や短大、専門学校などに通うのがメインであった。
その反面、この世界ではそもそも中学校に通う人の方が少数派なのだ。特に女性だとそれは顕著だ。……とはいえ、私の通うアプランツァイト学園は森の民でも上位の学校ではあるので、性別関係なくそのまま持ち上がりで中等科、高等科と学歴を積み重ねていく。勿論それは、この国では例外的なキャリアステップとも言える。多くの児童・生徒は実家に生業とする事業があるため、卒業後はそれらの経営層であったり、次世代幹部社員としての役割、あるいは社交経験を期待されそれらの道に進んでいく。
あるいは学力的にも高水準にあるため、複数人兄弟姉妹が居たり、側室や妾の子である場合は官僚や役人などの国家公務員ルートを進む者も居る。……うーん、出生で進路が絞られるのは流石に世知辛い。
……となると意外と人脈形成であったりコネクションや派閥形成能力を育成する教育方針なのも少し見え方が変わるね。大多数には卒業後も活かせるためになる教育ではあるのだこれは。
そういった今後の進路という意味で最も定まっているのはルシアだ。彼女はラグニフラス家の一人娘でもあることからリベオール総合商会の現在は新規事業部を統括する父の事業の後を継ぐ可能性が将来的には高い。とはいえ、この国でもかなり大手の商会であることからそういった親のコネだけで何とかなる世界というわけでもないので、今から父の仕事について少しずつ見ることから始めているようだ。うん、大変そう。
でも『リベオール総合商会工業部新規事業部』。この肩書きが示しているのは、すなわち製紙工場の買収とその経営だ。つまり、私とルシアとクレティが最初期に建てた計画が大部分改変が加えられているとはいえ、『製紙業』という方向性だけはルシアの父――確かベックさんだっけ――も認めていたというわけだ。
あのときこっぴどく怒られ失敗し、私は手を引いたがベックさんの修正によってしっかりと新規事業と進められている。それもこれも主産業たる繊維事業が化学繊維の台頭による低迷が予測されていることに起因しているという話であったが、そもそもこの国は20年近く前の魔王侵攻時に発生した魔王侵攻手形と引き換えた国債を未だ完済しておらず、その影響で金融不安が生じっ放しなのだ。収入源を複数確保することでリスクマネジメントしたい意図もあるのだろう。
そういった意味ではベックさんの居る新規事業部の重要性は否応なしに高く、ルシアも『製紙業』に対して彼女の父とは異なる知見から少しずつ動き始めている。……そのきっかけは、やっぱりあのときの失敗した計画立案時に私が一瞬零していた「生育の早い木を植樹」の必要性。私の立場からすれば、それは前世での環境保護の観点プラス花粉症大流行の原因にそういうのがあったな、というレベルからの提言ではあったのだが、そもそも森林資源の豊かで国名すら『森の民』であるこの国には、そうした森林保護の視点は薄く、伐採が本格化する前から森林の再生・維持に努めようとする考え方はルシアにとっても、リベオール商会、ひいてはこの国の産業界にとっては新しい知見であったらしい。ただ環境保護に関しては、瘴気汚染を始めとして受け入れられる下地はあるようであった。ただ豊富にある森を保全するという発想は抜けていたということで、ルシアはそうした森林保全に対する知識を深めていくことが今後の将来設計になると話していた。
……もっともこの話を『勉強会』メンバーでしたときにソーディスさんがポロっと零した一言、
「……それなら、勇者の国の北にある『狩人の国』が……森林利用……詳しい……よ?」
これにルシアを含めて一同ソーディスさんの知識の幅の広さに愕然となったのだが、それは別の話。……まあ、森林保全に関してこの国で知見が乏しいだけで、他の先進国では考えられていてもおかしくないよな。そもそも人類の脅威は瘴気の森、未知の森の2つなので、森林や木々に対する研究へのモチベーションは前世とは比較にならない程進んでいると見た方がいいかもしれない。
そして、そんなソーディスさんの気になる進路だが、彼女はとりあえずこのまま学園中等科に進学はするとのこと。この学園の一般的な進路ルートに乗っ取るのであれば、国家公務員になる可能性が一番高いのだろうけど、ソーディスさんだしなあ。正直今後どうなるかは一番未知数である。
ただ、1つ。以前クレティと姉らとともに避暑地でお世話になった後に、ロイトハルト家のソーディスさん取り込み策の1つとして行われた、叔父の家が聖女の国の大使館勤務経験があるという話。その後の経過は非常に良好なようで、クレティの従姉妹――ルトガルダ・ワルデルディスさんと言うらしい彼女とソーディスさんはよく話すらしい。そのルトガルダさんは自身の父の影響を受け将来は外交官志望であることから、ソーディスさんの国際指向に対しても理解と関心を示しており、ひとまずはロイトハルト家の親戚たるワルデルディス家の縁を利用して国内に居ながらにしてできることをする……というのがソーディスさんの当面の目標だ。その際にある程度近似した志を持つ同世代の友人を得たことは貴重であろう。
というわけで同級生3人は皆、将来はともかく学園の中等科には上がる予定なのだが……。となると、私だけ魔法使いになるために魔法青少年学院へと行かなければならない。この学園には6年間しか通わないことは最初から考慮していたことだが、やっぱりそれが意識できるところまで近づくと寂しいものがあるね。
ただし、お父さんに1つ提示された別ルートがある。魔法使いになるのに必要なのは『魔法爵位』。そして魔法爵位が手に入るのは中学校課程相当の魔法青少年学院ではなく、高校課程相当の『魔法爵育成学院』だ。つまり、高校から魔法教育に携わることでも問題なく魔法使いにはなれる。だから中学校はそのままアプランツァイト学園で持ち上がっても良い、という選択肢だ。
正直、今の友人関係を考えれば非常に魅力的な選択肢ではある。一方でデメリットとしては、魔法爵育成学院の中の生徒の中の風潮として、魔法青少年学院からの持ち上がりと外部生は明確に区別される、とのこと。現時点で既に魔法使いになるつもりのある私であれば、魔法青少年学院に通った方が無難であると指摘はされた。
ただでさえ元は男子校であった場所に女性の身で飛びこむことになるのだから、男女比はおそらく男子の方が圧倒的多数であろう。……あっ、こんなところにも『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム内にて過激派として台頭する下地があるのか、男性だけだった組織では女性というだけである程度は浮いてしまうのだろう。それが孤立にも繋がりかねない、だからこそ早期の段階で慣れた方が良いと言う意味で従来通りに魔法青少年学院への進学を選択する方がベターであろう。
ということで、各々の進路はおぼろげながらも概ね定まってきているようだ。入学した頃から比べれば随分と成長して……って、当時から大人びて子供離れしていたな、この3人は。
そして、進路と言えば1学年上のオーディリア先輩は来年にはもう6年生。私達よりももっと具体的に進むべき方向を定める必要がある。しかし、彼女の場合はこの学園の人脈形成の教育方針にマッチしており、初等科では既に最大の派閥を率いており、児童会役員部を通じて中等科から大学科の生徒会・学生会役員部との繋がりも大きい。そうした立場を捨ててまで別の学校に行ったりするものなのだろうか。聞いてはいないが、そのまま進学するものだろう。
――と、そんなことを考えていたある日、突然オーディリア先輩に呼び出されてこう告げられるのであった。
「ねえ、ヴェレナさん? そろそろ『勉強会』……遡れば入学式の際にお願いいたしました、あの『約定』について果たしては頂けないでしょうか?」




