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3-16 演劇『再興の先』


 演劇発表『再興の先』公演のお知らせ


 私達はスタンアミナス大学魔錬学部の学生と一緒に魔錬学・社会学の共同授業を行っている『勉強会』のグループです。この度同大学の学生並びに後援者の協力の下『テニス』を主題としました女子児童出演者による短編演劇を行いますので、是非見に来て下さい!


出演者:ヴェレナ・フリサスフィス(初等科4年1組)

    オーディリア・クレメンティー(初等科5年1組)

    ルシア・ラグニフラス(初等科4年1組)

    クレティ・ロイトハルト(初等科4年1組)

    ソーディス・ワーガヴァント(初等科4年1組)


場所:第5体育館(初等科・サブアリーナ)


日時:下記の時刻に開催致します。

(以下略)


( 第36回アプランツァイト学園祭パンフレット 出展団体紹介 より )




   ◇  ◇  ◇  ◇


〈再興の先。それは、暴虐からの復興の証――


 再考の先。それは、考えることをやめなかった敗者が辿り着く希望の星――


 最高の先。それは、頂に上り詰めた勝者が目指す更なる高み――


『再興の先』。それは、『再興』を夢見る少女のその先の物語――




 *


「私の転入したこの学院は、何かがおかしかった。


 1つ、テニスの実力が成績に反映されること。

 2つ、テニスの巧い者が学院を牛耳ること。

 そして3つ、争いごとが起きたときはテニスの勝敗で決めること。


 ――そう、テニス実力至上主義の学校だったのだ。



 テニスは好きか? と問われると難しい。

 スポーツとして、あるいは嗜みとしてテニスに触れたことがある程度だ。


 でも……」


 彼女――ヴェレナ・フリサスフィスが、この学院に転校を決めた理由は2つ。1つは両親の転勤の都合。そしてもう1つは『成績優良者』として卒業すれば将来安泰でやりたいことができる、と周りに薦められたからであった。

 事実、彼女はこの学院のテニス制度に関する知識を除けば成績優良で、転入した4年生のクラスではその転入成績から順位で2着、すなわち次席と呼ばれる児童(プレイヤー)を取っていた。もっともそれは周りの児童が渇望してやまない称号であったのだ。


「『テニス』が体育から独立して授業として設置されていたり、クラブ活動がテニス部しかない癖に、そのテニス部は20個近く存在するのはどういうことなの……」


 だが、当の本人はその重大性に気が付かないまま学院生活を送ることになるのである。




 *


「ねえ、ヴェレナ。あなたはどうしてこの学院に入ってきたの?」

「ヴェレナさん。あなたにとってのテニスとは一体なんでしょう?」


 緑々とした草原のようなグラスコートには領域を断つかのごとくそびえる2本の支柱とそこからピアノ線のように張りつめられたネット。それこそが、彼女達の舞台。


 ヴェレナに相対するように佇む2人の少女。


「悪く思わないでね。私の学園生活が懸かっているのだから……」


 釈然としない姿で言葉を紡ぐヴェレナ。その一挙一動を逃さないとばかりに見つめる2人。


「大方ウチのテニス部に所属するつもりなのだろうけども、私達のテニス(・・・)に興味が無いのなら、いくらでも他のテニス部に行けばいいのに……」


「ええ、本当に。私達は本気でテニスをやっていますの。できれば邪魔して欲しくないものですわ」


「……しょうがないじゃない、テニス部に所属するのがこの学院の義務なんでしょ、どこかに入る必要はあるのだから入部テストをしてくれる、といったのはあなた方の部の先輩なのだから」


 三者三様でそれぞれ、この相対にそれぞれ彼女らなりの不満があるようだが、知れたこと。


 ――不満があるのであれば、テニスの勝敗で決めればいい。それがこの学院の掟。



「……そう、私は前に進んでやるべきことがある。だから、それが例えテニスであっても、立ちふさがる障害もシナリオも全て壊して『再興の先』へ辿り着かなきゃいけない。それが『選ばれた者が応えなければならない役割』なのだから!」



 その瞬間、コート(舞台)は闇に包まれる。



《 ベスト オブ ワンセット マッチ クレティ・ロイトハルト サービスプレイ 》


 *


『煌めく炎も、独りでに燃えることはなく。

 煌めく人も、独りでには輝けない。

 初等科4年、「クレティ・ロイトハルト」。

 あなたの輝きの燃料は何でしょう?』


 その口上とともに空気を切り裂くかのような音が聞こえ、瞬きする間もなくヴェレナのラケットがくうを切る。


《15-0》


「速いだけでなく、曲がるかあ……

 でも」


 再び空気が振動する。


「一回見てしまえば返せない球って、わけでも、ないんだよねっ!」


 乾いた音を奏でたボールがネットを悠々と超える。


「あら? 私のことを忘れてない……ヴェレナ」


 音を置き去りにするかのようなショットがヴェレナのコートに返ってきて、そのままバウンドする。


『千里の道も一歩から。だけど運命の糸は切れ。

 破れた先には新たなコート。ならば目指そう頂を。

 初等科4年、「ルシア・ラグニフラス」。

 野を越え山を越え、森とともに。』


《30-0》


「なるほどねえ。クレティの変化球で相手を混乱させて、その生まれた隙をルシアのパワーショットで決めてくるってわけか。これは手強いね……。

 でも、1つだけ言わせて」


 そのヴェレナの言葉に2人は耳を傾ける。


「なんで、当然のように1対2で戦ってるの!? そっちだけダブルスってずるくない!?」


「これが我がテニス部への伝統的な入部試験ですからね。これで勝てるようでしたら私達もあなたのことを喜んで迎え入れますわ」


「へえ、そういうこと。……分かったわ。そっちがその気なら私も本気で勝ちを取りに行く。上等ってもんよ」




 *


《 ♪見上げる星空は ただ眩く輝いていて――


「ヴェレナ。もう一度問うわ。あなたは何故この学院に来たの!?」


 力強い速球と多彩に変化する技巧的なボールの重奏を、ヴェレナは何とか拾いつつ返球していく。


  ♪光は掴めない けれど手を伸ばすの――


「私には、やらなくちゃいけないことがあるの! だから、こんな所で躓くことは許されない」


「やりたいことって何なのよ、それは本当にこの学院、このテニス部でないと出来ないこと?」


  ♪進む道は 糸よりも細く 》


 ルシアの問いかけと、舞台に響き渡る歌声。そしてボールの音がアリーナの中を反響する。


「ルシア。焦りすぎでボールが走り気味ですわ。私に合わせてください。彼女のペースに巻き込まれてしまっては勝てませんわ」


 ステージ上に降り注ぐ光が、燃えたぎるような炎のごとき情熱色だったものが徐々に和らぎ、眩いほどの白色光へと変化する。



《 ♪星に惑わされ 私は照らされるだけ――


「ヴェレナさん。私達はあなたの心配もしているのです。この学院のテニスへの熱意に対してあなたの適性は向いていないと思います。だからこそ私はあなたには、もっと他に進むべき道があるのではないか、って考えてしまうのですわ」


「クレティ……」


 彼女の幼子を諭すような優しい声色と、その中に内包される芯のある確たる意志をもった強さ、相反する2つの性質がクレティの言葉として放たれる。


  ♪偽りの灯りでは やがて消えゆく定め――


「あなたの進むべき道はここにはないのかもしれません。間違っているのかもしれません。それでもあなたは今、目の前にある道を進むのですか?」


「ねえ、クレティ……」


 一方、ヴェレナは思わず言葉が口から零れているような様子で声を漏らしている。


  ♪誰も知らない 未知の果てのこと 》


「……その言葉は、私に向けての言葉? それともクレティ自身、自分自身に向けた言葉?」


 一瞬だけ動きの止まったクレティの隙を突くようにボールが放たれ、僅かに反応が遅れ返球するも、そのボールは無情にもラインの外。


「私は既に歩むはずだった道から外されてしまっている。そして今度は用意されている道を歩いた先には破滅しか待っていない。でもね、破滅を防ぐためにもここで立ち止まるわけにはいかないのよ」


 アリーナの檀上にしっかりと足を付け、腰を据え、クレティの目ただ一点だけを見据えてヴェレナはそう答える。


「さあ、試合を続けるよ、ルシア。クレティ」




 *


《 ♪だから歩み続ける だから探し続ける――


「この学院でテニスの道を進み続けるということは、力を、権力を握るということよ。それは理解しているのよね、ヴェレナ?」


「うん、分かってる」


  ♪この手で光摘み取る運命――


「でも、あなたは元々そういうことに無縁で本来は興味もあまり無いような印象を受けました。それでも権力を求める、と?」


「必要であれば」


  ♪燈火を紡ぎ 絹糸に注ぐ――


「分不相応な権力を持った人間の末路は大体碌なものではないと相場が決まっているものだけどね」


「それでもヴェレナさんは、追い求めるということですね?」


「……うん。決められたレールから逃げても、『再興の先』には届かないから」


  ♪それで星に辿り着くのなら――


「ねえ、クレティ? ……これなら、大丈夫そうじゃない?」

「そうね。入部試験という意味なら充分に意義を果たしたのではないでしょうか」


  ♪空だけを見据えて 願い続ける》


《 ゲームセット ウォンバイ ヴェレナ・フリサスフィス――》


「ようこそ、私達の部活、私達の学院へ、ヴェレナ」

「歓迎しますわ、私達の世界へ――」




 *


 幕が下がり、一旦小休止が挟まれる。

 第5体育館、別名・サブアリーナの客席側の落とされていた照明が仄かに明るくなり、幕の向こう側に向かって万雷の拍手が送られた。


 それからどれくらい経っただろうか。会場に響き渡る拍手が鳴りやんだことで、ようやく外の賑やかな喧騒が聴こえてくる。換気のため、一時的にカーテンが開かれ、開けられた会場後方の窓の外を眺めると、紅葉した木々に立ち並ぶ初等科の校舎裏の小道のような裏庭が、落ち葉の絨毯のようになっていることが分かった。


 その窓の右側に位置するこの体育館の出入り口からはアプランツァイト学園のメインストリートを望むことができ、対面に位置する食堂館が混雑しているのが見える。


 ふと、サブアリーナ内にアナウンスが流れ、再開の旨が知らされる。各自思い思いの時間を過ごしていた観客は客席に戻り、統一されたポロシャツを着たスタッフが扉と窓を閉じ、その上から黒いカーテンを引く。


 そして静寂に包まれた会場前方のステージの赤い天幕がゆっくりと開かれるのであった。




《 ベスト オブ ワンセット マッチ ヴェレナ・フリサスフィス サービスプレイ 》


 *


『コートの全てが見渡せても、勝負の先は、分からない。

 だけど、それが……楽しい。……そうでしょう?

 初等科4年……首席「ソーディス・ワーガヴァント」。

 ……私のボールは……見えてますか?』


「ソーディスさんに技巧や戦術で真っ向勝負を挑んでも勝てない……。それは、間違いない。であれば、左右に振って持久戦をして長期戦に持ち込むしかないか……」


 ヴェレナのギリギリのコースを狙ったコントロールサーブが放たれる。


「真っ向勝負を避ける……、それこそ私の思う壺……なのだけど……」


 ジャックナイフのような切れ味のあるリターンエースが決まる。


《0-15》


「なっ、速い……」


 一拍おいてからリズムを整えて、再びヴェレナのサーブ。


「じゃあ……これなら、どう!?」


 今度はモーションの早いクイックサーブでソーディスを翻弄しようと仕掛ける。

 しかし、それもまた同じように紫電一閃のごときリターンで返される。


《0-30》



「勝負を避けるのは良いけれど……、奇策同士のぶつかり合いになったときに、ヴェレナさんは、本気で、私に勝つことができると……思っている、の?」


「これが、沈黙の魔術師……ソーディスさんの実力なのね」


 そのヴェレナの言葉に当惑するような笑みを浮かべながら、心を落ち着かせ姿勢を整え、次のボールを待つソーディス。


「とにかく、あのリターンを攻略しないことには勝てない……!」


 ヴェレナの呟きとともに3投目のサーブが放たれる。




 *


《 ♪小さな森の中 そこは動物たちの世界――


「ヴェレナ、さんは……やるべきことがあるから上を目指しているんだよね……?」


「ええ、私は学院の頂点、その最高峰のさらに先を目指さなきゃいけない。そして、この国の頂をもつかみ取らないといけないの」


 そのヴェレナの言葉を反芻するように頷きながら、ソーディスは乾いた笑みを浮かべる。


  ♪穏やかで温かい けれどちょっぴり寂しくて――


「惜しい、な……。とっても惜しい……」


 心底残念そうに笑いかけるソーディスの表情は、威圧とも取れかねないほどの力強さを秘めていた。

 直後、続いていたラリーの中で、軽い音が鳴り響きボールがヴェレナ側コートにほぼ垂直に落ちる。


「ドロップショット……」


  ♪私は世界を飛び出すの――


「ヴェレナ、さんは……どうして、そこまでこの国に拘るのだろう……ね? お父さんが、魔法使い……だから? 内からよりも外からのが動かしやすいとは……思わない?」


「私はこの国で――やることがあるだけ」


  ♪世界の外にはセカイがあって――


「本当に、それが……あなたにとっての『選ばれた役割』?」


「少なくとも、今の私はそう思ってるよ! ……っと!」


 ヴェレナが鋭い打球に食らいつきギリギリで返球する。


「オン・ザ・ライン……、まさかネット横から入れてくるとは……ね」


  ♪セカイの外には行けないみたい――


「そう言うソーディスさんは、どうして国の外に出ることにそこまで拘るの!」


「……それは、うん。何故だろうね。強いて言えば……」


  ♪私には見えるのに――



《ゲーム ヴェレナ・フリサスフィス 6-6

 12ポイント タイブレイク》


  ♪伝えたい 届けたい――


「私が……見えるもの……知りたい。知らないことが外の世界には……たくさん、ある」


「外の世界、ねえ……」


 苦笑いするヴェレナ。その表情をまるでかき消すかのように審判の声が響く。


《4-2 ソーディス・ワーガヴァント チェンジコート》


「でもね、ソーディスさん?」


  ♪心に秘めたこの想いを――


「世界の全てを知ることはできない。ましてや人には寿命もあれば、不条理なこともたくさんある。……不慮の事故とか――あるいは、病気(・・)だったりね?」


「『病気』……? それが、ヴェレナさんの、本質だったり……?」


「さてね……、でもひとつだけ言えることがあるの」


《5-4 ヴェレナ・フリサスフィス》


  ♪知って欲しい 見透かしてほしい》


「インドア派な私が言うのもあれだけど、全てを尽くした後に、最後にモノを言うのは気力と体力なんだよね。

 ソーディスさん。私はあなたに敵わないけれども。今この場でだけならば唯一、失敗した経験の場数だけ見れば――私の方が上なのです。知っていたかな?」


「そうだった、んだ……ね。まだまだ、知らないことも、ある……」


《ゲームセット ウォンバイ ヴェレナ・フリサスフィス ゲームカウント 7-6》




 *


「……まさか、あの沈黙の魔術師たるソーディスさんを、力技でなぎ倒すとは思っておりませんでしたわ。見かけに寄らず随分と豪快なテニスをなさるのですね、ヴェレナさん?」


「私も……こういう、パワープレイは好きではないんですけどね。オーディリア先輩。

 勝てるのであれば、もっとスマートに勝ってみたいと考えてはいるけれども、そこまで実力が伴わないですからね、私は……」


「私はそういう勝ちに拘る姿勢は、別に嫌いではありませんけどね。

 1つだけ、試合前にお伺いしたいことがございます。

 ――ヴェレナ・フリサスフィス。あなたにとって、『再興の先』とは?」


 オーディリアの問いかけに対して、ヴェレナは無言を貫く。それでいて、お互いに目を合わせたまま瞬きすらせずに、見つめ合いながら微動だにしない。


 その状態がどれほど続いたのだろうか。オーディリアは根負けしたかのように溜め息を吐き、ヴェレナに語りかける。


「……まあ、良いでしょう。確かに少々無粋な質問であったかもしれません。

 全ては、テニスの勝敗で決めればいい。それだけ、ですよね?」


「ええ、オーディリア先輩」




〈カードで作った野心の階段。一段一段踏みしめて、

 昇った先に見える景色は何ですか?

 初等科5年、首席「オーディリア・クレメンティー」。

 私の試合に、終わりはない。〉




〈新たなラケットを右手に携え、決別し道に進む道。

 放棄せしものは多かれど、新たに掴んだ銀の匙。

 初等科4年、次席「ヴェレナ・フリサスフィス」。

 ……一匙の輝きを、この手に。〉




   ◇  ◇  ◇  ◇

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