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――権力テニスバトル演劇。
このパワーワードを、3号館ミーティングルームに勉強会メンバー4人を招集して放ってみたら、やはり4人は即座に共感とはいかず困惑といったリアクションをしてきた。
「ヴェレナ……突拍子もない発想をするとは思っていたけれどもここまでのものが来るとは思っていなかったわ……」
「確かに新規性という意味では悪くないですわね……。というか良く考えつきましたわね……」
「面白いと思う……よ……?」
「まあ……話を聞きましょうか……。それから判断しても遅くはないのでしょうか」
――とりあえず掴みは完璧だ。
正直、最も恐れていたのは「似たような発想のものあるよ」と言われることだ。企画倒れになるからね、それ言われちゃうと。
説明はメリットと不明点を提示して行う。
メリットは、演劇ということで時間を指定してこちらで開催できること。つまり少数特化な私達への負担の重さはある程度調節できる。
その2、私達だけを主役に限定して据えることで第三者の協力者を明確に区別可能なこと。
更に、自分自身を演じることで演技や演じるキャラクターに対してキャラ作りする時間を短縮可能。そして権力闘争というこの学園では馴染みあるテーマを主軸に据えることでより演じやすくなっている。少なくとも既存の演劇を自分らで演じるよりかは遥かにやりやすいだろう。
これに対して未知な点は、まずこのメンバー全員がテニスに触れたことがあるのか。第2にヒト・モノ・カネ。つまり予算と人員と演劇に必要な小道具・大道具の類をどうやって調達するのか。
ここまで話すと、私が何もインパクト重視でこの題材を提案したわけではなく、中身も予想外にそれなりに練られていることを理解してくれたらしい。
事前準備や当日の裏方に必要な人員はそれなりに多くなりそうだがステージ上に立つ演者を限定できる点は、特に反応が良く、クレティの食いつきも良かった。よし、そこは想定通り。
私とクレティは避暑地においてテニスをやっていたことで経験があるのは分かっていたが、それぞれのテニス経験を聞いてみるとルシアとオーディリア先輩も触ったことはあるそうだ。もしかしてお金持ちの社交としての側面もあるんかな、テニスって。
一方で、ソーディスさんのみ経験がないとのことであった。でも、誰かがテニス未経験であることも全く想定していなかったわけではない。
「あくまで私達に求められるのは、テニスのラケットを演技に合わせてそれっぽく振ることであって、実際にテニスの試合を皆互角にできるようになるわけではないからね。戦闘アクションみたいに接近して戦うわけでもないから、後は音響や魔法で誤魔化すつもりだし……」
更にそうしたソーディスさんを含めた私達の演技に対する経験の無さを少しでも補填するために必要なのが舞台裏の人員となる。こればっかりは私にはコネクションも資金力もなく、どうしようもない部分だ。否応なしに彼女らの『家』を頼らざるを得ない。
「まあ学園内の生徒で良いのであれば、希望さえ伺えばある程度のスキルを持つ方との知己はありますが……。しかし私との繋がりのある生徒の手助けは期待できても、その背後の彼らの家まで含めると完全に利害関係が生まれてしまいますので、正当な報酬を支払わないと難しいかと」
オーディリア先輩のコネクションを利用することの言質は頂けたが、しかしそれは生徒個人の協力に留めるべきだという提言も同時に頂いた。
「私周りの関係と言っても、お父様の許可が無いと動けないわよ。リベオール総合商会の元締めには宣伝・広報活動に関する事業部はあるけれども、そこにお父様が繋がっているかは微妙ね……」
外部コネクションという意味で最も強力なものを有しているのがルシアの家になるわけだが、演劇に類するところは正直門外漢といったところか。
「ロイトハルト家として動けることは多くありませんわね。直接的に関わることは難しいかと。その代わりと言っては何ですが王都にはお客様は多いので、多分この中では学園外の施設を利用する場合に役に立てるかと思いますわ」
クレティの家もまた直接的に演劇に関わる事業ではない。だが流石王都の老舗ということで、練習場所や情報収集において学園の外に足を伸ばす必要が生まれたときに、王都地場ネットワークの強さが長所として生きる。
「……ヴェレナ、さんは……魔法使いの中枢と繋がりはとれない……かな。魔法省の整備局って、対外宣伝業務もあったよね……?」
いやー、ウチは難しいんじゃないですかね。お父さん閑職だし。中央との渡りは多分期待できない。
そして何より魔法使い同士は連帯感が強いと伺っている。お父さんのところまでならまだ可能性はあっても、魔法使い無関係の娘のところまで下りてこない、と思う。国の機関だし、そういう情報流出の懸念のあることはあまり快い顔はしないだろう。
「……では、フリサスフィスさんの勤めるスタンアミナス大学の学生は動かせないでしょうか? それであれば私からも色々と仕掛けはできますよ。『勉強会』の既存の課外授業の発展という位置付けにしても良いですし、隠蔽するなら学園への就労体験募集と銘打ってその中にスタンアミナス大学学生を紛れさせることなども可能です」
うわあ……。オーディリア先輩こわ……。
でも、それであれば確かにお父さんに頼むことはできそうだ。完全に我田引水ではあるけども。私が確約はできないがお父さんに相談する旨を伝えるとオーディリア先輩は更に続ける。
「では、スタンアミナス大学の学生をもし動かせるのであれば演劇をやっていた方を中心にお願いできないでしょうか。……いえ、もちろん私達の学園にも演劇部はあるのですが、彼らも文化祭準備で忙しいので出来れば演技指導は外部にお願いしたいのです」
ああ、確かに。あまりオーディリア先輩のコネを頼れないんだ。一芸に秀でた者は既にどこか別の団体から文化祭に参加するため確実にブッキングする。しかも、私達側では裏方にしか成り得ないから本来表に出せる人を引っ張って来れないのか。
「では、ルシアさんもリベオール総合商会との繋がりでできれば演劇関係者を。ただし、ルシアさんの方は厳しいと思いますので、本命は繊維事業時代の繋がりから衣装制作者に目星を付けて頂けるとありがたいですね」
「クレティさんはひとまず当面はソーディスさんへテニスを見学させて頂ければ。別に私達の学園のテニス部の練習を見ればいいことではあるのですけれども、『勉強会』そのものが派閥として見られている現状、あまり加入もしていない特定の部活動に足しげく通うのはどうかと思いますので、王都のどこかのテニスクラブに連れて行って下さいな。
ソーディスさんはまずはテニスの動きを視ていただくことが先決ですね。ヴェレナさんが言っていた通り、ボールの打ち合いができるようにならなくても構いません。要は動き方を模倣することですから」
「そして私は、まず5年1組と初等科役員部に話を通すことですね。小道具やセットなどは外注にしてしまいましょうか。その辺りの予算関係も少し話を進めておきますわ。
後は当日の器材チェックなどの裏方人員を少し見繕っておきますか。おそらく放送委員の方で余剰人員が出るかと思いますので、その確保は今であればできるかと思いますので音響については優先的に確保しておきます。それ以外の人材に関しては適宜探しておきますね」
なんだこの信頼感。オーディリア先輩の個々人への指示のおかげで大分役割が明確になった。
結論から言えば役割分担に間違いはなく、私はお父さん経由でスタンアミナス大学の演劇部を招聘することに成功し、ルシアは服飾のみならず当日必要となる器材から大道具・小道具までの発注ルートを確保した。そしてそれを運用する学園内部の人員はどこからかオーディリア先輩が集めてきた初等科から大学科まで含む幅広い年齢層の生徒をスタッフとして組織し、その全体指揮はオーディリア先輩が取ることとなり、我々勉強会メンバーは演技練習に専念できる環境が整えられていったのであった。
……あれ? 名目上私がリーダーだったけど、いつの間にか指揮権オーディリア先輩に一元化されてる……
*
一通りスタッフについて目途が立ちそうで、計画が始動できそうだとそれぞれが認識した段階で脚本とシナリオに関しての詰め合わせが行われた。
てっきりプロの方やそういうのを書くのに長けた人に依頼するのかな、と思ったが、「現段階だとヴェレナの頭の中にしかその具体的な構想は無いんだからあなたが考えなさい」とルシアに一蹴される。
そう言われて私が用意したのが、ボスラッシュ形式。
つまり主人公1人置いて、残り4人を対戦相手として連戦させる形だ。
大前提として今回の私達の活動は演劇ではあるが、キャラクターを演じるのではなく自分自身を演じる。
そう考えたときにボスラッシュにすることで、各々のボスがその試合に関するシナリオを自由に練れるという強みがある。各キャラクター入り乱れる形でシナリオを書く場合、シナリオライター、つまり私の負担も大きい。そうした私の負担軽減という側面に加えて、もう1つ。自分の台詞は自分自身で手掛けた方がやりやすいだろうという思惑もある。
デメリットは主人公になる1人は、各対戦相手に合わせる形で台詞を構築しなければならない。
そこまで話すとクレティが一言。
「仮にその形式を採用した場合、主人公は間違いなくヴェレナさんになりますけどよろしいでしょうか」
えっ、マジですか。
思わず真意を聞いてみれば、まず現段階でこの『権力テニスバトル演劇』という得体の知れないものについて全体像を最も掴んでいるのが、言いだしっぺの私になるので必然的に理解度も高く難しい役柄に回したい、というのが一点。
そして権力闘争を描くときに各々のバックグラウンドを考慮すると、ルシア・クレティ・オーディリア先輩は敵役として配置した方が間違いなく輝くこと。そうすると必然的に私かソーディスさんが主役となるが、ソーディスさんについてはテニス未経験というところからのスタートなので主人公として長時間演技させるのはあまり現実的ではない。それであれば前者の理由も含めてヴェレナがやるべき、という主張であった。
うん、一理ありすぎる……。
「付け加えれば簡略化のために1対2の変則ダブルスを入れるのもありかもしれないですね。別に本当にテニスの試合をするわけではないのですから、そのくらいの逸脱は認められるでしょう」
そう語るオーディリア先輩には大まかな構想が見えていたようで、説明を求めれば、私が主人公でまず相対するのがルシア、クレティコンビ。それを勝ち抜くとソーディスさんと当たり、最後にオーディリア先輩とぶつかる……という流れであった。
こう言っていいのかはなんだけど確かにオーディリア先輩をラスボスにするってのはそれっぽさがあっていいかもね。そしてそこを除けば、ルシア、クレティ、ソーディスさんって順番はそのまま私達が出会った順番に重なる。コンビで設置しているのは製紙事業での協力者であったことに起因しているのかも。
つまり現実とリンクをさせることによって、演技と現実の敷居をより無くしているのだ。
ここに至りボスラッシュ形式で、この『権力テニスバトル演劇』の脚本は各々のパートを全部私の対戦相手側に丸投げすることによって完成していくこととなる。
――そして、必要なスタッフとモノ、シナリオ。その全てが整ったことで、私達『勉強会』の文化祭出し物は大きく進展し、準備と練習に明け暮れながら季節は移ろい10月。文化祭当日を迎えるのであった。




