3-13
アプランツァイト学園に入学して季節の移ろいも4巡目を迎えた。
去年より始めた『勉強会』は先生の助言が発端の思いつきのグループであったが、集めたメンバーが揃って元々私と関係のある人だけであったため、良好な関係が続き1年経過しても定期的にお父さんの下――スタンアミナス大学にて『課外授業』は行われている。
もちろん、それは私のお父さんの準備の賜物でもあり、その点に関してもお父さんには頭が上がらないのだが。
一方で、意外というか『勉強会』結成時に想定していなかったことで、『課外授業』外でも5人揃ってお話をする機会が増えた。集まって魔錬学や社会学の話を必ずしているというわけではなく、目的もなく集まって取り留めのない話をすることも多い。それ自体は非常にいいことだ、うん。
……まあ、その結果ウチの学年で私、ルシア、クレティの3人組は『3人の有力者』として知れ渡っていたが、ここに学園全体で最大の知名度を誇るオーディリア先輩が入ったことで、『勉強会』そのものが学園最大の影響力を持つ派閥として見られるようになってしまった。
見方によっては私達3人の力でオーディリア先輩を籠絡したようにも見えるので、そこに加入したソーディスさんも含めて否応なしに学園内部に与える影響力は増大していくばかりである。これは考慮してなかったわ。
だが最大影響力の派閥とは言っても所詮は5人だけだし、実態は本当にただの勉強会だ。……まあ流石にそう考えているのは私だけなのだろうなあ、と思い至るようにはなったけど。ともかく、影響力はあれど頭数が多いわけでもないから出来ることはそんなに多くないとは思うんだけどね、周囲が恐れおののいているような大それたことは多分できないし、やれないと思う。
また、ここまで知名度が高まったことで私に対して反感や反発があるかもなあ、と身構えていたけれども、私に対して表立って嫌がらせなどが起こることもなく実に平穏に日々が続いている。
これについてルシア、クレティに相談したこともあったが、周囲から見た場合『勉強会』の課外授業は私のコネクションを通していることや、そもそも成立前にメンバー全員と関わりがあるのは私しか居ないところまで目端の利く者であれば読み切っているらしい。
だから実際に私が本当に『勉強会』のリーダーを務めているのかそれとも誰かの傀儡なのかすら関係なく、第三者目線だとメンバー全員が私のお父さんから『魔法使いの知識提供』という利益付与を受ける関係のため私と敵対した場合『勉強会』全てのメンバーを敵に回す可能性があり、仮に私のことを本気で嫌っている人が居ても手を出せない状況が形成されている、と2人は語った。そうやって聞くとすっごい守られてんな、私。
そもそもこの学園生は派閥関係に機敏なことを忘れていた。オーディリア先輩の助言でリーダーにはなったが、上層部への書類の通りやすさの他にもこんな副次効果があったのか……。どこまで先を考えて手を打っているんだ、あの人。
先読みの一手を打つ人と言えばもう1人、ソーディスさんが居るけれども、彼女の打ち筋もまた並外れたものであった。
前提として勉強会メンバーのうち、知名度も学園内影響力も最も低いのが彼女であり、だからこそ勉強会始動時に反感を受ける可能性が高かったのは実はソーディスさんであった。
成績優良であることと人気がある人と関わることは別、ということらしい。これは「ガリ勉クンが、憧れの存在に気安く話しかけるんじゃないわよ」みたいなムーブを派閥抗争化したものだと思えば幾分分かりやすい。
そこで勉強会設立時のソーディスさんの動きを振り返ると、まずそもそも勉強会構想については初等科食堂という周囲の目がある場所で行っていた。私は単にお昼ご飯のついでで話せばいいや程度の気分でやっていたが、ソーディスさん視点になると話が大きく変わる。
つまり周囲に聞かれる前提だったのだ。だからこそ私から提案したルシア、クレティの説得工作をソーディスさんは渡りに船と二つ返事で受け入れていたというわけである。
もし第三者があのときの一部始終を全て知っていれば、ソーディスさんが我々のメンバーに不足はないことは分かるだろう。というかルシア、クレティに対してまともに意見を通せるだけの説得力と切り札があるだけ、一般の学園児童と比較にならない価値がある証左なのだから。
そしてクレティの勧誘すら拒絶したことで、否応なしにソーディスさんを自陣営に勧誘するハードルが上がっている。だがそれはクレティを無下にしたことで、「折角の有力者の誘いを断るなんて!」と第三者から非難を浴びる危険性も生まれた。
こうしたリスクに対しては、例の『私のことを一番知っているのはヴェレナさん』発言が効いてくるのだ。既に私の庇護下に居るように勘違いさせかねないこの台詞は何もクレティやルシアだけにではなく、周囲に対しても周知させる意図があったのはほぼ間違いないだろう。
ここで私の立場をルシア、クレティの目から改めて評価し直してもらえば、『初等科4年の有力者3人組の1人』、『初等科児童最大の影響力を持つと考えられるオーディリア先輩の寵児』、『勉強会派閥の設立者であり名目上の派閥トップ』となるらしい。周囲からの私に対する目線は、それほどまでに事実と乖離している。……こんな評価では、確かに私がソーディスさんの上に立っていると誤認されるのは、納得せざるを得ない。
というか、クレティはそこまで考えた上で、私に対してソーディスさんの引き抜き交渉を仕掛けてきていたのだ。私の最大の強みであり同時に最大の弱点は、学園の児童との利害関係の希薄さ。これはルシアとの初対面時――新入生スタンプラリーのとき――に指摘されていたことだが、利害関係がない故に『家』に対する脅しができないので、私の防衛手段を少なさをクレティはある種本気で憂いていたようだ。勿論自陣営にソーディスさんを引き入れたかったのが主目的だろうけどね。
まあ、私の庇護下にあるというソーディスさんの発言そのものが全てブラフなんだけど。私の庇護下に居ると第三者には思わせることがソーディスさんにとっての自己防衛手段と言うのであれば、私はその企みを黙認はする。
……ただクレティの指摘は全くの的外れではなくて、誰かが暴発してソーディスさんに対して直接的な行動に出る危険性は皆無ではないんだけど。そこは正直、自己責任だ。
私のどうこうできる話でもないし、その危険はソーディスさんも重々承知であるからこそ、聖女の国で大使館勤務経験のあるクレティの叔父の家に通ってロイトハルト家との縁も保っている側面もあるのだろう。多分、私の見えないところでそういう彼女なりの防衛策は練っているとは思う。
そしてソーディスさんの恐ろしいことは、そうした自分の身を守る術そのものを、成績評価に織り込んでいるのだ。覚えているだろうか、このアプランツァイト学園の評価制度の1つである『人脈形成潜在能力』のことを。相互利益の確約された従属関係は本評価制度では加点対象だ。
私の庇護下に居るというブラフは、ソーディスさん目線では自身の安全という利益が、私に対しては脆弱な私のコネクション強化と派閥トップという立場に説得力を持たせるという利益がある、ということになるようで、ちゃっかり私に対しても『人脈形成潜在能力』による評価点が加算されており完全にソーディスさんとwin-winの関係を築いていることになっている、というのが恐ろしいところだ。
というわけで『勉強会』は私の意図しない形で盤石な派閥として、『有力者3人組』から発展解消する形で周囲に認識されていったのである。
*
「えっ、文化祭に4年1組は参加しないの……?」
10月の収穫祭に合わせて、アプランツァイト学園では初等科から大学科まで合同での大規模な文化祭が実施されるのだが、その質的向上の意味で初等科は4年次まで『クラス』としての出し物を披露することは禁じられていた。
そのため4年生になった今年はじめてクラスとして解禁されたわけで、夏休み前からその話し合いの場が設けられたわけだが、どうやら4年1組としてはあまり気乗りしない人が過半数を占めるらしい。
確かに出し物を行わなくても当日他の展示やアクティビティを見て回ることは可能で労力をかける必要が薄い、と言えばそうなのだが……。でもてっきり解禁になったから、とりあえず出し物を行うものだと考えていたばかりに、その結論は少々意外であった。
そうした疑問をいつものように初等科食堂の指定席でルシア、クレティの2人に相談してみると「やっぱりこいつ分かっていなかったか……」といった表情で、溜め息交じりで説明された。
「ヴェレナ、忘れたのかしら? 私達のクラスの交友集団は少人数のものが乱立しているのよ。……まあその直接の原因は私達ではあるんだけど。
ともかく文化祭に参加するにはクラスを牽引するだけの指導者に欠けるのよね。それは実力や影響力という意味でも、そして文化祭にかける熱意という意味でもね」
製紙事業の『計画』関連でなし崩し的に友人となり、同時に派閥として見られるようになった私達3人だが、結局それぞれがクラス内で取り巻きを持つことを嫌ったために、3人ともほぼ同格となってしまった。
『有力者3人』と言われたりしていたが、それもそれぞれクラス内の『ルシア派』対『クレティ派』対『私派』みたいな対立派閥の調整機関として私達が連携し合っているわけではない、ということは流石に周囲から見ても明らかで、あまり特定の誰かを傘下に入れるわけではないことを周りが理解してから、私達のクラスはそれぞれ同格だと思っている人とくっついて、その結果小さなグループが林立することとなっている。
実家の力関係という意味では私達3人が、全てを束ねることも可能であったらしいが、結局誰もそういうことをやらなかった。そして何より私を通じて初等科最大有力者のオーディリア先輩と接続していたことで、対外的には私達がクラスの顔として認識されていたが、実質的にはクラスの他のグループを支配したりはしていない。
何となく私達3人を立てるようにクラスメイトが動いているおかげで表立って大きな問題も起こらず、こちらからも他のグループに干渉することはないので割と上手く運営されていたクラスの人間関係だったが、ここに来てその指導者不在体制が、文化祭への参加意欲に繋がらない、という結果を招いた。
そして指導者不在という問題は私達3人にも言えることだ。『勉強会』で名目上私がリーダーを務めているが、同時に私はただの御神輿・傀儡の類なのでは? という疑いも付いて回る。……これに加えてソーディスさんを傘下に収めていると誤認されている現状、私の客観評価は混沌としている。
更にルシア、クレティも別に2人の中で特に優劣を決めようとはしないため、この2人も単独で指導者としてクラスを牽引できるとは、実力的には可能だと誰しも思っているが実態が伴っていない。
そして何より文化祭参加に関するハードルについてはクレティが代弁してくれる。
「というかヴェレナさんもルシアさんも、別にバラバラのクラスをリスク覚悟で自分が主導してまで、文化祭に『クラス』として参加したい、という強い熱意は無いのでしょう?」
……それなのだ。
私はクラスで出し物できたらいいな、と考えてはいたが、それも別に自分から率先してクラスをまとめてまでやりたいことか、と言われるとそういうわけでもないのだ。
「というか1学年上には、完全に一枚岩でまとまったオーディリア先輩を頂点とする5年1組が居ることを考えると、気が進まないクラスメイトの気持ちは理解できるのよね」
ルシアが指摘するこれもクラスメイトが参加に意欲的でない理由の1つだ。まだ5年1組が参加するか否かの動向は不明だが、参加する場合は確実にこの団結力と統率力で遥かに上回る怪物と同じ土俵で戦う……というか文化祭参加者から比較されるというリスクが伴う。
一方で逆に彼らが参加しない場合は、今度はオーディリア先輩の児童会役員部所属の肩書きが、出し物を企画する際のプレッシャーとして降りかかる。初等科内における文化祭の予算振り分けや場所取りなどはこの役員部に一任されているだけに、生半可な企画と意志ではオーディリア先輩の不興を買うリスクを誰しもが恐れている。
この場合オーディリア先輩と個人的な繋がりを持つ私達の誰かが主導権を握って折衷を行えば正直問題ないのだが、ここにも私達3人の文化祭参加の熱意がそこまで高くないことがネックになりクラス全体として二の足を踏む結果となったのだ。
と、ここで1つ聞き忘れていたことに思い至り2人に尋ねてみる。
「……ねえ。ルシアとクレティの意志をしっかりと聞いていなかったんだけど。4年1組を率いてまで文化祭で出し物をしたいわけではないという気持ちは伝わってきたんだけど、そういうの抜きにして文化祭で何かやってみたいとか思っていたりする?」
それぞれの文化祭に対するモチベーションだ。
まず私は『文化祭で何かやってみたい』そんな気持ちは確かにある。あるけれども、それはバラバラのクラスを一纏めにしてまでやりたいか、と言われれば正直微妙だ。特に再三同級生の優秀さには驚かされてきているだけに自分が率いることができる自信も無い。
だが、だからといって易々と不参加で終わらせるのも些か消化不良だ。できることであれば参加したい。そんなスタンスなのだ。
そして当の2人はどうかと言えば……
「そうね。私は文化祭で出し物をしたいとは考えているわ。
……ただ、自分で主導してそれをやるとなったときに多分私はあのときと同じようにヴェレナの意見を聞かずにはいられないわ。あなたはポンコツであるけれども、たまに鋭い視点から新しい着想をしてくれるもの。それはお父様ですら認めるほどなのだから。
そして私とヴェレナでは周囲が見えなくなって暴走してしまうから私達を止める役としてクレティの全面的な協力も必須なのよね。
そこまで連携してやっとスタートラインで、そこからクラスメイトとの折衝と役員部渉外交渉が必要と考えると、正直……手が足りないわ。私達3人とも共倒れするとしか思えない。
故に私は参加は正直無理だと思うわよ」
「私もほぼルシアさんとほぼ同意見ですわね。個人的にはそうした場で人を楽しませたりする経験に興味もあるのですが……。
けれどクラスメイトを私は率いたいとは思っておりません。別に彼らのことを嫌っているというわけではないのですが、今までお互い不干渉でいることを容認していたのに、私達の力、といいますか影響力や指導力を急に行使するのはあまりよろしくない結果を生み出しかねないかと。
だからといって私達の方からクラスメイトに文化祭やりたいから力を貸してほしい、と頭を下げる程に熱意があるわけでもありませんし。またそうした熱意のあるクラスメイトが私達に頭を下げてきたとしても正直今まで派閥に捉われず好き勝手やっていたのに今更私の力を頼りにしないでほしいとは思いますわね。
……正直手詰まりですわね。あと個人的な事情として、文化祭でのクラス内主導権争いにソーディスさんに巻き込まれるというのは避けたいです」
大雑把にみれば2人ともやりたいと言えばやりたいけど、不可能と考えている、となるわけか。
私を含めて3者の主張をまとめれば、私は自身の指導力不足、ルシアは手数の少なさと協力者の不在、そしてクレティは急激にクラス内の権力関係に手を加えることを危惧、という否定的な意見が出揃った。
というか私だけ自分のことだけで考えているじゃん! この手の派閥力学に対する嗅覚の鋭さでは2人に敵わないね。
ただし、逆にクラス運営の問題さえなければ文化祭で出し物をしてみたいという興味があるのも事実だ。根本の考えそのものは共通しているのだから、問題さえ何とかしてしまえば、意外とルシア、クレティと協力することはできるのでは――?
そうすれば、オーディリア先輩とのラインを繋げ、彼女の賛同を得られれば出来ることは大きく広がるだろう。完全に皮算用であることは認めるが、やるかやらないかという部分に目が行ってしまって、少々視野が狭まっていた感が否めない。
……視野狭窄を見直そう。もっと広い目で見れば何か手はあるはず……。
文化祭に私達が参加する現実的な方策が――
「――そうだ、問題ばかりに気をとられて、大事なことを忘れていた。
別に文化祭に出し物を出すことだけなら難しくはないはずだ。たった一点見方を変えれば全然問題ないじゃん。
……そう、文化祭に参加するのは――」




