3-11
今年の夏はたいへんに、暑かった。
特に最も気温の上がった7月の最後の週は魔石で動くエアコンを手放せないほどの寝苦しさであった。おそらく、私が転生してきた中で最も暑い夏であった。
そんな中で活躍したのは魔石装置のシャワー。このシャワーで出せる水――水に極めて性質の近い何かである『魔力感応水』――は、魔法で出していることもあって、温度は自在に調節できる。なので夏休み中は冷水シャワーとして昼間どうしても暑いときには利用していたりした。
また魔石装置冷蔵庫も大活躍だ。これも温度調節は自由にできるため、今年は冷凍庫並みに冷やしている棚のフロアを拡大して、メレンゲ生地で卵の味が口に広がる氷菓子のオムレットなど、アイスケーキが常時冷蔵庫の中に存在感を放っていた。
……と、ここまで魔石装置様様な大活躍っぷりであったが、それは当然弊害も生まれており、夏の暑さから平時では初となる魔石の供給制限が実施された。また、それと合わせて使い切った魔石はなるべく早く回収に出すように、という通達も出された。魔石自体は再度魔力さえ充填してしまえば再利用できるからね。
ただし、その再利用ペースと今年の魔石需要は本当にギリギリだったらしい。もっとも我が家の場合では、ほとんど全ての魔石装置が自分の魔力でも稼働可能なハイブリットタイプであったから問題は無かったけど。
それは魔法使いであるお父さんの慧眼であった。そして世間では、ハイブリット型装置が今更ながら脚光を浴びることとなったようである。まあ通常の魔石装置と違い大分お値段張るんですけどね。
そんなわけで王都ははじめての平時魔石制限にてんやわんやとなっている中、クレティからロイトハルト家名義で私に対して避暑地であるリヒトバッハへのお誘いの手紙がきた。人口の少ない山間の地域であれば王都よりも魔石制限は緩い上、そもそも避暑地なので涼しいから一緒に遊びに来たらどうか、とのことであった。
魔石の供給量不足が起きても、田舎への魔石供給に関して途切れさせてしまえば一発でライフラインが破壊されるため、田舎を切り捨てることはできない。であれば人口の少ない地域の方がこういうときは過ごしやすくなる。……公共事業だから可能なことであって、採算性や効率を気にしてしまうとあれだけど。
その避暑地もそこまで遠い場所、というわけでもなく、王都から特急列車を使って2時間程度。そこから先は車で移動するとはいえ、充分日帰りも可能な距離だ。ただ王都の老舗の油問屋がわざわざ僻地に別荘を持つ意味はあまりないから、お得意様のお客さんから一時的にレンタルした別荘らしい。清掃は業者を入れて事前・事後でやるから多少汚して使っても大丈夫だけど、気になるようだったら断ってもいい、と書かれていた。
でも……ねえ?
クレティのお誘いというところからどうも邪推してしまう。ただ単純な遊びの連絡というだけではないだろう。手紙には家族以外は私しか誘う予定はないと書いてあった。これでは、遊びの誘いというより招集命令みたいだ。何か意図がありますよーってありありと言外から伝わってくる。
一応この手のものは……ということで、私の中で行くことはほぼ確定していたけれども、両親に確認をとってみたら満場一致で両名ともに「行きなさい」の判断であった。やっぱりか。
*
「ヴェレナさんは、ジャスミンティーが好きでいらしたのよね? クレティがお世話になっているから、良い茶葉を商業都市国家の方から取り寄せましたわ」
「そうそう、美味しい食べ物が好きだと伺っておりましたから、氷菓子の帽子のケーキを用意致しました。冷たくて口当たりが新鮮ですわよ」
その言葉が語った通りに、家でよくお母さんが飲んでいるジャスミンティーが供され、木目のテーブルの上には手編みのティーマットが敷かれている。また、テーブル中央にある浅い大皿に、シュガーパウダーがふんだんにかけられた白いドーム状のケーキが鎮座していた。
『帽子のケーキ』と呼ばれたそれを給仕の方が切り分けると断面からはクリーム状の生地と、その中に細かく砕かれたナッツが顔をのぞかせる。加えてチーズの香りがほのかに漂ってくる。チーズケーキなのだろうか。
……っと、完全に『帽子のケーキ』とやらに意識を持っていかれていた私の考えを察したのか、隣に座っているクレティがため息交じりで私のことを物言いたげな目で見つめてくる。分かってますよ、ケーキに意識を向けるなってことでしょ。
先ほどジャスミンティーとケーキを私にすすめてきてくれたお二人は、クレティの1歳上の姉達だ。……双子とのことで、先に話したジャスミンティーをすすめた彼女が双子の姉のアルバ・ロイトハルト。妹の方がエイダ・ロイトハルトと紹介された。
つまり、クレティはこのアルバさんとエイダさんの更に妹のロイトハルト家の三女で末っ子となる。
ここに保護者として3人のお母さんが来ており、一応その他に数人お手伝いの方が居るけれども、家庭内女子会? のようなものに私という異物が紛れ込んでいる感じになる。
ただ家族旅行とはいっても、王都の油問屋を閉めるわけにはいかないので、クレティのお父さんと後継ぎとして育てられている8歳年上の兄が店に残っているとのことだ。つまりクレティさんの兄弟関係は、年の離れた兄が一人と1個上に姉が2人という構成となるみたい。
その他に家族として仲が良い従姉妹が1人居て、クレティと姉達の3人と従姉妹の4人セットとして扱われていたりもするそうだ。従姉妹はクレティと同世代、つまり私とも一緒の年齢になる。
そんなロイトハルト家の女子旅行に何故か私が紛れてしまったのは、クレティが私と遊びたかったというような可愛げのある理由などではないみたい。
だからこそ、王都外にある避暑地へと私をはるばる連れてきたのであった。
……地味に王都を出るの、はじめてだ私。
この避暑地――リヒトバッハは、ニーロンハイデ州に存在する山々に囲われた土地だ。
盆地は暑い、とは言うけれどもそもそもそれなりに標高のある地域なので、平地にある王都よりも幾分気温は低い。
そしてニーロンハイデ州に行くための特急列車には我が街と学園の間にあるロッシュヴェル駅を利用した。前にソーディスさんと映画を見た場所だ。
特急列車はこの世界においては限られた時間にしか走っていないので、列車の座席をロイトハルト家として『事前予約』してもらっていた。――事前予約。かつて『青苧の儀』を行った際に臨時列車を予約したときも出てきたやつだ。
割増し料金を払っていて特別歓待を受ける、という面は未だ健在であったが、これが今回は良いように働いた。
というのも、ロイトハルト家で私と面識があるのがクレティだけで待ち合わせに難があった。この旨をロッシュヴェル駅側に相談したところ駅係員の休憩室のような場所を貸し出してくれるとのことで、今回はそうしたご厚意をありがたく受け取った、というわけなのである。
そして今回は泊まりがけの旅行ということにもなるので、荷物も大がかりだ。自分で持つ小さなショルダーバッグに加えて今回は、自宅にあるカバンに洋服とか詰めた。黒くて四角い箱に取っ手が付いているのようなバッグだ。あれだ、外見だけならスパイ映画とかで現金を入れるアタッシュケースみたいなの。
今回中に詰めたのは洋服とか旅行用生活用品だけど。
そして待ち合わせの駅休憩室でロイトハルト家御一行4名様+お手伝いの方々と合流して特急列車に乗ったのである。
……特急列車に乗る前に大きなカバンは大がかりな魔石装置の中を通されて荷物の確認をされた上で、私自身も前世の金属探知ゲートみたいなところを通らされ、手荷物のショルダーバッグの中を見せた。
なんか前回の予約した列車に乗るときも荷物確認作業あったけど、今回は州をまたいでの移動なのでより検査が厳しくなっている。最早これ前世空港レベルじゃん。
その後特急列車でリヒトバッハ駅まで行き、大き目の魔石自動車数台で荷物とともに別荘まで赴いたのであった。
*
その後もロイトハルト家からの歓待は行われた。
各々好きな楽器を選んで合奏したり、別荘の周辺にある林や小川に散策に出かけたりした。楽器は習い事やってなかったら絶対ヤバかったな、危ねえ。
一方で、習い事でやったことのないものとしてソフトテニスをお姉さん2人方から教えてもらって遊んでみたりもした。――私は今この瞬間、最高にお嬢様してる感あるぞ。
テニスはこちらの世界では本当にラケットをはじめて握る形であったが、前世で僅かばかりやっていた時期もあったので、素人よりかは多少ましに動けたと思う。
何故テニスやっていたかって? ……ふふっ、嫌だなあ。インドア派の恋愛ゲームプレイヤーがアウトドア活動をする理由なんてひとつしかないでしょ。私は色々と影響されやすいタイプであった、それだけのことである。
そんなテニスであったが前世のことは話せないので未経験と言いつつ、それなりに動けてしまったせいで、私に対してインドア派という印象ではなく逆にスポーティーで運動神経が良いというイメージをクレティのお姉さま方には思われてしまったらしい。やっべえ、これは失敗だ。
……というか今回のソフトテニスにしろ、前に名前だけ聞いたサッカーにしろ、この世界って普通に前世と同じスポーツが揃っているのだね。
多分、元ゲームの『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』の影響なんだろうけど。もしかして攻略対象キャラのプロフィールの趣味欄とかにそういうスポーツが書いてあったのか、あるいはそもそも攻略対象にプロスポーツ選手でも居たのか。1人しか攻略していないニワカ状態で転生してしまった悪影響が出ているね。
それよりも重大な問題は、クレティ……というかロイトハルト家からこれだけ歓迎の意を受ける理由だ。再三だけど明らかに意図があるだろこれ、どんだけ金かかってんだこの避暑イベント。
『今』接触してきたのには絶対理由があるはずだ。ぶっちゃけ入学前から『家』として親睦を深めようと思っている意志があったのであれば、わざわざ3年生になった現在に仕掛けるというのは些かタイミングとして不自然だ。
個人同士の私とクレティの繋がりは、あのルシアとの『製紙事業』の一件が発端だ。正直あの時の私に対するロイトハルト家としての好感度は低かっただろう。何せ末っ子の娘を油問屋としての知識目的で安い考えで釣り上げようとする、家そのものを侮辱するのと同義な行為を行ったわけだから。
まあ、それでも私とルシアとの協調路線を見据えて動いて頂いていたことには感謝としか言いようがない。今になってもあの件は重ね重ね、不手際が目立つなあ。
……でもそうなると出会ったときのことではない。であれば、3年生になってからのことか。3年生になってからの変化と、クレティに変わったこと。……ああ、あったねそんなこと。
一応自分の中でどういう意図があっての催し事なのかがおぼろげながら見えてきたので、クレティのお母さんも含めた簡単な晩餐会の後に、ティータイムをとってもらい、お姉さん方とクレティと改めて対面する時間を取ってもらった。
まずは、今日のことのお礼と色々な体験ができて楽しかった旨を伝えて、軽く談笑した後に本題へと切り口を入れる。
「ええと……アイバさんとエイダさん、そしてクレティ。
今回、こうして避暑に誘ってくれた理由は……
ソーディスさんのことだよね?」
3年生になってからのクレティの変化といえば、ソーディスさんと対面したとき……あの勉強会事前説明会でソーディスさんに説得され、彼女が自身の価値を示した際の動揺っぷりが一番記憶に残っている。
あれから既に数か月は経過しているが、今回のような『避暑』で別荘ごと借りるという大がかりなことをやっている以上、私の歓待に相当な準備期間とお金を割いていることが考えられる。……まあいつもレンタルしているのかもしれないけども。
そして、ソーディスさんがあの場で言った台詞『私のことを一番知っているのはヴェレナさん』発言。
これが言外に私の主催する勉強会に参加しろ、という脅しが込められていることに加えて、人脈形成の視点から述べれば、ソーディスさんが私の庇護下に居るようにも捉えられる言葉だ。
ソーディスさんを勧誘するなら、ヴェレナ――つまり私に対して話を通せ、という風に解釈が可能である。
という面を真面目にクレティが受け取ったとするのであれば……、今回の場はロイトハルト家からのソーディスさんの引き抜き交渉と想定ができる。だから家族以外に私しか呼ばないし、私の心証を良くするために予備交渉として女性だけで話し合いの場を設置したのではないだろうか。
「ええ、そうですねヴェレナさん。彼女の才は現時点でも計り知れないですわ。もし私達がワーガヴァントさんの真価に気付いた……いえ、気付かされたように、他の方も彼女の本当の価値に気が付いた場合、どういった手段を取るか分からないわ。
……彼女を護るために、ヴェレナが取り得る対抗策は増やしておいた方が良いのではないかしら?」
この場での交渉はクレティに委任するようで、お姉さん2人は口を挟まないらしい。
ソーディスさんの安全保障という名目で、結構直接的な引き抜き交渉を仕掛けてきた。まあ私の性格的にあまりに迂遠にしすぎると気が付かない可能性があることも考慮してのダイレクトアタックなのだろう。
そして、私の家であるフリサスフィス家ではソーディスさんのことを護れない程の価値を感じているってことね、クレティは。
まあ現時点では貴族でもなければ、祖先も騎士ではなくそのさらに部下の従士階級であることは、学園だけに限っても本家の力としては弱すぎるのであろう。クレティの懸念が理解できないわけではない。
では、魔法使いの方で守ってくれるかと言われれば結局お父さんはそちらでは閑職であることが付き纏う。いくら身内意識が強いとは言っても娘の友人まで護衛対象に含めてくれるかは微妙なところだ。
――確かに、私がソーディスさんのことを護ろうとした場合、出来ることは少ないね。
でもね、そうじゃない。
「ソーディスさんを護ることは出来ない。私にも……ロイトハルト家にもね。
彼女の視界の先には私達よりもずっと広く遠くが見えている。
多分ロイトハルト家や……、あるいはルシアのお父さんの勤め先のリベオール総合商会だって、多分眼中にないと思うよ。
――ソーディスさんは、私が出会ったときから既に国外に興味がありそうで、そして本気で国際情勢に関与するために動いている可能性が高いと私はみている。……しかもそれはおそらくこの学園の入学前から」
ソーディスさんが何故そこまで国の外に目を向けているのかは分からない。けれども、彼女の視野は私がこれまで出会った誰よりも広い。
そして私は、彼女の特異性について独力で自分に必要なことを仕入れることができる力だと判断している。私の判断が正しければ、そもそも彼女を権力、あるいは『森の民』――といった鳥かごに閉じ込めておくのは間違っていると思うし、そもそも彼女を護ることは、彼女の行動を縛ってしまうことと同義だ。
そこまで伝えると、クレティもお姉さん2人も予想外の返答だったらしく驚きに身を包まれたかのような表情となる。そして、クレティは私に対して非難するかのようにこう問い詰める。
「それでは……ヴェレナさんと致しましては、ソーディスさんの身に何が起こっても関係がない、と? そうおっしゃりたいのですね?」
「関係がない、というより、責任が取れない、が正しいかな。
彼女の行動に対しては、他ならぬ彼女自身が責任を付けるべきだしソーディスさんにはそれを成し遂げる力もあると思う。
何より……、そもそもソーディスさんは私の庇護下でも何でもないしね」
私がそこまで伝え終わると、クレティは「は?」と普段の口調からは出てこない反射的な声が漏れていた。
*
「多分、ソーディスさんはこうなることまで全部読んだ上で、先の発言をしたのだと思うよ。
クレティもしくはルシアのどっちかが彼女自身の価値を見て自分の家に引き入れたいと思い、私に対して交渉に来ることも。それを私がこういう言い分で断ることも。全部彼女の手のひらの上で踊っているだけなんじゃないかな、ってね」
また彼女が国際派の指向の持ち主だと私が知っていることも。
そして私が一般的な森の民の人と比べたときに、そうした彼女に指向性に対する理解度が高いことも。流石にそれが前世知識で国際化社会の中で生きていたから、というところまでは読まれていないとは思うが。
「それでは、私達はまるで、道化ではありませんか……!
彼女に踊らされるだけでヴェレナさん、あなたは満足なのですか?」
道化か。
確かにそうかもね。
差し詰め、ソーディスさんは鮮やかに手を打つことができるから、その洗練した一種の美しさは魔術師とでも呼ぶべき才能かな。
「忘れていない、クレティ?
――私はアプランツァイト学園初等科3年『次席』入学生。
ソーディスさんは、『首席』入学生。
……私は一度たりとも彼女の上に立ったつもりはないし、彼女のことを護れるなんて考えたこともなかった。
ソーディスさんが学園で自分に一番詳しい人で私と言ったように、私はこの学園で誰よりもソーディスさんの背中を追い続けてきた。だから踊らされるくらい今更と言えるかもね」
……私の『次席』としての一言は、分野は違えど頂点を目指すように志していただろう、油問屋の娘という有力者の肩書きを背負い続けてきたクレティにはどう感じたのだろう。
1つだけ付け加える。
「――もし私が、ヴェレナ・フリサスフィスが、ソーディス・ワーガヴァントの上に立てるときがやってきたとしたら、彼女を鳥かごの鳥にするつもりは毛頭ない。
彼女の考えるように、思うように、自由にやらせてみたい」
多分、そのときはクレティやルシア、オーディリア先輩だって私の下になるんだろうけどね。
と、冗談めかして言った一言にクレティは耐えられなかったのは思わず笑い吹き出してしまった。
*
「ワーガヴァントさんについてはともかく、私はあなたの魔錬学に関する見識と予測に興味がありますの。というのも、錬金術師に興味がありまして……女性への仕官の道が開かれるのでしたら色々と助言が授かれれば、と思いクレティに便乗して、この場を設けて頂いたのですがご一考して頂けます?」
「そもそもソーディス・ワーガヴァントさんは国外の情勢に興味をお持ちなのですわよね? それであれば、私達姉妹3人と仲の良い従姉妹の父――つまり、叔父が『聖女の国』にて大使館勤務経験がございますので、うちの従姉妹家系と渡りを取りましょうか?」
……転んでもただでは立ち上がらないロイトハルト家。
魔錬学を持ち出して私との渡りを求めてきた長女、アルバ・ロイトハルト。
従姉妹の血縁から国外への結びつきを強調し、ソーディスさんに対して新たな利害関係を提示してきた次女、エイダ・ロイトハルト。
ああ、これは間違いなくクレティの家系だわ。そう思わざるを得なかった。




