3-10
授業が終わり、『勉強会』メンバーと解散後私はお父さんと一緒に帰宅するために引き続きスタンアミナス大学のお父さんの研究室に残ることとなった。
娘を手持無沙汰で置くことで、お父さんを早めに仕事を上がらせるという目論見つきの行動である。
研究室に居るメンバーは先ほど勉強会に参加した数名以外にも1人、2人いるようだ。予定が合う人は大体私達小学生との合同授業に参加してくれたことになる。まあ相手側も冷やかし目的ではあったのだろうが、これはありがたいことだ。
そして授業中、他のメンバーといろいろ素を出してしまっているので、前回この研究室に来たとき――と言ってももう3年以上も前のことだが――のように人見知りというか、中身を隠す必要はないだろう。
……と思っていたが、研究室でお父さんの仕事が終わるのを待つ間、学生側から私に話しかけてこない。小学校入学前のときと比較して、小学3年生では子供としての魅力が足りないのかと一瞬思ったが考えてみれば当たり前か。あんなに『勉強会』メンバーが初回授業で大暴れした現状、私の取り扱い方が分かりにくくなっているのだろう。
まあ、それ以外にも研究室側の学生は今日はじめて会った人しか居ないから、前回みたいに積極的に話してくれる層とは少し違うタイプの学生が揃っているのかもしれない。そんなことを秘書さんが入れてくれた冷たい麦茶を飲みながら考える。
「ごめんなさいね、学生さんたちは授業には息抜きも踏まえて参加したのだけれど、今は学会提出のものの締切が近いから忙しいから……」
暇そうにしている私を見かねた秘書さんが言外に学生達が私に構ってくれないことを触れる。そうかこの時期は学会前だったのね。時期的に合同授業をねじ込むタイミングをミスしたのかもしれない。私達の日程と、お父さんのスケジュールを合わせることばかりでお父さんの研究室の学生の忙しさなどまで頭が回らなかった。
もう少しスタンアミナス大学側の日程をお父さんに聞かなきゃだったね。
*
その後お父さんと共に研究室を後にして、列車に乗ってバスに揺られて家に帰宅し、お父さんと今日の合同授業について落ち着いて話をする。私が居座ったこともありお父さんはいつもより少し早い帰宅だ。
まず今日の授業が他のメンバーにどれだけマッチングしていたかお父さんに聞かれた。お父さんが言うには正直予想以上にレスポンスが良くて、話がとんとん拍子に進んでしまい、内容が難しくなってしまったことを憂慮していたようだ。
「そうだね……。確かに結果だけを教えるのではなく、その過程を類推させるという点ではあまり無い形のやり方だとは思った。新鮮ではあったけれども、反面私も彼女らが居なければ答えられない質問ばかりだったかも。
でもそうしたやり方でもついていける水準にある人達だから、あんまり何かを変える必要はないと思うね。それでも、もし何か修正するなら、内容の難しさとかよりも手法を少しいじる程度で良い……と思う。勿論詳しいことはひとりひとりに聞かないと分からないけどね」
「そうか。……というより、そこなのだ。ヴェレナが小学生離れしているのは別の世界からの来訪者という点があるから良いのだが、問題は彼女らの水準が高すぎるように思えるところにある。
今回の授業では、後半の方では『小学生』であることをほとんど忘れて授業をやっていた。ヴェレナがあの学園で際立っていないことは分かっていたが、正直これほどまでだとは思っていなかった」
まあ、ルシアもクレティも商工業周りを中心として知識も語彙も対人能力もずば抜けていて、オーディリア先輩に関しては私にも底が見えないほどの人だし、ソーディスさんは口調こそゆったりしているけど、本質を的確に見抜いてくるのよね。
「まあ……彼女たちは学園内でもトップクラスに優秀な人達だからね……」
それは単なる学業成績という意味だけでも、家柄だけという意味でもない。そもそも理解力や柔軟性の塊みたいな人らだからね。
そこにお母さんが口を挟む。
「あなたは『魔法使い』という男性に囲まれた環境に居たから実感が湧かないのかもしれないけれども……、そもそも女の子を仕事に就かせたいという親はそこまで多くないものよ」
「ディエダ、お前はヴェレナを魔法使いにすることに不服だったか?」
「いえ、そういうことは言っていないわ。……ただ、そうした風潮がある中で小学生やそれ以前の頃から自身の後継者として育成している方々なら、どれだけ娘の教育に力を入れるか分からないわよ」
義務教育は小学校だけ。そして女性の社会進出は進んでいるものの、重要な役職に就くことができている女性の比率はほんの一握りでそのほとんどは男性だ。必ずしも不平等とか不均衡であるということを主張するわけではないが、これらの事実は逆説的に女の子を子供に持つ両親が自身の子を出世させたい場合に必要な労力が膨大になることを示している。
そんな夢を一身に背負ったのが――ルシアでありクレティであり、あるいはオーディリア先輩なのだ。ソーディスさんは多分自分でその道を選択してると思うけど。
果たして小学校を卒業して中学校へ行く女の子はどれくらいいるのだろう? そして、そんな中各々の家の後継者として人を率いる立場まで辿り着ける子はそれこそほんの一握りではなかろうか?
そんな選ばれた1人を本気を目指しているメンバーが彼女たちなのだ。優秀でないわけがない。
「最初から求められている水準が違うから彼女らはあそこまで授業についていくことができたのか……」
お父さんの呟きはそっくり、私が彼女たちに出会った頃から今なお感じている感情と似ているものであった。
*
それから1ヶ月後に、第2回の勉強会の開催ということで再びスタンアミナス大学への招集がなされた。
スタンアミナス大学側……というより大学生側で予想以上の反響があったようで、前よりも少し広い講義室でお父さんの研究室以外の学生も参加することとなった。
前回は私達5人を含めて10人ほどであったが、今回は20人ほどの参加となっている。
これはどうなんだろうね。授業の内容が話題になったのか、それとも小学生離れした私達が注目されてしまっているのか判断がつかないところだけれども。
ただしこういった特別扱いに慣れているルシア、クレティ、オーディリア先輩は別段反応することもなく、私達はお願いして合同授業を開いて頂いている立場だから多少向こうの要望にも応えておかないと、と冷静というか冷やかな対応。多分場数が違うねこれは。
ソーディスさんに至っては、人が居ても居なくてもあまり変わらないし、と最早意に介さない姿勢だ。
そして第2回目の授業テーマは魔法使いの制度面。公的機関であり国家公務員である魔法使いの仕事に迫る。
「とはいえ、本題に触れる前にまずは公務員についてからだな……」
お父さんはそう言って、まずは導入として公務員について話す。
国家公務員と言ったときまず思い浮かぶのは外務省とか内務省といった省庁だ。この森の民にはそうした省庁は12個存在する。これらの職員並びに内閣の運営に携わるスタッフはすべて国家公務員だ。そして、12省以外にも内閣の外におかれる閣外省庁と呼ばれるものが4つ存在する。教会の運営や教区における事務業務に宗教教義などを取り扱う教会省、国王の政務に対して意見を求められる諮問機関として設置された枢密院などが代表例だ。これら閣外省庁職員も身分上では国家公務員として扱われる。
その他にも国家公務員には国会議員とか各国へ赴く大使、裁判所のスタッフ、王都の警察などが居る。
一方、それに対して市役所などで勤める職員も『公務員』ではあるが、こちらは地方公務員に扱われる。各州の警察官や国公立の学校などはこちらに該当する。
余談だがそれに付随するのが、ソーディスさんのアパートの管理を行っていた王都住宅こと財団法人王都住宅営団。このような財団法人は公務員かどうかと問われれば否、である。財源の多くは国から補助されているが職員の身分は一般社会人と一緒なのだ。
そうした国家公務員のうち、魔法省や錬金省は内閣の中にある機関だ。
だがその一方で魔法使いや錬金術師にはもう1つ公務員という側面以外にも特徴がある。
「この上、魔法使いと錬金術師は同時に『軍事』を司る役職でもある」
前回授業の魔法使いの成り立ちとも大きく関係しているが、魔法とはそのまま軍事力に直結するのだ。だからこそ魔法使いについて語るのであれば、その軍隊としての特性も踏まえなくてはならない。
この国にはいくつか軍隊に関連する仕事が6つもある。
1つ目は近衛兵だ。王家の護衛が主任務であることから基本的には王都から動くことはない。
そのため軍の主力となるのは魔法軍と錬金軍となる。そして慣習的に魔法軍は瘴気の森への対策、錬金軍は未知の森への対策を担うという点についてもこれまで説明されてきたとおりのことだ。
第4に警察が組織する治安維持部隊が存在する。これは外征には向かない内向きの組織だ。
そして5つ目には州兵というものもある。州兵は平時には州の総督の権限で組織し運用が可能であるが、軍事的な脅威に用いられることはなくボランティアや災害救助、公共事業としての受け皿として活用されている。前回の魔王侵攻時にはこの制度が軍事転用されていたね。
最後に私兵。高額の税を負担することで、民間人でも内務省監視のもとで兵力を持つことが可能だ。傭兵であったり、非合法の反社会組織として国家権力の目が及ばないところに潜伏されるよりかは、条件付きで私兵の保有を合法化することで、監視を容易にしてかつ財源の確保も狙うために設置されている、とのこと。
そして、これら6つの軍のうち、私兵を除いた5つの軍の指揮官身分には便宜上の『爵位』が国や行政から与えられることがある。
魔法使いに関する話で出てきた『魔法爵位』。これはつまりそうした軍事指揮の職能を示すためのものであったのだ。
「貴族の持つ爵位には『刑罰免責』・『政治参加』・『軍事指揮』という3つの特権が与えられている。そして国家統一以前の領主や騎士は皆、爵位を授かり貴族となった。それらの身分の者は元々兵を率いる立場だったが故に、軍事指揮をするのであれば爵位が必要という漠然とした価値観が生まれていた」
そして魔法爵位は上から、魔法大公・魔法公爵・魔法侯爵・魔法伯爵・魔法子爵・魔法男爵・魔法準男爵と7階級存在しており、それぞれその階級にあった役職が割り当てられる。ちなみにこの国の本物の貴族の爵位には準男爵はない。
そして現行制度では、高校課程相当の魔法爵育成学院を卒業すれば魔法子爵までは昇進可能だ。それ以上の魔法爵位を得るためには大学相当の魔法学院を卒業しなければならない。お父さんはその魔法爵育成学院と魔法学院双方の一期卒業生であることから現在、魔法伯爵の位に就いているというわけだ。
それ以前の制度ではそうした魔法系の学院が出来る前であったので、名声などや年齢、影響力などで人治的に定まっていたようだ。
「……となると、現行の魔法使いの昇進システムのメリットと弊害は何でしょうか?」
こう尋ねたのはルシア。人事評価制度に関してはルシアの父の勤めるリベオール商会においてのものである程度知識があるのかも。
「少なくとも場当たり的な人事は次第に減少してきている。だが、一方で国家統一期に尽力なされた長老方は上の役職に送っているだけとも言えるから一枚岩というわけでもない。
そして魔法学院の先輩後輩で決めるのも、良くも悪くも真新しさがないな。魔法使い内部の派閥抗争の面を少し知っていれば、正直新聞記者などにも予測できるレベルの無難な選出しかなされない」
代わり映えのない当たり障りのない誰でも予測できる人事。
魔法学院で学んだこと、学校の勉強がそのまま仕事の場で活用できる教育システムが運用されているが故の弊害であった。個性や個人のキャラクターや業務適正ではなく、派閥力学でしかその序列は覆されることはないのである。
「そして上級ポストに値する人物が多すぎる。もっともこれは国防上のこともあるので一概に削減できるものでもないのだが、如何せん前回の魔王侵攻時に指揮官不足で片っ端から戦時昇進させてしまった悪影響が出ていると考えられる」
その例として挙げた数値が32000人という数値。
これは魔法使いの軍事部隊としての平時定員だ。
一方で、父の持つ魔法伯爵という魔法爵では理屈上では最大1万人の部隊を指揮可能である。なので、極論を言ってしまえば指揮官の定員だけ見れば父と同じ身のものが後3人も居れば事足りる。勿論後方要員など様々な観点からそんなことは不可能だが。
これでも予備役や退職、閑職に追いやるなどで何とか数を減らしているのが魔法使いなのだが、魔王侵攻という有事の際に展開できるだけの指揮官数は求められる。人材は戦時になったからといっておいそれと増やすのは難しい。けれども平時にはそこまで必要とされていない。それが分かっているからこそジレンマに陥った結果の人事飽和なのであった。
「……でも、魔法使いのお仕事は別に瘴気の森での魔物掃討だけではないのでしょう? そちらで任官ポストはいくらでもあるのでは?」
そう話したのはオーディリア先輩。
「そうだな。確かに魔法使いは別に前線で魔物を屠ることや、軍隊を指揮するだけが仕事ではない。
……だが、その多くの仕事とポストそのものが、膨大になった魔法使いの人事を補填するために生まれた産物、と言ったらどうだろうか」
そのままお父さんが続けるには、魔法使いには大きく分けて3つの組織があるとのこと。
「魔法省・魔法幕僚本部・魔法教育統括部、この3種類の異なる組織を全てまとめて魔法使いと呼ぶ」
全てが魔法使いの組織であり公務員が所属しているわけだが、このうち大臣が居て内閣のメンバーであるのは魔法省だけだ。魔法省は魔法に関する政治的な折衷を中心に携わり、魔法幕僚本部は、魔法使い全般の作戦・指揮に関するものを担っている機関だ。魔法教育統括部は魔法爵育成学院と魔法青少年学院の2組織を運営している。
「特に近年魔法省の人事ポストの増加が著しい。社会思想調査や世論やメディアへの対外宣伝業務を携わる専任の課が魔法省整備局の下に出来たりしているな。それと議会対策やら財源獲得のために財務省との折衷業務などを魔法事務局ではやったりしているな」
そんな話を聞いてオーディリア先輩から「へぇ……」と興味深げな呟きが漏れた。
……この人に適任そうな仕事かもしれない。
魔法省の下には今お父さんが挙げた整備局、魔法事務局を含めて7つの局が下にあり、それぞれそのさらに下は課があるというピラミッド式の階級構造となっている。
またその魔法省にはいくつか独立性の強い外局も複数設置されており、魔道具を製造する軍需工場が付随する魔道具工廠や要塞であったり城壁などといった防御施設を管理する魔法設営部、果てには飛竜と呼ばれる騎乗できるワイバーンを育成・購入したり調査をする飛竜補充部などもある。前回の魔王侵攻時に戦死した方の遺族への保険金や、逆に国民から頂いた寄付金・支援物資の振り分けなどに特化している魔法社会部なども外局として設置されているね。
このように魔法省の職掌範囲は本当に多岐に渡っているのだ。
そして同様に作戦・指揮を担う魔法幕僚本部も様々な仕事がある。
こちらは総務部が別枠であり、第一から第四局まで番号が振られて存在している。お父さんが魔王侵攻期に居たのはこちらの第一局で、一局は出征計画から戦闘時での戦略規模での布陣を策定する。
そしてこの幕僚本部にも外局はあってこちらは作戦立案のために必要な測地に関することを専門に行う測地研究センターや、一般の気象台とも連携して作戦区域での気象情報を集積する気象研究センターなどが存在している。
これと比較すると、魔法教育統括部は分かりやすく魔法教育に関することしか行っていない。人員規模で言うとこの魔法教育統括部は3つの機関のうち最も少ないが、魔法青少年学院・魔法爵育成学院という魔法使いの卵を育成する魔法学院全てに影響力があるため、その権限は実務を掌る2機関と比肩するレベルである。
「だが、ここも厄介でな。魔法教育は、中学校課程の『魔法青少年学院』、高校課程の『魔法爵育成学院』については確かに魔法教育統括部の役割なのだが、最上位たる大学課程の『魔法学院』については魔法幕僚本部の管轄なのだ」
――なんて厄介なんだ……。
度重なる制度改編の下に成り立っている組織であることから現行組織の外形を知るだけでも、本当に複雑である。
そんな3つの組織のトップ同士がそれぞれ折衷することで魔法使いの全体としての動きが大まかに定まっているのだ。
魔法使いについて知れば知るほど得体の知れなさというか煩雑さ、あるいは面倒くささの方が増大していく。
私はそんな組織体系が複雑な中で上手くやっていくことが将来的にできるのだろうか。ちょっと自信がなくなってきたのであった。




