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3-9


 ――グローバルスケールでの大気魔力濃度の減少に、生まれてくる子の先天的な魔力量の減少。


「それらの事実は、突然分かったわけではない。文献には残っている魔法が徐々に扱えないものが増えていたり、錬金術側では大気捕集に時間がかかるようになったことからそう推測されている」


 ということは、だ。


「この世界から、徐々に魔力は失われている……ということ、ですか?」


 世界から徐々に失われている、というキーワードで真っ先に思い浮かんだのは資源。前世における石油の埋蔵量が目減りしていて、あとどれだけの年数で枯渇するとかそういった類の話だ。

 そんな石油のように魔力も使えば使うだけ減っていき、それは回復しない、ないしは回復までに長い年月がかかる代物なのだろうか。

 そのような疑問も乗せた質問にお父さんは次のように返した。


「それはある意味では正しいが、別の意味では違うとも言える。魔力は失われていることは確かだが、それらの原因は定かではない。

 たとえば人間の魔法行使で魔力が減っていくのであれば、まず先天的な人体内の魔力量が減っていくことの説明はつかないし、それで減るのであればそもそも湯水のように魔力を無駄遣いしていた狩猟・採集に古魔法を使っていた時代で魔力は枯渇してしかるべきだろう」


 魔法そのものは時代を経るごとに効率化され洗練されていっている。だからこそ、仮に人が魔法を使うごとに目減りするのであれば、200年前に初めて気が付くのはおかしい。1万年以上も昔から人と魔法は共にあったのがこの世界だ。


「それでは人口増加……ひいては魔法使いの数や魔力の使用数と、大気魔力濃度に相関はないのでしょうか」


 オーディリア先輩が次点の可能性を問う。

 いかに魔法が効率化されているとはいえども、使用者の数が急増すれば魔力総使用量は増大する。もし人口爆発期などとグローバルスケールでの魔力濃度減少がリンクしていれば、やはりそれは人間の魔法利用が原因と推定できそうなものだが……


「人口増加と大気魔力濃度変化には顕著な応答はみられない。というのも世界規模での人口の増加については、およそ90年前から起こり始めたイベントだ。200年前の段階ではその兆候すらみられないな」


 だからこそ人為的な理由でもって魔力が減少している可能性は薄く、そして自然界の現象であると考えた場合には瘴気の森・未知の森について分からないことだらけなので、今現在においても原因不明となっている、ということだ。


「現在においてはその200年前の記録を土台として、統計的な大気魔力観測は各国の機関によって分析が行われている。あるいは人が先天的に持つ魔力についても魔力測定器の完成以後、『魔力検査』によって全国民の魔力に関する情報を集めて解析している。……だが我が国の記録は、統一後にそうした枠組みを作った30年前程からのものしかないがな。

 子どもが生まれたときに病院で『魔力検査』を行うのが無償でかつ義務なのは、そういう側面からも意義のあることだからだ」


 この世界に転生した次の日に病院に行った際に、既に一度転生前のヴェレナ(・・・・)が『魔力検査』を受けていたのはそういう理由だったのか。思わぬ部分で話が繋がった。


 そうした200年にも及ぶデータの蓄積で分かったことは、200年前の水準から見れば大気中の魔力濃度も人の先天的に持つ魔力も大して変化はなく横ばいであったことが分かっているらしい。そしてお父さんはこの問題についてこう結論付けた。


「ここ200年において魔法を使用する機会は爆発的に増えているが、魔力そのものの水準は変わっていない。故に人がどれほど魔法を使うか否かよりも、もっと直接的に影響を与えている何らかの因子が魔力量の変化には関わっているということになる」


 そして『何らかの因子』というものは分かっていない、と。

 ……この世界って、割と分からないこと多いよね。




 *


「ここまでの歴史において『魔法』というものは、権力者であったり裕福な者など限られた勢力に独占されていた技術だった。

 また多くの話は賢者の国や勇者の国といった当時でも先進国に数えられるような国の話だ。我が国――森の民などは、そもそも統一するまでは部族同士で抗争を繰り広げていた時代である上、神話時代の魔法理論などは散逸しておりほぼ各部族勢力に所属していた魔法使いなどはほんの数十年前までほぼ独学だったしな。

 だが、現在は魔石装置は一般庶民の各家庭にあったり街に出れば至る所に魔法の恩恵を受けた製品で溢れている。

 つまりは、ここ200年において世界規模での魔法の劇的な変化が起きているわけだが、特徴的な2つの革新的な出来事について触れていこうと思う」


 先ほどの話の中に封建社会制度などの話もあったが、この国の場合であれば王は統一するまで居なかったね。現王家ですらも部族社会時代の最大勢力であった家というだけで歴史的裏付けはそんなになかったと聞いている。

 しかし今こうして生活を送っている王都は、前世世界と比較しても著しい技術的な格差は感じてない。言わば近代化に成功している、ように思える。


 そんな前置きをしてお父さんが第一に語ったのは、『魔石の発見』であった。

 魔石とはすなわち魔力を蓄えておくことのできる石。これは魔法というエネルギーにおいて『貯蔵』という概念が生まれた瞬間であった。


「魔石は110年ほど前に初めて発見されたが、それは錬金術側での医療発達により未知の森の探索が大々的に可能となったからだ。

 この発見以後、魔法を利用した装置というのは魔力の補充と放出を別個の装置で行えるようになった。従来の魔法理論では魔法を使う装置を動かす場合には、優れた魔法使い達が直接魔力を装置に流し込むか、大気中の魔力を捕集する機構も付属させねばならなかった」


「それが魔石にあらかじめ魔力を入れておき、その充填された魔石を装置にはめ込むだけで良くなったと……」

「いちいち装置を大掛かりにする必要も、魔法使いと一緒に運用する必要もなくなったということは、より低コストで魔法が運用できるでしょうね」


 私の呟きに対してルシアが補足する。


「低コスト、確かにそう言うこともできる。

 魔石に充填された魔力は、運搬しても放置しても魔力エネルギーはほとんど損なわれない。これは非常に革新的なことだった。

 運搬によるエネルギーの損失がほとんど無く、石を運べるだけの輸送インフラが整っていれば国中のどこでもその恩恵を受けることができる。この利点は大きい」


 ああ、この世界で鉄道や路面列車が発達しているのは遠隔地に魔石を運ぶ必要があるからか。前世においては貨物輸送は貨物列車よりもトラックによる配送のが中心になっていた。けれどもこちらは、まだ道路は未舗装で車も高価、そして運転免許が専門性の高い資格であることを踏まえれば未だにモータリゼーション社会の到来はしばらく先になる……というかそもそも来ないかもしれないね。

 そして今では魔石装置で、照明をつけたり家電製品のようなものを動かしたり、あるいは水発生装置というもの、そして魔石コンロまである。つまり魔石とは電気・水道・ガスといったライフラインを全てまとめた存在なのだ。否応なしに重要度は高い。それ故に魔石の運搬手段は優先して配備されたということだろう。



「大気魔力濃度の減少以後に、この魔石が発見されたのは錬金術師らにとって文字通り福音となった。

 それまで大気から魔力を補充するのに手間がかかっていたが、その作業を魔石に充填させておけば事前に済ませることができたからな。そして蓄えた魔力を使い切った魔石は再度魔力を貯めることが可能だ。

 どんな装置を動かす場合でも魔石に魔力を貯めておけば良くなったのだ」


 ……ん? 錬金術師らにとっては?

 ということは魔法使いには魔石の恩恵が薄かったのか。その疑問に答えるようにお父さんは話を続ける。


「それに焦ったのが魔法使いというわけだ。魔石には欠点がありそれは瘴気に汚染され使い物にならなくなる。それではいざ魔王や魔物と対峙する際に魔石を使っていては役に立たない。

 ただ、その欠点は瘴気の森や魔物と関係ないところではさしたるデメリットでもないのでな。魔法使いは錬金術師の外にも普及し始める魔石装置に焦りを抱いたというわけだ。

 そして魔石の発見から遅れること20年、ついに魔法使いも革新的な発見に至る」


 魔法使いの革新的な発見。

 ――それは、『先天魔力理論』が証明されたことであった。


 先天魔力理論とはなにか? 人が生まれる前から先天的に定まっていた人が体内に持っている魔力量が、従来は限られた人しか魔力を持っていないと考えられていたのが、実はほとんど全ての人間が微弱ではあるものの魔力を保有しており、訓練を行えば極めて簡便な魔道具であれば、誰でも扱うことができる……ということだ。


 従来の魔道具では、一般人が平均的に持っている魔力では魔力消費量が多すぎて動作できなかったが、この先天魔力理論者らが極限まで魔力消費量を抑えた魔力判定機、のようなものを作り出しその装置で広く試験を行った結果、人種や性別・身分など関係なく誰でも魔力を持っていることが分かったのである。

 ちなみにその当時の魔力判定機は小さな紙みたいなものを僅かに動かす程度の装置であったらしいが、それが今の病院で行われている『魔力検査』に使われる装置の源流となったとのこと。


 そこまでお父さんが語った後に、一呼吸入れて私達にこう告げる。


「さて、ここまで魔法に関する歴史を1万年ほど追ってきたが、今日はこれで最後の質問としよう。

 ほとんど全ての人間が生まれながらにして微弱な魔力を持っていること。これは『魔石の発見』以上に現在の我々の生活に重大な影響を与えたわけであるが、それは一体何か。周りのものと相談して考えてみて欲しい」




 *


 200年前の大気中魔力濃度と人の持つ魔力の減少、そしてその後の魔石の発見ならびに全ての人が生まれながらにして魔力を持っているという『先天魔力理論』の証明。

 このうち一番最後の『先天魔力理論』が最も現在の生活に寄与している、というのは一体どういうことであろうか。確かに私の家には自分の魔力と魔石のどちらも使うことのできるハイブリットの装置が置いてあるけれども、世間一般的に普及しているのは魔石装置がほとんどだ。

 鉄道・路面列車・バスに車といった乗り物から、家電にライフラインまで魔石に依存しているので世の中に溢れている物はほとんど魔石を頼っている。

 あれ? これでは魔石の発見の方が重要そうだけれども……?


 その旨をみんなに伝えると、クレティが私の疑問にこう返した。


「人が生活を行うのに必要な物は魔石で運用できるってことは、『先天魔力理論』の有用性はモノ(・・)にはないってことですね。

 ……分かりやすいところから考えましょうか。今まで魔力を持っていなかったと思われる人達まで魔力を微弱でも持っていることが分かりました。それならば……そうですわね。人材としての価値が上がったってことになりますかね」


「人材の価値が上がったのであれば、それに見合うだけの給与も上げる必要があるんじゃない?」


「……ううん、ルシア、さん。価値が上がったのは、1人ではなく……全員。絶対的な価値が上がっても、周りと比較したら相対的には、変わらない……はず」


「そうですね。ソーディスさんの言う通り全体の人材レベルの水準が上がってしまうと、むしろ『魔力を持っている』と言う事実は陳腐化してしまいますわ。それなら別に雇う側の立場になれば別に給与を上げる必要性はないことになりますね」


 これはオーディリア先輩の考えが正しいのだろう。

 皆等しく魔力を持っているのであれば、『魔力を持っている』ことで特別にお金が支払われることはなくなる……のかもしれない。特に、このケースだと魔力を持っていることが分かっただけで、別に努力して会得した、とかそういうわけではないし。


 ……ん? 何か引っかかるな。


「今まで魔力を持っていなかった人が、実は魔力を持っていた。

 だから、人材の価値は上がった。

 でも、みんな一緒に価値が上がったから、周囲と比べたら相対的には人材の価値は変わっていない。

 価値は上がったはずなのに、上がってない……?」


「……確かに何かおかしいですわね。何か見落としがあるかもしれませんね。考え直してみましょう」


 オーディリア先輩の言葉に従い、もう1度考え直す。


 ……『周り』と比較して、『周囲と比べたら』、価値が上がっていない。

 何故だ。みんな一緒に魔力を持っていることが分かったからだ。

 みんな一緒に価値が上がったから、実質的には変わっていないのと一緒? ここだ、ここがおかしい。



「……『陳腐化』」


 これだ。先輩が言っていた言葉が全てを表している。


「つまり、魔法が使えることそのものの価値が陳腐化したんだ。

 それはすなわち魔法使い、あるいは錬金術師の価値の低下」


 一般人の価値が上がったことは確かだし、『一般人の間』での価値は変わらないように見えるのも事実だ。

 だが、元々魔力を持っていたり魔法を扱っていたりした層との距離が縮まったのだ。

 ――それは、魔法使いの価値の低下に他ならない。


 そういえば前にお父さんと面談したときに、魔法使いは広く人材を集める(・・・・・・・・)ために魔法学校を作り、その卒業生に魔法爵位を与えるというシステムになっている、という話をした。

 これは逆なのだ。


「魔力至上主義で謳われた旧来の『魔法使い』は変わらざるを得なかった。魔力の多寡で地位や権力を決めるというシステムそのものは既に、200年前の魔力の低下発覚以後無理が生じていた。

 そこに来てこの『先天魔力理論』の証明は、魔法使いを『選ばれた特別な職業』から『誰にでも努力すれば自分にもなれるかもしれない職業』としての価値の低下が起こった。故に魔法使いと錬金術師は学校が作られ広く人材を求めざるを得ない状況に追い込まれたのだ」


 まあ、その結果私もこうして魔法使いになることができているのだがな、と父は付け加える。そうだった。お父さんはその魔法学校・・・・の一期卒業生組だった。この変化の渦中に居たんだ。90年前に先進国で起きたことが、時間を経てこの国、森の民でも起こったというわけか。


「それだけではないですね。魔法使いは先進国においては、国防力の提供と魔法使いの保護・育成という双務的契約関係で結ばれた封建主義システムに依拠した存在でした。ある種の特権階級であった魔法使いの地位低下は、封建社会そのものへの……」


 オーディリア先輩は自らの発言を途中で濁したが、つまりは一般庶民が『自分も特権身分であった魔法使いになれるかもしれない!』と思ってしまった以上、そこから先に流れ着くものは1つしか考えられない……封建社会システムそのものへの挑戦。つまりは市民革命だ。



 その革命の息吹を前にした私に、お父さんがこう紡いだ。


「……とはいえ時の権力者は、『魔法使いの特権階級の破壊』か『市民との全面対決』を選択せざるを得ない状況で、全ての先進国が前者を選んだ。

 それは市民に屈したわけでも、特権階級を投げ捨てたことのどちらも意味をしない。また王や貴族が市民の思想に共鳴したなどという戯けたことでもない。

 権力者が市民を選んだ理由、それは……」


 お父さんの発言を遮る形で、ソーディスさんがぽつりとこう言った。


「『魔力を持つ人』……それって魔石と同じ……?」


 このソーディスさんの発言に場は沈黙に一瞬包まれるが、お父さんはそれを肯定した。


「王や貴族は、『魔力資源』という観点で市民を排除することができなかった。それはそうだ。彼ら市民1人1人は人であると同時に資源なのだから。

 これ以後、単なる労働力としての価値以上の『資源』としての価値を有したヒトという『人的資源・・・・』は今後あらゆる国家が国外に流出しないように、それでいて必要以上に束縛し人心が離れないようにと尽力していく」



 労働力と『魔力資源』としての人間。『先天魔力理論』の結果、市民を排斥することは資源を捨てることと同義となったことで権力者は民衆との協調路線を取らざるを得なくなった。

 魔石は拾ってこなければいけないが、『人的資源』はその国家の中に既に存在する。より多くの『魔力資源』を自国に囲い込み、彼らにとって住みやすい国作りを行うことが国力の増強に直結するようになったのだ。


 外国への渡航を禁ずるのではなく、ナショナリズムを高揚させ国民国家とすることで連帯感とアイデンティティを生み出すことで、住みやすい国家にした。

 庶民の持つ魔力を限界まで絞り取るように働かせるのではなく、各国が競って社会福祉制度を導入し、平等や参政の権利などを彼らに与えることで、国民のための国家を作り上げた。

 そうして得られた『魔力資源』リソースを、魔石装置などの形で国民に還元することで、庶民の生活水準を引き上げ魔法を身近に触れられる社会にした。……彼らの生活を守るのは『魔法銃』や『魔石銃』だから。



 ――過程は少々違うがそれはもう、すなわち近代国家の誕生である。


 この世界には魔法や錬金術といったファンタジーめいたものがあるのにも関わらず中世ではないのは、中世であり続けることを許されなかったからなのであった。

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