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魔法と錬金術の基礎部分である魔錬学、そして社会科の2つの学問の『勉強会』を開くための説明会と称して、1年次に私のパートナーであったオーディリア先輩、実家の事業のことで相談を受け製紙事業についての計画を一緒に立てて共倒れしたルシア、同じく製紙事業騒動のときからの付き合いで抜け目のないクレティ、首席入学者かつ3年間1度もテストで取りこぼしをしていない学園図書館入り浸りのソーディスさん、そして私の5人が一堂に会している。
もちろんこの5人全員とそれぞれ関わりが深くあるのは私だけだ。例えばオーディリア先輩とクレティとかは私を介しての繋がりしかないし、ソーディスさんとルシアやクレティ辺りは同じクラスメイトではあるけれども多分会話すらしたかも怪しいところだ。
これは別に彼女たちが不仲というわけでもなく、それだけ派閥意識が強いことを示している。私達の方から望む望まないに関わらず、あまりにも性質が違い派閥でもなんでもない人がいきなり話しかけるのは、周囲に間違いなく勘繰られるのだ。
……そういった意味でも、入学した段階でルシアに話しかけられた私はある意味では運が良かったとも言える。まあ今になって考えればオーディリア先輩のパートナーというカードを切れば別にその場合でも孤立はしなかっただろうとは思うが。
ともかく他の4人に話を通しても問題ないのは私だけだが、この5人を集めようと言いだしたのは実は私ではない。
4人の視線が集まる中、私はこう切り出す。
「えっと、まあ私から話すことはあんまり多くないんだよね。魔錬学と社会科に関する『勉強会』をこの5人でやりましょうってことなんだけど、うん。ルシアとクレティには一度断られているもんね。それでその辺りの説明も踏まえてなんだけど……。
――ソーディスさん、お願い出来るかな?」
「うん……任せて。頑張るぞ」
*
実は『勉強会』構想をルシアとクレティに相談した後に、ソーディスさんにも渡りをつけていた。
彼女であれば魔錬学も社会科も興味を持ちそう、というか何でも興味は持ちそうということと、学校で学べる水準以上のことと言えばソーディスさんにぴったりだと思ったのが理由。
そんなことでソーディスさんに相談したら二つ返事でいいよ、とのこと。あっさりだ……。
色々と説得が必要かと覚悟していて拍子抜けしたので、そのついでということもあり誰を誘えばいいかと聞いたところ、ソーディスさんは私とオーディリア先輩を直に指名。
あれ? オーディリア先輩と面識あったっけ、と思いそのことも尋ねてみたら、
「話したことはないけど……、ヴェレナさんなら呼べるでしょう……?」
まあ確かに、入学式の際にオーディリア先輩が話した彼女を私の父に引き合わせることについてはまだ何も進展がなかった。そのカードをここで使うのであれば多分『勉強会』にも参加してくれるだろう。
それと、ルシアとクレティもここに入れたいのだけれども、彼女らはどうか、とソーディスさんに聞いてみる。
「『勉強会』に2人を招くことなら、大丈夫。……私に、いい考えがある……から」
ソーディスさんの話し方から考えると大分に強い言葉を頂けたので、一回彼女に任せてみようと思う。ただし、最後の詰めの部分は私がやらないと意味がないと言われた。だから、2人を説得する材料を私も考えるということで、とりあえず昼休みに再度全員を集めてしまおうということになったのだ。
そしてソーディスさんからいくつか質問を受けた後に、昼休みに会うことを伝えて一旦別れ、初等科校舎3階にあるオーディリア先輩のいる4年1組の教室へ向かうのであった。
*
そして、ソーディスさんからのルシアとクレティの説得工作がはじまる。
ちなみにオーディリア先輩に関しては早々に先ほどの私の父のカードを切って交渉したので、このソーディスさんのやり取りの成り行き次第で参加すると言質は頂いてある。
なので一応『勉強会』賛成派というか計画推進派たる私とソーディスさん、消極派のルシアとクレティ、そして中立というか傍観という立場にオーディリア先輩という形になった。まあ多数決で何かを決めたりするわけではないので数の上での拮抗は意味無いのだが。
「最初に……確認、です。『勉強会』は、魔錬学と社会科……この2つの科目について、授業で学べる以上のことを、知識として知るのが目的。それで、……間違いない、ですか?」
ソーディスさんから解説がはじまったことに事前情報のないルシアとクレティは「ワーガヴァントさんが説明を……」と驚きながらも、2人とも頷く。その辺りは私から『勉強会』のことを伝えた際ことで2人も既知の情報なので、参加するかをともかくとすれば異論や疑問の余地はないだろう。
「それで……ヴェレナさんに聞いた……けど、この学園の大学科には魔錬学部が、あります。……でも魔錬学の先生なら、ヴェレナさんのお父さんが居るし、他の学校には現役の魔法使いが……居ない、です。
だから、魔法使いの最新の情報……は、他で学べないことが……聞け、ます。これが、『勉強会』のメリット」
私の父がこの国唯一の現役魔法使いの一般大学教員であることは、ここの5人のメンバーは既に知っていることであった。なので、ルシアからある種予期された質問が飛んできた。
「ワーガヴァントさん。2つ質問があるわ。1つは私達が最先端の魔法を学ぶ意味はあるのかしら? 確かに学ぶことは大切だと思うけれども段階や順序というものがあると私は考えているわ。『勉強会』に参加するかどうかは別としても、魔錬学の学び始めの小学生がわざわざ、最先端の大学教授に教えてもらう必要は無いんじゃない?
そして今の質問にも少し関連するけどもう1個、これはヴェレナに対してね。ヴェレナ自身が自分のお父様に教えを乞うのであれば、わざわざ『勉強会』という体裁を取らなくても個人的に1対1で教えてもらった方が効率が良いんじゃない? 家族なんだし」
ソーディスさんも予測していたのか、私に先んじてこう答えた。
「1つ目の質問の答えは、私が言うね……。私やヴェレナさんは魔法を学ぶつもり、だけど……お二方には、そのつもりは……あまりない、です。
魔法使いの最新の情報……、別に魔法の使い方だけじゃない、と思う。数万人規模の組織……どう動かすのか。魔法と……経済の結びつき。何より、魔法使いって一体何なのか……よく、知らない。
でも、ヴェレナさんのお父さんは知ってる。しかも今なお所属してて、良し悪しも……分かるはず。それは本当にクレティ、さん……ルシア、さんの2人にとって必要のない知識……ですか?」
ソーディスさんのことをそれなりに知っているつもりの私でも驚かざるを得ない程の言葉が紡がれた。目先の魔錬学のみを学ぶのではなく、魔法使いという国家組織の制度体系と魔法の社会的価値、そして魔法使い内部からの組織システム評価、それを『勉強会』という名目にかこつけて学びとることのできる機会だ、と彼女の言ったことはそういうことだ。
――それは、確かに一般の魔錬学の先生では絶対知らない。お父さんでないと知らない。しかも仮に他の魔法使いにコネクションがあったとしても普通教えてくれない。お父さんの魔錬学の大学教授という肩書きがあるからこそ、初めて構想が立てられる計画だ。
ソーディスさんが平然と放った言葉にはそれまで傍観者として事の推移を眺めていたオーディリア先輩をも驚きの表情に変える程の大きなものであった。
そんな明らかに変わった空気感の中で、そういえば私に対しても質問があったことを思い出し、場違いであることは理解しつつも口を開く。
「あっ、一応私からもルシアの質問に答えておく。私がお父さんと1対1で学んだ方が効率が良いのではって話だけど、お父さんは基本研究室に居るからあまり時間が取れないのよね。だから私個人としても『勉強会』という形でお父さんに依頼すれば、異学校交流も兼ねた共同学習という体裁で仕事時間中に課外学習の一環として魔法について教えて貰えるというメリットがあるわ」
「ワーガヴァントさんの後だと、ヴェレナの答えが普通に見えてしまうわね」
うるさいわ、ルシア!
とはいえ、そうした体裁の整え方については皆納得のいくものがあったのか、私が『勉強会』を立ち上げようとしている背景が分かり、理解を得られたように感じた。
そこに私からはもう少し付け加えをする。
「こうした課外学習まで視野に入れた場合に私が主導権を握れない、既存の学園のサークルや部活は不安のが多い。後は自分の家族に会わせるわけだから参加させるメンバーも私自身が信頼できる人間だけに限りたいって本音もあるし。
その点も踏まえるとこのメンバーでの『勉強会』が今の私にとってはベストかな、って判断した」
そこまで話したところで、今までずっと傍観者であったオーディリア先輩が口を開いた。
「なるほど。確かにヴェレナさんにとってこの『勉強会』は意義のあるものだということは分かりましたわ。そして魔錬学、と言いますか、ヴェレナさんのお父様から魔法使いに関して学ぶことの大切さも。
ですがルシア・ラグニフラスさん、クレティ・ロイトハルトさんのご両名が『勉強会』としてこれを学ぶことは、これから割かれるであろう時間を対価とした場合に本当にそれに見合うものなのでしょうか?
……いえ、別に魔法使いの知識が尊くないというわけではありませんし、この機会を逃せば魔法使いの内情を知ることはほとんど無い、というのは事実であり希少な価値のあるものとなるのは間違いないでしょう。ですが実家に家業のあるお二人の場合、現段階でも家の都合などで将来像はある程度決まっているやも知れない現状で、全く未知の新しい貴重な知識・経験であってもそれを学ぶために将来必要となる知識、あるいは今からでもできることと引き換えにしてまで、『勉強会』に参加する意味のあるものなのでしょうか」
――これは、オーディリア先輩による私とソーディスさんに対しての挑戦状であり、同時に私達のことを今までよりも上方に評価を修正したことの証左であろう。質問の質が明らかに違う。
まだ見ぬ知識、新しい経験、そのような謳い文句は確かに魅力的だ。そして若いうちに様々な経験をさせることは決して間違っていない。……しかしそれは一般的な話だ。
ルシアのように既にある程度父のやっている仕事を引き継ごうと意志のある者や、クレティのように古くから代々続く家業を持つ家の生まれだったりした場合、その自身の将来の設計については、小学生においてもある程度定まっている可能性というのは確かにあり得る。
そうした場合、本当に様々な分野に触れることが一概に正しいことと言えるのであろうか。既に将来に向けてやるべきことが見えている人に対して、その未来に関係のない知識を与えることは正しいことなのだろうか。
魔法使いに関する知識が彼女達2人にとって今を逃せばもう二度と手に入らないかもしれない貴重な知識であることは事実。ただし貴重で希少であることと、その人にとって必要で価値のあるものなのかは別問題なのだ。
そうした彼女らの将来に対する準備の時間……それを踏まえたときに、この『勉強会』が真に価値のあるものだと断言することは容易ではない。少なくとも、私はそう結論付け、オーディリア先輩の質問に咄嗟に答えることができなかったのである。
しかし――
「意味はあり、ます。……簡単なこと。
2人は『オーディリア先輩』と繋がりができる……それこそが価値の1つ」
端的に答えられたソーディスさんの言葉は、人脈形成の視点であった。
指摘されて思い出したが、ルシア、クレティは直接オーディリア先輩との繋がりはなかった。あくまでも私を経由した間接的な人間関係である。
それはオーディリア先輩が私の学年においての人脈の窓口として私を指定してきたことに起因している。
そうした場合『勉強会』に参加することは、2人にとってオーディリア先輩と直接的な繋がりができる貴重な機会だ。人脈形成のことを考慮に入れた場合、オーディリア先輩と関わりができることの意義は大きい。何せ初等科全生徒の中でこの学園の制度を最も上手く活用しているのが彼女なのだから。
というかそもそも、このことを言っていたのは確かルシアだったな。
そんな商人的な思考もできるんだなー、と感心しているとクレティが口を開く。
「ワーガヴァントさん……、あなたは一体……」
「もう1つの価値がある。……それは、『私』との繋がり。……そう、でしょう?」
――今この場は完全にソーディスさんによって支配されていることに、私はようやく思い至ったのであった。
*
ルシアやクレティから見たときのソーディスさんの今までの評価は、桁違いに勉強ができる人という印象のようであった。ただし学校の勉強ができることだけを彼女らが評価していたわけではなく、私からの伝聞で聞いた官報が読めること、すなわち高等教育を受けたレベルの読解能力、そして国際政治に興味を抱くほどの知的水準の高さ、そうしたものを評価していた。
という前提の下でソーディスさん自身が今この場で商人的な思考プロセスでもって2人を説得しオーディリア先輩の質問すら返した事実は、彼女を単なる知識の怪物の範疇に収まらない相手だと強く認識させる出来事であったはずだ。
そして、彼女はそうした能力を開示することで与える影響を正しく理解していた。だからこそ、大胆不敵とも言える『自分と繋がれることが価値』のようなことが断言できたのだ。
単純な知識量では同世代の人間が遥か届かない高みにあるだけでも価値があるはずなのに、そこに加えて交渉能力すらあると知れば、最早ソーディスさんは早急に自陣営に引き込みたい人材であることは間違いない。それすらも彼女は見通した上で発言をしたのだ。
「……それは、私やルシアさんの下……いえ、ロイトハルト家やリベオール総合商会に対して将来的にご助力頂ける、という解釈でよろしいのでしょうか」
ある意味交渉の場、であるのにも関わらずクレティは畏怖とも緊張ともつかない強張った表情で、震えをもった声でそう聞いてきた。
……クレティがこんなに目に見える形で動揺をしている姿なんてはじめて見た。
ここまで狼狽していなければ、もう少し言葉を濁してソーディスさんの意志について問うこともできただろう。それは私から見ても分かるほどの明らかな失態をクレティが見せるほど、ソーディスさんの価値はクレティの想定よりも遙かに大きかったことを示していた。
「この学園で私のことを一番知っているのは、ヴェレナさん……だよ?」
それはクレティの勧誘の拒絶であり、同時に言外の脅迫でもあった。
「私の力を将来的に借りるつもりがあるのであれば、今ヴェレナさんの企画する『勉強会』に参加してほしい」という……。
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……何かもう、なにも言わなくても、『勉強会』に全員参加してくれそうな流れではあったけれども、ソーディスさんに促される形で私の方からダメ押しもしておく。
「実は、この『勉強会』と着想を得るときに担任の先生に相談をしていたのだけれど、その際に女子には魔錬学・社会科を教えるのに、男子には被服・家政の授業を置いていないのは何故? と聞いてみたのだよね。
その返答は『機密事項』の一言。加えてそれで察しろって雰囲気だった。だからこそ、この学園が敢えて必修でもない魔錬学・社会科を女子児童に教えているのって何か裏があると思う。それも学園側に利益が出るような……とかそういうやつ。
もっともそれがどういったものかは分からない。授業カリキュラムを設置するだけで学園側に何らかの利益や補助金が出るのか、もしくは私達女子児童が今からこの2科目を学ぶことが将来的に学園の利益と結び付くのか。
でもどちらの場合であっても、2科目について知識を深めることは私達にとってもメリットのが大きいと思う。水面下での動きを知るためにもね」
私がそう言い切った途端にルシアとクレティが声を揃えてこう放った。
「「それを早く言いなさい、ヴェレナ!」」
どうやら、一番最初に今言ったことを伝えていれば、最初に『勉強会』に誘った時に快諾していた……とのことであった。




