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3-6


 マリネ漬けのロースト牛の蒸し煮込み。

 これが私の今日のお昼ごはんのメイン。付け合わせにキャベツとニンジンのグラッセ、そしてジャガイモでできたパンケーキ。


 ちょっとボリュームがあるかな、という感じはするけれども、ここはアプランツァイト学園初等科食堂。

 注文する際に初等科児童であればクラスと名前を聞かれるので、学年や性別ごとに量が調節されて供されるという至れり尽くせり仕様なのだ。


 まあ、その分割高なのですが。後日家に直接学食利用費が請求されるシステムなので名前が聞かれるだけで、多分量の調節はサービスみたいなものなのだろうね。


 そんなことを考えながら、しっかりと蒸し煮されたことで柔らかくなったお肉をナイフで切り分けて、一口。


 やっぱり牛肉はお肉を食べているな、って感じがする。月並みだけどね。

 ただし、ここの料理はそんなありふれた感想だけでは終わらせない緻密な工夫が隠れている。


 お肉を漬けるマリネ液はワインに様々な香辛料が入れられているのは勿論、タマネギやセロリのような野菜とも一緒に漬けているらしい。

 そしてそんな手間が加えられた漬け肉を何時間も蒸し煮する。そうすることで、お肉本来の旨味を損なわせないまま、それでいて重厚な味わいへと昇華させている。


 そんな牛肉の上にかけられるソースもまた一級品だ。肉汁が染み出した煮汁を濾してとろみをつけた上でサワークリームを混ぜて煮込むことで酸味とコクをつけ煮汁を濃縮させている。


 そんなソースの酸味はお肉本来の旨味に清涼感を与えるような口当たりの変化を与え、食べる人の口を万が一にも飽きさせない。


 そしてそんな旨味の詰まった牛肉と酸味の効いたソースとまた合うのが付け合わせであるジャガイモのパンケーキだ。ジャガイモとタマネギ、そして卵に小麦粉でつくられるこのシンプルな付け合わせ、これがまた良いのだ。



「……ねえ、ルシアさん」


「……分かっているわよ、クレティ。ヴェレナが腹立たしいくらい美味しそうにご飯食べるのはいつものことでしょ」


 初等科食堂のとある昼下がりの光景。いつものルシア、クレティといつもの5人掛けテーブルでお昼ご飯を食べている最中なのだが――今日は、いつもと少しだけ違う。


「私……あんまり、ここの食堂でご飯、食べないけど……ヴェレナ、さんが、おいしそうに、食べるのは……分かる、よ?」


「いや、そういうことでないのですよ。こうして私達5人(・・)が集まる原因を作ったのはヴェレナさんですのに、先輩でパートナーだった私すらも無視して料理に舌鼓を打っているのは、最早現実逃避と同義ですわ」


 5人掛けテーブルを5人で囲む。

 ソーディスさんとオーディリア先輩がこの場に居て、まあつまりは私と深く関わりのある初等科児童が揃い踏みというわけだ。


「まあ、私達3年1組の首席たるワーガヴァントさんと4年1組首席で児童会役員部でもあるお忙しいオーディリア・クレメンティー先輩も居るのですから、手早く進めてくださいな、どうせ全員ヴェレナさんの関係者である程度話は伺っているのでしょう」


 そんなクレティの言葉に一同頷く。



 ――そう、3年1組。


 入学してから季節は2度巡りこのアプランツァイト学園で過ごす春も3年目。折り返しの年となった。


 クラス替えは成績によって決まるが、当然この学校の成績は学業だけではない。抜群の成績を取り続け首席を死守し続けているソーディスさんは勿論のこと、私達の学年で最も影響力のある2人と、その2人と友達な私が2組に降格することはなどあるはずはないのであった。オーディリア先輩は言わずもがな。


 またパートナー制度は2年生に進級する際に解消されてはいるものの、その後もオーディリア先輩との付き合いは変わらず続いている。


 そして3度目ということもあり慣れてきた学園生活だけれども、この3年生から新しいことが起こった。それが今回5人集まったことに繋がる。それは何か?


 新教科の追加である。1,2年生のときには言語・宗教・芸術・算術の4教科だけであったが、ここに更に被服・家政・社会科・魔錬学の4教科が追加され8科目体制となる。


 被服は今までも言われていた布から服をつくる実技も含む分野だ。裁断と縫合のような裁縫だけではなく採寸から型紙作りなども含めた縫製作業全般をこの学問で学ぶ。

 家政は主に衣食住の食と住環境についてだ。料理や栄養学の基礎、あるいは家事や簡単な修繕作業などを学ぶ。

 被服と家政を合わせるとおそらく前世の「家庭科」に近い内容にはなるとは思うが、この世界では義務教育は小学校のみなので、内実は大分実践的だ。


 そして社会科。地域や国のこと、そして瘴気の森と未知の森といった世界全体のことまでざっと触れる。


 最後に魔錬学。私のお父さんが大学で教えていたのもこの魔錬学だが、この学問は魔法と錬金術それらの知識的な共通部分をまとめた分野だ。

 そもそもこの世界の魔法と錬金術には実は共通部分も多い。極端な話をすれば魔法使いも錬金術のような調合作業を行うこともあるし、錬金術も魔法を運用する。また大型の機械の設計などを行う学問などは魔法側では魔法工学、錬金術側では応用錬金術と称されるなど、似たような分野でも異なる名称で呼んでいるだけ、なんてケースすらある。


 それでは、魔法使いも錬金術師も一緒ではないのかと思うが、大きな違いはある。

 それは便宜上の役職の区分として、瘴気の森対策は魔法使い、未知の森対策は錬金術師が中心となって担う、という部分だ。まあこの話は、私のお父さん関係の話で度々出てきたね。


 そんな魔法と錬金術の共通部分、それを小学校から学ぶことができる。勿論専門的なことは魔法系学院や錬金術系の学校へ行かないと学べないが。そのどちらも現状では男性しか通えないけどね。


 そう――この男性しか魔法・錬金術の専門に進めないという点が今回の肝となる。



「……え? 女子の社会科と魔錬学の授業数は男子の半分なの?」


「ああ、男子に被服と家政の授業は無く、新科目は社会科と魔錬学だけだからな。男女で授業時間割が異なるのは当然だろう」


 3年生の始業式で授業時間割が配布されたときに気が付いて思わず口から漏れてしまった言葉を担任の先生に拾われた。これが事の始まりであった。


 担任の先生も私の父、アデルバート・フリサスフィスが魔法使いであることは当然把握しているので「まあフリサスフィスには酷な話かもしれないがそういう決まりなのでな」と苦笑いされながら念を押されてしまい、納得はしていないけれども先生に対して抗議するのも筋違いと感じたため、その場は何事もなく終わった。


 けれど私の中の不満は燻りつづけたため、ルシアとクレティに対して愚痴としてこのことに対する文句をぶつけた。


「男子と女子で魔錬学や社会科の勉強時間が倍も違うってどういうことなのよ……。不公平じゃないか……」


「あら? ヴェレナさん。私達女性の身では魔法使いや錬金術師になれないことはあなたが一番ご存知なのでは。それであればより実践的な被服や家政に割かれるのは当然のことではないのでしょうか?」


「クレティ。私はそもそも、その魔法使いに女性はなれないってところから不満なんだけど」


「まあまあ……ヴェレナ、落ち着きなさい。そもそも女子は魔錬学や社会科は必須科目では無いんだから、こうして学園側の配慮で授業だけでも置かれていることに感謝した方がいいわよ」


 え?


 ルシアの言葉には捨て置けないものがあった。

 私は男子の方が女子よりも魔錬学を学ぶ時間が2倍取られていたことに学園への不満を募らせていた。……けれど、


「普通の学校では制度的にそもそも女子に魔錬学や社会科を教える必要は無いのよ。この学園独自のカリキュラムとして女子に対しても幅広い知識を身に着けてもらうためにわざわざ義務でもないのに設置されているのよ」



 そもそも女子の魔錬学は義務教育ですらないのか……。

 男子の半分の授業数。これでもこの学園は女性への配慮がなされた結果なのであった。




 *


「……いや、でも納得いかない」


 そもそもの義務教育制度では3年次から男子:魔錬学・社会科新設、女子:被服・家政新設というのが正しいようであった。


 これだと1つ、ウチの学園の疑問が残る。女子児童への配慮、……まあそれは分からなくはない。

 でも男子児童への配慮は? 男子でも被服や家政を学びたい人は居るのではないのか? なのに男子には被服・家政の授業は置かれていない。

 ……ぶっちゃけこの制度では男子のがよっぽど不公平感を感じるのでは。


 と、なると。それでも女子にだけ敢えて魔錬学・社会科を設置した理由があるはずだ。女子児童への配慮などという建前で隠す必要のある理由が。

 そこを明らかにすれば、もしかすれば魔錬学を学ぶ機会を増やすこともできるかもしれない。


 というわけでまず、担任の先生に聞いてみることにした。初等科校舎1階にある職員室へ赴いた。


「フリサスフィスか。授業のカリキュラムは既に決定しているものだから、それを変えるのは不可能だぞ」


 初手から私の目論みを封じられてしまう。やっぱりバレバレだったかと苦笑いしつつ私はこう聞いた。


「まあ、そのこともあったのですが1つ疑問に思いまして……。何故、この学園では女子児童には魔錬学や社会科を教えているのですか?」


 これは言わば確認のための置き質問だ。先生から案の定「女子児童への配慮のため、お前のようなやつも居るからな」と返ってくる。一言多いわ。


「……では、何故男子児童に対しては配慮なさらないのですか? 男子でも被服や家政を学びたい子は居るかもしれませんが」


 先生が「成程、その切り口で来たか……」と独り言を呟いたのが聞こえた。その後少し考えてからこう答えられた。


「機密事項につきその疑問については答えることができない」


 ……機密事項?


「言っておくが、はぐらかしている訳ではないぞ。……本当に教員としての機密に抵触しているのだその疑問は」


 先生は殊更真面目な顔をしてそう答えたので、これ以上は情報を引き出せそうにないこと、そして先生も私に対して割と本気で応対している感がみえたので、ここで引き下がることとした。……もしかして機密に関わるから深入りするなら注意しろ、という忠告込みなのか、これ。


 そして、そのまま職員室から立ち去ろうとしたが、先生がもう一言付け加えた。


「……まあ、私から言うことでもないが。あくまで魔錬学に関することを授業として学ぶ時間は増やすことができない、というだけだぞ。過去には『勉強会』――まあ勉強に関する部活動みたいなものだな――それを作っていた児童も居たそうだ」


 思わぬ助言に、私は先生に感謝の言葉を告げて去る。




 *


 勉強会という解決手法を見出したことで、まずルシアとクレティに参加の意志があるか聞いてみる。


「ねえ……? ヴェレナ1つ聞いていいかしら」


 ルシアが疑問があったようで、続きを促す。


「勉強会、確かに着想は面白いと思うわ。……でも良く考えてヴェレナ。この学園……アプランツァイト学園の大学部には魔錬学部があるのよ。きっと魔法なり、そういう類のものを研究する専門的なサークルなり部活なりは既にこの学園にあるはずだわ。馬術部なんてものもあったくらいだし。

 質問は2つ。あなたは私達と組むよりもそうしたサークルに参加した方が遥かに効率が良いはず。ヴェレナにとって勉強会という選択肢は本当に最善の選択とは思えないけれども、それでも『勉強会』という手段に固執する理由は何?

 そしてもう1つ。私達はそこまで魔錬学を学ぶことに意義を見出していないわ。それでも私達があなたの企みに参加する必要は?」


 2年前――あの製紙事業のときに私の発案に言いなりとなっていたルシアの姿はそこにはなかった。

 クレティも異論は無かったようでルシアの発言に頷く。


 私も事ここに至り勢いと成り行きだけで2人を誘おうとしていたことに気が付き、もう少し計画を練ってみてから改めて必要があれば2人に再度声をかける旨を伝えた。2人はその私の姿にため息交じりで了承の意を返す。



 私は『勉強会』構想を練り直し――初等科食堂にて5人会いまみえることとなったのであった。

 そして冒頭の……『勉強会』開催の是非の私からの説明会兼お昼ご飯の会へと至るのである。

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