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 昨日は怒涛の一日だった。もっとも、ほぼ寝てばかりの一日であったが感覚としてみれば非常に濃かった。


 正直、今でもまだ受け入れられたとは言い難い。たった一日なのだ。そう簡単には割り切れない。そのことに関しては、今はまだあんまり考えない方がいいかもしれないね。まだ現実感は全くないと言っていい。


 そう、今はとりあえず生きていくしかない以上、この世界について、何よりこの身体の持ち主たるヴェレナの周囲についてほぼ何も知らないことが問題だ。だって、『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム内では聖女の国だったのに、ここは森の民とよばれる人々の住む場所だ。

 国が違うからどこまでゲーム知識が頼りになるかは分からない。

 それならいっそのこと記憶喪失でも演じた方が楽かもしれないが。


 ただ、情報が無さすぎる。記憶の無い人間がこの国でどう扱われるか、あるいは逆に私が、ヴェレナでない意識がこの身体に宿っている状態を見抜かれた場合もどうなるか分からない。この世界には魔法があるのだ。下手に私の世界の価値観や技術水準で考えると痛い目を見るかもしれない。

 いや痛い目どころでは済まない場合もあるかも、こわい。


 ともかく、極力目立たない、違和感を持たれないようにしないと。多少の非常識はまだ小さい子供だからということで許されるかもしれないが、昨日いきなり来たのだ。分からないことを少しずつ不自然なく埋めていくしかあるまい。



 というわけであまり非日常に触れずに進めていきたいのだが、早速問題が起きた。



「ではディエダ、ヴェレナ。今日は病院へ行くぞ」


「はい、あなた。昨日の夕方にあの子が全身を打ったのがどうしても気になって……」


 あ、そうそう父が呼びかけていたので分かったがお母さんの名前はディエダと言うらしい。私が寝ている間に『魔力通信端末』で父に連絡していたようだ。


 通信端末と言うとスマートフォンのような携帯電話を想起するがそのような小型の装置ではなく、家庭用冷蔵庫くらいのサイズの『魔石装置』だ。魔石は魔力を貯めておける鉱物なのだけど、家にあるのは立方体のブロック塊だった。電池みたいな役割なのかな。


 それはそれとして、問題というのは病院へ行くことになってしまった。確かに椅子から転倒したときは痛みも感じていたけれども、流石に一日経って後遺症のようなものはない、と思う。

 だから病院に行く意味なんて無いのでは、とは思ってはいるが、この世界での判断基準が分からないため、特に反対はしていない。


 『魔力通信端末』で私の転落事故? を知った父は、母の心配を考慮して病院へ行くために、わざわざ昨日は『公用車』で帰ってきたらしい。この車も魔石で動くみたい。

 中は見ていないので『魔力通信端末』に使われていた魔石と同じもので動くかどうかは分からないが。


 父がそこまでしたとなれば、今更病院行くのは私は行きたくないです、などと言い出せる雰囲気ではない。この世界の病院が気にならないと言えば嘘になるし。

 ついでにお母さんが、体温調節できるようにと白黒の縞模様のレギンス付きネイビースカートに白のレース袖のナイロン生地の半袖シャツに薄手のブラウンのパーカーを選んできてくれた。完全に外出コーデじゃないか。



……どうでもいいけどナイロンあるのねこの世界。





 父の『公用車』で1時間半ほど()()()()郊外にある『クレインエーベネ魔法病院』へ到着した。

 いや本当に揺れたんだこれ。車やタイヤの性能ではなく道路が無舗装なのはとんでもないことになるね。昨日は雨降ってないはずなのに水たまりの窪みとかあるし。

 道路はかなり空いていた。その代わりに路面列車が中央に走っているのと、バスが目立った。

 まあ、バス以外の車が全然走っていないわけで。


 ただ空いているとはいえ、速度を出して走るにはいささか道路の路面状況が悪い。1時間半かかった割にはそこまで遠くに出た感はないかな。



 ドアを開け、たんっと飛び地面に着地する。袖のレースをひらり揺らしながら、車の中で固まっていた身体をほぐすためにぐっと腕を伸ばすと、気の抜けた声ともつかない音が口から漏れてしまう。あっ、お母さん一部始終見てたな、笑ってやがる。


 日は登りきって暑さは感じるものの、まだ朝の心地よい風も感じないことはない。その風に乗って薬品系の香りがほんのりと鼻をかすめる。周りにはそんなに多くの人は居ない。

 意外と空いているな、しめしめこれなら早く終わりそうだと内心ニヤりとしつつ、父の後に続いていく。


 中に入ると一転、待合室には既に何人か居り早速期待を裏切られる。あんまり待ちたくないけど待つしかないか。

 見渡すと待合室にテレビが無い! これじゃあ時間潰せな……いやこの世界について情報収集ができないじゃないか。

 『魔石テレビ』なるものは存在しないのかもなあ、ちょっとこの世界のドラマ番組とか気になっていただけに残念。



 とりあえず、私が辺りを見回しているうちに父は受付へと進む。はぐれるのもどうかと思うので一緒についていく。父はカウンターに居る女性スタッフへと何か紙を提示した。


「魔法爵の優先診察証書をお持ちの方ですね。それでは診察室でお話を伺いますので係りの者に着いてきてください」


 そう受付の人が言い終わると同時に案内の者が私達の前に現れた。


 えっ、なにそれすごい病院版ファストパスじゃん。というか受付のお姉さん『魔法爵』って言ったよね!? あれ、この家やっぱり貴族なの?

 確かに『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』本編中ではこの国の王子と一時的とはいえ婚約してたし、ありえるか。


「魔法爵って貴族……?」


「……いや貴族ではない。魔法使いに皆与えられる爵位ではあるが。称号、というか呼び名ではあるがな」


 私の無意識的に出た呟きを父がすかさず拾ってきた。ほえー貴族ではないのか、でも職業は魔法使いと。

 ゲーム中での補足事項として魔法使いは『瘴気の森』、錬金術師は『未知の森』の対策を担う、という仕事上での振り分けがなされていた。そして『瘴気の森』というのはゲームタイトルにも入っている『魔王』が住む土地でもある。


 となると魔法使いは歴史上での武士階級みたいに貴族ではないけどその土地を治めてるような存在なのだろうか?

 いや冷静に考えて住宅地の中に家あったし、普通に考えたら庶民だろうなあ、これ。


 兵士、あるいは将軍のような立ち位置である可能性は考えられるが、土地を持った領主ではない身分上では一般庶民と考えてまず間違いないだろう。庶民でもお金持ちという可能性は充分にあるが。


 そう考えるとゲーム内の『悪役令嬢』としての私の身体の持ち主ことヴェレナさんは一般庶民から王子との婚約こぎつけたことになるが、とんでもねえ玉の輿してやがるぜこいつ、それで国政牛耳るんだから権力志向ヤバくないっすか。



 案内されて診察室の扉を開いてもらって中に入る。


「フリサスフィス魔法伯爵、お待たせしました。本日は当魔法病院にどのようなご用件でしょうか」


 お医者さんに、丁寧を超えて畏まった対応をされるとやっぱり貴族なのでは? と疑ってしまうね、庶民らしいけど。ただ、そういえばこの病院は『クレインエーベネ魔法病院』で、病院名にがっつり『魔法』と入っていた。だから魔法使いである父は優先的に診察される特別対応なのかもしれない。


 そして待望の苗字判明だ。もしかしたらゲーム上でも出てきたかもしれないが『悪役令嬢』の苗字とかいうフレーバー要素に限りなく近いものを1回プレイしただけで覚えられるわけがない。これで私のここでの名前は『ヴェレナ・フリサスフィス』ということが分かった。

 ヴェレナやフリサスフィスで呼ばれても即対応できるようにしておかないと。常に意識してないと正直反応できない。



「ああ公務ではないから楽にしてくれ、実は娘のことで少し。転落して身体を打ちつけたようだから万が一を考えてというわけだ。細かいことはその場に居合わせていた妻のが詳しいからそちらに聞いてくれ」


「ふむ、娘さんのことですか。当人以外の場合は魔法省の公務保険が利用できませんが、それはよろしいでしょうか」


「ああ、知っている。民間のものならば大丈夫であろう」


「えぇ勿論、それでは診断書と領収書の方も出しておきますね」


 些細な事務的な会話の中とはいっても、私にとっては貴重な情報なので一字一句聞き漏らさないようにこっそりと耳を傾ける。


 保険制度あるのかこの国。ただし私だと民間保険利用ということは皆保険制度ってわけではないみたいだ。ああ、だから受付で保険証の提示が求められないのか。各々保険に加入しているかしていないのかがバラバラなんだ。


 それと、魔法省。どういうものかは分からないが、これは国の機関なのかも、『公務』と名のつく保険業務やってるくらいだし。魔法使いってもしかして国家公務員になるのだろうか。やった、公務員の娘なら安泰だ。


 ってゆくゆくは『悪役令嬢』がトップになってこの国戦争に負けるわ。それじゃあ公務員とか将来的に失業の危機にあるじゃん、やべえ。ってかその『悪役令嬢』って今の私だから下手したら処刑されたりするじゃん、もっとやべえ。



「では、後のことは妻に任せても大丈夫か?」


「用件は承りましたので、奥方様らだけでも大丈夫ですよ。あぁそうだ、お支払いは奥方様へお願いしてもよろしいでしょうか」


「うむ、構わない。ではディエダ、ヴェレナのことを頼むぞ」


「はい分かりました、あなた。……教鞭をとるお仕事はやはり大変ですのね」


「そう言ってくれるなディエダ。一応上には言ってはあるが、今から車を回せば昼前の講義には間に合う」


 父は教師だったらしい。先生って忙しいイメージあったけど、家族の都合で遅刻していっていいのかね、『公用車』を完全に私用で使っちゃってるし。まあ家族なんで楽ができる私としては大歓迎だけどね、いえい。


 って! お父さん仕事行ったら、帰りは車ないじゃん! いくら元の世界並の速度出していないとはいえ、車で1時間半の道のり歩いて帰るのは無理だよ!


「それならば、うちの病院の『魔力通信機』で職場の方にお取次ぎしましょうか」


「いや、車で行った方が先に着くから先触れは不要だ。それよりもよろしく頼むぞ、ルーデザインド魔法子爵」



 このお医者さん、お父さんの知り合いだったのね。

 ってかお父さん行っちゃったよ、帰りどうするの。





 特に病気ってわけではなく異常を見つけるための検査だったため、健康診断みたいに色々なことをやらされた。

 待ち時間に関しては全く無かったが、何分やることが多かったのでそれなりに時間はかかった。


 測定器具は魔法なり錬金術なりが使われている代物らしいがよく分からなかったので、特に何も聞かなかった。いや、例えば現実でCTスキャンやら胸部X線撮影装置の中身の説明なんてされても分からないし、ああいうのはブラックボックスでいいんだ、前提知識が必要なものは無理だ無理。

 今は基礎知識、いや常識すら皆無なのだから、優先順位がちがう。魔法医学に本気で興味を持ったときにでも調べられることだしね。


 一方で血液検査のときに職員の人が一目見ただけで結果出るのはかなり驚いた。水魔法? 解析系の魔法? よく分からないが見ただけで判断するのだから魔法ってすごい。

 魔法と言えば魔力検査なるものも行った。魔力に関しては子供でも大人でも保有量は変わらないようで、生まれたときの値から変動することはほぼないらしい。全く魔力を持っていない人も、逆に突出して魔力量が高い人も非常に少なく、潜在的な魔力量は別に魔法使いになる際でも一部の技能職を除けば必要ないとのこと。――というかあまり魔力が多いと犯罪組織と関わりがないように、と幼少期から警察とかの国家権力にマークされるらしい。まあ凶器にもなるもんね魔法。


 私の魔力は別に平均並みだったし、以前のデータと特に変化もないようだった。

 先天的なもので後からは変化しない部分だけに、もし私の魂の影響で魔力量が変わってたらかなりヤバかったようだ。おお、危ない危ない。



 全ての検査が終わって出てきた結果は『異常なし』、子供なんだから椅子から落ちることくらいあるのに心配しすぎなのではないかと思っていたが、やっぱり両親の心配は杞憂であった。でも健康体と分かり私も安心。この身体が持病持ちとかではないことを知れたので結果的にはこれでよかったのかも。



 少し、気になることは、今までのことをまとめるとこの身体の持ち主のヴェレナがどのようにして『悪役令嬢』の座までたどりついたのか少し疑問なところだ。確かに父は魔法使いだが同時に教師をやっている庶民でしかなく、家系的に王族との接点ができるか微妙なのだ。

 だとすれば魔力がずば抜けているとか、そういった要素があると思ったが、別にそんなこともなく。もっとも魔法使いとしての力量と魔力量に相関がないみたいなのでなんとも言えない部分でもあるが。


 今の段階では、ちょっとこの子が、王家の人間を傀儡にして権力者として専横を振るう下地というのが全く見えないのだ。

 まあ、まだ小学校にも通っていない子供ではあるのだけれども。


 すると、もしかしたらこれから出会う人間にそうした転機を与える人物が居るのではないだろうか。

 というか単純に私が過激派と同調しない、魔法使いにならない、ただそれだけのことでもゲームシナリオとは異なる結末になるのではなかろうか。

 いや、他のヴェレナと似たような境遇の人が『悪役令嬢』と同じような立場に居座る可能性は充分に考えられる。


 ただ、それでも少なくともゲーム上では『悪役令嬢』としてのヴェレナがこの国の動向に影響を与えていたのは間違いないだろうから何らかの変化はあるはずだ、多分。

 とはいえゲーム中での描写は全くと言っていいほどないので確かめようはないけどね。


 であるのならば、私やその周囲の行動はより注意深く観察して、とにかくどう立ち回ればよいか、情報を常識を集めていかねばならない。



 私は、そう気を引き締めるとともに、肩の荷が重くなったような、漠然とした圧迫感のようなものを感じた……ような気がした。


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