3-5
えっ……2等車と3等車……?
列車にそんな区分があったのか。今まで聞いたことがなかった。
そんな様子を見かねたのか、ソーディスさんが私に教えてくれる。
「ええと、列車にはね、1等車から3等車まであって……。紫色の1等車は王族や貴族の方が乗るみたい。青の2等車はお金持ちの人が乗るやつ……、普通の人はみんな赤の3等車、乗ってるの……」
どうやら列車には等級があり、その等級に応じて運賃も変わっていたようだった。私がいつも乗っていた青色の路面列車は一律100ゼニーだったが、赤色の3等車は50ゼニーらしい。
つまり私は普段通常の列車の2倍の価格払って列車乗っていたんだ……。なるほど、道理でいつ乗っても座席に座れたわけだ。
と、ここまで考えて気が付いた。お金大目に払って良い列車に乗るってそれ、グリーン車と一緒じゃん。うわー……私普段からグリーン車にだけしか乗ってなかったのか……。
……後日確認してみたらお金を払ってきちんとした服装していれば庶民でも1等車や2等車に乗ることはできるとのことだったが、でもそれってやっぱり普段使いで2等車に乗るのはお金持ちしかやらないってことだもんね。ソーディスさんも3等車にしか乗ったことがないって言ってたし。
知らず知らずのうちに高級志向が意図せず身体に染みついてきていたのであった。
今までの常識が崩されたことで若干意気消沈としながら『赤い』路面列車に乗車する。うわ、本当に先払いの料金50ゼニーだよ、へこむ。
そして乗ってみれば青の2等車よりも混んでいるくらいで、そんなに大差ない。まあ鉄道路線の方ならもう少し違いがあるかもしれないけれども路面列車では車両の作りに大きな違いは見られないか。
そして乗車している客層も3等車ということで少しだけ身構えていたが、別に街中に居る人達とそれほど変わらない。言われてみれば2等車に乗っている人の身なりは良かった気がしないでもないが、街中を歩いているようなものだと考えれば、そこまでギャップは感じなかった。そもそも前世世界では普通電車に等級分けなんてなかったしね、違和感は薄い。
そして秋休みとはいえ、世間一般的には平日の昼下がりである。如何に2等車よりも混雑しているとは言っても、そもそもこんな時間に路面列車に乗るのは年配の方や主婦層がメインだ。座れない程に人がごった返しているわけではないのでソーディスさんと2人で座る。
「ヴェレナさん、は……普段は2等車に、乗ってるの?」
席について落ち着いたところでソーディスさんからこう切り出された。
まあ普段も何も、こちらの世界では今まで路面列車も鉄道も2等車にしか多分乗ってない。けれどそれをそのまま伝えてしまうと、もしかしたらソーディスさんが負い目を感じるかもしれない。
「うーん……、最近はバスだったり自転車を使って移動しているから、路面列車はあまり使わないんだよね」
嘘はついていない。自転車に乗る練習をした後は、路面列車よりも小回りが効くので重宝しているのは事実だし、インドア派克服名目でプライベート時間確保のために両親から自転車で外出権利掴みとったこともあって、ちょっとした距離の移動であれば自転車を使うようになったのも事実だ。
しかし、ソーディスさんは思わぬところに食いついてくる。
「えっと……自転車、って……郵便屋さんとか、ご飯屋さんが出前するとき……とかに乗ってるやつ……?」
「うん、だけどそういう業務用の色々荷物載せたりするタイプのではなくて、私の自転車は子供用の小さなやつだけどね」
そこまで言ったら、ソーディスさんが「あっ、自分用の自転車、持っているんだ……」と呟いた。もしかして、これはあれですかね。自転車も自転車で高級品だったやつか。
比較対象がルシアやクレティなせいで見落としていたけど、もしかして私の家ことフリサスフィス家って相当お金持ちの家系だったのかな。
いや裕福っぽいのは何となく分かっていたけど、自分が想像している以上にってことはありえそうね。
そういえば、私の自転車の値段いくらだったかな……。確か5万とか6万ゼニーくらいだったか。あの時はお受験の方に意識いってたから、あんまり覚えていないんだよなあ。
さっき行った映画館のチケットの値段が400ゼニーだから……って、これは小学生料金か。大人は800ゼニーだったはず。前世の映画なら平日であれば、レディースデーとか関係なくても1500円くらいだったよね。800ゼニーだと計算しにくいから1000ゼニーが1500円と仮定すれば。5万ゼニーは50倍だから7万5000円。繰り上げ計算したからざっと8万円から9万円くらいって感じかな。いや、子供用自転車で9万円は高いな!
ただし、この世界はコーヒーだったり鶏のから揚げだったりで異常な値段が出てきたこともあったから、この計算が正しいとは思えない。そもそも映画のチケットが前世と同じくらい価値でない可能性のが高いから、あまりこの計算に意味はないし目安にすらなるか微妙だ。
というか仮に1000ゼニー1500円なら、路面列車の運賃が3等車なら50ゼニーだから、換算すると75円とかになってしまうし。幾らなんでも、前世の価値で100円以下で列車に乗れたら採算合わなくなるだろう。
やっぱりどうやっても1ゼニー何円という計算をすると合わないのだ。モノの価値が違いすぎて比較するのが難しい。
そうすると結局自転車はどのくらいの価値なんだ、と堂々巡り。未だにゼニーという貨幣の価値が自分の中でいまいち掴めていないから、高いのか安いのか判断がつかないのよね。多分それが自らの散財に気が付かない原因なのだろう。
そんなことを考えているとソーディスさんに話しかけられたので意識をそちらに向ける。
「……あの、ヴェレナ、さんは……普段、その……自転車で、どういった場所に行っている、の? ……気になる」
自転車で動き回っているときのことか。うーん、基本的にプライベートな時間が欲しいから出かけているのであって、ぶっちゃけあんまり目的意識あって出歩いているわけでもないのよね。でも一応両親に事前報告の義務があるので計画だけはしっかり立てているけど。となると、無難に返しておくか。
「家からスクールバス乗り場までは普段自転車使っているけど、まあそれ以外で一番多いのはやっぱり習い事の行き帰りかなあ。お店とかに寄ることもあるけどそっちは基本家族が知ってるお店じゃないと1人で行っちゃダメって言うし。
ああ、後は少し大きな公園に行ったりもするよ、自然公園とかそういうやつ」
「……わあ、結構、色々な場所に……出歩いているんだね。……ヴェレナさんすごい」
……自然公園寄ったときは自転車漕ぐのに疲れてしばらくベンチで休憩するためだったのは内緒にしておこう。
「じゃあ、ソーディスさんは? 普段どんなことしているの?」
「私は……いつも、学園の図書館に、居る」
あっ、そうだった。あれだけの本を読むには自分の自由時間はほとんど全部読書に費やしていますよね。
読書が好きなのかな。……いやー、でも読んでいる本が官報だしなあ。そういう一筋縄でいくタイプでは無いっしょ。今彼女の家に向かっているわけだけれども、意外とソーディスさん宅には本がそんなに無い可能性だってあり得る。
普通の街の本屋さんで官報って棚見たことないしなあ。それも外国のだし、図書館とかにしかなさそうなイメージだ。
「……図書館と言えば、学校以外の図書館には行かないの? ほら、休みの日にわざわざ学園まで来るのは面倒じゃない、街にある図書館にも似たような本って置いてないのかな?」
公立図書館だってあるはずだ。学校まで行くのだってそれなりに時間がかかる。
まあお目当ての本が無い可能性もあるかな。……そう答えを予測しつつ聞いた質問であったが、ソーディスさんから予想外の返しが来た。
「……あれ、ヴェレナさん、知らないんだ……。普通の図書館は、入るのに、お金かかる……」
うわあ、またやってしまったー! 異世界カルチャーギャップがー!
*
ソーディスさん曰く、図書館の入館料は20ゼニーとのことだった。いやー、まさか図書館がお金を取るとは。てっきり図書館の運営費みたいなものは税金辺りからひっそり抜き取られているものだと思っていた。
特に学園では在校生であれば図書館入るのにお金がとられていなかっただけに。まあ多分学校は授業料とか施設費みたいな名目で徴収されているんだろうけど。
何故かソーディスさんと会話する度に、私の常識の無さが露呈し、ポンコツ化が甚だしくなる。なぜなのか。
明確に私をポンコツ扱いしてくる、ルシア、クレティのコンビの前でもこんなにボロボロではなかったのに。
そして結構話し込んだな、と思ったそのとき車内アナウンスで「次は、プレヴォベルク」と聞こえてきた。
「あっ、……ヴェレナさん、着いたよ」
路面列車の車掌兼運転手さんにお礼を言って降りる。
ここがソーディスさんの住む街……。木造の建物が停留所前には目立つ一般的な住宅地であるらしい。
「私の家は……こっち、だよ」
そう言われて手を引かれつつソーディスさんと共に歩いていく。すると中心街からはずんずんと離れていく。帰り道大丈夫かな、覚えられるだろうか。
木造住宅地の密集エリアを抜け、開けた場所へと出る。すると舗装された道へと出てその道の端には街路樹が立ち並んでいる。
その道沿いには魚屋さんや食堂に、お菓子屋さんまであったり煙突が特徴的な銭湯も見える。
停留所すぐの下町風情ある光景とはやや対照的な整然とした商店街のようなものが広がっていた。
「えっと……ここは?」
私の呟きに、ソーディスさんは微笑んでこう返答した。
「この商店街は、私の住むアパートの住んでいる人のための場所なの」
「アパート?」
「そう、……王都住宅アパート。……私の家がある棟は、こっち」
商店街の脇道を入ると、その裏は木々に囲まれた石畳の階段になっていた。すっごい良い雰囲気の街だね、ここ。
王都住宅。正式名称は、財団法人王都住宅営団。
魔王侵攻時の義捐金の余剰金を基にした、王都で働く世帯向けの住宅供給を行う国が母体となっている団体だ。
ソーディスさんが生まれる前は、どこにでもある住宅地だったのだけれども、この地域は小高い丘のような地形になっていることもあり、昔から小規模な土砂崩れが頻発していたらしい。
そうした住みにくい街を改善するために王都住宅……国の機関が動いて地盤の改善も行ったうえで集合住宅、アパートに建て直したとのこと。
「じゃあ、結構新しいアパートなんだ」
「……私が、ちょうど生まれたとき、くらいに、ここに引っ越したらしい……よ?」
改善工事中はソーディスさんの家族はずっと仮設住宅に住んでいたみたい。でも、ソーディスさんが生まれたときには既にアパートは完成していたので、彼女的にはそれ以前のことは知らないそうだ。
「……ここ」
ソーディスさんが立ち止まった先にあった建物は、3階建ての灰色の建物。アパートというだけあって外壁がコンクリートだ。
建物自体はそこまで大きくない。ぱっと見た限りベランダが1つの階につき4つ見える。つまり1棟で12世帯ってところかな。
「こういう建物が、この辺りにいくつあるの?」
「……分かんない。私が住んでいる、ここ……21号棟ってことしか、知らない」
先ほど街路樹のあった舗装道沿いの商店街の建物も全部1つ1つ何号棟って名前が降ってあるから、どのくらいアパートがあるのかは分からないらしい。
でも……少なくとも21まで番号あるのか。想像以上に大規模な集合住宅であった。最早ちょっとした町だねこれは。
「あっ、そうだ……。ヴェレナ、さん。……私の家には弟が2人と、妹が1人居るから……気を付けてね」
そういえば、私を家に誘ったときに弟が居るって言ってたっけ。その弟がうるさいとも言ってたな。
そう言って、ソーディスさんは自分の家の玄関を開けた。あっ、鍵かかってないのね。
「ただ……いま……」
「あっ! ねーちゃんもう帰ってきた! って、ねーちゃんがすっげー服着た知らない人、家に連れてきた!」
「ベル兄、そんなこと言って……うわ、ほんとだ! 誰だよねーちゃん!」
「うる……さい。ごめんね、ヴェレナさん」
「いや、それは良いんだけど……。あっ、お邪魔します」
玄関に入ると、真正面に部屋が1つ――大体パッと見で6畳くらいかな、あっ中に居た小さな女の子が扉を閉めた。あれが妹かな。
そして玄関右手のそれよりも狭い部屋に先ほど声を挙げたおそらく弟の2人が居る。そして、左側にはキッチン……というか土間だこれ。床がコンクリートの土間なんてはじめて見た。その土間には私のお母さんと同じ世代くらいの女性が居る。多分、ソーディスさんのお母さんでしょ。
その土間に居る女性に向かって一言声をかける。
「アプランツァイト学園初等科1年1組、ソーディスさんの同級生のヴェレナ・フリサスフィスです。突然お邪魔してしまって申し訳ありません」
私が声をかけると、驚いた風体でこう返してきた。
「ソーディスと同じクラスの方ね、ごめんなさいこのような汚い身なりを晒してしまって……、私はリンザ・ワーガヴァント、ソーディスの母です」
その後「こんな狭くて汚い上、うるさい弟が居る家でごめんなさいね」と続けてきたので、慌てて私が無理を言ってソーディスさんに付いてきてしまった旨を話す。
そこまで話したら得体の知れないような不審がられている視線を一瞬向けられた。なんでだろ?
あっ、そうか。小学1年生は普通そんなフォローしないか。正直学園に入ってから誰にもそうした年齢に対して立ち振舞いが不釣り合いな部分に突っ込みが入らなかったから、これが自然なのかなと思っていた。でも、このソーディスさんのお母さんの反応を見る限りそういうわけでもないのね。
「お母さん……。『私の学校』の同級生だよ?」
ソーディスさんが再度確認するように言外にアプランツァイト学園の異常性を強調する。そうすると、ソーディスさんの母親は、はっとした顔つきになって「流石アプランツァイト学園に通っている子ね、礼儀正しくて驚いちゃったわ」と若干の茶目っ気を持たせてそう私に言った。
……やっぱりウチの学校の子達って世間一般から見たら大分ずれていたんだね、最早ここまでくると安心感すらあるわ。
ふと、ソーディスさんの母が居る土間を横目に見てみる。土間は大人の女性が1人居るだけでいっぱいいっぱいな程のスペースだ。全体的に調理器具もキッチンと比較してもこじんまりとしている。魔石装置の流し台があり、その横には巨大な壺のような水瓶が置いてある。水瓶は飲料水用かも。
そして、気が付くのはあるべきものが存在しない。それは、コンロと冷蔵庫だ。私の家には、どちらも魔石装置としてあったのにソーディスさんの家では見受けられない。
その代わり、木でできた大きな直方体の箱のようなものが見受けられる。大きさはカラーボックスくらいでそれを横に寝かせたような形で置いてある。なんだこれ?
用途が分からない謎のものは他にもある。壁に備え付けられている食器棚のような曇りガラスの扉つきの収納棚や、同じく壁に何やら大人の掌くらいのサイズの重厚な金属でできた小さな扉というかフタのようなものがある。でもそのフタの先はどう考えても壁の中なんだけど。
そこまで見渡したところで、私が土間をじろじろと見ていたことに勘付かれた。まあ、ちょっとしっかり見すぎたかもしれない。
「えっと……ヴェレナ、さん? 私の家の台所が……どうかした?」
ソーディスさんが代表して視線をキョロキョロと怪しげに回していた私に聞いてきたので、ソーディスさんとそのお母さんに考えていたことを吐露する。
「あの、恥ずかしながら私がはじめて見たものがいくつかありまして……ごめんなさい。失礼なのは分かっているのですが、どんなものなのか教えてもらってもよろしいでしょうか」
そう言った後に、用途の分からぬ謎の3アイテムを指差す。そうすると、対面する2人は納得のいったような面持ちで、ソーディスさんのお母さんが説明をする。
「ああ、炭櫃と蠅帳とダストシュートのことね……」
1つ1つの道具を丁寧に説明される。
木製の直方体の箱は炭櫃と言って、その機能を簡単に言えば火鉢だ。すなわち、その箱の中に木炭を入れ、その上に金属製の鍋置きが設置され、その鍋置きの上に調理器具を置くことで炭火焼きのコンロのように使われている。
次に、備え付けの食器棚のようだと表現した蠅帳。これは棚というところまでは当たっていたが、入れるのは食器ではなく食材だった。つまり冷えない冷蔵庫のようなものらしい。蠅などの虫が食品貯蔵スペースに入らないように曇りガラスの向こうには細かい網で覆われていた。
最後に、壁に付いた金属製のフタはダストシュート。言ってしまえばゴミ箱だ。ただし、中は滑り台のような構造になっておりそのアパートの棟でダストシュートに投入されたゴミは直接アパート裏の焼却炉まで運ばれていく構造になっている。焼却炉直結ゴミ箱とは便利だ。
これはどうやらこのアパート特別のものらしく、他の家庭では滅多にみられないものだと言われた。
これまで、この世界は魔石にばかりに頼っているとずっと思っていたが、ソーディスさんの家にある魔石装置はどうやら流し台と、後は天井に付いている照明だけなようだ。
魔石や魔法、あるいは電気などがほとんどなくても生活に必要な家具は取り揃えられている。……これは電気が前提の世界で暮らしてきた私にとって考え付かないものであった。
*
その後は、弟2人が居た小さい方の部屋に通されて、ソーディスさんによって紹介がされた。
結構嫌そうな感じで弟2人の名前を私に伝えてきたが、それだけ姉として手を焼いているということなんだろうね。上の弟がベルで下の弟がハイモと言うみたい。
そして紹介されたと同時に私の服やバッグを物珍しさからかベタベタと触り出してきたので、最終的にはソーディスさんのお母さんに怒られて隣の部屋か家の外に出て遊んでなさい! と言われて悪ガキコンビは隣の部屋に移った。まあ、服触られるくらいならいいんですけど……良かった、今日スカート履いてこなくて、うん。
それと入れ替わりで隣の部屋に籠っていた人見知りしそうな小さな女の子が私達の居る部屋へと追い出された。ソーディスさんにくっついて離れない様子のその女の子は末っ子でアーミンという名前。まだまだ小柄で、身長は私が転生してきたときと同じくらい――多分4歳くらいかな。でもこの子も私の服装を気にしているように見える。
ここまで珍しがられるってことは今日ソーディスさんが自身の家に帰ってきた後もずっと制服着ているのも、そういうことなのかな。
ただ、おそらくバリバリ部屋着であるソーディスさん以外の家族の面々はチェック地の服を着ていてみんな一緒の柄だけど、特に見た感じでそこまで粗悪な布を用いているというわけではなさそう。そういえば、前に服、というか習い事の裁縫について私の両親と話したときにお母さんは、普通の家では母親が自分で縫うって言っていたっけ。ってことはここの家族が着ている服はソーディスさんのお母さん作なのかも。
そんな妹のアーミンちゃんのことをソーディスさんは気遣ってか、何とか私に対する警戒心を解かせようと苦心している。
それこそ先ほどまで路面列車で話していた自転車の話題を出したりして。私も警戒されっ放しは嫌なので、私からも色々と話してみる。特にバッグの中に忍ばせておいた懐中時計を見せたときの反応は非常に良かった。私が自宅に帰る頃には、私に向ける視線がキラキラとしていた。
……ただ自転車や懐中時計の話をすると、台所の方から誰かが私達の話をひっそりと盗み聞きして動揺したのか大きな音が聞こえてきた。
そこまで露骨にされれば、流石に私でも分かりますよ。――自転車や懐中時計が一般庶民の子供には中々手の届かないような高級品であることくらい。
そんなに長居したつもりは無いのだけれども、楽しくおしゃべりをしていると時間は早く過ぎるもので、いつの間にか懐中時計は4時を超えていた。
私の家に門限とかは特にないので、両親には今日あったことを話せば問題ないだろうけれども、ただ今居るこのソーディスさんの住む街ははじめて訪れた街だから日が暮れる前には、私が見覚えのある場所まで出たい。
まあ無理やり押し寄せてこれ以上居たら夕食をつくるのにも迷惑がかかるだろう。ということでそろそろ帰る旨を伝える。
すると、ソーディスさんが路面列車の停留所まで送るよ、と言ってくれたので、素直にお願いする。……結構入り組んだところを通ってきていて道に不安があったから良かった。
*
「今日は……ありがとうね……ヴェレナ、さん」
「いやいや、私の方こそ色々と無理を言ってしまってごめんね! でも楽しかったよ、ソーディスさん!」
帰り道の道中ソーディスさんから突如お礼を言われたので、私からもいきなり家に押し寄せてしまったことを再度謝る。
「……うん、私も……楽しかった、よ。特に、勇者の国……ううん、国外のことを、絵じゃなくて……はじめて動く映像――ニュース映画で、みれた……。よかった」
やっぱり、この子映画そのものよりも、ニュースの映像目当てだったか。
しかもあのニュース番組のことを『ニュース映画』と呼ぶことを知っていたってことは、はじめからニュース映画狙いで映画館行きたいって言い出したな! まあ、いいけどね。
「私も、ソーディスさんがお姉ちゃんしているところが見れて良かったよ」
ちょっとだけ言い返しも込めて、恥ずかしがらないかなという思いを込めて放った私の捨て台詞は、彼女の「おねえちゃん、か……えへへ」という独白により、私の方がダメージを受けることに。手ごわい。
「なら、ヴェレナさんは2人目の妹、だね?」
いや、流石に4歳児よりも更に下の妹になるのは、ちょっと……。
今日のことの感想を話していたらいつの間にか路面列車の停留所――プレヴォベルク停留所に到着していた。
改めて私からも今日のお礼と、ここまで送ってきてくれたお礼を合わせて言って、私の住む街――ヘルバウィリダー行きの乗り場を教えてもらい、ここで解散とした。
ソーディスさんの方は列車が来るまで待つとは言っていたけれど、あんまり遅くなるとおそらく母親が心配するし、何より私はここまで来れば帰れるので大丈夫と念押ししてソーディスさんの申し出を断った。
そして、ソーディスさんと別れた後に物思いにふける。何を考えているかと言えば、それは勿論今日彼女と遊びに行くことになった目的。つまり、ソーディスさんの異常性についてだ。
私のクラスの有力者のルシア、クレティコンビが彼女については別格だと言っていたこと。
まず1つ、彼女は多分――勉強はほとんどしていないだろう。私が通された小さい方の部屋、客間でいいか。客間とあと6畳の部屋の2部屋にはちらっと確認したけど本棚はおろか、本の類は見受けられなかった。そして彼女は公立の図書館は有料だから行っていない。今でこそ学園の図書館に入り浸っているが。
そしてアプランツァイト学園はこの国で平民が通える小学校の中では学力的にも最高峰に近い。
つまり、彼女の家の様子を見る限りでは最高水準の小学校へ首席で入学出来るほどの学力が身に付くような環境がないのだ。
次席である私だって、両親に仕組まれたとはいえ2年間の習い事と前世知識ブーストという要素が兼ね備わった結果だ。
では、ソーディスさんが入学前から習い事あるいは塾のようなものに通っていたのか、と言われるとそれも疑問に残る。
今の彼女は空き時間のほとんど全てを毎日学園の図書館で、授業とは直接関係ない本を読み漁っている。それはおそらく塾などに今現在は通っていない証左となるだろう。しかしそれでも尚全てのテストで満点を取っている。故に彼女の成績は独力で獲得しているものだと考えられる。
そして彼女の家の家庭環境。判断に悩むところだが塾に通わせられるほどの資金力があるのか疑問だ。
そう感じた最大の理由は、かなり大規模な集合住宅だったとはいえ、両親と、ソーディスさんと、弟2人に妹1人の6人家族で借りている部屋は、6畳の居間とそれより狭い客間の2Kの物件なのだ。……普通6人で住むのには常識的に考えて狭すぎるのでは?
それとアパート前の商店街で銭湯を目撃した。そしてアパートには見てきたもの以外に別の部屋に通じる扉は見受けられなかったので、お風呂は無いのだろう。
極めつけは、財団法人王都住宅営団管理のアパートであるということだ。国が管理する住宅ということは、これはもしかして前世で言うところの『公営住宅』に当たる賃貸物件ではなかろうか。
そしてソーディスさん自身はおそらく学業特待生として授業料免除を受けている可能性があるなど諸々の条件を考慮すると、もしかすると一般庶民の平均よりも少しだけ下回っているのかもしれない、という推測が立つ。
もしその仮説が成り立つのであれば、塾に通わせられる余裕がない可能性もあり得る。
何故、そこまで私が彼女の家庭環境に突っ込んで考えているのかと言えば、そこに彼女の特異点があるからだ。
これまでの一連のソーディスさんの言動を鑑みるに、彼女はその学力の類まれなる優秀さに隠れてしまっているが『視野の広さ』にあるのだろうと思う。
事実、彼女の目線は小学1年生である現在で既に完全に国外に向いている。この点は、私を含めた同じクラスの人たちには無い視点だ。私はこの国の魔法使いになるため、そしてクラスメイトも『この国の』人脈を広げるために学園に通っている。ルシアもクレティですらもまた『この国の』有力者の娘だ。
そして何よりも恐ろしいのは、その『視野の広さ』や学力の高さもそうだが、彼女のことを知れば知るほど、その知識や見識をどこから仕入れてきたのかが全く見えてこない。
例えば私だったら、前世知識という基盤の上に両親の教えと習い事が乗っかっている。ルシアやクレティの場合は自分の家での社交経験をベースにしている。オーディリア先輩に関しては未だに良く分からないが、先輩だって町医者、つまり開業医の娘だし知識の土台となるものはあるだろうしそういうコネクションを収集するのが得意そうだと推測がつく。
翻ってソーディスさんの場合、周囲の人間に国際志向であったり勉学をここまでハイレベルに教えられるような類まれな人材の影すら見えない。と、いうことは、だ……。
彼女――ソーディス・ワーガヴァントの最大の異常性というのは、彼女の有する知識は全て『自分自身の力だけ』で獲得してきたものなのではないだろうか――。




