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異世界カルチャーギャップにはこれまで散々遭ってきたが、まさか映画でもそれを味わうとは思わなかった。……それも映画の内容以前である、観覧方法で。
まあ途中からでもスクリーンのある客席に入場可能と分かったら、さっさと入るに限る。当然全席自由席だろう。故に最悪の場合は席が空くまで待つ必要があるからね。
混雑具合を鑑みてソーディスさんとはぐれないように再び手を繋ぐ。……仲良しみたいだな、と思ったがまだ身体の小さい私達にとってはぐれてしまうのは割と死活問題だ。たかが手繋ぎと言えどバンジージャンプの命綱くらいの重要度はある。
スクリーンのある部屋へ入ると、中は暗闇が広がっていた。まあそりゃそうか、上映中だし。
でも上映中にも関わらず意外と人の出入りは激しい。そのおかげで偶然私達が居た周辺のお客さんが退場していき隅の方に2席空きができたのでさっとそこを確保する。
映画の開始から既に何分流されているのか分からないため、今画面に映っているシーンがどのあたりなのかは検討がつかない。なのでしばらく画面に集中する。
『――オレはお前の過去なんか全然分かんねえ。けどな、お前がいつも放課後この誰も居ない音楽室で弾いているピアノの音色は、こんな場所で燻っているなんてありえねえ! そう聞こえたぜ。もし、お前が本当にその自分の奏でる音色と本気で向き合うときが来たらで構わない。
オレと――いやオレ達と一緒に合唱部で全国狙わないか!? オレ達にはお前のそのピアノが必要なんだ!』
『……そうか、僕のピアノはまだ必要とされていたんだね。合唱のことは僕には分からないけれども、またこのピアノという『相棒』と一緒に全国の舞台に羽ばたけるのなら……君達の夢に僕も混ぜてもらうのも一興かもしれないね』
あー、青春部活モノの映画ですね、把握。
そしてこれは多分部員集めのシーンだ。ってことは序盤か中盤のはじめくらいかな。こういう部活モノで部員を集めるとはつまり、弱小の部活あるいはそれを設立する場面なんだろうね。
その後、猛特訓が始ったり、唐突に合宿があってそこで練習終わりの夜に男主人公と女マネージャーが良い雰囲気になったり、実力試しと言って思い切って初コンクールに参戦して大失敗したり、そこに偶然居合わせた強豪校のライバルに『こんな新規の雑魚学校までコンクールに出てくるとは、格が傷つけられるから出てくるな』とか煽られたりする展開が続いた。やっべえ、いつも通りの展開だ。
となると、次に来るのは部活内でのトラブルとかかなー……、と思っていたら案の定テノールの人が突然練習を休むようになった。やっぱりな。
『どうしたんだフィル!? 最近、全然部活にも学校にも来ていないじゃないか! 一体何があったんだい』
『……もう、俺は学校になんか行くことなんてできないんだ! 俺の親父に融資していた銀行が破綻して仕事を失っちまった。俺も学校を辞めて金を稼がねえと家族が路頭に迷ってしまうんだよ。すまねえ、お前達との夢はここで諦めるしかねえ、後は俺抜きで頑張ってくれ』
学生時代に父親が失業はきっついなあ……。っていうか融資銀行破綻ってシナリオは物語のハプニングとしてちょっとリアルすぎない。
でも、ぶっちゃけどうしようもない気がするけど。この状況でフィルってテノールの子を部活に留めておくのは無理じゃないかな。
『馬鹿野郎! ふざけんじゃねえぞフィル。オレ達が全員揃って合唱で全国に行かなきゃ意味ないことはお前が一番分かっているはずだろ! ……オレは諦めないからな』
全員揃って全国へ行く意味? ……ああ、そっか。途中から見始めたから序盤で何かあったみたいね。そこを確認すれば分かると。でもここ映画館だから巻き戻して見るみたいなことはできないしなあ。
途中から見る映画ってもやもやとするね。
結局、部員の退部・自主退学騒ぎは、主人公を含めた仲間たちがその1人の部員を繋ぎとめるためにみんなでバイトをしてそれを渡して当座の危機を乗り切り、その部員の父の仕事が無事見つかり全員揃って練習に復帰できるようになった。ちょっと聖人ばかりか、この主人公ら。
そして……季節は巡り全国合唱コンクールの地方予選の日。
『オレ達はこの大会のためにずっと頑張ってきた。だが、まだ地方大会に過ぎない。ここを3位以上で通過し、地区大会でも好成績を収めることで初めて全国への切符を手に入れられる。ここはまだオレ達の通過点だ。だが周りの連中は強豪揃いで実力は本物だ。だが、オレからみんなに伝える言葉はたった1つだけ。あの時と一緒だ。
――全員で全国へ!』
《全員で全国へ――!!》
*
地方予選の結果は、――4位。
新興校としては大健闘した結果であった。それでも全国の壁は厚かった。
地方予選敗退。
劇中最高のハーモニーを奏でた主人公率いる合唱部であったが、それでも及ばず全国へ足を踏み入れることも出来ずの敗北。
正直驚いた。ここまで王道すぎる王道の話の連続であったからてっきり全国まで行くのかと思ったが、最後の最後でセオリーを崩してきた。ぽっと出の連中がいきなり大会に出ても健闘はできても結局勝てない。リアルすぎるほどリアルな結末だ。残酷と言っていいかもしれない。
当然その4位という結論に納得できず、もっと練習をすればと後悔する男子部員、無言で俯いたまま顔を上げない女子部員、辞める辞めない騒ぎを起こしたあの部員に関しては人目も憚らず声を上げて泣いている。
皆の合唱を客観的な立場から見れるピアニストの彼が『でも今まで練習でやってきたどれと比べても今日の発表は最高のものだった……』とふと呟く。その声にそれでも勝てなかったと反感の視線を向ける者は居たが、彼の言葉を否定できる者は居なかった。
そして、その沈鬱な空気に包まれた場を主人公が『今オレ達が魅せられる最高の歌を届けることができた。結果は受け入れられないかもしれないが……、最高のステージで今できる最高のものを観客に送ることができたことは誇って良い』と締めて悔しさに顔を滲ませながら会場を後にしてエンディング。
そしてエンディングとともに席を立つお客さんがちらほらと。ただ私達は序盤を観ていないのでソーディスさんにどうする? と小声で訊ねてみたら「とりあえず……全部、観よ?」と返ってきたので、それに同意して観たシーンの部分までは席に座っていることにした。
エンディングが終わるとフィルムの入れ替え作業をするようで別の映像が流れだすようだ。あー、あれね、映画予告。
前世知識から予告だと思って他にどんな映画があるのかなと興味半分で映像に目を移したたら、そこには全く予想外の映像が流れていたのであった。
〈グローアーバン路面軌道株式会社創遊事業本部において『森の民誰しもが親しめる劇の世界へ』という題目で昨年11月に設立された少女劇団のはじめての公演が9月1日に執り行われました。その記念すべき初公演で演じられたのは『ミューロードへの道』。英雄の国の片田舎で生まれた主人公が自身の生活を変えるために英雄の国の首都であるミューロードへ赴きそこで燻る芸達者らを通じて自らも芸能への道を志すというお話。男性役すらも全て女性が演じるというのは聖女教の劇団を除く民間の団体では初の試み。また本劇は1時間を大幅に超過し、従来の演劇では短編が常識であったがそれを覆すなど、独自の手法を数多く用いられており注目が集まっていた最中の初公演は大成功に終わった。現状ではグローアーバン州内での劇場での公演に限られるが、ゆくゆくは王都・ガルフィンガングや国外への進出も視野に入れているとのこと……〉
――私の面前に映し出されたスクリーンの映像はニュース番組だった。
映画館でニュース番組。前世ではテレビを付けてチャンネルを回してさえいればいつでも見ることのできた光景がそこには広がっていた。体感時間で2年振りに見たニュース番組は無意識的に前世のことを想起し思わず涙ぐんでしまう。
この世界には、テレビが無い。前世と似通う部分も多いこの異世界だが大きな差異だと言えるだろう。
映画はあることから映像を記録することはできるようだが、多分電波を用いる技術が確立されていない。だからテレビが無いのだと考えられる。そもそもこの世界は電気ではなく魔法や魔石で何とかしているからテレビに現状では辿り着いていないのかも。
それでも『映像』を持つ情報発信の有効性に気が付いた人は居たに違いない。新聞や雑誌のような情報媒体しかない世界で『映像』の視覚に訴える力は決して侮れないことは私でも想像に難くない。
〈9月5日から3日間、勇者の国のスカラーティン市の野外集会場において政治組織『勇者と労働者の国家党』によって開催された第3回国家党全国大会は党員を含めた参加者がのべ2万人を超える一大式典となりました。党としての結党理念を確認した後は、国家党を支持する著名な歌手や俳優がゲストとして参加して、歌やパフォーマンスを披露したり応援スピーチをとり行いました。また会場には様々な屋台や出店が出揃い、政治的な大会にも関わらず一種のお祭りやイベントのような様相をみせました。最終日には昨年行われた『第5回国際運動競技大会』のサッカー競技において世界一に輝いた『フランシュダオンFC』の監督より挨拶をいただいて閉幕しました。スポーツ界や芸能界のスターを取り込んだこのショーは本政党の躍進を予感させる出来事だったと言えるでしょう……〉
勇者の国の話が出てきたので、ふとソーディスさんの方をちらりと見てみると、本を読んでいるときのような集中力で画面を一心不乱に見つめていた。そこに映るのは勇者の国の政党のイベント? の様子。正直、映像を見ている限りでは政治的な色は薄くちょっとしたフェスみたいな感じだ。まあスターって言われても、知らない人しか出てこないけどね。
でも、ソーディスさん。彼女は多分ニュース番組の方が映画よりも集中して観ている気がしないでもない……。
*
その後もいくつかニュース番組が続いた後にあの青春合唱部映画がはじめから流された。多分一日中こんな感じでニュースを挟みつつずっとリピートするんだろうね。
とりあえず入ってきたときに見ていたシーンまで見たところで、改めてソーディスさんに聞いたらこのまま2周しても退出してもどちらでも構わないと言われたので、同じ展開を連続で見るのは疲れそうだと思ったので退出することにした。
一応、あの合唱部が『全員で成し遂げること』にこだわっていたのはそんなに大した理由ではなく、部活設立の規定人数ギリギリしか所属していなかったので、誰か1人来なくなったら廃部する可能性があったから、という訳であった。
もやっとした部分は解消したので、すっきりした気持ちでスクリーンを後にする。
……それで、さて。この後どうするか。
前世であれば喫茶店なりファミレスなりを適当に見繕って、そこで見た映画の感想会をやっていたけれども、ソーディスさんはそういうのあんまりしなさそうなイメージあるんだよね。
後は小学生らしさで考えれば公園とか? ……お互い公園で遊ぶもの無さそうだけれども。
私の中の知識ではいい案が出てこなかったので、大人しくソーディスさんに何するか聞いてみる。することないなら解散にしちゃってもいいと言えば良いんだけれども、こうして遊びに来た大元の理由はソーディスさんについてもっと知るためなのにあんまりその点は果たせていないからまだ帰りたくはない。
というわけでソーディスさんに尋ねたけれども、彼女もこのあたりに来たのは数えるくらいだし、そもそも外に出歩くことはあっても、あまりお店に立ち寄ったりはしないそうだ。
こっちが申し訳なるくらい悩みに悩みぬいて彼女は私にこう問いかけてきた。
「……じゃ、じゃあ……私の家に来る? 多分ヴェレナさんのおうちと比べると、狭いし……何も無いし、弟たちがうるさいと思うけど……」
その後「別に、無理なら全然……来なくても、いいんだけど……」と続けたが、ソーディスさんがそうやって私を誘ってくれたのが嬉しくて「行きたい!」と即答してしまっていた。
困り顔を見せつつ苦笑いしながらソーディスさんは、それでも了承の意を伝えてきたところで、私が無理を言ってソーディスさんのことを困らせてしまったかもしれない可能性に至った。これは気を遣わせてしまったよね、間違いなく。
ソーディスさんの家は、今居るロッシュヴェルからは路面列車一本で行けるらしい。鉄道を乗り継いだ方が早く着くみたいだけど、乗換が無い方が楽だし、何より安いので路面列車の方を多用しているそうだ。
詳しく聞いてみると私が住んでいる住宅地のあるヘルバウィリダーのすぐ外側にある街らしい。乗換をする場合は私がよく利用しているヘルバウィリダー駅から路面列車に乗り換えるのが一番早いとのこと。そこからなら、路面列車で15分程度でソーディスさんの家がある、プレヴォベルクという街にいけるらしい。
思ったよりも近い場所に住んでいて驚いた。そしてソーディスさん側も私がヘルバウィリダーに住んでいることを伝えたときに目を僅かに見開いていたことから、彼女の方も同じように驚いていたのかもしれない。
この街、ロッシュヴェルの路面列車停留場に到着するとソーディスさんが私のことを誘導する。どうやらいろんな方面への列車があるようで乗り場が分かりにくいそうな。くっそ、精神年齢では絶対年上のはずなのにさり気なく小学1年生にリードされる私って一体……。
えっと、路面列車は確か青色のやつ、料金体系は一律100ゼニーだったよな。路面列車は転生初日に病院に行った後も度々利用していて、いつもそれで何とかなった。まだ王都でも近場の移動でしか使ってないけれども降りない限りは運賃は変わらないはず。
そうこうしていると、青色の路面列車が来たので反射的に乗ろうとすると、ソーディスさんが「あっ、ちょっと……ヴェレナさん待って……」と珍しく焦ったように私に声をかけてきたので列車内に乗ろうと進めた足を止め、車掌さんに間違えましたと頭を下げる。
もしかして、行き先が違うやつだったかな。
「ヴェレナさん……今の青色のやつは、2等車……だよね? 私は、赤色の路面列車……3等車、それしか乗ったことがないから……青色のには、乗れない」




