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ふらっと映画と口走ってしまい、それに意外にも乗ってきたソーディスさん。ただし、私も彼女も見た目で言えばどちらも小学1年生で子供だ。私だけの外出であれば両親も許してくれるというか例の家庭内での外出許可証を出せば行けるとは思うのだけれども、2人となると逆にどうなんだろうか。
なのでソーディスさんと口約束してしまったものの、あの後、帰宅してまず両親に相談した。
「ヴェレナ1人で出歩くのであれば許可は出すが、相手の子に何かあったら責任がとれるのか?」
まあ、そうなりますよね。お父さんの言い分はもっともだ。私もルシア、クレティコンビに乗せられている間は思い至らなかったが、普通に考えて子供2人で出歩くのは危険かも。
結局落とし所として「うちとしては大丈夫だけど、ソーディスさんに何かあっても責任取れないよ」というスタンスで向こうのご家族からも外出許可が出るようであれば行っても良い、ということになった。
ただこの世界にはメールや電話やSNSといった即応性の高い連絡手段がないため、次の日学校に行き、ソーディスさんにその旨を伝えて更にその返事を翌日に受け取り彼女の両親から承諾を貰った、というところで結局3日間要した。
電話があればものの数分で終わるやり取りも、それが無いと3日もかかるんだね。
というか、割と向こうの親が子供2人でのお出かけにオーケーという判断を下すとは思わなかったのですんなり話が通って意外だった。
その辺りの部分も踏まえて、本当に大丈夫なの? とソーディスさんに詰め寄ったものの、
「……お父さんもお母さんも、私が大丈夫だって判断しているなら、行って良いって……」
という訳だった。
なんだー、その信頼度。私なんて両親に足元見られてやらかす前提で動かれているのに、その信頼は羨ましいぞ。
いや、ソーディスさんの判断が絶対的に正しそうだって信じる気持ちになるのは、その賢さから何となく分かるけど、女の子2人ってやっぱり危なくないっすか。
その辺の話をルシアとクレティに零したら「いやヴェレナはポンコツだけど、ソーディスさん居るなら多分平気」と謎のお墨付きを頂き、しかもこの2人の根回しで、ルシアのお父さんから私の両親宛てにソーディスさんが居るから娘さんのことは心配しなくても大丈夫、という趣旨の手紙がひっそり私の両親に渡っており、事ここに至ってはお母さんから、
「安全面の心配するなら、どこに行くかさっさと計画立てなさい」
と言われてしまった。
また計画を立てようにも、前世のようにコンピューターや携帯電話がなく、インターネットがそもそも無いことから、どこに映画館があるのか、今は何を上映しているのかなどの情報を入手するのに手間取った。
結局行き先などは全部お母さんと相談して決めた。それを伝えて集合場所を伝えたときには既に終業式の日で出かける前日となっていた。
1週間前に決めてもギリギリだった。
この世界での遊び場というか出歩く場所をもっと私が知っていればスムーズに立ち回れたはずだ。無くなってはじめて分かるインターネットの偉大さ。
集合場所はロッシュヴェル駅東口の広場。私の住む住宅地からバスに乗ってたどり着く鉄道駅であるヘルバウィリダー駅と、現在通っているアプランツァイト学園の最寄駅のアプレーヒュン駅の間にあり、ヘルバウィリダーから乗り換えなしで行くことができる。
ロッシュヴェルの西部は私達の住む町と同じく住宅地が集まっているが、より王都の中心部に近い東部は百貨店やデパートが立ち並ぶ繁華街になっている。
駅からそう離れた場所ではないが、むしろロッシュヴェル駅そのものがやや大きめの駅なので集合場所に迷わないかとソーディスさんに伺ったところ、何度か利用したことがあるとのことでむしろ私の方が心配された。もしかしてソーディスさんも私のことポンコツ扱いする片鱗をみせている……?
*
期末試験の返却が終わり1学期が終了して1週間程度の秋休みへと突入した。
同時に秋休み初日はソーディスさんと遊びに行くいよいよ当日だ。
白地のシャツにブラウンのビスチェが付いているドッキングのトップス。ウエストの大きなリボンと裾に向かってフレアが印象的だ。それに合わせるのは七分丈のカーキのタックパンツ。足元はワインカラーの厚底スニーカーという感じで大丈夫だろうか。
考えてみれば学校の友達に制服以外で会うのは初めてだ。……ルシアやクレティとも休みの日に押しかけて遊びに行くのもありかなあ。あの2人は口では私のことをポンコツ扱いとか割と散々にもてあそんでいるけど、学校外で会ったりする機会ってのは少なくてお互いのプライベートの時間はめちゃくちゃ尊重しているんだよねえ。まあ、自由時間が無いくらい詰め込み教育されている可能性はあるかもしれないけど。
というわけで、こっちの世界に来てはじめて私服を家族以外に見せるので思ったよりも緊張している。
その緊張で家を少し早く出てしまい、ロッシュヴェル駅東口の集合場所の広場にも早く到着してしまった。そもそも数駅の距離だしそんなに時間かからないしね。
持ってきた白黒のストライプでピアノみたいな見た目をした小さなショルダーバックの中身を確かめながら時間を潰す。出歩くときは必ず地図を忘れないようにしている。それとメモ帳とカレンダーを兼ねた手帳。今日乗る予定の列車の時刻表も入れてある。本のやつではなく駅ごとの1枚の紙にまとまっているやつね。
そして時計。手動の手巻き式の懐中時計だ。前世の感覚だとアンティーク品のようだが、こちらでは実用品でかつ庶民では中々手に届きにくい高級品ではある。魔法使いになるからには常に時間に気を使うようにということで買い与えられた。まあ時間に追われる世界は既に体験済みなのだけど、やっぱり手元に時計があると少し安心感もあるし、何より懐中時計って漠然とカッコよさがあったので言いつけを守る形で貰ったのだ。
前世では持ち歩きの時計なんて革ベルトタイプのお手頃価格の腕時計しか持っていなかったけど、こちらの世界だと腕時計は高級品の懐中時計の更に上を行くレベルの高価な代物となっている。デザインやブランドというよりも機構の問題みたいね。
でも今日持ってきたアイテムって、考えてみれば全部スマートフォン1つあれば済んじゃうものなのよね。昔の人は良くあんな万能アイテムなしに生活できていたな。いや今の私はスマートフォン無しで暮らしているけれども。
今いる広場から街並みを見てみると、一番特徴的なのはやはり道路中央を走る路面列車だ。そしてコンクリートで舗装された道路。無舗装地帯が大半なので路面列車とは打って変わってこの世界では非常に珍しい光景だ。
そうした道路の両端には3階建て程の建物が軒を連ねている。レンガ積みだったり、白を基調とした大きな柱などが目立つ装飾が凝られた建物などが多い一方で、所々コンクリートの直線的なフォルムをしたどこか見覚えのある雑居ビル的なものもみられる。
普通の住宅や建物はまだまだ木造建築が多い中で、こうした街並みはやはり繁華街なのだな、という意識を強くする。
そして鉄筋コンクリート2階建てなのがロッシュヴェル駅だ。これも大分新しい駅舎なんだろうね。通っているアプランツァイト学園にコンクリート建築が多かったので忘れがちになるけど、そうした無機質ささえ感じさせるシンプルなビル構造というのは、この世界ではほぼ最新に近い建築様式なのかもね。
ふとその駅舎をぼんやりと見続けていたら、その灰色に映える見覚えのあるカーキとベージュのシルエットが見えてきた。
……ってあれ、見覚えあると思ったらあれ多分ウチの学園の初等科の制服だ。
ということは。
やっぱり、ソーディスさんだ。私に気が付くと軽く手を振りながら小走りで近づいてくる。
「あれ……、待たせちゃった……かな。ごめんなさい、時計持ち歩いてない……から、時間分からなかった」
そう言われたのでバックの中に忍ばせている懐中時計で時間を確認してみたら集合時間の10分前。
「私が早く来ただけだから、大丈夫、遅れてないよソーディスさん。
それよりも、今日は学校休みなのにどうして制服を着ているの?」
「……家にある服で一番良いのが、これ、だから」
つまり、制服が一番高価だから休日である今日も着てきたというわけか。
気を遣わせてしまったかもしれない。特に私がよく一緒に居る相手がルシアとクレティという父親の仕事先や家業が強いトップ2だから、私もお金持ちであるという印象を与えてしまっていたのかもしれない。
「別に普段着で来てもらっても大丈夫だったのに。あらかじめ言っておけば良かった」
「ううん……いいの。私、フリサスフィスさんみたいな可愛い私服、持ってないし……」
今、可愛いって言われた! やっべ、社交辞令だと思うけど嬉しい。小動物的なソーディスさんにこそ可愛い服似合うと思うんだけどなあ。あっでもカジュアル系も捨てがたい。ブルゾンジャケットとか良さそうだけどねえ。
「それなら、今度は新しい服を買いに遊びに行くのもありかもね! 後、苗字呼びじゃなくてヴェレナって呼んでもらって大丈夫だよ」
「うん、分かった……ヴェレナさん……。また、今度……ね」
「じゃあ、こんな所で立ち話もなんだし、そろそろ映画館に行きますか」
「ん……、ヴェレナさんが迷子にならないように、手……繋ぐ?」
この子も私のことポンコツ扱いするのか、と一瞬思ったけど真剣な顔をして聞いてきたので揶揄する意図はなさそうだ。
……それって私が本気で迷子になると思っているのかな。それか迷子になりやすい人と私を重ねているのか。うん、出来れば後者であって欲しいな。
差し出された手を払いのけるような鬼畜ではないので、行こうか、と一言だけいい手を繋ぐ。……って、ソーディスさんめっちゃ手あったかいな。
「ソーディスさんは、この街……ロッシュヴィルには来たことあるって話だったけど、何しに来ていたの?」
「親戚が、街のはずれに……住んでるの。それで来たことがある」
辺りを見回すとデパートとか銀行とか時計屋さんとか高級店みたいなのばかりなんだけど。こんな繁華街に住んでいるとはすごい親戚だな。
「……この辺に、住んでいるわけじゃない。駅の反対側の、住宅地の外れ」
あっ、そうっすよね、勘違いしてしまった。
*
駅前広場から少し歩いたら、映画館は見えてきた。
学校は秋休みで長期休暇期間中だけど平日だ。なのに映画館はそれなりに混雑していた。つまり休日になるともっと混むのか。
入館料は大人800ゼニーで小学生以下400ゼニーだった。調べた限り多分平均的くらいな値段のはずだ。あまりに安いところは治安があまり良くなくて危ないとお母さんが言っていたことを踏まえて、安全第一で選んだらここになった。立地も駅から近くて良いしね。
つまりもっと安い映画館だと更に混んでいる可能性もあったのかな。
そして大事なことなのだが、この世界の映画館にはスクリーンは1つしかない。前世で映画館と言えば、1つの建物にいくつも座席やスクリーンが用意されているのが普通だった。特に大型ショッピングモールとかに入っているやつは大体そうだよね。
だから1つの映画館では1つの映画しか見ることができない。まあ、映画で1日に何作品も観たことはないけど。
なので、今建物内に居る人は全員同じスクリーンに見に行くお客さんだ。
「ヴェレナさん……入ろう?」
周囲の活気に遮られて、少しばかし小声のソーディスさんの声は注意していないと聞き逃しそうになる。
「入るって……あれ? 上映時間とかは?」
――チケットを確認してみても特にどの時間にスクリーンに行けばいいか書いてなかった。あれ、店員さんがミスしたのかな。
「……ヴェレナさん、知らないの? チケット買えば、出入り自由……だよ? ……だから、行こ?」
ちょっとちょっと! 映画ひとつでもここまでカルチャーギャップあるのですか異世界!?




