3-2
「……あれ、ヴェレナ……フリサスフィス、さん。……どうし、たの」
同じクラスなのにこうして面と向かって話したことは一度もなかった。
彼女はソーディス・ワーガヴァントさん。入学前の代表挨拶辞退の話からずっとどこか気にかけていた人物だ。まあ私は学業成績的には2位だし、否応なしに1位の人は気になるものよ。
そんな彼女とは、あまりタイミングが合わなかったというか。入学当時からルシアの件に思いっきり首を突っ込んだこともあって、話すタイミングを逃し続けていた。
そして気付けば、人脈的派閥的なものなのか友情的なものなのかはよく分からないが――多分前者だろうけど――仲良しグループみたいなのが段々と形成されてしまったことで完全に首席入学者さんに次席として話しかけるという機を失った。
まあそれは、ソーディスさん側がかなり寡黙な感じの人で向こうからアプローチをかけてくるようなタイプではなかったこともあるだろうけど。私もタイプ的にガツガツいく方じゃないしねえ。
それでも、半年間ずっとこの子のことはぶっちゃけ気になっていた。こう言うとストーカーみたいだな。
「ああ、読む場所を探していて。この辺りで読んでもいいかしら、ソーディスさん?」
フロアの角の窓からの採光が心地よいこの空間は、読書スペースであると同時にリラクゼーション空間となっており、靴を脱いで高床式になっているところにいくつかジャグジーのバスタブ、あるいは掘りごたつからテーブルを取っ払ったような数人は入れるかのような四角い穴の四辺が革のソファーとなっている癒しのスポットだった。
私はその穴に埋もれるようにしているソーディスさんに期せずして話しかけてしまった手前、手に持っている数冊の本を見せるようにして問いかける。
別のスペースも空いているけれども、気にしない。
「うん……どうぞ。……ひとりだとちょっと広かったから嬉しいな」
結構だらけた姿勢のままソーディスさんは私を迎え入れてくれる。一応クラスメイトとはいえ、話すのははじめてなのにあっさりだ。オーディリア先輩もルシアもクレティも初対面は一癖も二癖もあったから、ある意味新鮮だなこの感じ。
ソファー、というか穴に私も身体を入れてもたれかかると、背もたれも座り心地もふっかふかで心地よい。
「ええと、ソーディスさんは放課後はいつも図書館に?」
「たまに、だけどね……」
私が同じソファーに入ってきても特段変わった様子もなくだらだらとした無防備な姿でソーディスさんは答えた。……でもたまにってどれくらいの頻度なんだろう? 彼女が授業外で何をしているかについては謎に包まれているからよく分からない。
「図書館は普段からこの大学図書館を使っているの?」
「そう、だよ。初等科の図書室はあんまり使わない……かな」
「図書館で学校の勉強したりしてる?」
「ううん……。図書館に来たときは、ここで本を読んでるよ」
なんだか質問攻めみたいになってしまってはいるけれども、ひとつ気が付いたことがある。
――この子、会話している最中も一切本から目を離していない。もしかして会話していても本の内容に集中しっ放しとか? 一体そこまで読み続ける本って何なのだろう。
「ねえ……、何の本を読んでいるの?」
その質問をした瞬間ぴたっと顔をあげる。「……これ」と一言放ち、手に持っていた本を閉じ私に渡してくる。うーん、さっきまで読んでいた本をしおりも挟まずに閉じてしまって大丈夫なのだろうか。
手渡されるがままに受け取って、タイトルを確認すると『勇者の国・官報類纂』。
……えっ、なんだこの本。
思わずぱらぱらとめくり中を読むと日記みたいに毎日のことが書いてある。ただし日記と言っても個人の日記ではない。――これは、政府の日記みたいなものだ。
法律や細かな公の規則、あるいは国の機関の報告や国会で何をやっていたか、はたまた政府の人事に至るまでの内容が『毎日』書かれているものがまとまった本だった。
「勇者の国……しらない? ほら……去年の国際運動競技大会でサッカーが強かったところ」
絶句している私に気を使ってソーディスさんが付け加えて説明をしてくれたけど、『勇者の国』というのが分からなかったわけではないから! 私に気を遣ってはいるのはひしひしと感じるものの、私は前世からインドア派だからスポーツの話題振られてもむしろ分からないって。
しかも去年の話とは。
「あ、あの……。前回の魔王侵攻で活躍した国だよね……」
かくなる上はゲーム知識で誤魔化そう。『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』をプレイした際に、瘴気の森と対峙したのは森の民、そして商業都市国家群。ヒロインの出生国の聖女の国は『唯一』瘴気の森に面していない国であった。
つまり、その他の国はすべて瘴気の森と面している。
となれば大なり小なり魔王侵攻の影響を受けているという算段だ。私のプレイしたシナリオでは『勇者の国』は出てこなかった、と思う。少なくともメインで出てきたのは、聖女の国、森の民、商業都市国家群の3つくらいだ。
これに、『人類の居住可能範囲は瘴気の森と未知の森の縁に広がる』、つまり国は東西方向に広がって形成されていることを鑑みれば『勇者の国』は森の民から離れた別方面にて魔王の侵攻を受けていたという推測が立つ。
この付け焼刃気味なゲーム知識での返答に、ソーディスさんは心なしか目を輝かせてこう返す。
「詳しいね……。15年前の魔王侵攻によって、国土が荒らされ灰燼と化した国。廃墟から10年足らずで奇跡の復活を遂げたのが、勇者の国」
隣国で、同じように全土が戦場になった『冒険者の国』は未だに国としての機能を取り戻していないことを考えれば驚異的なことだと、ソーディスさんは語る。
あれ、もしかして私の勇者の国に対する理解度がソーディスさんの脳内では大分過大評価されてしまってない、これ。知らない知識のオンパレードだったぞ。
森の民での魔王侵攻は前回のものは国土境界域での競り合いだったはずだ。国土全てが戦場になり廃墟になるほどの激戦ではなかった。もっとも街道の民の方はそうだったみたいなことをお父さんの日記で見た気もするが。
国土が全て魔王の手によって落ちる。文字通りのことがもし起きて、しかもそこから復興を成し遂げたのであればそれは確かに奇跡だ。
「そんな奇跡の国だから、この本を読んでいるの?」
「ううん……その本は、――順番に読んでいるだけ」
「……ん? えっと、順番って何の?」
「……賢者の国、英雄の国の官報は読み終わって3つ目。……あと大国のは残り6つ」
えっと、もしかしてこの世界にある全部の国のこうした本を読もうとしてないこの子?
「3つ目って一体どのくらいの量があるのこれ……」
「賢者の国のは250年分くらい。英雄の国は80年ほどだった。……今読んでる勇者の国のは、50年分あるうちの26年目のもの」
既にのべ350年分は読んでいるの! えっ、この官報ってやつ毎日書かれてるんだよねこれ?
「……毎日書かれてるんだよねこの官報」
「毎日じゃない。休日の分は載ってない」
1週間に5日分あるってことじゃんそれ。それを350年分読み終わっているって、なんだこの子。
「……入学前や夏休みに時間たくさんあったから、いっぱい読めた」
入学試験の結果出た後からこの子図書館に入り浸っていたのか。夏休みや休みの時間の使い方を果てしなく間違えていませんかねそれ……。
*
「成程ねえ……、そりゃあヴェレナが学年1位になるのはもう無理ですわね。そんな規格外の学年首席相手じゃあ、ヴェレナでも太刀打ちできないでしょうよ」
期末試験の成績優良者掲示がなされている際に、ふとソーディスさんに図書館で出会ったことを思い出し、ルシアとクレティに話したらこう返ってきた。
そのルシアのその言葉に集約されているとおり、明らかにこの小学生離れしている学園でとびっきりの規格外が彼女であるらしかった。
期末試験の結果……、私は結局2位だった。ほとんど中間試験のものと点数の取り方は変わらない。
一方で1位のソーディスさんはやっぱり満点。でも、あの子多分試験勉強してないでずっと図書館通ってたと思うけど。図書館で読んでいた本が本なだけにテストで満点取るくらいむしろ普通に感じるわこれ。
「あの……ソーディスさんみたいな人が世の中にはたくさん居るのかな……」
私の呟きには、そんなわけないとルシアもクレティも口を合わせて反論した。
「小学1年生の段階でそんな得体のしれない本を350年分読める方がそう易々居てたまるもんですか」
「そもそもありえなさすぎて、ヴェレナさんの発言も疑っているくらいですからね私は」
ルシアの発言はもっともだし、クレティに至っては私が嘘をついている可能性すら考えている。
「でもルシアもクレティもそんな感じだから、小学1年生のレベルってこんなものなのかなーって」
この世界で私の周囲に居る小学生はみんな逸脱している感じなので、段々とこれが標準レベルなのかと思えてきた。
これにはクレティが真剣な目つきで反論を行う。
「あのですね。ヴェレナさんそもそもこのアプランツァイト学園初等科は貴族の方こそいらっしゃることはほとんどありませんが、平民に門戸が開かれている小学校では我が国で最高水準の学校なのですよ。誤解を覚悟で言ってしまえば、この国の小学1年生の平民のうち上から30人がこの1年1組に集まってもらってると考えてもらって差し支えないほどなのです。そうした私達と、他の学校に通っている小学生を混同してしまうのは甚だ遺憾ですわよ」
そして、ルシアもこう付け加える。
「そしてヴェレナの言っていることを信じると、首席の子……ソーディス・ワーガヴァントさんって言ったっけ? 彼女はそうした私達の中でもさらに規格外であることくらいは気付きなさい。
ヴェレナにはどう見えているのか知らないけど、私もクレティも幼い頃から企業同士の付き合いとか自分の家の都合で社交などに参加させられたりしているのだから、分野は違えどね。そりゃあそこら辺の小学生と比べれば大人びているように感じるのも当然よ、特に私はお父様の事業を引き継ぐつもりだもの。
でもそんな私達だって、他のクラスメイトと比較して秀でている部分なんてそれこそ自分の家のことについてくらいなものよ。
私から見たら、おかしいのはワーガヴァントさんと、あなた――ヴェレナの方よ」
大人びている口調や子供にあるまじき語彙などといったコミュニケーション能力というべき部分でルシアやクレティのことを『小学生離れ』していると私は判断していたが、それは2人の立場で考えれば、当たり前に身に付いたもの、あるいは習得せざるを得なかったものだってことに理解が及んでいなかった。
バックグラウンドを考えれば、そうしたものは否応なしに身に付くことは想像することはできたはずなのにね。勿論それが優秀というか2人の強みであるという私個人の考えを曲げるつもりはない。
だけれども、少し思う。それはこの学校ではある種当然のように要求されているスキルなのではないだろうか、と。
考えてみれば、「有力者」と言われているルシアもクレティも成績優良者のところに掲示はなされていない。何でもかんでも出来るわけではないのだ、この2人も。
でも、ソーディスさんは違うみたい。まあ確かに2人みたいな社交の経験はないかもしれないけど、そもそも私生活謎だし。彼女が規格外であることは分かるけれども、2人の上を行く更なる小学1年生離れをしている人、というのはあまり実感が湧かない。
「うちの学園のレベルが高いのは分かるけど、ソーディスさんだけが別格ってのはあんまり実感が湧かないのだけどどういうこと?」
考えても実感を伴わなかったため、確証のありそうな2人に答えを尋ねる。すると、ルシアがため息交じりでこう答えた。
「そういう知識の偏り方というか常識の抜け具合はヴェレナだなあってなるわね……。クレティ? これどうする?」
「そうですね。私達の方で答えを出してしまっても多分ヴェレナさんは理解はしても心から納得はなされないでしょうから、いっそのことワーガヴァントさんと親睦を深めてしまってよいのでは?
彼女は別に利害関係とかは気にしないタイプでしょうし……」
親睦を深めるってことはどこか遊びに行けばいいのかな。友達同士で……というか現段階だと1回話しただけのクラスメイトなんだけど。
「ってことは私がソーディスさんを誘って、どこか遊びに行けばいいの? お買いものとか? それとも映画館? もしくはテーマパーク的なのとかかな」
「ヴェレナ、ヴェレナ。……自分の年齢忘れてない?」
ルシアに指摘されて慌てて気付く。
あーそっか。私、小学1年生だったわ。小学生同士で映画とかテーマパークはあんまり行かないか。でもこの年代のときって友達と何してたっけ。公園で遊んだりとか?
そうした私の小学1年生的思考切り換えは、全く思わぬ方向から想定外の声が聞こえて遮られる。
「あの……私、映画館行ってみたい……かな」
「ソーディスさん!? 聞いていたの?」
後ろから話しかけられた声で振り返るとそこにはソーディスさんが居た。
ってまあ、普通に居ることは居るよね。そりゃあクラスメイトだし。
「あら、それなら話は早いです。ヴェレナさんとワーガヴァントさんとで映画を観に行っていらっしゃいな、ワーガヴァントさんは来週の秋休みの初日空いてます?」
「うん、空いてます……よ?」
「はいはい、決まりですわね。いやー相手が乗り気で良かったじゃないヴェレナ」
あれ? いつの間にか私とソーディスさんの2人で遊びに行くことが決まってる……。いや、予定は空いているからいいけどさ。
「えっと、よろしくね、フリサスフィス……さん? ……うん、楽しみ」
――あれ? もしかしてこれ私が遊びに行くプラン立てるやつか!?




