3-1
アプランツァイト学園初等科に入学して半年程が経った。
月日が経つのは早いものでもう9月末。この学園の12号館である初等科校舎は中等科や高等科と鏡合わせになるような形で、2つの芝のグラウンドと土のグラウンドを挟んで対面している。
そのグラウンドとは反対側の校舎裏には四季折々の木々が立ち並んでおり、今の時期だと友禅のような鮮やかな紅葉が眼下に広がる。
またキャンパスの敷地内には温室や農作業場もあり、もう少し経つと学園全体のイベントで収穫祭を行ったりもするらしい。これは1年に3回ある収穫祭の内の2番目の10月の収穫祭にあたる。
……そういえば、例の『青苧の儀』は6月の収穫祭の行事だったね。
6月、10月、そして11月にも収穫祭はある。ちょっと多くないかな。
また10月収穫祭に合わせて初等科から大学科まで合同で文化祭も開催されるが、この学園では初等科ではクラスでの参加は4年次以上に限定されており、クラス参加も義務ではなく任意だ。それまでは他の学年の出し物を見て回ったり、あるいは個人やクラス以外の団体としての活動がある人はそちらに専念するようにとのこと。
団体というかグループ? 外から見れば派閥と思われているルシアとクレティと私の繋がりだが、私達3人で団体で文化祭参加は可能といえば可能だ。けれども、今回はその参加を見送った。
「あら? ……ヴェレナさんとルシアさんは、そういった『企画』ごとは大変お好きなのだと思っておりましたが、意外ですね」
「心にも思ってないことを言わないでよクレティ。もうお父様との件でこりごりよ……、もし何かするにしても一度この学園の文化祭を体験してみないことには、どういう出し物が良いのか分からないわよ」
私とルシアの『企画』ごと――つまりあの『製紙産業』の一件については完全に黒歴史となり、度々クレティにからかわれるようになった。お昼休みである今もこうして3人で集まって話すくらいの仲にはなれているが。
クレティは結構吐く言葉に毒が含まれていることが多いが、利害関係のない友人として向き合ってみれば、得体の知れなさは徐々に薄れていった。
一応、あの話し合いから1ヶ月程経過した後にルシアのお父さんは配属が変わって繊維事業部から新規事業を取り扱う部署に異動となったらしい。私は、その辺りの細かい話はあまり良く分からないが、親から聞いたのか自分で情報を仕入れているのか知らないが同じクラスの目敏い子は気付いていたらしく少々どよめいた時期もあった。
でも繊維事業ではないとはいえ、リベオール総合商会という大商会の要職であることには変わりないこと、そして何よりこのクラスのもう1人の有力者たるクレティがルシアの家のニュースが出回った前後で立場を全く変えずに私と一緒にルシアと絡み続けたことで次第に鎮静化した。
……それと、同時に私達3人の大連立派閥が盤石の体制だと周囲には思われているみたいだが。この辺りもクレティの読み通りな気がしてこわいね。
でも派閥という仰々しい言葉を使っている割には3人だけ、まあ私含めて3者共通して取り巻きみたいなのは要らないと判断しているからだけれども。
その結果、私達の初等科1年はこの半年で片手で数えられるような少人数のグループが林立する結果となった。
一方例の権力お化けの先輩のオーディリア先輩は1人で初等科2年の頂点に立っているが。学年ごとの個人のパーソナリティが大きく出てしまうのが末恐ろしいというか……。
もっともそのオーディリア先輩は私のパートナーであるため初等科1年にも一定の影響力を持っている。同様に縦の学年ごと繋がりをあの先輩は色々と持っているらしい。
まあでもその繋がりのおかげかいつの間にか『2人の有力者』だった初等科1年が『3人の有力者』となっていた。3人目は私なんだなあ、何だかなあ。
そのクラスに一目置かれてしまった恩恵は大きく、3人でつるんでいるときには周りの子があまり話しかけてこなくなった。利点か欠点か分からないねこれ。
でもそういうわけで、今みたいなお昼休みの時間は初等科校舎内にある食堂でテーブル1つを占有して3人の時間を作れたりする。
……まあ、でもこの時間って昼食も兼ねているから食堂は怒涛の混雑具合を見せている。それなのに、5人掛けのテーブルを3人で使っていても空いている2つの席にいつも誰も座りにこないのはちょっとやり過ぎな感が否めない。日によっては申し訳なさそうに私達の座る席から空いている椅子を他のテーブルに持っていく人も居るけど、明らかな上級生までもが私達にかなり恐縮とした感じで話しかけられるのはこちらの方が申し訳なくなる。
こういうところはやっぱり『派閥』なんだなあっと実感する。
ちなみにお昼休みの時間には昼食の時間も含まれておりその合計90分と小学校として考えると相当長い。
そして給食というものはないので、基本的にお昼ご飯はどこで何を食べても良い。
お弁当を持ち込んでも良し。初等科校舎内には今私達の居る食堂と購買がある。なので別に購買で何か買って教室や他の場所で食べるのもアリだ。
また食堂は中・高等科にも1つあるし、大学食堂やカフェテリアも少し学園内を歩けばあるのでご飯を食べる場所には困らない。基本的にウチの学園生であればどこの食堂も利用可能だ。
ただし、初等科から高等科の食堂はかなり高級路線なようだ。大学食堂の方にも数度行ってみたが一番高級そうなレンガと漆喰でシックにまとまった歴史的な建造物染みたレストランのような食堂ですら、初等科食堂よりも少しリーズナブルだった。大学生らで混雑していた人気? の食堂では初等科の半値以下だった。
という金銭的な事情があるかどうかは知らないが、初等科食堂に大学生が来たりすることは稀だ。まあ普通に校舎の中にあるし入りにくいのもあるだろうけど。
ただ、初等科食堂は私達初等科児童であれば学食での食事は全て記録されて後日給食費として家に請求される形になっている。大学食堂は先払い制だったから手軽さだけで言えば初等科目線では自分のとこの食堂でお昼ご飯を食べるのが最も手っ取り早い。しかも美味しいしね。
3人で昼休みに毎日のように入り浸っていたら次第に私達が派閥として有名になっていくにつれて、いつも使っていた席が半ば指定席のようになってしまった。今ではちょっと遅れて大混雑の食堂に行っても席が空いていたりするので申し訳なさを多大に感じながら利用している。
……全く意図しないところで、いつの間にか悪役令嬢ムーブをしてしまっているけど、ルシアとクレティが割と順応してしまったので言い出しにくい。
初等科食堂では席に座るとウエイターの人が注文を取りに来て料理が出来れば席まで持ってきてくれる。レストランだね。
「そういえば、そろそろ期末試験範囲が用紙で配布されますわね」
ふと勉強のことに思い至ったのか、クレティが期末試験の話をする。
「ああ、そうね。……そういえば中間試験のときも2位だったわね、次席入学者さん?」
「うっさい、ルシア」
そうなのだ。入学試験に続いて中間試験でも学年2位だった。
試験の科目は1年生の時点では言語・算術・芸術・宗教の4科目。
このうち前世アドバンテージを最大に活用できているのは算術だ。小学校レベルの算数であれば全く問題にはならない。……文章問題で地味なケアレスミスするのは許してくれ。
また言語も、元の『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』で王子も主人公も普通に日本語で意思疎通していたからこちらも前世知識が存分に発揮できる。この辺りはゲーム準拠なのよね。
芸術は中々に厄介で、更に文芸・美術・音楽・演劇と細分化され、絵画技術や音楽理論などは似通った部分こそ多いが、肝心の作品そのものについてはこの世界独自のものを1から見ていく必要がある。そして前世のときは別にそういった筆を使って絵を描くとか、楽器を演奏するみたいな高尚な趣味は無かったのでそうした知識は皆無だ。なので、この分野は習い事でも注力している部分だ。
そして、宗教。つまりは女神教についてなのだが、暗記量が他の科目と比べて段違いだ。その上前世知識が全くアドバンテージにならないという二重苦。まだ手心は加えられているのか特に問題にはならないが将来的に一番怖い教科である。
初等科3年生以上になると更に新しい科目が増えるが現状ペーパーテストがあるのはこの4科目だ。
私は中間試験では算術は満点、言語と芸術と宗教は少しずつケアレスミスやド忘れによる取りこぼしがあったものの前世ではほとんどありえないような好成績を今のところ収めている。それでも2位。
「ヴェレナは中身ポンコツだけど勉強は出来るものねえ。2位と茶化してはいるけど、それでも普通に9割超えだもの」
「どちらかというと、『次席』のヴェレナさんよりも『首席』さんが規格外という感じは致しますね」
クレティが次席を強調してくるのが気になったが、確かに1位の人がおかしい、というのは言い得て妙かもしれない。
首席入学者たる彼女の名はソーディス・ワーガヴァント。
前回中間試験の学内成績優良者掲示において満点1位。
――そして同級生はおろかオーディリア先輩ですら完全ノーマークだった彼女。ルシアやクレティの情報網をもってしても学業成績以外の特記すべき情報が上がってこないという謎の人物。
そんな謎深き彼女のことを警戒する子は多い……
「お待たせしました。パンフィッシュのムニエルをご注文の方はどなたでしょうか」
「あっ、はい。私です」
……まあ、普通に同級生でクラスメイトなんだけどね、さーてお昼だお昼。
*
初等科から高等科ではほぼ同じ時期に試験が実施される。そのため、この時期になるとにわかに放課後の勉強ムードが形成される。とはいえ初等科、特に低学年においてはまだそうした勉強へ注力する姿は限定的だ。なので私のクラス、1年1組ではそうしたテスト前の非日常的な雰囲気はほとんど存在しない。
私もテストに向けてやっていることは多くない。習い事などで関連することをやっていたりもするが、試験のために特段対策を行ったりはしていない。
一方で学年関係なく利用できる図書室などは、この時期の放課後は上級生の方が少しピリッとした雰囲気を出している。多分中等科や高等科の方では初等科図書室の比ではないだろうが。行ったことないけどね。
ただし大学科だけは期末試験が夏休み前に設置されていることから、大学図書館は中等科や高等科と比較すればそうしたムードは薄い。勿論大学図書館と言えども高等科以下の生徒・児童も利用できるため、目敏い生徒はそちらを利用して伸び伸びと勉強している人もいる。
何故、ここまで図書室や図書館について考えを巡らせているかと言えば、いくつかこの世界についての文献を調べたいと思ったからだ。
まず1つは元ゲームで主人公の出身国であった聖女の国のこと。ここがゲームシナリオや設定と大きく差が出てしまっていないかを分かる範囲で良いので確認したい。
そして、魔法や錬金術の技術関連。これに関しては前々からスキマ時間を見つけて調べていたものの、初等科の図書室にあるものでは不足であった。前世と最も異なる部分はこの2つの技術なので、そこのカルチャーギャップをなるべく事前に埋めたいことから、基礎的な内容でもより深く学ぶ必要があると判断した。
3つ目に、魔物。これも前述の魔法・錬金術と同様に調べつつあるものだったが、初等科レベルだと女神教関係の本に登場するくらいであった。ゴブリンやオークのような分かりやすいファンタジーの魔物であれば、それは将来的に『魔法使い』として戦闘技能を身につけることで対処が可能になるとは考えているが、それよりも大きな問題は『取り替え子』のような、特異かつ考え至らないような魔物の存在だ。まずはその魔物の存在を知る必要がある。もう知らず知らずのうちに命の危機を迎えることは避けたい。
という、将来的な布石とリスク排除のために、今のうちに知識を集積する必要がある。ヴェレナとして考えれば見た目こそ小学生だが、中身の私はそうではないのだ。多少難しい本でも読むことはできるだろう。
そういう気持ちを胸に大学図書館へと足を踏み入れる。図書館だけで独立した3階建ての建物だ。入学式を行った記念ホールの奥にある建物で、そのホールと同じくらい大きい。
そしてあくまでその図書館は大学科の総合的な図書館という立ち位置で、それとは別に学部ごとに専門書をまとめた専門図書館もある。さすが初等科から大学科まで一貫教育を行っている学園だ。蔵書数の規模が違うね。
前に3号館の大学科のミーティングルームを予約した際と同じように、図書館に入ってすぐの受付で手続きをして中へ入る。
……やっぱり大学生ばっかりだ。ちらほらと試験勉強に来た中等科・高等科の生徒らしき制服の姿は見られるが、初等科の人間の姿は一望しても全くない。
自分自身の場違いさに委縮しつつも「中身は小学生ではないのだ」という想いを胸に奥へと進んでいく。
蔵書のジャンルごとに階が分れているらしい。とりあえず聖女の国に関する資料を……、っとこれは3階か。国外史文献・年鑑とりあえずここを当たってみるかな。
階段で3階に行けば、国ごとに資料がまとまっていた。うーん、聖女の国に関する文献は一番奥のエリアか。奥へ奥へと進んでいき、目的のその棚を見つける。
……とりあえず、主人公の出身地である『ダナス直轄地』に関する資料を当たるか。魔石採掘系の話であればゲーム中で出てきた描写と合致するか確かめられるかも。
いくつかの本を手に取り、空いている席を見繕うため、更に図書館の奥のフロアに進んでいくと、角にある窓に囲まれた高床式で土足では入れないリラクゼーション兼読書スペースに1人の先客が居た。ってかこんな場所あるんか、すげえなこの学園の図書館。高床式のカーペットのお部屋に穴が掘ってあってそこがソファーになってる。
その先客は、大学図書館には不釣り合いな程小さな子供……というか私の背丈くらいで私と同じ制服を着ている子が床の穴のような部分に埋もれるようにして、手元の本に一心不乱に集中して読んでいた。
って、この姿は……。間違いない。
「ソーディス・ワーガヴァントさん……」
ふと無意識的に相手の名前を呟くと、それを自分への呼びかけかと思ったのか彼女は本を読むのを一旦中断して、声をかけられてはじめて私が近くにおり見られていたことに気がついたような面持ちで顔をあげた。
「……あれ、ヴェレナ……フリサスフィス、さん。……どうし、たの」
首席入学者と次席入学者。中間試験の1位と2位。そして同じクラスのクラスメイト。
――そんな2人がはじめて会話をした瞬間だった。




