リベオール総合商会中間報告書 / 新聞記事 / 社会的成果依頼状 / 雑誌記事
2章の後日談的なお話です。
例によって閑話では主人公が直接関与できない情勢変化について中心に触れております。
5月23日
我が国における繊維産業の将来予測に関する中間報告書概要 【社外秘】
約100年前、我が国の統一以前に賢者の国で魔石が発見されて以降、魔石装置学及び魔導工学は著しい勢いで成長した。その技術革新を背景に各国では産業の工業化政策が推し進められ、我が国ではこれまで軽工業を中心とした産業振興政策がとられてきた。そうした国家を挙げての富国政策によって我が国の基幹産業たる『繊維産業』は成長をみせ、対外輸出金額に占める繊維(綿糸・生糸・綿布・絹布)の割合は実に7割といった比率を示している(別途資料参照)。
我々リベオール総合商会も35年前に国営の生糸工場の民間払下げを応札して以降、その事業規模は拡大の一途を続けてきた。現在では金融部・鉱山・工業部の三本柱のうち、工業部を支える主要な事業である。
しかし、著しい技術成長は繊維事業の成長に陰りを見せつつある。分子錬金術の発達により、錬金術のプロセスを経て人工的に生み出された繊維(人造繊維)が台頭しつつある。
詳細は別章にて後述するが、新興のドラッセル商会傘下のドラッセル人造絹糸を中心に既に製造がなされているレーヨン。消費者に人気の高い絹に近い触り心地を持ち、原材料は木材で我が国の森林資源を活用できる利点がある。一方で、耐火性と強度に難がある。
また、錬金術による肥料製造を担うグランスー錬金でも、採集した綿花の種子の周辺についている繊維(通常は種子とともに廃棄)を錬金術的な操作で抽出し人造繊維(キュプラ)の販売も行っている。
そして何より、財団法人魔道具・錬金術研究所において数年前に実用化されて以降爆発的な勢いで広まっている人造繊維であるナイロン。現状、生成過程で大量の産業廃棄物(硫酸アンモニウム)を出す欠点はあるものの、石炭から抽出が可能なことで大きく話題になった。露天でも採掘可能な石炭には、綿花や繭などの『農作物』のように生育期間が存在せず、天候や気候による収量の変動も無いため、原材料のコスト面の安定性という一点では既存の繊維産業は対抗する術がない。
現在のところこうした人造繊維は、その処理過程において費用がかかる上、廃棄やロスも大きいことから価格を抑えることはできていない。
だが綿花の生育や蚕の飼育と比較すれば人造繊維のハードルは錬金術的な操作にかかるコスト面だけであり、特に我が国から糸や布を輸入している諸外国にとっては、大規模な綿花農場や桑畑などが無くても既存の繊維製品と代替可能な新技術としてみられており、中長期的には繊維輸出量の低迷は予測される。
近年の世界全体での人造繊維の価格の推移に着目すると、レーヨン製品は10年間で10%の低コスト化、キュプラも6%の低コスト化がなされており、ナイロンは5年間で8%もの低コスト化がなされている。そして人造繊維市場全体では10年前と比較して市場規模が8倍と大きく広がっており、更なる拡大は予想される。
特に危惧すべき数値をたたき出しているナイロンでは、現状のまま低コスト化比率で推移した場合、およそ15年以内には外国企業が自国にナイロンの人造繊維工場を建て布を自給するコストと、我が国から繊維を輸入するコストとの間に有意な価格差が存在しなくなる恐れがある。最悪の場合、諸外国が自国産の人造繊維に徐々に転換していき自国の繊維自給を満たし我が国からの繊維輸入を緩やかに停止することも考えうる。
そのため、今後15年を目途に繊維事業の緩やかな破局が予測され、そして我が国の輸出の7割を占める繊維産業の後退は、経済全体へ与える影響も甚大でそれに付随する更なる社会的混乱にも備える必要が生じる。
そうした予測に我々が耐えうるために、15年以内で新規事業への進出、あるいは現在繊維事業部の下に置かれている人造繊維研究部門の独立を推進することを提言する。
リベオール総合商会 リベオール工業部 繊維事業統括本部長 ベック・ラグニフラス
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【 人事異動のお知らせ・リベオール総合商会 】
6月1日付でリベオール総合商会・リベオール工業部繊維事業統括本部長のベック・ラグニフラス氏が解任され、後任にはヘニング・ボニファズ氏が就任。ボニファズ氏の前職は繊維事業統括本部副部長でラグニフラス氏の元部下。一方ラグニフラス氏はリベオール工業部新規事業部長に異動。叩き上げのラグニフラス氏は繊維事業から外された形となる。
花形の繊維事業においての今回の人事刷新は昨年8月に起きたフォーク前商会長の暗殺事件以後商会長に就任したエバーハルト・ヘルモ商会長による体制改革の一環であると専門家は分析している。
( 国民経済新聞 6月3日 )
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6月11日
学校法人アプランツァイト学園初等科
初等科校長 ハンス・ウィラベルト 様
『社会的成果』に対する機密評価について(依頼)
拝啓 向夏の候、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
さて、突然のお願いで恐縮ですが、この度弊会では経営上での重大な方針転換を行うこととなりました。
つきましては、その決定に尽力を致しました貴校児童の、ヴェレナ・フリサスフィス様並びにルシア・ラグニフラス様両名の『社会的成果』評価へのご考慮を給いたく、一報させて頂きました。
また、恐縮ではありますが、今回のご両名の『社会的成果』は、弊会の機密事項も取り扱っている関係上是非ご内密にして頂ければとお願い申し上げる次第であります。
ご多用と存じますが、なにとぞご承諾頂きたくご配意の程をよろしくお願い申し上げます。
敬具
リベオール総合商会 商会長 エバーハルト・ヘルモ
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【 硫酸アンモニウムは善か悪か 】
近年上流階級の婦人らを中心にホルモンやビタミンなど健康食品が大流行しております。そうした健康ブームの波に押されて新しく流行りの兆しを見せているのがオーガニック食品。錬金術で操作された肥料を使わない、無肥料あるいは、自然由来の肥料だけを使った食品です。
錬金術が用いられた肥料のひとつに硫酸アンモニウムという物質があります。確かにこの肥料は植物の生育に良く効くのですが、一方で植物に良くない硫化水素が生成されることもあります。
聖女の国の錬金術専門研究誌「プリマ・マテリア」では「硫酸アンモニウムが河川や湖沼に流出し化学反応が発生すると重大な水質汚濁を引き起こす恐れがある」と報告されております。ですので、そうした肥料の使われていないオーガニック食品を食べることが巡り巡って我々の住む世界の環境を守ることにもなるかもしれません。
こうした自然食品ブームに賛同している方々もおります。例えばリベオール総合商会の商会長であるエバーハルト・ヘルモ氏は「硫酸アンモニウムは肥料として使われている以外にも、工場からの廃棄物として出てくる場合もありその処理には困っている商会もある」と述べております。実際に人造繊維であるナイロンの製造過程においてはこの硫酸アンモニウムが大量に排出されているという事実もあります。
一般市民や企業のそうした環境意識の高まりを受け、国際環境保護機関により「硫酸アンモニウムの利用に関する国際会議」が提起されており、そこには我が国・森の民の代表者も参加する見込みです。
現在では硫酸アンモニウムの取り扱いに関する国家間や企業間での取り決めはないのが現状です。ですので、もっと深く硫酸アンモニウムの利用について知り、「対話」を行っていく重要性が今後ますます高まっていくのではないでしょうか。
( 環境総合誌・わたしたちと世界 8月号 7月25日発売 )
実際の硫酸アンモニウムは水生環境急性有害性も水生環境慢性有害性も区分外となっておりますが、硫化水素は双方ともに「非常に強い毒性」を示す区分1となっております。
ですので、作中で述べた「硫酸アンモニウムの化学反応による重大な水質汚濁」というのは硫化水素が生成された場合における限定下での架空の研究報告を指しており、実際の硫酸アンモニウムを利用されている肥料や薬品等を貶める意図はないことをご理解いただければと思います。




