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「……事業買収ですね」
私が端的に一言でまとめた言葉に対して、ルシアの父親は興味深そうに頷いてこう返した。
「なるほど。ではその意見に至った過程を教えて頂きたい」
「はい。といってもそんなに難しい話ではありません。あなたのお仕事である工場の労働管理ですが、これは別に繊維産業ではなくどのような形態の工場にでも応用が利くものなのではないでしょうか。工員の賃金や労働争議への対応策というのは業務によって著しい差が生じるものでもないでしょう。
故に、あなたの今の業務経験は他の業種・業態の工場で活かせると思いました。であるので、製紙産業を盛りたてていくのであれば、わざわざゼロから工場を建設しようとせずとも、現在労働問題を抱えていたり、あるいは業績の振るわない製紙工場を買収するのが最も適当な手段なのではないでしょうか」
ゼロから工場をつくり、従業員を雇うとなると事業に精通した専門家が必須であることは、ここまでで再三指摘されていた。
では、既にある工場を専門家ごと召し上げた場合はどうだろうか。そして労働管理対策のプロフェッショナルが目の前に居るのであれば、人材さえ揃った工場であれば多少の問題があっても彼が何とかできるはず……というかそもそも、この展望であればルシアのお父さんが自己判断で何とかできる工場を勝手に見繕ってくればいいだけだ。
その瞬間、対面して座る彼は手を叩いた。……よかった、当たっていたみたいだ。
「ルシア」
彼は娘の名を短く呼ぶと、ここまでの流れを見ていたルシアが一言はい、と返答する。
「この友人の価値を見誤らないように。彼女はルシアにとって毒にも薬にもなることは今回の件で分かっただろう」
そこまで言い切ると彼は私の方に向きかえり、こう放った。
「ヴェレナさん、正解だ。振っておいてなんだが、正直な話驚いたよ。
少々お節介かもしれないが、君に1つ助言というかご褒美をあげよう」
今更だけどはじめてこの人に褒められた。いや、友達になったことで最高評価は頂いていたか。
「君は実に不可思議な人間だ。その道のプロフェッショナルでないと思い付かないような発想力や、結論だけを見通せる神がかりとでも言うべき将来を予測する力を持っている。繊維産業の将来性を見抜いたことや、現状の製紙産業の情報なしに10年遅れとはいえその業務に携わっていた人と同じ構想を描けていることから、そうした能力があることは分かった。それは運なのか自分なりの独自の理論に基づいたものなのか分からないが、ある意味では特別な才能とも言えるだろう。
だが、その君の持つモノは2つ大きな課題点がある。
1つは本職の人間顔負けの発想力をすることだが、これは言い換えてしまえばある程度経験を積んだ人で別に代用が利いてしまうという問題だ。つまり専門家さえ用意できれば、特段君を頼る必要はないということだな。
2つ目に、君のその将来の形を見通す能力そのものだ。君はどうも先に終着点が見えすぎているように思える。というのも本来あるべき思考の過程が抜けていることが多く、非論理的だ。故に君の話はその結論が正しいことであったとしても説得力が生まれない。今後、その発想力をそのまま披露していくと、極端な話で言えば君はよく当たる占い師程度の存在と思われかねない、それは実に惜しい。
もっともあくまで現状での評価でしかないし、君の今後の進退に口出しをするつもりは当然ない。ただ君の価値はこの才能にばかり注目されがちだが、本質はどうやら違うような気もするがね」
結論だけの将来を見通せる力。
これはつまり前世知識のことだろう。この世界にあるものが前世知識の中途段階のものであった場合、先の知識だけを持ってしまっている。しかし結果しか知らず、その過程で何が起こったのかは分からない。
たとえば、繊維産業。
前世では絹100%や綿100%の服が無かったわけではないが、ポリエステルとかアクリル繊維とかそうした名前を多く見ていた。それこそ高級志向のセレクトショップから、激安を売りにしたファッションチェーン店まで。故に今のこの世界における、『中級・高級服市場では化学繊維のものと天然繊維のもの、一般庶民向けは天然繊維だけ』という現状にはどうしても違和感が先行した。
ただし、一般庶民向けの商品にも化学繊維が今何故広まっていないのか、これからどうして広まると思うのか、という問いには明確な答えを私は持ってない。大方量産に耐えうる製造コストの低下に関しての何らかの技術革新があるとは思うが、それが何かは分からない。
これは私視点から見れば事実でしかないのだが、転生者であることを知らない人から見たら、結論ありきで話を組み立てているようにしか見えないのだ。
すなわち、『いずれ一般庶民向けの布地にも化学繊維が広まるだろう(ということを前世知識で知っている)。何故なら製造コストが下がるだろうからだ(それは今の化学繊維を使った洋服の値段は前世よりも高い気がするからだ)。しかし、それを成し遂げる技術は不明』と推論ばかりで根拠が何もないのだ。
一方で、ルシアのお父さんの言っていたあるべき思考過程というのはこの真逆で、『○○という技術がある。この技術があれば、化学繊維の製造コストを下げることができるかもしれない。もしそうなればゆくゆくは一般庶民向けの布地にも化学繊維が広まるだろう』となる。
前世知識というものを出発点にしているせいで、結論ありきの議論に終始してしまう。単なる言葉遊びと思われるかもしれないが、前世知識と今のこの世界の現状とを架け渡す『橋』となる話が私には存在しないせいで、ただのほら吹きの夢想家と判断される可能性が高いのだ。
そして、この前世知識というものを彼は『能力』と称し、同時に私の本質とは異なると言ったが、これもまさにそのとおりだと思う。
だって前世で普通に生活して得た知識を思い出しているだけだ。そこには私のパーソナリティが介在する余地がない。ただ『現代』で生まれ、『そこに偶然あったもの』の知識だ。他の誰でも持ち得る当たり前の才能でしかない。
電子工学に熟達した人間であれば電子レンジやテレビの構造を理解しているかもしれない。しかしそのような知識は無くても誰でも家電製品の使い方は分かる。
医学や薬学に携わった人間であれば、もしかしたらまだこの世界に存在しない治療法や治療薬を知っているかもしれない。しかしそのような知識は無くても病院や医療が大事であることは分かる。
法律に詳しい人間であれば、この世界の法制度の問題に気づきその解決策を持っているかもしれない。しかしそのような知識は無くても罪を犯したら捕まることは知っている。
私はそんな後者の人間でしかない。電子レンジの使い方は分かっても、電子レンジの作り方は知らないし、なぜあの世界に電子レンジなるものが生まれたのかも知らない。
体調がひどくなったら病院で診察をしたり、薬局で薬を買って安静にすることが大事なことは分かっていても、その薬の成分は知らないし、なぜ病院に行けば誰でも医師の治療を受けられる制度になっているのかも知らない。
殺人や窃盗、放火をすれば捕まることは知っていても、それらの罪の軽重がどのような判断基準でつくられているかは知らないし、それらの法律の制定の際にどのような議論がなされたのかも知らない。
私にとっての前世で暮らしていく中で得た知識というものは、結果だけの産物にすぎない。何か一芸に特化したわけでもなく何を極めたわけでもない私の持っている知識は、この世界に大きな影響を与える可能性こそあれど、説得力が伴わないために、この世界に住む人々の想定しうる範疇の成長しか促せないのだ。
――それはすなわち、私が居ても居なくてもこの国の、この世界の発展には何ら影響を及ぼさないということだ。
だって、説得力がなく占いと同義でしかない私の意見が相手に通るということは、相手も同じことを考えていただけなのだから。
では『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』をプレイしたゲーム知識はといえばこちらもほとんど一緒だ。
ゲームヒロインの登場国とは違う国のせいでシナリオ通りに進めた場合に起こる、敗戦と婚約破棄という結論しか分からない。結論しか分からないという意味では、これも前世知識と同じ説得力皆無で同じことを考えている人にしか通用しないという問題が常に付きまとうこととなる。
今でこそ前世で重ねた年齢分の経験差がある故に、こうして前世での基準から言えば明らかに小学生離れした同級生たるルシアやクレティさんのような相手と張り合えているが、彼女らはこれから中学生・高校生となったときに、果たして私は彼女らと同じ目線で立っていられるだろうか。ここにルシアのお父さんの言う『私の価値』なるものが試されるのかもしれない。
前世知識やゲーム知識でもない、元の世界ではさしたる取り柄もなかった私の価値とはなんだろう。分からない、分からないが……
「『選ばれた者は、その役割を全霊を持って応える必要がある』ということ、か……」
思い出したのはこの世界ではじめて教会に行ったときの司祭さんの『説教』の一節。大勇者様にとっての女神様の祝福が、私にとっての前世知識なりゲーム知識というと言い換えることができるかもしれない。であれば、『私の価値』とはやはりあのときの決意と同じく、課せられた役割に応えることなのかもしれない。
私のつぶやきに対面に座るルシアのお父さんはこう返した。
「聖書の大勇者様の一節か。成程確かに状況に即してると言えなくもない。誰かのために努力をし続けること、それもまた美徳という1つの個性の形だろうな」
その言葉に重ねるように、クレティさんが口を開く。
「では、ヴェレナさん、そしてルシアさん。あなたとあなたのご友人が大勇者様になる第一歩として私の願いを1つ聞いては頂けないでしょうか」
「えっ、ああ、まあ、内容にもよるけれども、私が出来る範囲のことであれば」
必要があっての行動で、しかも私達へのリスク管理も兼ねていたから責めにくいけど、結局クレティさんには半ばしてやられた感はあるから、微妙な返答となってしまう。ちゃっかりしているというか、しっかりしているというか。今の印象ではそんな感じだ。
「いえ、別に今更になって利益を要求したりは致しませんわ。私のことをお二人の駒でも事業提携者でも派閥の構成員でもなく、友人にしてはいただけないでしょうか」
思わず私とルシアは顔を見合わせてしまう。そのまま口から思わず零れるようにして私は言った。
「えっと……その意図は?」
何も考えずにストレートで聞いてしまった。ルシアの顔を再び見ると怒ったようなしぐさを見せている。ルシアのお父さんは笑いをこらえているように口元を隠してしまった。直球勝負で聞いても真実がかえってくるわけはないのに、これは悪手だ。
「そうですわね。どちらかといえばお二人がこれから為す行動に興味があるといえばいいでしょうか。本日こうしてルシアさんのお父上との相談会に招かれたことで、大分印象も変わりましたし。
……まあそれ以上に初等科1年の中心になるお二人を助けるにしても対応するにしても、もう少し近くに居ないと何をしでかすか分かりませんもの」
ああ、クレティさんもルシアと同じく私をポンコツだと思った勢ってことね。そしてルシアのことも私と同類にみなした、と。
「ま、まあ私は構わないわよ! 後はヴェレナ次第ね」
そんなことを考えていたらルシアが先に返答した。組織体制の問題を先ほど問われたことで、私に対してイニシアチブを取るようになったな、ルシア。まあ色々口走ったり考えてしまったが、私の答えは決まっている。
「ええ、私も勿論構わない。よろしくね、クレティさん」
望めばトップに立てる位置にもいる。故にそうした派閥抗争に巻き込まれるのは確定した立ち位置ではあるが、根本的には私とクレティさんの間には利害関係はない。であれば友人関係がベストなのではなかろうか。
製紙産業の計画立案に目がくらんでクレティさんを利害関係で釣ろうと思ったのがそもそも失敗だったのだ。というか、はじめは人脈形成なんてしようとも考えていなかったのにね。ここは初志を思い出して、友人を増やす。それだけでいいのではなかろうか。
――こうして、私とルシアとクレティのはじめての『お仕事』は失敗に終わったのであった。
*
後日談、というかその日の夕方のお話。
その後少しルシアの家では少し世間話をした後に解散となり家に帰宅した私を待っていたのは両親であった。
ダイニングテーブルを囲んで座り、テーブルの中央にはお茶菓子、そして紅茶をお母さんが入れてくれた。紅茶を一口含むや否や、お父さんがこう言い放つ。
「どうだったか? 思う存分叱られてきたか?」
……この両親全部知っていやがったな。今日私がどうなるか知っててさもなにも知らない様子で私を送り出したのか。
「……クレティとの繋がり? それともルシアのお父さんの差し金?」
この質問にはお母さんが答えた。
「ヴェレナのお友達のルシア・ラグニフラスさんのお父上は大変娘想いなのね、自分の娘のお友達を叱れるだなんて中々できませんわ、立派な殿方ですわ。あなたも見習うべきよ」
そのお母さんの言葉に恐縮そうに笑みを浮かべるお父さん。畜生私とルシアは完全に梃外されてたな。
「どうして怒られるって言ってくれなかったの。先に問題があるって分かれば私も、もう少し対応ができたのに」
「まあ、ヴェレナ。そもそもの発端は君のせいだろう。魔法使いが同族意識が強いことは私から話したと思うが、そうした身内の仲間意識が強いのは何も魔法使いだけでは無かったということだよ。
今回の件は、それを失念していた勉強料ということだね」
つまりは商人もまた身内以外に口を出されるのを嫌う傾向があったってことか。……ああ、となれば、私のしていたことはやりすぎだね。業務に口を出し、計画策定に口を出し、挙句の果てにはルシア、跡取り娘を操れる位置にまでいってしまった。
一歩間違えればこれは何らかの報復行動すらもありえたな。これを言われたあのときも叱責で済んでよかったとは言ったが、本当にそうだ。取り替え子のときのように、また知らず知らずのうちに自分の進退を賭けて、死線でふらふら彷徨っていたわけか。
決定的な破滅を回避したのは私が善意からの行動だったということだけ。……また、偶然に助けられた結果だね、これは。
「いやあ、高い勉強料だったなあ……」
もうこんなことを味わいたくない気持ちはあるが、何もしなければこの国は敗戦に向かう。……魔法使いとなり、もしこの国の宰相として立つのであれば今後もこうした修羅場は何度も潜り抜けることになるだろう。憂鬱だ。
「ことが商売の話に及んでいたから、門外漢である私達がヴェレナのことを叱っても効果はあるだろうが、自分のやらかしたことの大きさを理解できるとは思わなかったので今回はラグニフラス家の誘いに乗る形で叱責を代行してもらった。
他人の腹を勝手に弄ったことを叱ることはできても、それが商売理念上どういった問題があるのかまでは私達には分からなかったからな」
いやあ、その判断は正しすぎですよ。私が大失態を犯したのは分かったが反省へのお灸にしては効きすぎている。
もう少しお手柔らかにして欲しかったな、と思いながらお茶菓子に手を伸ばす。見た目は白くポップコーンみたいだが、部屋にはほのかに甘い香りが漂っている。
そのお菓子の芳香の中で、今回の失敗と反省点を考える。
必要以上に利害関係に囚われたのはまず失敗だったな。そうした利害先行の先入観は放棄しないとね。勿論それが今の学園では重要なファクターではあるのだけれども全面的に押し出して関係を迫るのはやはりよろしくない。クレティの件に関しては、心情的な部分も含めて無視し過ぎていた。自然体を見せるのであれば最初からただの友人で良かったのだ。
そして、2つ目のミスは前世知識にも囚われすぎたこと。確かにこの知識やゲームのことは私にとって重要なものだし、実際正解への道筋にはなるけれども、少々頼り過ぎていた感は否めない。これでは前世知識の操り人形だ。
――そう。この世界のことをもっと知らなくては。
最初の頃は当たり前に持っていた、この世界のことを知ること。それがいつの間にか前世との比較ばかりに目がいって疎かになってしまっていたのかもしれない。少なくとも製紙産業の過去の事例を調べなかったのはそういう驕りがあったからだと、考えている。後悔先に立たずだね。
じゃあ、そうした前世知識による先入観も放棄。今後は前世知識の操り人形ではなく、選択肢の1つとして活かしていくことを考えていかなきゃ。
そう考えながら、無意識でお茶菓子を口に含んでいた。
そのポップコーンみたいな見た目をしたものは、噛んだ瞬間にさくっと軽快な音を立てる。そして、白い見た目は甘いソースのようなものだ……でも食べたことある味、ああ、この白いのは焼きマシュマロが溶けたものだ。
そしてそのマシュマロソースには微かにバターの風味も感じられ、それがお菓子の本体、香ばしくサクサクとしている部分と絶妙にマッチして……、あれ? もしかして、この本体部分もどこかで食べたことあるぞ。この穀物ともスナック感覚ともシリアルとも言える食べ物は……
「どうかしらヴェレナ? マシュマログラノーラのお味は?」
やっぱり、グラノーラだったか。マシュマロをかけるだけでこんなに性質が変わるものなんだね。
前世ではずっと何かにかけて食べていたグラノーラだったが、そうしたシリアルという先入観もまた……
――マシュマロのグラノーラは、放棄の味がした。




