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何故この計画を立てたのか。そして顧客であったはずのルシアのお父さんは何を求めていたのだろうか。
前者については簡単だ。経緯に立ち戻れば、そもそもオーディリア先輩に期待以上のことをやってみたらどうか? とルシアが唆されたところから始まっている。
ルシアのお父さんが求めていたもの。……これはあれか。繊維産業の将来的な危惧を共有できる者を探すというやつかな。
「私に与えられていた役割は、繊維産業の展望をルシアと共有すること……」
「その通り。そして私が求めた情報共有という一点に対しては君は充分な働きをみせていた。我が家と君には何ら利害関係がないことから、ルシアの小学校最初の友人が打算的な関係以上のものになれるという意味ではこちらの目論みを超えていたともいえる」
私の呟きに対してルシアのお父さんはそう返す。あれ、私達はこの人の『期待以上』を得るために動いていたけれども、既に友達になった時点でそれは達成されていた……?
私の疑問に対してこう補足がついた。
「私が求めたのは先ほど、君が言った通り『繊維産業』の問題共有ができる仲間を探すことだ。しかしこれは君の立場からでは見えないかもしれないがあくまで努力目標――すなわち成し遂げられなくてもやむを得ないものとしてルシアに言い渡したものであった。
その課題をクリアしている時点で満点であるし、そこに自己利益誘導の類ではない助言が行える人物であったという意味では満点以上の人材ではあったのだよ」
友達になった事実が満点以上。ということは確認することがある。ルシア父に許可をとり、傍観者に戻ったルシアに1つだけ質問をする。
「ねえ、ルシア。あなたはもしかしてこのお父さんに褒められることってそんなに多くない?」
その質問をした瞬間目の前に座る人は顔を若干しかめるが無視してルシアの答えを待つ。
「……えぇ、お父様から直接お褒めの言葉を頂くのは滅多にないわね」
ああ、やはり。
つまり一番初めにこの問題を見誤ったポイントは、計画策定の初日にルシアが父に褒められてはしゃいでいたところだったのだ。
小学1年生だから褒められて嬉しくて私に喜びの感情を隠さず話してしまう。私はあのときの様子をそう判断したが、アプランツァイト学園の人脈作りの校風やルシア自身の内面の成熟度合いを考えれば、そうした喜びの感情を不特定多数にも見つかるような形で見せてしまっていた失態には何らかの理由が紛れていたと考慮すべきだったのだ。……って、分かるかそんなもん!
ただもし、そのとき既に満点以上の評価を頂いていたことを気付いていれば、こうしたミスは起こることはなかった。
「つまり……私とルシアが計画を立てていたという行為そのものが全く不必要な動きだったというわけですね」
「そうだ。君達の最終目標は私からより高評価を得ることだが、その前提からおかしかった、というのが1つの問題だな。
だから君達の計画立案は顧客の意志を聞いていないどころか、顧客そのものを無視したものになっているというわけだ。そもそも意志や要望など何もないわけだからな」
依頼されたわけでもないのに勝手に要らないものを作られる――机上計画とは言えそれには使う相手、すなわち顧客が居る。その顧客も需要も必要性も全て無視して、自分が作りたい計画を勝手に作っていた。
それは確かに商売人として看過できない大問題だ。それを自身の後継者にもなるかもしれない娘が執り行っていたとしたら、論外と評価するのも納得がいく。
段々とみえてきた課題の数々だが――1つ疑問が浮かぶ。
……でも今ルシアのお父さんと1対1で対峙しているのって私だよね? 何で私が叱責を受ける立場に居るんだ。
いや、関係者であることは確かにそうなんだけど、これって家庭内で収めてもいい問題じゃないかな。
私の若干の不満の気持ちが見えたのか、別の切り口から問題が語られる。
「次の問題点だが。これは2人の問題だ。まずヴェレナさん、君は計画の主導をしすぎだ。ルシアと比較すれば知識はあったのかもしれないが、そもそも根本的にこの問題はラグニフラス家の問題だ。君の行動原理が善意からくるものであったことは分かるが、もし君に悪意や自己利益追求の意図があればルシアを傀儡にして、この製紙事業のプランニングを掌握することもできた。その可能性があったことが問題として非常に大きい。
ルシアは、その可能性に気付かずヴェレナさんに対しての警戒心が皆無だった点だな」
私とルシアは確かに対等な関係だ。だが製紙事業と私はほぼ無関係な一方で、ルシアと事業は今後の人生すらも左右しかねない将来設計も含めた問題であった。つまり、製紙事業にかかっている重みはルシアのが計り知れないほど大きい。にも関わらずこの計画をつくるとき、私とルシアは対等のパートナーとして振る舞っていた。
そして対等であったが故に、私は前世知識で思いついたことを何でもルシアに伝えていた。それにルシアは同調した。前世知識が正しいとか間違っているとかそういう問題なのではない。
私が意見を出してルシアがそれを決裁するという職務上の上下関係を決めておくべきだった。なぜならこの計画の責任を担うのはルシアなのだから。私は横から口出ししているだけに過ぎないのに。
私が言っていることが正しいからとか、私のが知識があるからという理由で私が計画の主導を握りつつあったのが問題だ。私にその気があればルシアを操ることもできたという可能性を見いだせてしまう組織体制の問題である。失敗したとき破滅するのはルシアを含めたラグニフラス家だけで、私は製紙事業と一蓮托生ですらないのに対等であったのは流石におかしい。
「最初に提示した相談相手という存在で留まっていれば、君の立ち位置はそれで間違っていなかった。だが君はルシアの事業パートナーになることを選んでしまった。その上君達は友人関係を事業に持ち込んだ。その結果、友人関係としても仕事仲間としての関係と考えても歪な関係性になってしまったのだ」
私の善悪価値観だけで均衡を保っていたという、それだけの危険性があった関係だったのだ。
悪意さえあれば自分の娘を操り人形にすることもできる組織システムの運用者、そりゃあルシアのお父さんに怒られる。むしろよく叱責で済んだわ。
ふと横をみると、その可能性を全く考慮していなかったのかルシアが青ざめた表情となっていた。確かにルシアの立場から見れば私と利害関係が無いからとはいえ、出会って間もない人間を信用し過ぎだったし不用意だったのかもしれない。
「ルシアもヴェレナさんもその危険性について理解してくれて何よりだ。だがこれと同じくらい問題がまだ眠っている」
その言葉とともに、私が今居る応接室に入ってきたドアとは反対側にある部屋からずっと待機していたのだろう、1人の人物が現れた。
「本日はお招きいただきありがとうございますわ、ベック・ラグニフラスさん」
「ああ、こちらから無理を言って我が家に来てもらって申し訳なかったな、クレティ・ロイトハルトさん」
クレティさん!? まさかの事業に引き込んだ3人目のパートナーの登場に私とルシアは思わず立ち上がって声をあげた。
*
えっと、ちょっと待って……! ルシアのお父さんがクレティさんを呼んだってこと? え、じゃあ、あの2人は繋がっているの? でもどういう関係だ、繊維産業の統括の大人と油問屋の娘の小学1年生がどの線で繋がりようがあるんだ。
あっ、ああ、もしかして……
「改めてヴェレナさんとルシアにも紹介しておこう。君達の動向を私に報告してくれていたクレティさんだ」
やっぱり……。
不自然な点はいくつかあったのだ。ルシアのお父さんが事業内容はともかく、その成立背景まで細かく知り過ぎている。ルシアが話していたのかとは思ったが、それにしてはルシアが私に対しての叱責に逐一驚きすぎだったし、私に怒るついででルシアにも不備を指摘している。
つまりこの件について、ルシアが父から苦言を貰っているのは今がはじめてなのだ。別の視点から見れば、論外と断ずる理由の1つに顧客の意志無視があるが、これは逆説的に言えばルシアが父に何も相談していなかったことの証明にもなっている。
故にルシアではない別の誰かが情報の横流しをしていたわけだが、それがクレティさんだったわけだ。
「第4の問題は、君達はクレティさんの立ち位置についてあまりにも無配慮だったことだ。そちらの立場からみればクレティさんが裏切って私に情報の横流しをしていたように見えるが、むしろ彼女の働きは商売人として真っ当な行動原理に基づいていた。つまり顧客との情報共有の橋渡し役を担っていたというわけだ」
「えっ、でも、私達クレティさんから、お父様に相談していたなんて報告受けてないわよ……」
ルシアの呟きには私も同感だ。
クレティさんがそうした動きをしていたことは知らない。そもそも彼女は油に関することしか私側からは聞いてないし、聞かれてことしか答えていなかった。
「あら、ルシアさんもヴェレナさんも私の行動を制限することも、報告することも決めていらっしゃらなかったじゃないですか。そもそもあなたたちが私に助力を求めた際には油に関することのみ聞き出したいご様子でしたので、それ以上のことは報告の義務はないかと思っておりましたわ」
その言葉を受けてルシアのお父さんが補足を加える。
「……つまりだな。クレティさんの立ち位置について曖昧にしっ放しにしていた君達の問題だ。君達はクレティさんのことを油の専門家として必要としたのか? 対等な事業主の1人として求めたのか? あるいは友人関係を築こうとしていたのか?」
それは……、どうだっただろう。利害関係からはじめて友人関係を築ければな、という気持ちがあった気はする。けれど、そこまで深く考えていなかった。
「私をただ油の専門家という駒として取り扱うのであれば、もう少し秘匿にすべき情報と私に流す情報は分けるべきでしたわ。そもそもそうするのであれば私を毎回集まりに呼ぶ必要もなかった訳ですし。
対等な共同経営者としての立ち位置を望むのでしたら、私達はお互いのことを知らないので、親睦を深める必要はありましたし、お互い家の背景の違いますのでしっかりと規則をつくって誰が何をするのか明確にする必要がありましたわ。
一方でもし友人関係を築きたいとお考えなら……利害関係を強調し過ぎましたわね。当然今回のお話はロイトハルト家全体にお知らせしております。幾分強引なやり方にルシアさんとヴェレナさんは正直私の家の者に不興を買っておるのですよ」
駒としても仕事仲間としても友人としても、全てが中途半端であった。そうしたロイトハルト家を軽んじた動きがルシアの独断なのか、ラグニフラス家の総意であるのか確認をとるためにクレティさんはルシアの父と繋ぎを取ったらしい。
また、確かにクレティさんを誘った際には利益付与を条件に相談に乗るように口約束してしまっていた。しかし現在に至るまでクレティさんの下に1ゼニーも渡されておらず結果として約束を反故する形になってしまっているのも不興を買う理由の1つとなっている。
そして忘れがちだがそのときクレティさんと私達ははじめて会話をしたのだ。一方的に知らない人から利益やるから相談に乗れと言われること、それそのものも考え直してみれば大分失礼な話である。
そこまで私達のやり方に不満を覚えていながら、彼女はそれを全て表に出さず話だけは聞くというスタンスで計画に入ってきた。
うん、これはルシアのお父さんもクレティさんに対して好感触を抱くよね。私達の動きが相手の気持ちを考えず反感を覚えさせるように動きすぎだ。
1つクレティさんに問いかける。
「でも、クレティさんがそこまで問題を把握していながら私達の計画に参加したのは何故?」
「それはひとえにルシアさんとヴェレナさんの派閥として見られれば今後の学級運営上で自分の意見が通りやすくなることからですわ。実力者の1人であるルシアさんと、ある種の隠し札たるヴェレナさんが組んだとなれば初等科1年の中心となるのは否応なしにあなた方ですからね」
――クレティさんは目の前の計画ではなく、その先を見据えて私達に力を貸していた。
そもそもクレティさんの実家のロイトハルト家は老舗の油問屋、つまり彼女の家は正真正銘の経営層の家系なのだ。学内の実力者という意味では彼女もルシアと比肩する。つまり実力者同士の大連立。それが彼女の目的であり、全ては目的に即した戦略行動であった。
であれば、ラグニフラス家の意図を伺いにルシアの父に繋ぎを求めるのも当然か。むしろそうした行動に全く気が付かずに対応するも黙殺するも何もできなかった私とルシアが悪い。
「これで、そもそも計画の中身以前に問題が山積していたことをようやく理解して頂けたと思う。最後に一応中身についても改めて触れておく。
ここまで問題を起こしておきながらそれでも黙認したのは、君とルシアがどれだけの計画をもってくるのか興味があったというのもあるからな。
しかし出てきた計画は10年遅れの発想なのは百歩譲って良いとしても、理想を語るばかりで現実に即していなかった」
「理想を語るだけとはどういうことでしょうか?」
「工場建設にかかる期間は? 工費は? どこに工場を建設するのか、そしてその場には視察に行ったのか。鉄道の誘致は国策となる故国の機関をどうやって動かす。誘致費用はどうやって用意する? そして、その工場では1日にどれだけの紙が生産され、どれだけの利益率を上げるのか? 結果どれほどの黒字、あるいは赤字が出ると試算しているのか?
――つまり、君たちの計画には数字が無いのだよ。だから現実感がない」
計画とずっと言っていたものは数値が伴わない以上、夢や理想でしかなく具体性に欠けるとのこと。いやいやいや、小学生にやらせる仕事ではないでしょこれ。
「勿論小学生である君たちにそこまでの具体的数値の策定が可能とは思っていない。今言ったことはあくまで、先ほどまでの全ての問題を棚上げにして逆転で高評価を与える条件だ。2人、いやクレティさんを含めて3人でも到底可能だとは思っていないがね」
「では、計画の落としどころはどのあたりだったのでしょうか」
「まず君たちは何故か木材伐採に固執していた。そもそも目的は繊維産業の代替で別に木を切ることは必ずしも必要ではないことに気付いてほしかった。
しかし、私は繊維産業に身を置き続けてきた人間だ。全く異分野の新規事業をやれというのは些か酷ではないと思わないかね」
つまり及第点は、木材伐採を放棄しての繊維産業と製紙産業との結び付け。
その後一息ついてから、ルシアのお父さんが説明する。
最低合格ラインとして挙げられた例は、繊維工場の一部門として『型紙』の工場を併設、そしてその型紙の材料としては廃棄の布や糸くずをリサイクルするという構想を立てることだった。
それに至ることができれば別に数値などが挙げられていなくても良かったとのこと。この計画であれば数値策定などは現場の人間で任せられるし何より開始点としては幾分小規模だから失敗しても致命的にならないしルシアの父の今の立場でも充分実行可能な水準だからだ。
また、木材伐採に固執する場合は、細かく砕いた木材チップが化学繊維のレーヨンに利用されていることに気付いてほしかったとのこと。この場合であれば、製紙産業という方向性を投げ捨てて木材チップ生産に切り替え、中間生産物を作ることで化学繊維利権に食い込み、将来もし化学繊維が覇権を握った場合のリスクヘッジを担う。これもまた合格ラインだった。
いやいやいや、どっちも気付かないよ! 前者は今のルシアのお父さんの立場を正確に理解している必要があり、後者は何より専門知識が必要だ。そして製紙工場を作ることばかり考えていた私達にできる発想ではない、とそう直感的に思えてしまう程方向性がまるで異なるものであった。
「以上に挙げたものは知識や発想の転換が必要となる。だからこそ、ここに気付ければ諸問題のマイナス評価を覆しても合格は与えることができたが、当然ハードルが高いのは見て分かるだろう。
だが、1つだけ専門知識も発想の転換すら必要としない合格回答があった」
専門知識なしの計画、そんなものがあるのか。
「それは、一体どういうものなのでしょうか」
「そうだな……、私の仕事は繊維事業部の統括を担っているが、事業統括という名前でやっているものといえば、労働問題への対応と給与是正の2つだな。
すなわち工場の労働管理にあたる。さあ、これで私の求める回答が分かるかな?」
そう言って彼は人の悪い笑みを浮かべる。完全に試されているな私。
労働問題への対応……給与是正。うーん、工場の労働管理。
繊維産業の統括と言っておきながらやっている仕事内容は結構地味な感がある。労働者が不満を言ったり給与上げろって言ったりするのはどこの工場でもありそうな問題だ。
……ん? どこの工場でもありそうな問題?
ああ、そうか。そういうことか!
「つまり、ルシアのお父さんのしている仕事内容は応用が効きやすいのですね! このことを知っていればそもそも計画には1つ抜け道がありました。その専門知識も発想転換すら必要ない方法とは……」




