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ルシアの家を訪れることになった。……と言っても家の場所は知らないので、一度学校に私とルシアが集まってから連れていってもらうこととなった。
私の両親にも友達の家に遊びに行くとだけ伝えた。両親も友達の家ということで、誰の家かだけ一応聞かれて、ルシア・ラグニフラスと答えてある。……まさか、遊びに行くのではなくそこの父親と面談とは思いもしないよねえ。
ただし学校が休みの日なのでスクールバスが走っていない。仕方がないので、列車に乗って学園へと赴いた。ちなみに休みの日だけど制服だ。ルシアのお父さんに会うのがメインだからね、子供の正装といったらやっぱり制服なのかなと思ってこれにした。……まあ、毎日着ていても上がベージュで下がカーキのコルセットベルト付きワンピースにボレロという装いはやっぱりコスプレ衣装っぽさが拭えない。
学園最寄のアプレーヒュン駅を降りてルシアとの待ち合わせ場所であるスクールバス発着所に向かう。休みの日なので人が居ないことから集まりやすいと判断してのことだ。
駅から待ち合わせ場所まで辿り着くと、既にルシアは到着していたようで私はルシアの姿を視界に捉えてすぐ小走りで彼女の下に向かう。彼女の隣にはスーツ姿の男性が居るのが気になったが、あれはお父さん? なのかな。
「ルシア、ごめん。待たせちゃったかな?」
「いや、少し早く来てしまっただけだから大丈夫よ。
それより、今日はスクールバスが走ってないから車を回してきたから、それで家まで行くわよ」
そう言われて紹介されたルシアの隣に居た人は、お父さんではなく運転手の方だそうな。誘われるままに車に乗る。
「運転手を専用で雇っているなんて、やっぱりルシアの家はお金持ちなんだなあ。ウチもお父さんが社用車を使ったときはあったけれども運転手までは付いてこなかったもの」
ルシアと一緒に後部座席に乗った私がそうつぶやくと、ルシアが仰天したような声をあげる。心なしか運転手の人も身体をびくっと震わせて驚いたような様子だ。
「あのね……そういうところがポンコツなのよね、あなたは」
走っている車内でルシアは呆れかえりながら説明する。
そもそもこの世界では街中でも車はほとんど走っていない。だから運転出来る人の数も少ないのだ。故に車の作りも運転技術も元の世界程には洗練されていない。
なので車が運転できるというだけで一種のステータスになるということで。こちらでは運転免許はそれなりに高度でかつ専門的な資格となるわけだ。
だからお金持ちでも自分が運転免許を取るよりも、専属の運転手を雇った方が手っ取り早いし節約にすらなる。
では私のお父さんが何故運転をしていたかと言えば、それは魔法使いだからに他ならず、国防を担う職業でもあるから即応性が求められ高官は非常時に運転ができるように求められていただけだ。事実魔法使いや錬金術師には公用車が優先的に割り当てられている、らしい。
「ヴェレナって時折当たり前みたいなことを知らないことがあるのよね……。発想や知識面でプロ顔負けの思いつきをするだけに不思議だわ」
まあ転生者の性みたいなものですね、それは。言えませんけども。
*
学校から車に揺られること数十分。無舗装の幹線道路を外れ、静かな住宅街に車は入っていく。そしてある一軒家の前で停まる。ルシアに促されて車外へと出ると、そこには豪邸が……ってあれ?
「私の家と同じくらいの大きさだ……」
「だから言ったでしょ。譜代の経営陣と比べればウチはこんなもんよ。まあ、そもそも私もヴェレナも世間一般から見れば充分裕福なのだけれどもね」
老舗の大商会の創業者とかであれば豪邸に住んでいることも珍しくないが、基本は富裕層でもごく平凡な一軒家だ。家の広さよりも立地とか治安とかのが重要らしいね。大きすぎても掃除とか大変かもね。
ただし私の家と似ていたのは大きさだけで、内装はガラッと変わっていた。通された玄関からごく近い部屋である応接室にはグランドピアノが置かれていた。すっごい値段気になる。
ソファーに座って待ってなさいお父様を呼んでくるから、とルシアが移動したため手持無沙汰になった私はとりあえず、茶色のシックなソファーに腰かける。ふっかふかだ! やべえ横になれば寝れるくらい心地いいぞこれ。
そしてソファーと戯れていたら足音が聞こえてきたので反射的に立ち上がる。と同時に応接室のドアが開いた。
「ええと、初めましてと言えばいいのかな。色々面白いお話があることは伺っているよ。私はベック・ラグニフラスだ、今後とも娘のことをよろしく頼む」
そうして笑顔で握手を求めてきたところを見れば、友人の気の良いお父さんといった感じだ。……しかし、身に着けているのはガッチリした正装のフロックコートだった。
服装はオフィシャル向けで接し方はプライベートなのか。
私のことは当然知っているだろうが挨拶を返してお互い向かい合って対面式の応接ソファーセットへ座る。ルシアは別のところから椅子を持ってきて少し離れた位置に座った。
その直後に侍女らしき恰好をした人が入ってきて、ティーセットを各々の前に置いた。あれ? この香り……ジャスミンティーだ。
ふとお茶に向いてしまった意識を慌てて引き戻し顔を上げると、それを見計らっていたかのようにルシアの父親が話しかけてきた。
「ヴェレナ・フリサスフィスさん。まずは細かい話に入る前に先にお礼を言っておこう。学園でルシアの良き理解者になってくれたこと、そして悩みを共有できる友となってくれたこと、正直入学してこんなに早く心安い関係の友人ができるとは思っていなかった。本当にありがとう」
そうして躊躇なく小学生である私に頭を下げた。
大の大人……それも仕事の出来そうな方に謝辞を述べられた私は、慌てふためくしかない。口ごもりながら何とか対面に座る男性の頭を上げることに専念する。その様子を見てルシアは口元を隠していた。目が泳いでいるから笑っているのは分かったぞ。
何とかお互い元の姿勢に戻ると、先の発言にこう続ける。
「さて、こうして呼び出したのは理由があるのだが、まずは何故呼ばれたのかヴェレナさん、君の考えをまず聞かせて欲しい」
「はい。ルシアと私で進めている製紙事業のプランについてですよね」
「……ああ、そうだ。それについて君の意見を知りたいと思ってこうして直接対面する機会を設けた。
ただ一点だけ承知していただきたいことがある。今回、私と君との2人で話してみたいと思った。だからルシアはこの場に留め置くが、娘は傍観者として私達の会話を聞くだけになる」
だからルシアは私の隣でも自分の父の隣でもなく、やや離れた場所に座っているのか。ふとルシアに横目を向けると目線が完全に合い、ルシアはこう告げた。
「既に私の考えや大まかな経過に関しては、私の口からお父様に伝えているから大丈夫よ、自由に話して頂戴、ヴェレナ」
「……これは、ルシアへの教育も兼ねてますね?」
「流石に分かるか。あまりこうした仕事とプライベートを混ぜたような機会は無いのでね。その点今回は娘も当事者であるから丁度良かったので利用させてもらった」
笑いながらそう話す姿には毒気など見えない。ただ1対1となるということは否応なしに私の負担は大きくなった。ちょっと抵抗してみるか。
「それでは、ルシアと私で2対1でやらせてもらっても良かったのでは?」
「まあ君には申し訳ないと思ってはいるが、この場に限っては第三者として視野広く判断できるようになってほしいという意図もある。それであれば会話から外れて傍観者に徹していた方が得る物が多いだろうと判断してこういう形にした」
そこまで語ると、ルシアが傍目から見ると口をポカンと開けていた。ルシアも踏み込んだ意図は今始めて聞いたのね。
「分かりました。それではどこから話していけばいいでしょうか?」
「まずは、君が用意してきたものを先に全て聞こう。ルシアから聞いているから重複する部分も多いかと思うが、気にせず君が考えた筋道通りに話してもらって構わない」
*
全て聞くとのことだったので、順序立てて一から説明をする形をとった。これは私の中での確認も兼ねている。
まず繊維産業から乗換先が必要と考えたこと、そして『リベオール総合商会』の強みである工業を活かせる分野、つまり産業技術を用いて改良の余地がある産業を探したこと。
それで機械化なされていない木材運搬に着目し製紙産業に焦点を当て、その工場の立地条件と鉄道誘致、トロッコ建設という計画の幹となる部分。
そして紙製品の多様化に伴い柔軟に生産物は工場ごとに切り替えるという提言。
相槌や簡単な質問を挟まれることはあったが、ほとんどこの内容を私の独擅場で話し続ける形となった。
自分たちで立てた計画なので熱も入る。一気に言いたいと思っていたことを全て語ったので、分かりにくくなっていないか少々不安であったが、ルシアのお父さんは本当に最後まで話を止めないで聞いてくれた。
そして私が結びの言葉で締めくくった後、考える素振りをして私に対して慎重にこう話しかけてきた。
「……ルシアから聞いているときから少々疑問ではあったのだが、魔法使いの娘という全く異なる分野で育った小学1年生の考える発想ではないなこれは。アイデア、という意味であればプロにも引けを取らない出来ではある。よくもまあこれだけのことを小学生で紙作りの素人の集まりで思いついたものだ」
おっ、これは予想通り好感触だ。
「……君のことは評価している。故に小学1年生が立てたものとして考えるのであれば、これからの将来が楽しみだという感想になる」
「小学1年生ということを無関係に考えた場合はどうなるのでしょうか?」
私の中身は小学生ではないのだ。外見に即した評価をされても私個人としてはあまり意味が無い。前世知識でブーストをかけているだけで、今の評価に甘んじていたらいつの間にか追い抜かされる。
……ただでさえ、この世界で関わった小学生は私基準で見れば化け物揃いなのだ。そこから更に周りが成長をすることを考えるだけで、今後が不安になるのだ。
そうした気持ちも込めた故の反射的な疑問の投げかけだったが、これに対しては難しい顔をして返答がかえってくる。
「……あまりこういうことを伝えたくはないのだが、現時点のこれを取引相手が持ってきたと考えるのであれば、申し訳ないがビジネスの世界では全く通用しない。
計画の中身以前の重大な問題・見逃しが複数存在している、それを精査できていない時点で私にまで話を持ってきた時点で論外、と言わざるを得ないな」
この辛口の評価には、私だけでなくルシアも目を見開き愕然とする様をみせた。
それはそうだ。私達はこの計画を、あわよくばそのまま使ってもらおうと考えて持ってきたものなのだ。それが修正されることは考慮していたが、論外という評価を頂くとは全く想定すらしていなかった。
すると私よりも先にルシアが声を荒げてこう放った。
「お父様! これは私達で作った計画なのよ、どこに不備があったか教えて頂かないと納得できないわ!」
「そうだな、それ以外の根本的な部分で問題がいくつかあったから、計画の中身については最後に触れようと思っていたが、まずはルシアを納得させるために1つだけ言おう。
木材の切り出しを行うにあたって機械が入っておらず効率が悪いことに着目したのは流石だが、逆に言えばその程度のことは木材加工に従事している人間であれば誰でも思いつくことだとは思わなかったのか。
そもそもその話を聞いたのは馬の世話をしている先輩なのだろう? その発想自体、既に他人の知恵であったのにどうして自分たちしか思いつかないと思ったのか」
その言葉とともに出された1つの工場のパンフレット。
「これは我が国最北の地であるオーヴルシュテック州にある別の商会が保有している製紙工場だ。君達の言っていたトロッコなるものこそ存在しないが、似たようなものは既にあるぞ。しかもこの工場が完成したのは10年前だ」
その製紙工場は湖の畔で山奥にあった。そして国の援助を受けて専用の鉄道が引かれていた。――細部は違えども、私達の計画の完成系がその冊子には描かれていたのだ。
「ああ、つまり私達の問題は――?」
「――既にある製紙産業。それが現状ではどうなっているか、という視点が抜けていた。勿論このタイプの工場が全てではないが、既に君たちの発想は10年遅れなのだ。
先駆者が何をしているのか全く考慮に入れておらず、調べることすらしていない。これが1つ目の問題点だ」
……新しいことだと確信して、今どうなっているのかを調べようともしなかった。確かにそれは今になってみればあり得ないことだ。
「では、本題に入るぞ。正直この程度の問題は些細なものに過ぎない。
君たちはそもそも何故この計画を立てたのか? これを利用するのは誰か一度でも考えたことはあったのか? そして、その顧客は何が必要だと言っていた?
――そう、この計画の実行者になるであろう私、ベック・ラグニフラスは君達に一体何を望んだ? どのようなことが必要であると伝えた?
そして、そうした顧客の意志はこの計画に含まれているのだろうか?」




