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入学式から数日後に入学オリエンテーションが開かれることとなった。
その内容は口で言ってしまえば単純明快で学校の敷地内を巡るスタンプラリーだった。その際に先生から課せられた条件は2つ。1つは上級生であるパートナーの力を借りることはできない、ということ。そしてもう1つが必ず自分のクラスで相方を見つけ2人で組んで行動することであった。
この2人、というのが結構厄介で単独行動を許さないのは勿論のこと、3人以上で行動を共にすることも認められていない。つまり協調性やチームワークを育む意図ではなく、第一印象で自分と最も利害が一致しそうなクラスメイトを選別すること、相手に自分のアピールポイントを強調することが求められていた。
……まあスタンプラリーという企画そのものには、学校敷地が広いから、どこに何があるのかを把握するという至極真っ当な発想が基にされているのにね。
そして部活動紹介という側面もあるので各チェックポイントには部での賞や作品などの展示物が置かれていたり、もしくは大学科の授業に空きがある先輩を動員して人を設置している所もあるみたい。
さて、誰と組むか。問題は社交性とかコミュニケーション能力うんぬんという話だけではないことだ。
やっぱり、先の自己紹介で家業を自慢していた子のところに人は集まっていく。判断材料というか利益が明瞭だから、そりゃあそうなるよね。……でも、彼女たちと対等になるための利益ってどうやって引き出すのだろうかと考えるとあまり得策でもない気もする。つまり結論、同等の立場の子と組することになるというわけだ。
そうした場合、私はひとつ大きな問題が生じる。――私にとっての同等の相手とは? 家業という分かりやすい指標がない私には、どれ程の価値があるのかという判断基準がなくこのクラスでの立ち位置が不明瞭だ。自分でも分からない。
ふと、悩んでいると1人の女の子が私に近づいてきた。丁度良いからこの子にするかな……と思ったが、ちょっと待って! この子、先日の自己紹介で目立っていた繊維業の子だ……。
私のところに目がけて歩いてきた繊維の子の行動に周囲と私が驚愕している中、その困惑の場を作った当事者である彼女は私に対してこう語りかける。
「……ヴェレナ・フリサスフィスさん、と言ったわよね、あなた。……ねえ、良かったらこのオリエンテーション私と組んでみないかしら?」
……まさか、このクラスでおそらく一番の有望株でありそうな彼女が私を指名してくるとは。瞬間、クラスの空気が固まる。そりゃ、そうだ。向こうの意図は読めないし、私にも周囲のクラスメイトにも彼女と私が組むことのメリットが浮かばない。故に反感、よりも困惑といった様相だ。私はそれ以上に困惑していますけどね。
とはいえ、ここで断る方が角が立つだろう。私は彼女に素早く了承の意を告げ、凍った空気の教室から逃げるようにして校内スタンプラリーへと向かう。
*
改めて自己紹介を行う。
繊維業の子の名前はルシア・ラグニフラス。お父さんが『リベオール総合商会』の工業部・繊維事業部の統括を担っているらしい。
端的に言えばルシアさんは庶民で考えた場合、エリート中のエリート家系となる。
繊維産業……すなわち綿花や蚕のまゆから糸を紡ぎ、布や服に仕立て上げる産業であるが、これは我が国の基幹産業であり、会社内でその統括を担う重大なポジションに居るのが第一点。
そしてそもそも『リベオール総合商会』そのものがこの国で1,2を争うような大手の商会、前世風に言えば大企業・ホールディングスのようなものなようだ。
実際にリベオール総合商会も多角化した事業フィールドを持ち、大きく分けても金融・石炭採掘・工業と手広く展開しているのであると教えてくれた。
流石に経営層とまではいかないとルシアさん談だが、それも現時点での話かもしれない。だって虎の子の繊維事業を任されているのだから間違いなく彼女の父親は、商会内で最も期待されている幹部候補と言えよう。
……故に彼女、ルシアさん自身もこの学校内ではかなりの有望株であろうというのは流石の私もそこまで説明されれば容易に想像がつく。だからこそ、私を指名してきたことが全く理解不能であるのだが。
まあでも、こちらから探りを入れて不興を買う必要もないか。まずは目先のスタンプラリーに注力する。ふむ、最初は『被服室』に向かえばいいのか。教室のある初等科校舎から渡り廊下を越えたすぐ隣の棟だね。
と、思ったけども一通り私が知らなかったルシアさんのお父さんの会社のお話を聞いたら矢継早にこう話しかけてきた。
「……まさか私の家のことを全部説明することになりますとは思いませんでしたわ。ヴェレナさん、あなたには自惚れに聞こえるかもしれませんが私のことを全く知らないようでは今後この学校で暮らしていくには、些か息苦しいのではないのでしょうか」
うーん、一見私のことを非難しているような台詞だけれども、ほとんど素のトーンで話してきたから、私の無知さ、というより入学成績と商人の力関係に関する知識の無さのギャップに驚いて思わず心配してしまっている感じなのかも。
まあ、ここは当たり障りなく返答しておきましょうか。
「気を悪くさせてしまったのであれば申し訳ありません。実家は魔法使いの家なものでそうした商家の方々の関係には疎いところがありまして……」
そう返答したらルシアさんは頭を抱えてしまう。いかん、何かミスった対応をしたぞこれ。
「……いや、ヴェレナさんがどう勘違いしたのかは知りませんが、私の家は別に商家の跡取り娘などではないただの会社員ですわ。確かに統括している事業に勢いはありますけれども、結局は商会の雇われにしか過ぎないのですから、そのように譜代の経営層の方を相手にしたような振る舞いは慎むべきですわね」
――同級生なのだし。
と、ルシアさんは付け加える。あっ、先の私の発言はへりくだりすぎってことね……。でもこうして指摘してくれるのは、ありがたいね。
でも、そうか。ここは前世知識に囚われすぎた部分もある。大企業で事業を統括する立場なら、とっても偉い! という漠然とした知識しかなかった。しかし確かに社員にしか過ぎないというのもまた事実で見落としていた。ましてや、相手はその娘でしかない。
相手に取り入るつもりがあるのであれば、ゴマをすったりした方がいいかもしれないのだが、それもここまでの経緯をルシアさんに説明させてしまった以上、私が彼女の持つ地盤に対して下調べを怠るくらいには興味のないことがバレてしまっている。
「では、対等に接しても平気、ということなのでしょうか……」
「ヴェレナさん! あなた自分の立ち位置をまるで分かっていないのですね……」
盛大にため息をつかれた。そして若干キレ気味になりながら、私のクラス内での立場を教えてくれる。
「あのですね! そもそもヴェレナさんが魔法使いの家の娘だと言うことは目端の利く者であれば分かっておりますし、あなたの父親がスタンアミナス大学の教員として働いていることも知っておりますわ。
次席入学で代表挨拶をこなす同級生が全く知らない人物だったら探りを入れるのは当然ですし、あなたの父親のことならその経緯くらいは昔の新聞にも載っていたくらいなのですから、むしろ調べるのは簡単な部類に入りますしね。ここまでは分かりますよね!?」
何かルシアさんの中では、私は相当抜けているイメージがついてしまったようで、理解しているか同意を求めてきたので勢いに押されて頷く。
確かに調べようと思えば、私の家のことは調べやすいのか。別に隠し立てをしているわけでもないし、古新聞とはいえ、漁れば出てくるところに情報がある以上、何の変哲もない一般人よりかは遥かに調べやすいのだろう。
「それはつまり、魔法使いという公権力と、スタンアミナス大学の両方にあなたの父親は守られているということですわ! そして現役魔法使いでかつ魔法学院卒業者が教員をやっている私学なんてこの国には他にありませんのよ。それでいてかつヴェレナさんの父親のフリサスフィスさんは1期生でかつ首席卒業者。私が何を言いたいか分かりますかしら?」
「……そっか。私のクラスメイトには私の父を失職に追い込めるだけの力を持つ家が居ないんだ」
お父さんは言ってしまえば、スタンアミナス大学の広告塔だ。そして閑職で左遷されているとはいえ、魔法使いは外部干渉を酷く嫌う。
つまり私の家にダメージを与えるには、大学に宣伝看板を捨てさせるだけの利益を提示させた上で、魔法使いという公的機関そのものを敵に回す覚悟が必要ってことだ。1人の家の父親を失職させる手間としては、明らかに割に合わない。
「……分かっているじゃないですか。
ヴェレナさんと私の間には、確かに何の利害関係もありません。そしてそれはほとんどの同級生……いえ学園生にとって同じことでしょう。ですがあなたを排除するのも事実上不可能。
つまり、あなたはこの学園で最も自由に動けるのですよ。権力に我関せずの一匹狼としても、第三者という立場を活かした派閥の調停者としても、……あるいは全ての派閥をまとめ上げ頂点に君臨する指導者としてすら……ね?」
あの権力大好き上級生のオーディリア先輩がわざわざ私の下にパートナーとしてやってきたのはこれが真の原因か。そりゃあ、あの先輩が私に着目するわけだよ。
「ではルシアさんが私に接触してきたのって、私の動向を把握するため?」
「当然その意図もありましたけど、ここまでお付き合いさせて頂いた中で随分と考えなしのポンコツであることは分かりましたわ。ある意味でそれは大きな収穫ではありますけども……」
ぐっ、確かに自身の影響力を完全に見誤っていた故にポンコツ呼ばわりを否定できない。
でも利害関係が全くないってことは、私自身が排除されない反面私が直接的にクラスメイトに何らかの制裁を加えることは不可能ってことだよな。
つまり私は自由である一方で、取り巻きみたいな対等ではない上下関係を産み出すことはできない。まあ、それはどうでもいいんだけど。
そして家に対する攻撃は防げても、個人に対する攻撃……嫌がらせが必ずしも防げるわけではない。だって相手の家に報復ができないから。
ってことは、ルシアさんは良い面ばっかり押し出してくるけど、これ私に利用価値が無いと大多数の人に判断されれば一気に孤立を深めるな。
あまりこうした派閥抗争から距離を置きすぎるのもよろしくないのか。
ふと、そこで思考を止めルシアさんの方を見ると、少し話しにくそうな表情をしていた。そして、それと同時にスタンプラリーの最初の目的地である『被服室』へと到着した。
被服室の扉を開けながら、ルシアさんに尋ねてみる。
「あの……、ルシアさん? 私に聞きたいことがあったりする?」
「そうですね……、ポンコツなあなたには直接伺った方が早いですわね。
ヴェレナさん。先日の自己紹介の際に、あなたは父の仕事を聞いて渋い顔をしましたね。その理由が知りたくてこうしてお誘いしたのだけども、教えて頂けるかしら?」
……さて、直球勝負で来たね。
彼女の表情に写るのは、不信。即ち私の商人の立場関係に対する知識の無さが露呈した現状で、誤魔化したような玉虫色の発言をした場合、『何も知らない癖に商人に漠然と嫌悪感を持っている脳筋武力家系の娘』と捉えられる可能性がある。
うーん、どう答えようか。と迷いながら被服室を少し歩き回る。んんっ? ……被服室? そうか。
「……こちらの被服室には、手芸部の方が作った作品が飾られているのね。ねえ、ルシアさんならこの作品に使われている布地の素材が何か分かるのかしら?」
私がそう言って指差した先には、『手芸部・教会バザー出品用作品』と書かれたプレートと、手作りの小物雑貨やクッション・トートバッグなどが並んでいた。
いきなり話の筋とは無関係なことを振られたルシアさんは動揺しさらに不信感を強めるものの、その問いかけにはプライドが刺激されたのか声を少し荒げてこう答えた。
「えっ! ……そうね。分かりますわよ。こちらのトートバッグはコットンで、あそこに置いてあるポーチなどはシルクですわね。それが一体何かしら?」
「では、私達が今着ている制服は……どのような素材?」
私の質問に対して一瞬息を飲み、目を見開いた。すると興奮した面持ちでこう私に言い放った。
「ヴェレナさん、いいえヴェレナ。あなたと私、親友になれると思うのだけれどもどうかしら?」
ルシアさんはものすっごいいい笑顔になって、手のひら返しをしてきたのである。私の言いたいことは必要以上に伝わったようだ。
*
制服に用いられていた素材はナイロン、つまり化学繊維だ。
全ての答え合わせをすると、ルシアさん……というより彼女の父親は化学繊維の普及に頭を悩ませていた。
『リベオール総合商会』で取り扱うのは綿花と蚕からできた天然繊維であり、化学繊維とは競合する。現状まだまだ化学繊維はその処理にお金がかかることから高級服や既製服をメインに中流階級以上にしか広まっていないが、逆に言えば高級服市場は既に押され始めているということだ。
しかし綿も絹も長らく森の民の国としての中核産業であったが故に、その危機感は必ずしもルシアさんの父が感じているほどには正しく共有されていない。
そんな中で、繊維産業と聞き羨望よりも先に怪訝な表情を向けた私。……ああ、そんな裏背景があれば接触してきますね。
そしてその問題の本質を前世知識というズルがあったとはいえ言い当ててしまった。だからこその親友宣言だった。
「とはいえ、私にはそれを打開する手段なんて持ち合わせていないけどどうするの、ルシアさん。……あっ、次のスタンプは馬場だって」
学校敷地内に馬居るってすごいな……。私の意識が完全に馬に引き寄せられているのも知らずにルシアさんはこう返す。
「ヴェレナ。もうさん付けなんてしなくていいわよ、ルシアと呼んで頂戴。別に素人であるあなたに解決策までは求めていないわ。問題共有ができるってだけでも充分よ」
へー、そういうもんすか。
「じゃあ、ルシア。問題共有だけとは言われてもいまいちピンと来ないのだけれども……」
「そりゃあ、まだ人造繊維にシェアを奪われているわけではないもの。ウチの商会で作っている布地は一般大衆向けのものだし今のところ棲み分けは出来ているのよ、まあそれがいつまで続くのかって話ではあるのだけれど、流石にあなたに新しい利権を作り出せなんて言わないわよ」
まあ、共有だけとなるとそうなるか。
「というか、いっそのことルシアのお父さん別事業に異動とかしちゃっても良いんじゃない? いや知らないけど」
「花形の繊維産業から手を引けとは言ってくれるわねー……、まあ確実に儲かってウチの強みの工業を使える何かがあれば最良なのですけれども。
あら? ここじゃない馬場というのは?」
道路を横断した先に広がる土のフィールド。……でもどこにスタンプが?
奥の方にある厩舎にあるのかも。
馬場の外周に沿って厩舎へと向かう。
厩舎は2つ並んであった。……ん? 奥にあるのは飛竜用の建屋だ。
飛竜は『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム上でも登場していた。主に戦争で飛行機とともに空での戦闘が出来たので重宝した。
しかし、飛竜も大学に居るとは……、いやいや今は馬だ。
「ねえ、ルシア。飛竜は空を飛ぶから重宝するのは分かるのだけれども……。馬って何に使うの?」
「……えっ! 聞かないでよそんなこと。乗馬を嗜んでいるお金持ちの人とかは居るけど、そうした社交の意味合いとかなんじゃない? それ以外で馬に乗る機会とかないでしょ」
「……つまりルシアも知らないってことね」
いや、まあ社交のためという理由は当然あるだろうけど。……他にも理由あるかもな、ちょっと聞いてみるか。
「何よ、ヴェレナだって分からないじゃない……ってどこ行くのヴェレナ?」
後ろから声をかけるルシアは放置して、厩舎の中に居た大学生らしき馬を世話している男の先輩に近付く。
「ん? ああ、スタンプラリーで来た子らか。スタンプならほれ、そこの机に置いてあるぞ」
「ありがとうございます。でもスタンプの件以外にも1つ聞きたいことがありましたのでお尋ねしてもいいでしょうか?」
ルシアが後ろから追いついてきたのを確認して、馬の世話をしていた先輩は頷いた。
「では、馬ってどのような場所で用いられているのでしょうか? 鉄道や車がある今の世の中では馬の活躍するところは無いと私達は考えていたのですが……」
私の後方からルシアが「ちょっと……!」と声にならない反感を私に向けて放っている。そんなルシアを制してか先輩はこう答えた。
「なるほど、面白い質問をする子供達だな。まあ競馬とか近衛の騎馬隊とかはおるがそういう答えを求めてはいないだろう。
1つは農業だな。人の手で耕すには限度があるからそこに馬を使う場合がある」
これにはすかさずルシアが突っ込む。
「でも我が国の農業は機械を用いているはず……ですよね?」
「ああそうだ。だが機械が入れないような入り組んだ畑では未だ現役の場所もあるぞ。
そして、もう1つ。林業だな」
えっ、林業? と私とルシアが声を上げる。その様子を満足そうに見つめつつ、先輩は続けた。
「山の中には鉄道や車が入れないからな。森の民というだけあってこの国は森林が豊かだが、その分まともに道など整備されていない。
そうした山で移動、あるいは伐採した木材を川まで運ぶのに馬は便利だ。
何せ木材需要は高まるばかりだからな」
はえー、山間部は盲点だったな。にしても木材か……建築物とか家具とかに使うからいくらあっても足りない、いやそれは昔からか。
じゃあ木材需要ってどこで……?
「ほら、君たちも今持っているじゃないか。そのスタンプラリーシートを」
紙か!
確かにこの世界にはコンピューターがない。だからペーパーレスを目指していた元の世界とは逆行してバリバリの紙社会なのだ。
って、あれ?
これは、もしかして……?
「ねえ。ルシア? これ使えない?」
「奇遇ね、ヴェレナ。私も今、全く同じことを思っていたところよ。
……そうね、今日家に帰ってみたらすぐにでもお父様に話してみるわ」
製紙事業。
全くの偶然だが、ルシアの悩みの1つの解決策になるのではないだろうか?




