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 オーディリア先輩は朝食を食べてすぐ、かなり早い時間帯に私の家を後にした。一応私やお父さんも送迎すると言ったが、オーディリア先輩は「近くにバス停がありますので大丈夫ですよ」と固辞した。そういえばあったね。最近この家に帰ってくるときは治安悪化のタイミングと重なっていたからタクシーを使うことが多かった。それをポロっと先輩の前で零したらドン引きとまでは言わないがそこそこ引かれて傷ついた。


 そしてその突然のオーディリア先輩の来訪から数日経たない内に、『新人大使館付補佐官制度』についてのお知らせと私の大使館付補佐官任官の手続き書類が届いた。この制度が将来の高官候補を魔法学院に通わせるための補助的な制度であり、同時に政治的には私はその候補に類する人材であることを明かされていたために、選考で落とされることはほぼ無いと見込んでいたが、申請を出して1週間そこそこで決まるとは思っていなかった。

 でも、この大使館付補佐官申請って魔法学院受験に失敗した後にしか出せない上に、4月期の人事異動に間に合わせる必要があるのだから、そりゃスピーディーに決まりもするよね。


 赴任先は『勇者の国』。国外の諸国とは今まで直接的に関係があったわけではないけれど、主にソーディスさん周りでちらほらと出ていた国でもある。2年前に内戦があったはずだけど流石にそれだけじゃ大使館の人員を退き上げさせることはないか。一般の渡航者が制限されていたとしても、私に課せられているのは公務なのだから、多少の政情不安など無関係であろう。


 そしてこの国の出国は4月中旬に決定した。今から数えればおおよそ3週間。多少まとまった時間が与えられたと取るか、それともこれから国外へ半年間赴任するその最初の準備期間としては足りないと取るかはおそらく意見が割れるところだと思う。

 それはともかくとしても今までの私であれば、この『3週間』を如何に上手く活用して国外赴任という未来に投資出来るのか考えを巡らせたことであろう。それが間違っているわけではなく、むしろ社会模範としては正解の部類だとは思う。ただし、それが私の『やりたいこと』かと言われると否であり、ただ自身で『やるべきこと』だと考えたための行動であり、実際そんなことはしてもしなくても大して影響は無いのかもしれない。


 だが私は『やるべきこと』に求める水準が高い。しかもそれは生きていく上、あるいは仕事をしていく上で必要不可欠な要素ではないことを自己判断で『やるべきこと』と規定することが多かった。全ては『敗戦回避』という大目標を掲げていたせいなのだけれど。


 だからこそ、私はこの3週間を自分のやりたいことに使おうと考えた。別に赴任先の情報を国内に居る内から集めておけ、という指示が出ている訳でもないのだから。では何をするか。


 時間を私の欲望に使うと決めた瞬間に、思い至ったのはオーディリア先輩のときと同じく――友達と遊ぶことにあった。

 最低でも半年間会うことはなくなるのだから、気持ちの整理として知り合いに一言述べることくらいは充分に常識の範疇であろう。そこにちょっと欲望という毒を注ぎ込んだだけ。



 そう、決めたら私の以後の3週間はあっという間に過ぎ去っていった。


 クレティの家にアポを取り付けて転がり込んで、ルシアもそこに呼びつけて新たな大学科での新生活に慣れようとしている彼女達を妨害するかのように泊まり込んだ。2人は私が完全に構ってオーラを出しまくっていたことに早々に気付いて、面倒くさそうな表情を隠しもしなかったが、意外だったのはクレティの家族であるロイトハルト家の面々は私のことを歓迎してくれていた。

 クレティの家って暖炉付きの娯楽室があるから、家に居るだけでも遊ぶものには事欠かないのよね。家というか堀も櫓もあるから屋敷って感じなのは内実も伴っている。



 それ以外にもアロディアさんに改めて頼み込んで今までやっていなかったスポーツをやった。――鴨猟である。

 彼女の父親の友人が経験者という少し離れた関係性の人間を呼び出して貰って、その人からレクチャーを受けつつハンティングを楽しんだ。地味にブランヒルデさんの便乗して一緒に遊びに来ていたけれども、その中で私だけ2発目で仕留めることとなった。

 使用していたのは魔石銃の散弾銃タイプで、魔法使いとして触っている魔法銃とは動力機構が異なるものであったが、銃の撃ち方そのものは技術として転用できるものが多かった。それにも関わらず単純な魔法銃を取り扱う経験が2年違う後輩に後塵を拝したのは、何でなんだろう。やっぱり私の射撃技術が低いのかなとも思ったが、鴨……というより鳥というのは飛び立っているときの方が弱点がむき出しになっているから、留まっているときは威力が足りないと当たっても意味が無いこともあると教えてくれた。そして私が2発目を撃ったということは当然鴨は音に気付いて逃げている最中である。それを沈黙させたのだから、動的目標に対する偏差射撃の技術の高さを褒められたけれども、まあ本職だから褒められて嬉しくない訳では無いが当然と言えば当然な気もしないでもない。


 それと何となく今の話は思い出すものがあった。私の身体の使い方についてガルフィンガングSCのビョルン選手にも言われたことだが僅かに身体と精神の利き腕の違いから精密なことをするときにほんの僅かぶれが生じることである。偏差射撃という単純に技量が必要なことはこの身体の有するポテンシャルの高さで何とかなるが、威力が必要な際にクリティカルを出すことが難しい。そう考えると2発撃つ必要があったのも何となく納得がいった。



 その他に、同級生のルーウィンさんの許嫁で貴族令嬢のフリーダさんの下にも行った。彼女はルーウィンさん経由で私が魔法学院に落ちたことは知っていたらしい。なおルーウィンさんは魔法学院にストレート合格していた。やっぱり周りの地頭が良すぎるよね。


 彼は分家筋とはいえ侯爵家の出自であり本家に養子縁組されて正当後継者として扱われている。それは完全に彼の才覚が成し遂げた結果である故に優秀でないはずがないのだけれども、やっぱり釈然としない。

 家督継承後は魔法爵位ではない本物の爵位にて『侯爵』まで上り詰めることが可能な以上は魔法使い側での栄達をそこまで求めることも無いのだけれども。


 なおエルフワイン・アマルリック王子は魔法学院には入学せず、王城の所定の施設にて王位継承者相手の専門教育係として招聘された各界の学識者や研究者が進講するというスタイルがとられることとなり、王子が学校に通うことはもう無い。

 だから王子とは関係が希薄になる……と思いきや、王子も一応魔法準男爵を叙爵して任官そのものは行われていて、その所属は『第1魔法師団第1魔法旅団』の旅団副官長である。多分肩書きだけで実務はその下のスタッフに任せるのだろう。

 女性魔法使いの現状の任官先がその旅団の麾下にある実験部隊的な婦人大隊付であることから直属の上司にあたる人物となった。本来旅団の下には連隊が2つ設置されてその更に下に大隊が置かれるはずなのだけれども、実験的な側面が強いから連隊本部が置かれずに旅団直属とのこと。流動的というか面倒極まりないというか。


 そんなこんなでフリーダさんは私が構ってほしくてやってきたことをそれなりに察していたので、逆手に利用してやろうという感じで事前に色々と企み、準備をしてくれていたみたい。

 私がスワナヒルダ伯爵家王都別邸を気軽な気持ちで尋ねたら、突然何故か用意されていた正装に着替えさせられて、ドレスコードのある私以外全員貴族子息関係者のパーティー的な場所に連れて行かれた。それも所謂『野掛け』――端的に示せばピクニックや花見のような屋外での催し事であった。

 ただし集まったのが貴族子息である以上は、ただ食べて騒ぐだけのイベントではなく雅で趣深いものである。というか開催目的そのものが『フリーダさんが私()遊ぶ』ためなのでむしろ意識的に貴族っぽさを強調するようなものに仕立て上げられていた。

 そこで何をしたかと言えば――『恋歌帖れんかちょう』であった。


 最早存在そのものを忘れかけていたが、この世界のカードゲームである。絵柄に対応して何月第何週という数字が割り振られている。ただ今の暦のように『第5週』の存在がない。太陰暦ベースなのかな。

 前に一度使った時はラルゴフィーラ旅行のときだっけ。けれども絵柄と数字のカード以外に見覚えのないもう1組があった。何やら詩が書かれていている。


 説明を聞けば、どうも現代では絵柄カードだけ売られてカードゲーム化しているけれども、元々はセットで詩に対応する絵柄を当てる『かるた遊び』として発展したものが恋歌帖であったらしい。その本義に却って『かるた』として恋歌帖を遊ぼうというのがこの催し事の趣旨であるとのこと。


「……でも、私、元の詩を知らないからどの柄と対応するのか分からないのですけれど」


「……」


 一応救済措置として詩が表す情景に対応する必須要素が絵柄にも描かれてはいるものの、そもそもこんな遊びに参加する面々は丸暗記しているガチ勢ばかりなので、初心者の私が勝てる要素は無い。思いもよらぬ見落としをみせたフリーダさんであったが、結局現場の機転で私が読み手になることで解決した。第一声でほぼ勝負が決まる競技かるたを一番近い距離で観戦できたから、フリーダさんの目論見とは多少外れていたがそれはそれで楽しかった。




 *


 そんな感じで3週間遊びつくした私は満足感しかなかった。勿論、その間に荷造りとかパスポート申請とか、保険の申請とかも行っていたが、片手間で足りる程度の手間であった。

 荷物は現地に発送するが、そもそも輸送に用いるのは列車である。だから結局のところ私の移動と等速になるわけだ。だからこそ当日の出発時の集合場所はガルフィンガング中央駅であったし、そこからは前に行ったラルゴフィーラまでは国内鉄道、そこから先は国際鉄道に乗り換えて列車の旅となるわけである。

 ただそもそも王都からラルゴフィーラまでで特急列車に乗っても10時間近くかかるのは既に知っている。そして私の赴任先である勇者の国までは、森の民を出発して、街道の民・商業都市国家群・英雄の国と賢者の国の直轄地・砂漠の民・剣士の国といくつもの国家を跨いでいく必要があるため到着までは2週間程度の旅路となるのだ。

 それを見越して国際鉄道列車の中にはランドリー施設すらもあったりするのだが、とはいえ折角の国際路線で諸国横断するのにも関わらず無降車では味気なさすぎるので、停車駅では数時間くらいは停車するとのことで。

 まあ、観光的な要素を除いても積み荷の入れ替えとかで時間かかるし、国際路線だから乗客のチェックも厳しいだろうからね。


 だから手持ちの荷物としてアタッシュケースのようないつもの四角い取っ手付きの旅行鞄の中に入っているものは、1週間分程度の着替えである。貨物の方にもう少し服は詰め込んでいるものの、当面は列車内生活となる以上車内にランドリーがあるとはいえ服は何よりも必要不可欠となる。

 そんな私と似たような大きな荷物を抱えていた人物が集合場所で待っていたら2人来た。1人はお父さんよりは若いが、若手と言える年齢は超えベテランっぽさが雰囲気から醸し出されている魔法使いの制服を着た男性、もう1人はいかにも場慣れしていなさそうな女性であった。私よりは年上だが、大学生か卒業したてといった面持ち。


 その内、男性の方が私に話しかけてきた。


「……君が、ヴェレナ・フリサスフィス嬢で相違ないね?」


「はい、間違いありませんが……」


「僕の名はヴェルバード・ロムアルド――魔法子爵だ。此度の人事異動で勇者の国の駐在武官として配属することが決定した。……言わば、君の上司ということだ。

 それでこちらが……」


「はい! 本年より新任で勇者の国大使館勤務となりましたカーチャ・ホーゲルと申します!」


「――とまあ外務省所属の外交官だね。女性を単身で配属国まで送るのは魔法省や外務省の上層部が止しておこう、ということで僕がお二人の先導役となったということのようだ。よろしく頼むよ」



 新任外交官と、駐在武官の上司。それと私の3人で新たな旅路は始まる。

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― 新着の感想 ―
一気に物語の世界に引き込まれて思わず一気読みさせてしまいました。 続きがないのがとても残念です
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