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小学校に通うために自転車の練習を始めた私であったが、家から学校までの区間を自転車通学するというわけでは無かったようだ。
まず間違いなく小学校のお受験は成功するとお父さん、お母さんともに太鼓判を押してくれた。お母さんにはあの後お父さんと一緒にお話していた。
だから、狙う学校は1本に絞る――単願受験を行うことになった。まあ、落ちても公立の小学校へ行くだけだからそんなに気負いは無かった。
その狙っている学校の名は私立アプランツァイト学園。その初等科だ。
ここは小中高大まで一貫型教育を行っているエスカレーター式の学校となっている。……もっとも、私は中学校からは魔法青少年学院に行く予定なのでお世話になるのは6年間だけ、のはずだ。
実は学園はスクールバスを所有しており、私達の住む住宅街の中心駅・ヘルバウィリダー駅からもスクールバスが運行している。いつも自宅からはバスに乗って行っていた駅だね。
そのヘルバウィリダー駅までの道程で自転車を使う、という算段だった。そうと決まれば、いつの間にか街の自転車屋さんに連れていかれて6万ゼニー程の価格の子供用自転車を買ってもらった。
この辺りは通学の利便性を図ることよりも、私がインドア派であることは両親も分かっているから、自転車を与えて無理やり行動半径を広げることが狙いなのだろう。加えてこれまで周囲には病弱で通していたから、それを克服したことを近所の住民にアピールしろ、って意味合いも多分ある。
休日はお父さん、平日の習い事の無い日はお母さんに自転車に乗り色んな場所に連れまわされたから嫌でもその意図は察してしまったのだ。
というか乗り始めの頃、前世で普通に自転車乗っていたはずなのに、肉体変わったら全然乗れなくなっててびっくりした。それでも感覚さえ掴んでしまえば2時間程度で乗ることはできたが。
ある程度、近所の人の顔を覚えて、近所の人も私のことを認識し始めた頃になると、自転車で1人で外出する許可を貰えた。
これは私が転生者だとしっかり両親に伝えたこと、そして中身の年齢を考慮するとずっと親と一緒に居るのは精神的にちょっと辛く、プライベートな時間が欲しいと訴えた結果勝ち取ることができた。
ただし、住んでいるヘルバウィリダー周辺ならまだしも、王都全体となると治安の良し悪しに大きなムラがあることから、1人で外出する場合は事前にどこに行き、なにをするのか行程表・移動ルート付きで両親に提出し許可を貰う必要がある、という条件を提示されたときは、この親は過保護、過剰防衛を公言していたな、と苦笑してしまった。
ただしこの家庭内での外出許可証が、そのまま魔法使いの正式な出張報告書の届け出と同じフォーマットであり事務作業の訓練も兼ねていると知らされたときは、やっぱり両親には敵わないと強く思った。中身が子供ではないと知って容赦なくなりましたね……。
未就学児なのに事務作業経験を積まされる現状に大いに疑問を抱きつつも季節は巡り、そんな苦労をした甲斐があったか無いのか分からないが小学校のお受験は何の問題もなくパスして合格した。
そして、入学式の前に1通の書類が来たのだ。
「主席入学者が辞退したから、次席入学者であるヴェレナ・フリサスフィス殿に入学生代表挨拶をお願いしたい……?」
何ともまあ絶妙に微妙な申し出だ。というか次席だったのか。元の世界の年齢分でブーストかけて一切の遠慮なしに試験受けてみたけど、小学校入学レベルでも現役生に勝てないとはなあ……。多分ケアレスミスの多さが祟ったのだろう。
思えば両親も何とも言えない顔をしている。
「えっと、この申し出はどう解釈すれば……」
「……十中八九本当に主席の家庭が辞退したのだろうな。家柄や身分不適格で除外されたのであれば、そもそも我々に回ってこないはずだ。格式で選ぶならより適当な家はそれこそ多い」
元従士階級と言えば聞こえは良いが、逆に言えば上流階級視点から見れば騎士ですらない成り上がりになるのか。そして成り上がりで栄えているかと思えばお父さんの魔法使い内での地位は傍から見れば閑職だ。確かに家格で選んだのであれば私に回ってくる理由はないか。
お母さんが更にひとこと加える。
「今回に限れば向こうの意図が読めないわ。だから順当に次席であったヴェレナに回ってきたと考えても良いと思うのよね。……いえ、こちらからは分からないカードが伏せられている可能性が皆無とは言えないけれども。
判断できる範囲でありえそうなデメリットは、次席なのに入学生代表なんて身の程知らずと言われる恐れがあるくらいかしらね」
両親の意見を取り入れ、最終決定は自分で行う。
「……よし。結局アプランツァイト学園に入学することは決まっているんだ。そしてここで『普通の』小学生として振る舞うつもりはないからね。
であれば、中身の異常性は早めに見せておいた方がいいはず。入学生代表、やってみようかな」
「うむ、どの道ヴェレナに小学生らしさを演じられるとは我々も期待していない。むしろ自然体で居てもらった方がかえって怪しまれないで済むというものだ」
お父さんの辛辣な言葉にお母さんも同意する。ひでえ。
*
入学式当日、今日だけは両親と一緒に列車を利用して向かう。アプランツァイト学園は、お父さんの勤める大学のあるザックテル駅の1つ手前のアプレーヒュン駅で降りるとすぐだ。
この2つの駅の周辺はもしかして学校の立ち並ぶエリアなのかなと思ったけど、もっと王都でも僻地の方が大学キャンパスは多いって言われた。
それはそうか、敷地面積あるから地価だけでも馬鹿にならないか。
なので名門の私立校や、地価高騰前から用地を確保できた歴史のある学校とかが王都の中心部には多い。
……もっとも、王都の中心に行けばいくほど貴族向けや元騎士向けの上流身分向けの学校も増えてくる。私の行く学校は王都の中心部からやや外れるが、それでも庶民向けの私立小学校としてみればほとんど最高峰と言っても過言ではない。
小学校に上も下もあんまりないと思うんだけどね。……そう思っていたのに、その予想はすぐに裏切られた。
アプランツァイト学園に到着すると、驚くほどキャンパスが広い。そっか小中高大全部1か所のキャンパスにまとめているんだ。そりゃ広大な土地が必要になるわ。
正門をくぐり、入学式の行われる『記念ホール』へと向かう。うわあ、人がいっぱいだ。腕章をつけ制服やスーツを着た私よりも少しだけ身長の高い子供から大人まで、私達と同じように入学式で来た人の歓迎についている。
満開の桜並木に彩られ、その道というべきか、公園というべきか悩む精微に整備されたエリアを進む。その桜の桃色と緑と花に飾られたレンガの道の両端には、石造りの重厚で古めかしい構造物からコンクリートモダンなシャープな建物まで、様々な施設が並んでいた。
遠目で見たらそこにはお父さんの職場で会ったような私服の学生たちが出入りしていたから、多分大学関係の施設なのであろう。
開けた場所に出ると、視界の右と左にグラウンドが3つも広がっている。
いや、流石にありすぎでしょ。そのうちの左にある天然芝のグラウンド、その更に奥にある校舎をお父さんが指差して「あれが初等科の学び舎だ」と教えてくれる。
確かにそこには私と同じ制服――コルセットベルト付きのワンピースで、上は淡いベージュ色、下はふくらはぎの辺りまで隠れるミモレ丈の緑がかったカーキ色だ。その上からスカート部分と同じ素材のボレロを着込む形で、制服というより何だかコスプレみたいだが――ともかくその同じ制服を着た子供たちが見えた。
ああ、あそこがこれから6年間通うことになる学び舎か。白くそびえ立つ3階建ての2つの直方体型の校舎が相並び形成されたL字型の学校。ここが私がこれから通う学校なのであった。
そんな初等科を尻目に更に奥に進んでいく。すると大きく重厚な建物があらわになった。アーチ状の屋根に側面は木仕切りの無数の装飾窓、かつて訪れた大聖堂かのような大きさと威容を放つ建物、『設立記念ホール』がそこにあった。そして目立つところには立て看板で「アプランツァイト学園初等科・中等科・高等科 合同入学式会場」と書かれていた。全部一緒に同じ会場でやってしまうんだね。
……えっ? これ全員入れるの。各々入学者の両親呼んでいたらキャパシティ足りなくなるのでは? とホールの中に入り受付をしながら思ったが、何とこの記念ホール1500人収容できるらしい。本当に学校かよここ、ちょっとした劇場とか音楽ホールクラスの規模あるじゃないか。
ただし流石に小中高の在学生全員が入れる余地はないので、生徒会とか運営委員とかを除くと入学生とその家族だけでほとんどの席は埋まっている。
そして入学生のクラスは、この場で掲示されている。といってもクラス分けは入学試験の成績順で上から1組、2組と振られていくから私は次席なのは分かっているため1組確定ではある。普通はここで自分のクラスを知るみたいだね。
そうした成績主義的なクラス編成は入学以後もずっと付きまとうみたい。だからあまりに低い成績を頻発していると1組から2組に降格もあり得るし、逆に2組の生徒でも優れた才覚を後からみせることで1組に上がるチャンスもある。まあ成績と一口に言っても学業のみで定まるわけではないみたい。スポーツ特待とかそういうことなのだろうか。
そして両親は来賓席に向かうが、私は代表挨拶のために一旦運営側の方に顔を出す必要があるようだ。まあはじめから分かっていたことなので、ここで両親とは別れて行動する。
*
先ほどの受付の人に入学生代表者である旨を話し、手の空いた運営委員の方によってホールの控室のような場所に連れてこられた。そこには数人の先生と初等科制服を身に纏った子供の固まりとそれより身長の大きい別の制服を着た生徒の固まりが2つ集まっていた。つまりは初等科・中等科・高等科それぞれの入学式の運営部ですね。
どうやら中等科・高等科の新入生代表の方はその場に居たようで、期せずして私が一番最後に来た形になってしまったようである。……というか中等科・高等科の代表は、普通に委員の人や先生と仲良さげに話しているから、これはエスカレーター式で持ち上がった優秀生徒だな。というわけでこの場に居る人と全員初対面なのは私だけみたいだ。
とはいえ、入学式直前のこの期に及んで話すことはほとんどないみたいで、結局私を含めた3人の新入生代表が話す内容が極力被らないようにしようという口合わせの場になった。3人同時に檀上に上がり挨拶と抱負を述べたりするわけだが、中身はともかく新小学1年生である私が、話す内容的には一番少ないので必然的に式本番ではトップバッターを担うことに。いや、後になる方がプレッシャーかかるからいいけどさ。
ある程度決まった頃合いを見計らって、先生らしき女性が1人の女の子を引き連れて私に話しかけてきた。
「ヴェレナ・フリサスフィスさん。入学早々で申し訳ないけど紹介するわね。こちらがあなたの……」
「いえ、先生。自分で話しますから。……アプランツァイト学園初等科2年1組、主席、オーディリア・クレメンティーです。入学おめでとうございます。
フリサスフィスさんの学園での規則や生活の仕方などを支援するパートナーになりました。学園でのことで分からないことがあったら、私に聞いてくださいね。
これから、よろしくね? フリサスフィスさん」
「あっ、はい。よろしくお願いします、クレメンティー先輩。……では早速になりますが1つお伺いしてもよろしいでしょうか」
その直後に、オーディリアで良いわよ? と返される。
「では、オーディリア先輩。私は次席入学者なのに、2年生の主席の方がパートナーを務めるのでしょうか? あっ、いやオーディリア先輩が嫌、というわけではありません。ただ私よりも優秀な方がいらっしゃるはずなのにどうして私を選ばれたのかと……」
パートナー。これはこの学園特有の制度らしく、入学したての子に対して学校内の先輩が学園独自のルールや規則を授業外時間、あるいは特定の授業において実地でサポート・訓練する役割である。任期は1年で新入生全員にパートナーは付けられるが、支援側は1年生パートナーの面倒を見るために一部授業が免除になったりもする。言わば学業・素行ともに優良な在校生が就く役回りだ。そのため2~6年生の優良者の中で希望者や推薦者を募って毎年運営されている。
……ってもしかして、今の私の発言は失言だったか? 希望者の多そうな主席入学者のパートナーになろうとしたけど失敗してやむを得ず次席の私のパートナーになった可能性もありえたな……。
そうした私の心配をよそにオーディリア先輩はこう答えた。
「ああ、それは私があなたのパートナーに是非にと希望したからです。『フリサスフィス』殿……ああ、すみません、あなたのお父さんのことね。著名な魔法使いであらせられるから、その娘さんに興味がありましたの」
……さて、この発言はどう受け取るべきか。
そのままの意味で考えれば父に憧れている、という趣旨にはなるが。ただ、父は魔法使いの中では閑職で、現職は大学教員だ。1つの可能性としては、単純に父の仕事が『魔法使い』という看板しかこのオーディリア嬢が知らない可能性。順当に行けばこれだと思う。
また別の可能性として、父が閑職にあることを知ってそれを嘲笑する目的。いや、でも彼女は『自分』で私のパートナーを希望した、と言ったな。悪意を持っている相手のパートナーにわざわざなる動機が分からない。
また第3の可能性として、閑職であることを知ってなお父に尊敬する理由を持っていることも考えられなくはない。その場合、私が知らない父の業績部分から話題が引き出される恐れがある。
というか、相手にしているの小学2年生だよな。私が邪推しすぎか、これ?
……ちょっと変化球投げてみようか。
「お父さんのことをご存知でありましたか、ありがとうございます。……ということはオーディリア先輩は、『魔法使い』にご興味が?」
魔法使いは現時点では男性しかなれないことを知っているか、知らないか。それも乗せた返答にしてみた。
「ええ! 魔法学院の『学閥』の方々が今の魔法使いを動かしていることは分かっておりますわ。その上でかつてその学閥の中核であったフリサスフィス殿のお話を是非とも伺ってみたい、と思っているのですよ」
「すると、オーディリア先輩も将来的には魔法使いになられるお積もりで?」
「いえ、女性の身では魔法使いにはなれないのは知っておりますわ。そんなことよりも、どういった手腕でもって、そうした地位に就くことができたのか、その手法について気になっているのです!」
うん、まさかの第3の可能性が当たった。魔法使いそのものを権力掌握のモデルケースの一例として捉えている、という見方で良いのかなこれ。
……ちょっとこれは想像だにしなかった先輩と出会ってしまったのかもしれない。




