prologue-4
お父さんとの話は、私がこれまで全く気が付かなかった新しい視点での知識や見識を私にもたらしてくれるものばかりであった。
魔法使いの内情、こちらでの異世界に対する認識、取り替え子という魔物とそれに付随する私の行動の危うさ、女性の任官問題などそれこそ多岐にわたる。
もちろん、そのベースには私もプレイをした『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲームの世界が基盤にはなっているのだけれども、こちらに来てからはゲームでは全く考えられていないような様々な諸問題が見えてくる。部外者と当事者の違いということだね。
ただ、それらの情報とお母さんとの話の間で得られた知識、そのどちらもが言わば両親からのアクションで意図的に気付かされた、あるいは説明されたものばかりだ。それではまずい。
お父さんもお母さんもどちらも私の味方だったから良かったものの、もしこれが悪意のある敵対者のような存在であったら。今後は自らの力でこういった面にも気付いていかなければならないだろう。
いや、そういった理屈ではない。外見は未就学児ではあるが中身は子供ではないのだ。既に『ヴェレナの中身』について知られているなら、ただお父さん、お母さんに守られるだけ、というのは都合が悪い。
今まで守られた分だけでも何か、返さなくては。そうした中でとにかくまずは自衛の手段をもって両親の負担を和らげることが必要となるだろう。
……としたときに、お父さんから先の質問を引き出せたのは大きい。
『娘が人外の化け物だと疑ったとき親は一体どうするのか』、そして『その答えと今の現状の違い』か。これが私の将来にも密接に関わってくるわけだがどういうことだろう。
一度振り返ってみるしかない。
私が転生した日に、お母さんは既に『ヴェレナ』ではなくなったことに気付いている。その時点では魔物である『取り替え子』と疑われていたが、それは病院で魔力検査をしたことで可能性として極めて低くなる。
そしてその週末には教会に行きその後私の言動で魔物ではないと確信に至り、それから2年――昨日大聖堂に赴き、取り替え子ではないことを祝う『青苧の儀』を経たことで、対外的には私が魔物ではない既成事実を得た。
そこまで状況を固め、満を持して私の正体についての直接的なアプローチを仕掛けてきた。当然その2年の間に取り替え子以外の選択肢についても仮説は広げており、その中の1つにこちらの世界ではフィクションの文芸作品でしか登場しないような『異世界人』の可能性すら考慮に入れている。
これが両親のこれまでの動きである。
ちょっと有能すぎない? 今まで話された内容から推察すると、両親の動きは申し分ないほどだ。転生者としていきなりこの世界に飛ばされて、どうしようもなく頼る相手も居なかった私にとっては本当にありがたい、ありがたすぎて申し訳なくなるほど……だ……?
……そうか。そういうことか。
全部私にとって都合が良すぎるのだ。
「もし自分の娘が魔物だと思ったら、真っ先に生まれるのは嫌悪感や恐怖心のはず。
でもお父さんとお母さんの話には、それがなかった」
自ら望んで人外の化け物を子育てしたいとは思わないはずだ。まして、直前までは普通の子供だったのに突然別人に変異した子供など。
愛情をもって子育てをしていた人間ほど、そのギャップに耐えることは難しいはずだ。
「――それ以上に自分の娘を疑わねばならぬという自責の念や自己嫌悪のが大きいが、概ね正しい。
……一般に、自分の娘が『人とは違う』と親が認識したときに取る行動は2種類に分かれる。『拒絶』するか『過保護』になるか、だ。
我々の場合は後者だな。過保護と言うよりかは過剰防衛の趣が強いがね」
言われてしまえばすとんと落ちる気がする。なるほど、過剰防衛ね。
「取り替え子ではないことを証明するのに大聖堂へ連れて行ったのも、過剰防衛?」
「まあ、それも1つだな。だが、それだけではない。
例えば家庭教師を付ける、習い事に通わせる。それそのものに親の意志が反映されるというのは当たり前かもしれない。
だがヴェレナ、君の場合はこの2年間『意図的』に他者との係わりを遮断していた。その様子では、このことには気付かなかったようだな」
*
確かに、腑に落ちることが多かった。
この2年間、両親と習い事の先生以外の人とまともにコミュニケーションを取ったことはおろか、会話すらした覚えがない。
同じくらいの年代の子供と関わったこともない。近所の人を見かけたこともあまりなかった、隣の家に誰が住んでいるかも分からない程に。町内での催し事などに参加……いや、そもそも存在したのかすら分からない。何より両親以外の『親戚』に一度も会ったことが無い。流石に異常だ。
「実は世間体的にはヴェレナはあまり家の外に出せない病気がちな娘、ということにしている。
それを建前に、親戚同士での集まりなども全て断ってきた。何故か分かるかな、ヴェレナ」
今であればこの質問の答えは分かる。
「親戚なら、昔から私のことを知っているはずだものね。それなら私がヴェレナでないことに気が付く人も居るかもしれないわね」
お父さんは頷く。
「そういうことだ。だからどうしても長めの冷却期間を置く必要があった。これについては理解してほしい。今であれば、物心つく前のことだから全て忘れてしまった、で通せる。何せ彼らからみれば最後に会ったのは3歳のときだからな。
利き手が変わったことすら矯正した、と一言で済ますこともできる。
親戚以外については、ヴェレナが別人になりそれ以前のことを全く覚えていない様子から、一度切り離して全く新しい人間関係を形成した方が良いと判断した。それ故の病弱という体裁だ」
何だか、計算された過保護だな……。もっと盲目的に倫理観とか無視して監禁するようなのとか、逆に子供のわがまま放題を全部認めるようなのが過保護だと思っていただけに、ちょっと不思議な感覚だ。
「これがヴェレナの進退にどう影響するのかと言うと、大きく分けて2つの問題が既に生じている。
1つは親戚問題だな、こちらはある意味簡単だ。そして2つ目は、心情的な問題とでも言うべきか……」
2つの問題。それぞれについて説明を私は促す。
親戚問題。
話は森の民が国家として統一する前の、部族社会、あるいは領主乱立時代に遡る。
私達の家名である『フリサスフィス』は今でこそ平民ではあったが、部族時代においては騎士に仕える従士階級であった。従士とは騎士の配下であり、領主から見たときには家臣の家臣、つまり陪臣にあたる。
私から見たときに祖父にあたるフリサスフィス家の先代当主はそうした従士であり、部族間の小競り合いなどでも功を挙げる武人であったらしい。
そうした武功のおかげで祖父自身は森の民統一時に、従士でありながらも一代限りの限定の最下層の貴族爵位である『騎士爵』を拝領していた。
早い話が祖父1人だけ見れば、一番低くはあるものの貴族なのである。
この成功体験から、祖父並びにフリサスフィス家の親戚一同は盛大に勘違いを起こした。――すなわち、次代も武人として大成するに違いない、そしてあわよくばフリサスフィス家を正真正銘の貴族の家に、と。
この迷惑な期待を一身に背負ったのが、我が父ことアデルバート・フリサスフィスその人であった。
根っからの武人であるがゆえ爵位制度などには疎かった祖父に代わりお父さんは平民が貴族になる手段を模索したが、従士家系を満足させるような搦め手は存在しなかった。
困りはてたお父さんは、1つの抜け道を見つけた。それが魔法使いであった。
魔法使いといえば部族社会時代の価値観で言えば領主の側近中の側近。
また現行制度なら、魔物討伐の為の軍隊でもある。つまり解釈次第では武人とも言える。
……そして何より『魔法爵位』というなんか貴族っぽい称号が、親戚一同の自尊心を大いに満足させた。
「つまるところ一般人にとって、貴族の伯爵様と『魔法伯爵』の違いなんてどうでもよかったというわけだな。それらしき肩書きさえあれば何だって良かったのだろうよ。
むしろ、魔法使いは兵を率いて戦うから貴族よりも偉いなどと、のたまう有り様だ」
お父さんは、呆れ果てたような顔で語る。
正直、私も貴族の爵位と『魔法爵位』の違いがよく分かっていないのですが。『魔法爵位』はあくまで国家資格兼仕事上の区分で身分に影響するものではないのですよね。対して貴族の爵位はこれはそのまま貴族であることを保障するものと。……難しい。
でも私達の親戚のように、別物なのに貴族の爵位と混同して有難がる人が多いことから、制度に詳しくない癖に権力には弱い人間を抑えつけるには有効的なのかも。
だって魔法使いの仕事には軍事指揮もあるのだ、部下が命を預けるなら肩書きが仰々しい程のが丁度良いかもしれない。
「……まあそこまでは良かったのだが。」
と、一言置いて、親戚問題について述べる。
――フリサスフィス家自体は現在こそ平民だが国家統一前は従士階級で武闘派の家系。祖父は軍功により騎士爵を与えられ最下層かつ一代のみとは言え貴族。父は軍事指揮権を有する魔法使いで『魔法爵位』持ち。と来れば……
「ああ、成程。次にフリサスフィス家を継ぐ者……つまり私にも魔法使いになることが求められている、というわけだね」
そして、これが私が魔法使いになるかの意思確認と、女性魔法使い任官問題に繋がっていたわけだね。そんなの気付かないよ! 分かりにくい!
あれ? でも女性が魔法使いになれるかもしれない、という話は私が今話したからこそ出てきた可能性のはず。お父さん視点で考えると私を魔法使いにすることは考えることができないのでは……。
「そうだ。故にヴェレナを魔法使いにすることなど昨日まで毛頭考えていなかった」
「じゃあ、私はフリサスフィス家は継ぐ資格がなかったってことだよね。……え、じゃあ誰に継がせる予定だったの? もしかして今から新しく弟ができるとか、そういう話?」
「それが2つ目の心情的な問題になる」
そこからお父さんの話が続く。
――心情的な問題とは要約するとすなわちお母さん、ディエダ・フリサスフィスの内面のこととなる。
本来私の子育てが多少落ち着いてきた時期に新しくもう1人、子を授かる予定であった。だが、そんな大切な時期によりによって私が転生してきてしまい、取り替え子騒ぎが両親の間で起こる。
結果的には私は魔物などではないとすぐに分かったが、それでも『普通』の子供ではないことは明らかである。言い方は悪いが、普通の子供でない子がお母さんから産まれた。それはお母さんが責められるべき事柄ではなく後から転生してきた私、というか『突発性異世界転生症候群』の病気が全面的に悪いのではあるが、こういうのは理屈ではない、みたい。
幸い私に対して愛情が失われるということはなくむしろ過保護にはなったが、まだ生まれてもいない命に対してまでそれは及ばなかった。
……つまり、お母さんは、出産に対して、自分が新たに子供を産むことに対して、強い恐怖心と忌避感を覚えるようになってしまった。私が、ヴェレナに転生したせいで。
「だがフリサスフィス家の後継は魔法使いやそれに類する者でなくてはならない。ヴェレナが女性である以上は魔法使いには成れぬと思っていた。
故に、親族や傍流から薦められるのだよ――」
――妾・側室を娶り男児を産むことのな、とお父さんは語る。私が病弱だということになっているから、表向きではお母さんは元気な子を産めないと勘違いされており、親戚からそのような事を善意で薦められるようだ。
「そういった心遣いは私も不本意でな。故にヴェレナがもし魔法使いになれるのであれば、このような愚かな話を断ることもできる。……まあそれは私の身勝手というものだな。
ここまで聞いてしまった以上は、ヴェレナが決めるというのもありかもしれぬ」
……まだ名前も性格も分からない義理の母ができることを許容するか、魔法使いになるかを選べということか!?
うへえ、重大な決断だ……。そんな知らない母親を受け入れなければ未来の弟妹は生まれることはないだろう。だが、お母さんと言ったらこの世界ではもう――ディエダ・フリサスフィスしか考えられない。
そもそも、そんなに複雑な家庭環境では居心地があまり良くなさそうだ。……まだ、何も決まっていない段階で悪し様に言うのは何だけど。
では、魔法使いになるかどうか?
まず大前提として私がなりたいと言ったところで、現在は魔法系の学院の門戸が開かれていないのはどうしようもない。
それは無視するとしても、ゲームシナリオを踏襲することになる。魔法使いにならないだけでも、私が『悪役令嬢』になる可能性は極めて低くなるだろう。
でもなあ……別に私がトップに立たなくても構わないかもしれないが何もしなければ敗戦するかもしれないのだよねえこの国。荒唐無稽な話とお父さんには言われたけど、私にとっては重要な指針なのだ。
それであれば、情勢に関与が出来そうな魔法使いになるのは間違っていないだろう。何よりもお父さん自身が魔法使いなため今から準備可能という面が強い。であれば……
「うん、私は……魔法使いになる!」
「……よし、分かった。では親戚からのお節介はなるべく、こちらで処理しよう。
……しかし覚悟を決めてもらって申し訳ないが、小学校で魔法を学ぶところは存在しない」
がーん、出鼻をくじかれた。
「そこでだ、ヴェレナ。……私立の小学校に行く、というのはどうかね?」
私立小か。お受験とかがあるような……どんなことするのか分からないから自信があまりない、勉強できるできない以前の頭の柔らかさや発想力が必要なテストとか出されたらむしろ無理かもしれん。
しかし、お父さんはそんな私の不安を見越してかこう語る。
「実はヴェレナに2年前よりさせていた手習い、あれらは小学校受験も見据えたものでもあった。そのためどこの小学校を受けると言い出しても対応可能な水準にはあるかと思う。
あくまでヴェレナにその意志があり、かつ1つだけ存在する障害を乗り越えれば可能であるが……」
何と、そこまで手の届く場所に居たのか。
であれば私立の小学校に行ってみるというのも大分魅力的な選択肢だ。障害? 勉学に関係するものであれば問題はないだろう。そっち関係は一日の長がある。
「それなら、私立の小学校を受検する! 障害だって乗り越えてみせる!」
お父さんは目を細めて笑い、こう続けた。
「であれば、障害となるのは移動手段だ。ヴェレナ、早速今日より自転車に乗る特訓を始めるぞ」
……ぎゃあああ! アウトドア系の試練だったー!




