prologue-2
――男性しか魔法使いになれない?
いや、ゲームの中の『悪役令嬢』としてのヴェレナは、魔法使い強硬派を率いていた。これは間違いない。
となると考えられる可能性は、
「……魔法使いの派閥を率いるトップは別に魔法使いでなくても大丈夫なの?」
魔法使いを率いているから、当然リーダーも魔法使いだという先入観からくるミスリードという線はあるかもしれない。
しかし、
「……こちらの問いに対する回答になっていない上、質問の意図が分からないが。
結論から言えばそれはありえない。魔法使いというのはそもそも同族意識の強い組織だ。内部抗争や派閥抗争は確かに激しいが外部、まあ魔法使いでない者を勝手に引き入れるのはひどく嫌う。
仮にトップを外部の人間にしたら、その瞬間に派閥は崩壊するだろうな、故にありえない」
それなら、ヴェレナはやはり魔法使いであったと考えた方が自然だ。
けれどこれで振り出しに戻った。一体どのような手段を取れば男性しかなれない魔法使いに女性であるヴェレナがなれるのだろうか。
そのようなことを考えていたら、お父さんに名前を呼びかけられたので思考を中断する。
「ヴェレナ、自己完結していないで全て話しなさい」
あっ、はい、すみません。
*
とはいえ、段階を追わず話してしまっては、混乱を招く危険性がある。
転生者、という概念そのものは受け入れてもらっているのだ。ここから話をすすめるべきだろう。
「まず、『ノスタルジック・クロック』は知っている? お父さん」
その質問に対して頷いて返答してきた。
「ああ、数年前から話題になっている小説だな。昨日ゲードルフピアーノの大聖堂前広場で演劇を見てきたそうだな。小説の方は目を通しているし、演劇もヴェレナと数年前に見に行ったな……」
……ノスタルジーに浸るお父さんの時間を戻すために私は口を開く。
「『ノスタルジック・クロック』は小説、娯楽の中に別の世界が描かれている作品という認識になるはず。
そこで1つ聞きたいのだけれど、この『別の世界』という概念は物語の上でしか存在しないフィクションの出来事なの? それとも何らかの魔法的な根拠のある現実に存在する、あるいは将来的には可能なテクノロジーに沿ったものになるの?」
今後の説明に少々関わる部分でありかつ、『ノスタルジック・クロック』を見た際に、最も私の今後の進退に影響のありそうな箇所でもあるので、この際説明に便乗して聞いてみる。
お父さんも思うところがあったのか、椅子の背もたれに寄りかかり話し始めた。
「少し長くなるが、一般論も交えて話そう。
世界、まあもっとも瘴気の森と未知の森のせいで分からない部分も多々あるが、我々の一般認識では、未知の森の中にはまだ出会ったことのない人類も住んでおりそうした集落は現在でも発見されている。しかし反面、そうした未接触の人類が国家という規模の共同体を築いていることはないというのが定説となっている。
その根拠は、人類は概ね南北方向に限られた特定領域――瘴気の森と未知の森双方の外縁部、もしくは未知の森内の空白地帯、にしか住んでいないことに起因している。
瘴気の森は単純で北に行けば行くほど『瘴気』の濃度は上がりとても人間生活が営めるレベルでなくなる。まあ外部からの食糧供給に完全に依存するのであれば人類の生活圏をもう少し北に伸ばすことは可能だが。
そして南に広がる未知の森は一定ラインを超えた場合探索者の帰還率が皆無であることから、未知の森の南部には人間にも影響を及ぼす何らかの防衛網があるらしいことは分かっている。
ここまでは良いだろうか?」
この世界の人類の居住可能地域は、地球と比較すると遥かに狭い。
海は現在存在しないのだが、北から瘴気の森、南からは未知の森が圧迫しているからだ。いや、瘴気の森・未知の森という二大勢力の間で緩衝地帯として生きているのが人類居住圏という見方もできる。
そしてゲーム中マップでは南半球そのものが登場していなかった。――おそらく未知の森の防衛ラインは、赤道付近に存在するのだろう。
故にこの世界は大雑把に言うなれば東西に点在する形で国が存在する。何なら東西方向には世界一周も済ませているし、航空機を使えば民間人でも世界一周旅行もできる。
しかし南北方向には世界一周どころか半周すらも出来ていない有様だ。
ただし、この話が異世界とどう繋がる? お父さんに続きを促す。
「この問題に対して、我々が住むことが不可能な領域とは言うものの、もしかしたらそうした環境下に適応して文明を築き上げている人類が居るかもしれないという批判は存在する。現段階では思考実験の域を出ないが。
しかし実態は、人間の住めぬ瘴気の森には二足歩行をする人型の魔物や人間が瘴気汚染して魔物化したケース、果てには人間に擬態して人類の居住圏に潜伏している狡猾な魔物などばかりで数千年という規模で一向に人など見つかっていない。
また未知の森の空白地のうち既に人類の居住可能な地域は全て航空機による観測が終了しており、国家が築けるような広大な平原は既に存在しない。
故に既に存在する国家以外の人類の国は存在しない、という結論になる」
つまり、過酷な環境で適応した先例が魔物しかおらず、また人類の瘴気の森に住む魔物に今ある居住地域も脅かされている状態だから我々以外に仲間がいるとは思わないということか。
いささか割り切り方が豪快な気がしないでもないが、それはすなわちこの世界がどれだけ魔物に脅かされていたかという恐怖心と表裏一体なのだろう。
私がその主張を受け入れるか受け入れないかは別問題だが、そう考えられているということを知るのは必要なことだ。
主題からは逸れてしまうが、1つ質問をする。
「これまでに、人類の集落を居住不可地域で発見したことは?」
「最新でも数百年前の記録になるが、魔王侵攻時に瘴気の森に攻め入った勇者らの報告によれば数例、村のようなものが発見されたという証言はある。ただし、いずれも関わったら奇襲されたり、村人だと思っていたが実は魔物であったりしている。逆に関わらない場合特に何も起こらなかったらしい。十中八九、歴代の魔王の策略によって設置された偽装の村落だろうと考えられているな」
ああ、これは確かにリスクのが大きいね。
というか魔王が狡獪すぎる。人間の良心に語りかけてくるような罠をしかけて陥れるとは。
最後の発見が数百年前ともなれば警戒のが勝るのは致し方のないことなのかも。
というか……
「魔王に詳しいね、お父さん」
「……何か勘違いしているようだが、瘴気の森対策は魔法使いの所管範囲だ。故に過去の魔王侵攻時の対応は戦史研究として一通り学ばされるだけの話だ。
では大分脱線したが、本題に戻そう。
現実的な部分で新規国家が最早無いだろうと考えが浸透した結果、文芸作品においても、おいそれと森の先にある誰も知らない理想郷、のような概念が出しにくくなった。
そこで生まれたのが、別世界という創作上の技法になる。最早我らには『まだ見ぬ異国』が存在する可能性が極めて低くなってしまった。故に未踏の地を描く際には『別世界』が着目されるようになったのだ。
ということで、ヴェレナの質問に対する答えは『フィクション』作品だ、ということになる。
魔法においても錬金術においても『ノスタルジック・クロック』の『トンネル』のような世界と世界を結ぶ技術は古今東西聞いたことがない。
またそうした研究が基礎研究や理論研究レベルですらも学術的に意義あるものなどは調べたが、該当するものは一切なかった」
……そうか、存在しないのか。確率的にほぼありえないとは思っていたとはいえ、改めてその事実を突きつけられるとショックではある。
しかし心の底まで納得はしていないため、しつこく確認をとってみる。
「魔法・錬金術双方で『異世界転移』技術が存在しないとのことだけど、お父さんは魔法使いだから、錬金術のプロではないよね? 見落としがあるんじゃないかな。
また研究を『調べた』とは言ったけど、そう簡単に全ての研究内容を調べることができるの?」
「成程、良い着眼点だ。
だが大事なことを見落としているぞ、ヴェレナ。お父さんとお母さんは君が真にヴェレナではないと気付いてから優に2年は経っているのだ。
君が、取り替え子に代表されるような悪しき魔物ではないことに確信を得るために、どれだけの情報を探し回ったと思っている。
それこそ、フィクションでしか存在しない、別世界からの渡航方法などという荒唐無稽な話すらも至極真面目に検証していたに決まっているだろう。
この大学教員という立場を利用して研究資料収集の名目で錬金術師共に照会を依頼したのも一度や二度ではない。まあ集めた資料は魔法・錬金術比較研究ということで活かしてはいるが」
お父さんって結構、職権乱用かつ公私混同しますよね。まあ実務でもちゃんと使っているならいいんですけどね。
ダメ元で聞いてみたところはあるけれども、やはりその辺りは抜かりないのか……。おそらく私が調べるよりも効率的な手を打っていたのだろう。
……ん? ちょっと待とうか。何やら不穏な単語かあったな。
「お父さん。取り替え子って何?」
――取り替え子。前の世界では聞き覚えの全くない単語だ。
お父さんの発言を振り返る限り、魔物の代名詞的な呼ばわりをされている如何にも不穏な存在だ。
そういえば、お母さんもかつての私に魔物疑いをかけていたね。というか、大聖堂で『青苧の儀』をやったのも万が一にも魔物だと疑われる危険性除去の側面もあったし。
そうして、疑問に思いふと聞いた単語は、切実な口調でもってお父さんの口から語られる。
*
「ああ、ディエダから、『取り替え子』については聞いていなかったのか。てっきり説明したものだと思っていた。
端的に言えば、『取り替え子』というのは、先ほど挙げた人間の居住圏に潜伏しているタイプの魔物だ。いや、潜伏というのは不適当か。正しくは『寄生』でありかつ『捕食』だ。
ここまで話すと薄々感づいているかもしれないが、『取り替え子』という名は、親から見た時に『子供』が勝手に魔物と『取り替えられる』ことから名付けられている。……これでは分かりにくいか。
端的に言おう。子供の魂を『捕食』し、その子の肉体と記憶を奪い糧とする魔物のことだ」
え、寄生、捕食……?
私の想像を遥かに超えた、とんでもない化け物がでてきた。
血の気が引き、言葉を紡ぐことが出来ずにいると、絶句している私の状況を知ってか知らずか、お父さんは更に続ける。
「この魔物の特徴は、『捕食』であること。故にもし仮に取り替え子を討伐することができたとしても、元の子は肉体しか残らない。――つまり、憑りついた時点で元の子の魂を戻すことは不可能だ。
しかし、『取り替え子』は周囲の人間の反応に敏感で臆病だ。周りの人間が自分のことを疑っていると判断したら、自分から幼児の肉体から飛び出し逃亡してしまうような、実体があるのかすら疑問な魔物だ。
そして取り替え子を『討伐』するには、現状子供の身体の中に居るときにしかできない。
更に誰にも気付かれなかった場合でも、取り替え子はどんなに長くても6歳になるまでの子供にしか潜伏できない。大抵はそれ以前に魔物の意識だけ抜ける。
……結論『捕食』された時点で助かる手段はない。そして『取り替え子』を倒す倒さない、あるいは放置するしないに関わらず、6歳までには必ず肉体も死亡する」
語られた内容はあまりに壮絶なものであった。
正直、魔物と言われても、猪や熊みたいな野生動物が凶暴になったようなものばかりを想像しており、こうした実体すらない捕食型の魔物など考えたことすらなかった。
それだけにショックが大きい。
そして状況証拠を拾っていくと転生者たる私の行動というのは、『取り替え子』に近いものを形成してしまっていたのではないだろうか。
もう全て終わったことで完全に杞憂なのだが、恐怖を感じざるを得ない。6月で室内もそれなりに暖かいはずなのに背筋にうすら寒さを感じる。
「それに加えて『捕食』した時点で記憶が魔物にも継承されることが発見をさらに難しくしている。
元々『取り替え子』という魔物自体がかなり悪知恵が働き、人間の模倣を得意とすることから、余程言動に注意深く着目しない限りは、魔物が憑いているか見極めることは難しい。
また、そもそも『取り替え子』自体の個体数はそれほど多くないらしく、常に子供に寄生して生きているというわけでもないので、実のところ『取り替え子』の被害は稀ということもある。
なのでほとんどの場合、取り替え子が憑いたことに気が付く前に、その子は死んでしまう。
そして特に子供は身体や免疫力が大人よりも低いから、昔は疫病で死んだ子と見分けがつなかったケースも多い。死体になってしまえば取り替え子が憑いていた痕跡は残らないからね」
「それは、ええと、取り替え子だと判断するのは不可能、なのでは……」
あまりの見破る難易度の高さと取り替え子自身の擬態能力の高さに驚く。
これでは、取り替え子だと気付かぬまま、子供の魂が奪われていくばかりではないか。
私のこの疑問に、お父さんはしばらく考え込み、たっぷりと時間をとってからこう答えた。
「簡単ではないが、いくつか見極める方法は存在する。
所詮取り替え子は魔物なのだ。人とは異なる部分も多い。
……いくら擬態していても、魔力だけは誤魔化すことは不可能だ。
病院で魔力検査をすることで、魔物か否かは瞬時に判明する。
体内の魔力は生まれた時に先天的に決まり、そのときの値から変動することはない。しかし、取り替え子の場合は違う。
魔物は一般人が持つ魔力とは比べ物にならない程強大な魔力を有しているため、測定さえしてしまえば一目瞭然だ」
まあ、取り替え子もそのことは把握しているので、思考誘導・説得・泣き落としなどありとあらゆる手段でもって検査そのものを避けようとするが、と父は続けた。
――ああ、だからあの時、椅子から落ちた、ただそれだけのことであれだけの検査をさせられたのか。当然、魔力検査もやっている。
ずっと疑問に思っていた両親の行動の本質が分かり、納得がいった。
でも……そうか、だとしたら、
「もし、あの時私が病院に行くことを拒んでいたら――」
お父さんは、私の質問には答えない。答えずに言葉を更に連ねる。その態度こそが答えであった。
「君は、ヴェレナとして全く振る舞えていなかった、初日からね。
また魔石や魔法使いといった事柄に対する知識が無さすぎた。もし取り替え子であればそれは必ず知っていることだし、同時に私達が魔法使いについて過去にヴェレナに説明している、ということも記憶さえ継承していれば気付いていたはずだ。
……だから私達は、君が取り替え子だと断定するのに違和感を覚えていた」
お母さんの話した『違和感』とは、『自分の娘であるヴェレナ』だとしたときの違和感のことではなく、『私が取り替え子』であった場合の違和感だったのか。
そして病院に行ったことで、『取り替え子ではない』という確信に変わった、と――。
「また、その週末には教会に行ったが。そもそも聖女教は魔物や瘴気の気配には敏感だ。そして魔物をこの世の悪と断罪し徹底殲滅することを掲げている。
本来そんな場所に、取り替え子が行くわけがない。
加えて言えば、万が一気付かれなかったにしても、司祭の説法などに今更感化されるほど取り替え子の精神は若くなどない。あの時新しいことをやりたいと言い出した事実こそ、ヴェレナが取り替え子ではない決定的な証拠であった」
期せずして私の発言そのものが、私が魔物でないことを証明していたのか。
「そして極め付けは『青苧の儀』だな。
6歳まで生きられない取り替え子と、厳密には未就学児だが6歳を祝う『青苧の儀』。もう両者の共通点は分かるであろう?」
そこまでお膳立てされれば、私にも答えは分かる。
「『青苧の儀』とは……、子供が取り替え子ではなかったことを祝う行事なのね……」
……全てはひとつに繋がっていたのであった。
そして、私は一歩踏み誤れば取り替え子と誤認され、死亡していたかもしれなかったと今更ながらに実感したのであった。




