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prologue-1


 ――私立スタンアミナス大学魔錬学部社会魔法システム専攻、アデルバート・フリサスフィス特任教授研究室。


 それがお父さんの職場であった。スタンアミナス大学は、私達の住む街・ヘルバウィリダーから列車で15分ほど北に行くとあるザックテル駅の周辺に存在する私立大学である。どこへ行くのにもそんなに時間がかからないから、割と自宅の立地良い気がしてきた。


 そしてお父さんは魔法使いでありながら教員である、という話であったが私立大学の教員とは思わなかった。魔法使いは公務員、という漠然とした印象から公立の中学校や高校を想定していたが、まさか大学だったとは。


 また私立大学教員なのに公務員なのは何故なのだ?



 ……と、まあここまででお父さんについて多少語ってしまったが、現実逃避はやめて話を戻す。


 お父さんに連れてこられて職場に来てしまった。


 いやいやいや、私が行きたいと言ったわけではないよ! ただ、昨日フルーツグラノーラタルトのケーキを食べた後、私は疲れてそのまま寝てしまったのだ。

 考えてみれば、朝からずっと『青苧あおその儀』関係で動きっぱなしだったし、その後にお母さんとの面談もあったので身体はすっかり眠気に誘われてそれにあらがえなく、というわけだ。


 しかし、お父さん視点でもいくつか私に聞きたいことはあったとのことで、寝てしまったが故に聞きそびれてしまったのである。

 だけどお父さんもただでは転ばず、今日は午前中は予定が特に入っていないので、大学で話の続きをしてしまおう、という運びになった。……夜まで待てばいいのにどうしてこうなった。


 まさか異世界ではじめて学校の敷地に入ったのが大学になるとは、と内心複雑な想いでお父さんの研究室まで一緒についてきた。


 お父さんが研究室の扉を開け入っていく。「おはようございます」と複数人の声が聞こえた。中に人居るんすね、そりゃそうか。


 軽くお父さんが娘を連れてきたと話し、室内がざわめく。そういうハードルの上げ方よくない。その後に続いて入ったせいで、研究室に居た全員の視線が私に注がれる。


 まだ未就学児ということで、簡単に名前だけの自己紹介をする。

 そして挨拶をした後で研究室内を見渡す。そこには男の人と女の人が3人ずつ合計6人居た。ただし女の人1人は秘書さんみたい。


 部屋を見渡すと、一番印象的なのは本の数の多さ。ほぼ壁一面に本棚が広がっていて、本から厚いファイルやらとにかく紙媒体が多い。

 そして各人の机に目を向けると、整理整頓具合に大きな個人差はあるものの、プリントと本がほぼ散乱状態と言っていいほどに溢れている。


 ……そっか。コンピューターがないから紙媒体ばかりなのか。魔法による記憶装置の開発が待たれるね。


 とりあえずお父さんは秘書さんから何やら書類を受け取っていて、30分ほど待ってもらいたいとのこと。8人掛けの長机の場所を指差されたので、そのうちの椅子の1つに腰かけて待つことにする。流石にこの部屋にある本を読むのもね。


 待っている時間を手持ち無沙汰になっていると思ったのか、秘書さんが氷の入った麦茶を用意してくれた。冷たくて美味しい。


 そうすると、手の空いた学生がわらわらと集まってくる。暇なのかな。


 まあ、当たり前と言えば当たり前だが大学でまだ小学校も通っていないような子供にお目にかかることが珍しいからちょっかいをかけにきたようだ。


 ただ昨日の件があり子供擬態が壊滅的に下手なことを思い知らされてしまった私は、自分から話を振ることができない。

 しかしそれを単なる人見知りと学生らは判断したようで私のことを質問攻めにしたり一方的に話すことで間を繋いでいた。正直、助かる。


 ここの学部の専攻名である『社会魔法システム』。彼ら学生はそれについて学んでいるわけだが、これは魔法の使い方とか魔法陣の作り方みたいなどうやって魔法を発動するのかという学問ではなく、もっと根本的、あるいは漠然としたような学際領域である。例を挙げると、どういった原理で魔法というのは生まれているのか考えるような検証に関する分野や、どういった魔法がどのように社会に影響を与えているのか錬金術などと比較して考える分野、更にはもしも魔法がなかったらどうなるか? など実際には可能性の低い仮定を置き、その仮定条件の下ではどのような人間生活が営まれるだろうか考える分野など、本当に多岐に渡る学問テーマだ。


 なんかもう魔法使いにしかできないようなことを除いた魔法関係のこと全部が、この研究室には集約されているように私は感じた。


 また基本的にどんな話をされても興味津々で私が聞くこともあるのか、面白いように彼らは語る。話してるうちに何か変だな? と思って聞いてみたら秘書さん以外全員研究室で徹夜を明かしていたようだ。だからテンションおかしいのね。


 そこで、こちらから何故お父さんのところで勉強しているのか聞いてみた。


 するとその場に居た人全員一致で答えた内容が、


「魔法爵育成学院と魔法学院の両方の1期生、それも首席卒業生が一般の大学で先生やってるだなんて他の大学ではありえない」


 とのことだった。お父さん首席だったんだ……。

 話を聞いて大学の先生に魔法使いが居るのっておかしいことなの、と追加で質問をすると、これは答えにくい質問だったのか学生らは顔を見合わせてしまい、見かねた秘書さんが私に説明をしてくれた。


「普通は年をとったおじいちゃんのような魔法使いばかりですね。フリサスフィス特任教授くらい若い方でしたら、仮に大学の先生をやるにしても魔法学院などの魔法使いがつくった学校に行くことが多いようです」


 ……うん? お父さんは首席なのに閑職というか左遷? あるいは魔法使いクビってことなのか? いやでも『魔法伯爵』ではあるんだよね。


 もしかして()()()()()()()()()()()()()()……ってやつですか。


 そうした渋いことを考えていたらどうやら顔に出てしまっていたのか、


「……詳しくは、あなたのお父さんから聞いてください。外野からとやかく言うことではないと思いますので」


 と秘書さんに言われてしまった。うん、ごもっとも。





 キリの良い所でお父さんが出てきて、とりあえず一段落ついたから別室に移動することになった。お父さんが冷蔵庫にあった麦茶ポットごと持って研究室の更に奥にある小さな会議室みたいな部屋へと移る。

 そして私達2人が入ったら冷房をつけ、内鍵をかけられたところで好きなところに座るように言われた。いや、もう完全に長時間話す体制整えられているじゃないか。


「さて、まずは確認からで良いか、ヴェレナ。昨日ディエダと話した内容については私も把握している。この世界とは異なる場所からの来訪者……その認識で間違っていないか?」


 席に付き麦茶を注ぎながらお父さんは問う。特段訂正する部分もないため、注いでもらった麦茶のコップを受け取りつつ無言で頷く。


「そうか。では中身は年端のいかぬ童でないというわけだな。では無理に子供扱いすることもあるまい。今後は見た目通りではなく中身の年齢で扱うがそれでいいだろうか」


 まあ、それはありがたいといえばありがたい。……今まで子供のフリができていたかどうかは棚に上げておく。


「はい。あっ、そうだ。子供扱いしないということは敬語で話した方がいいでしょうかね?」


「……いや。子供扱いしない(・・・・・・・)とは言ったが、娘扱いしないという意味ではない。ヴェレナ、ディエダの言い分の繰り返しにはなるが私達の娘である事実は変わらないのだ。……まあ家族にも敬語で話すのが自然であったのなら無理に止めはしないが。そういうわけでもないのだろう」


「ええ、分かったお父さん。では話を始める前に1つ聞きたいことがあるのだけど、魔法使いって公務員のはずなのにお父さんが私立大学の教員をしているのはどういうこと? 経緯が分からないから教えて欲しい」


 先ほど研究室でのお話で気になった部分を早めに聞いておく。


 幸いそこまで話しにくいものではなかったようですんなりと答えてくれた。

 お父さんが言うには、まず大前提として魔法使いは『魔法爵位』を保有している人のことを指す。そして『魔法爵位』は魔法使い内での序列や階級を示しており有事の際に率いることのできる部隊の規模などもこれで定められている。

 ただし、あくまで『魔法爵位』は一代限りの称号なので、世襲などはなく実力で勝ち取るものだ。


 そして、魔法爵位持ちであれば全員何かしらの魔法使い職内での役職が用意されている。なんか、爵位と言うより資格みたいね。

 でも、あれじゃあお父さんは魔法使い内で役職あるのか、と思って聞いてみた。


「ああ、私は一応第11魔法師団長という職は持っているよ。……ただ、この部隊は書面上にのみ存在する幽霊師団だがね」


 師団というのは戦時では大体1万人くらいの兵がおり、一応お父さんはその指揮が可能な立場にいる。

 ただし、常に平時から1万人全部が揃ってる師団の方が少なく、定員割れしている部隊やそもそも1人も兵などいない幽霊師団なんかもある。


 そして魔法使いは別に軍事だけを受け持っているわけではなく他の仕事や部署もあるため必ずしも割り当てられる仕事は軍事指揮、というわけではない。


 ……もっとも、書面上部隊なんてそもそも指揮しようがないのだが。


 でも何故0人部隊の指揮なんかしてるのだろう。


 そこには、前回の魔王侵攻後の動員解除と派閥抗争が絡んでいた。戦時によって昇進させた結果、急速により上位の魔法爵位持ちが増えすぎてしまったため、その身の丈に合った役職を割り振るにはどうしても平時編成の分だけでは足りず、苦肉の策として名前だけの部隊を残す、という文書改竄と言われてもおかしくない暴挙に出た、ということらしい。


「まあ、だがそこまでの屈辱を味わいながら魔法使いであり続ける者は少なかろうよ。私がむしろおかしいくらいだ」


 幽霊師団を割り当てられても給料などは出ない。あるのは肩書きだけである。だから、本来であればその時点で魔法使い職など辞して別の道を探すだろう。元『魔法使い』というだけでもそれなりに再就職先はあるものとのこと。……別名、天下りとも言うが。

 ちなみに魔法使いを辞した場合でも有事になれば再招集は可能だ。


 だがそんな天下りを拒否してでもお父さんが肩書きが必要だったのは、ひとえにこの学校の特任教授になることを誘われたから、とのこと。ようやく話が繋がる。


 お父さんは元はしっかり魔法使いのエリートコースを進んでいたが、魔王侵攻時に戦地にて上官との間で作戦方針の違いをめぐってトラブルを起こしていたらしい。――あの家にあった例の日記の後の話か。


 結局それが終戦後も尾を引いて幽霊部隊へと左遷。しかし、この人事異動が当時それなりにニュースで話題になったらしく、話を聞きつけたこの大学、スタンアミナス大学が、魔法爵育成学院と魔法学院双方の1期主席卒業生なら教育者としてならば申し分ないので体よく引き抜いた、というわけだ。

 特任教授という身分も外部から才あるものを呼ぶときに用いられる身分なので、肩書きは多い方がいいだろうということで、国家公務員・魔法使いでありながら私立大学勤務という謎すぎる働き方ができている。


「はぁ……」


 何か思ったよりも私の家の家計は複雑だった。というかお父さん、魔法使い上層部に完全に目をつけられているじゃないか。


 でも、まあ『黒の魔王と白き聖女Ⅴ』のゲーム内でのヴェレナの悪役令嬢としての動き、権力志向が少し理解できた気がする。


 魔法使いになった根本理由は多分、ここ、なのだろう。お父さんが認められなかった分、自分が認められようとした。既に成績で頂点を取っていたお父さんの更に上を目指すには実績をあげるしかなく、実績をあげるのにはより権力が必要。

 そして上層部に怨みのようなものすら感じていたとするならば、過激派になるのも分からなくはない。お父さんが権力に潰されているからより上位の権力を抑えに行く、つまり王家との婚姻にも繋がってくる。


 もちろん、まだまだ他にも理由はあるかもしれない。けれども、ようやく謎に包まれていた『悪役令嬢ヴェレナ』の一端を垣間見た、ような気がした。


「成程……。だからヴェレナ()は魔法使いになるのか……」


「ちょっと待ちなさい、ヴェレナ。」


 あれ、声に出てしまっていたか。顔を上げお父さんの話を聞く。


「……聞きたいことが2つある。まず1つ、ヴェレナ、今のように自分自身のことをまるで他人のように話す時があるよね。その部分の説明はお母さんに意図的にぼかした部分であろう。何を知っているか話しなさい。」


 ……あっ、これはやってしまった。ゲームのことも話す必要が生じてしまったね。


 隠し通すのは無理だし、どうせなら共有した方が手っ取り早いだろう。魔法使いの根幹部に関わる話だしお父さんと共有できれば進む部分も多い。まあ、敗戦して戦争犯罪人で断罪というショッキングな出来事だからお母さんにはぼかしたが、お父さんはもう巻き込まざるを得ないだろう。


 ん? 2つって言ってたな。あともう1つはなんだろう。



「そして、2つ目だが。ヴェレナは一体どうやって魔法使いになるつもりなのかね。


 魔法使いになる、つまり魔法爵を貰えるのは事実上『男性だけ』なのだが……」

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