7-11
「魔法使いは当然瘴気の森と相対する訳ですが、仮に戦闘や救出作戦等で遠征を行う場合でも、その行動は最大3日を前提として作戦計画が立案されます」
夏の残り香を残しつつも、街路樹は少しずつ落葉を始めている9月。私は特別教育の野営実習に向けて座学の授業を受けていた。
座学までは学年共通で授業を行うが、そこから先、すなわち実際の実習では男子とは別工程となる。そうするとローザさんと2人で……? と一瞬勘繰ったが、2人だとやれることはそう多くないので先輩方とまとめて行うことになるみたい。ただし実際の実習は、しばらく先の予定になるみたい。
「そして、3日という行動期限は概ね前線後方の補給基地――多くの場合は路面列車や鉄道の貨物集積所になりますが、そこから片道1日で行ける範囲が概ね行動限界となります。往路、作戦行動、復路で1日ずつ使うという想定ですね。
……となると我々魔法使いが網羅できる領域は、最寄りの線路から徒歩1日圏内となりますが、その理由は分かりますか? では、コロバート・ルーウィンさん」
指名されたのは中学校課程の魔法青少年学院時代から王子に近侍していた侯爵家子息のルーウィンさんであった。
「はっ。我が国の輸送の基軸は鉄道ですので、作戦の中核が鉄道網の整備状況に左右されるからかと。
そこから先は原則人が自ら荷を運ぶがためにその限界が3日、ということなのでしょう」
前線基地までの輸送は鉄道が担うがために、物資や兵力の融通はそこまでは何とかなる。だが問題はそこから最前線までどう運ぶか、という部分であり。
そういえばビルギット先輩と共に北方の飛竜施設を訪れたときは魔物に補給基地が襲撃されて炎上していた写真が飾られていた。ただ正面突撃一辺倒ではなく、後方攪乱や奇襲など多彩な戦術を種族的特性を活かして戦ってくるのがこの世界の魔物である。まあ、組織的なものは魔王侵攻時くらいとも聞いているが。
「その通りです。が、もう少し詳しく話す前に1つ疑問を投げかけましょう。
馬やロバなどの動物に輸送させたり、路を整備して荷車などを使えば飛躍的に輸送能力が高められるのにも関わらず、何故非効率を承知でわざわざ人の手によって運ぶのでしょうか。……ローザ・エルミンヒルトさん」
先生が指したのはローザさん。
動物を使わない理由は分かる。瘴気の影響で魔物化することを恐れているからだ。
では、道路を整備しない理由は……? 確かに車社会ではないからトラックや輸送車の類は作戦行動を埋められる程の数はないかもしれない。しかし、先生が言ったように荷車とかリヤカーを用いるというのは確かに有用そうに聞こえる。
「ぁ、はい! 主には瘴気の影響かと思われます。
動物は魔物化しますし、我が国で使われている車や路面列車のほとんどは魔石動力であり、後方基地までなら兎も角、瘴気汚染が不規則に広まる危険のある最前線では運用が困難と見込まれます。
後者に関しては、そうですね。魔物と魔法使いが大平原で激突したり、あるいは我々が瘴気の森の内部へ軍集団規模で浸透する機会は無いからではないでしょうか。貨物集積所を後方基地とは言いますが、それらの箇所は要塞化されていることもあり、物資基地であると同時に防衛拠点であり戦況次第ではそのまま最前線にも移行するからですね。だからそこから外に出る遠征そのものが変則的な状況ということなのでしょう」
物資集積基地が防衛拠点を兼ねている。その発想は無かったが、確かに貴重な物資を危険な場所に溜めるなんてことはあまりしないか。
そして魔王侵攻という名が指し示す通り、我々人類は基本的に防衛側だ。この防衛には現在の瘴気の森外縁部近傍に監視線や要塞線を構築し、有事の際にはそこに詰めて拠点同士で連携しつつ魔物の侵入を阻害する静的防御が主軸となる。
だから、遠征という事態そのものがイレギュラーで特殊な軍事計画に沿って行われるものだから、わざわざそのような突発的な事態のために物資集積所より先に道を整備するということはあまりしない、というのがローザさんの考えだ。
そのローザさんの企図を受けて先生は答えを返す。
「……まあ、あながち間違いでもないか。
だが、エルミンヒルトさん。魔石動力の路面列車を前線で運用できない、と前半で言っておきながら、後半ではその路面列車が物資を搬入する物資集積所が最前線になると言っている。これは矛盾していないだろうか?」
あ、本当だ。それは気が付かなかった。
その後、先生が続けて最前線まで道を整備しない理由を答える。
「物資集積所より先にも補給を整えることは可能でしょう。ただし道を作るということは魔物側に物資補給路を示すことに繋がります。
後方の防衛拠点として構築済みの物資集積所ですら魔物の襲撃に遭うのにも関わらず、最前線まで各部隊の使用する物資を搭載した輸送隊を編成すると、効率向上の恩恵よりも輸送隊襲撃時の前線での物資不足の危機が上回るという訳です」
つまり、言い方は悪いが各々が必要なものを持って行動していれば誰かが倒されたとしても失われるのはその死亡した当人の物資のみだ。
しかし輸送隊にそれらの必需物資の輸送を代替させた場合、輸送隊員が倒されるたときの影響範囲が大きすぎ、それを嫌って遠征時に無補給前提で各人を持たせるという話に繋がるのである。
兵站の効率化が、魔物視点で見ればかえって狙うべき標的の明確化に繋がる。
「さて、話を一度戻しましょう。
行動限界が3日ということですが、これは持っていく物資重量に大いに関わりがあります」
そう言って先生が板書を始める。
慌ててノートを取ると、そこには必要物資の内訳が書かれている。
まず、水。
本来行軍においては現地調達をすべきものだが、瘴気の森の内部の水源は瘴気汚染されていることと、魔王侵攻時のような場合局所的な瘴気濃度の増加で最前線地域だと瘴気の森の外縁部にほど近い地域だと国内の水源すらも状況次第では使えないこともある。だから飲料用途・衛生用途等で水を持つ必要がある。
そして、食糧。
これも水と同じ理由で現地調達はほぼ不可能。こちらは物資の搭載限界から、重量を保存性とカロリーが損なわれない程度に差し引いた携帯食糧を持っていく。
次に武器。
肩掛け可能だがずっと掛けていると肩こりが酷くなる魔法銃と、サーベルかもしくは銃剣を携行する必要がある。
また、弾薬盒と呼ばれるポーチをいくつか身に付ける。魔法銃は、魔力で弾丸を飛ばすことも、魔力の塊を質量化して指向性を持たせて飛ばすこともどちらも可能だが、一般に弾薬を使う方が魔力を節約できるのは言うまでもない。
魔力切れが即座に戦闘不能に繋がる以上、魔力管理は厳しく行う必要がある。
更に、戦闘服。
とはいえ、これはいつも着ている制服たる軍服ワンピースではなく、体育着として支給されている長袖長ズボンの瘴気の森での活動を前提とした迷彩が為された動きやすい服だ。
曲がりなりにも有名デザイナーを招聘して見栄えを重視した制服とは違い、徹底的に行動性を追求したため、デザイン自体は男女で違いは無い。あと頭の防備のためにヘルメットのような帽子も被る。これも結構重い。
ただし1着だけだと心許ないので着替え兼予備として複数着、更に防寒の為の外套や下着類なども全部荷物に入れる。
「……と、ここまでが、日数に比例して重量がかさむ代表的な荷物ですね。
武器に関しては魔法銃を複数持つということは中々無いですが、万が一長期間の行軍を意図する場合、整備用品や部品の予備や工具などをさらに持つ必要があるでしょう。
更に。
ここに野営に使う小円匙や携帯天幕が必須として、有毒性の魔物対策として防毒面嚢、後は薬品・地図・コンパスなどの類も持って最低限の装備でしょうか。
ここに各々の任務特性に応じてさらに荷物が加算されます。下手をすると3日分で成人男性1人を抱えて歩くくらいの重量になりかねないですよ」
――これは、3日が行動限界という話も頷ける。というか、それ以上は無理でしょうよ。
*
「――そうそう! ローザちゃんとヴェレナちゃんの言う通り、私達も野営演習にはまだ行ってないのよねえ。
他の同級生男子は皆済ませているのに、不公平だと思わない? あっ! でも2人も一緒にってなったから、待った甲斐があったって感じかなっ!」
土曜午前の特別授業が終わり、ローザさんとともに女子寄宿舎へ戻ると、ダイニングにはイダリア先輩が居たので先程座学で学んだ野営演習について聞いてみる。
すると先輩方もやっていないことが明らかになる。場所の確保とかが問題になったのかな?
そんなことを考えていると、いつの間にか戻ってきていたらしいラウラ先輩とビルギット先輩が口を挟む。
「しょうがないとは思うけどな。1班最低6人以上で活動するんだろ、あの野営?
去年じゃその最低人数満たしてねえし、男子と女子を混合させる訳にもいかないだろ」
「そうですわね。それで去年は私達出来なかったわけですから」
なんというか、魔法教育側の不手際が目立つというか。
いやでも、魔法爵育成学院で女子生徒が解禁されたのは去年からか。中学校課程の魔法青少年学院が3年先行していたとはいえ、あそこは泊りがけの演習とかは無かったし。そりゃあホテルに泊まったりするのとはわけが違うから演習場所の確保も大変なのだろう。
更に治安が芳しくなく、何事か起これば即座に政治問題になりかねない私達女子生徒の取り扱いには上層部も細心を払っているということなのだろうね。
「あ、でも……演習のときに男女別にするのにこんなにごたつくってことは、実際部隊配属になったときに私達ってどうなるんでしょうかね?」
今までそこまで気にしていなかったけれども、基本魔法使いの部隊兵って男性ばかりだから、学院でここまで気を遣われても部隊に所属したら唯一の女性とかになるかもしれない。仮に私達を単一の部隊で固めるとしても、指揮する兵卒は男性なのだから。
そんな私が先輩方に向けてふと呟いた言葉はローザさんによって拾われる。
「ぁ、えーとですね、ヴェレナさん。
一応、一般兵も女性の部隊は検討されているようですよ」
何でローザさんが知っているんだ、と思ったが、『片翼党』関係か。
既存の派閥に属する強みだな、これ。
……って、今更だけど……。
「……あれ? ラウラ先輩、ビルギット先輩? ……オーディリア先輩はどちらへ?」
そうした魔法使い上層部の情報には関心が高そうなオーディリア先輩が居ないことに私はようやく気が付く。なじみ深い2人の先輩が、自然に会話に入ってきたからてっきり一緒に居るもんだと、脳が処理していた。
「あー、オーディリアなら今日は外泊だってさ。まあいつも通り用事があるんだろ」
「明日の朝には戻るようなので用があるなら、その時に伺えば良いと思いますわよ」
あー、別に用があるとかそういうわけでは無いんで大丈夫です、はい。
*
ダイニングで遅めの昼食を5人で取ってそのまま流れ解散となる。
私はローザさんと共に、自分たちの部屋へと戻る。
「レンズ豆の野菜スープ仕立て煮込み、そんな料理があるんですね……優しい味がしましたね……」
「イダリア先輩の地元の郷土料理とか家庭料理だったのかもねー、ローザさん」
確かにしっかりと煮込まれた野菜の出汁が出ていて、それがレンズ豆と絡み合って美味しかった。
まあ、ちょっと味が濃いというか……塩味? を多少強く感じた気もするが、まあ王都の料理は薄味って話を前に聞いていたし、極端にしょっぱいと思う程ではなく、疲れているときに食べれば、この濃淡のある味は身体に染み渡るだろうな、とも思った。
そしてそんなちょっとだけ独特な味付けに何も思わないローザさん。
彼女は彼女で自分で食べるものは香辛料を多めに使うから、特段違和を感じなかったのだろうとも思う。
そんな他愛もない話をしながら、女子寄宿舎の2階へと上がる。
すると、ローザさんがまず気が付いた。
「……あれ? 何か警告音しません?」
そう言われて耳を澄ませると、確かにアラート音? のようなものが聴こえる。
「……もしかして私達の部屋から?」
その言葉に顔を見合わせる。
「――どうします、ヴェレナさん。外に守衛さんが居ますから呼びますか?」
確かにこれが寄宿舎のセキュリティ関係であれば一大事だろう。……でもわざわざ2階に侵入するか……と思い、様子を伺うが一向にアラート音が収まる気配は無く、そして確実に部屋から聴こえている。
しかし、このけたたましい警告音。どこかで聞き覚えが……。
――あっ! そうだった。
「いや、ローザさん。大丈夫だと思うよ。
この音は――魔力通信装置の緊急通信の受信音のはず」
そう言い放ち、自室の部屋の扉を開ければ、確かに魔力通信装置から音は鳴っていた。
「部屋が荒らされた形跡もなく、窓にも鍵はかかっていますね……」
その間、周囲の様子を確認していたローザさんの発言からも、確実に通信装置が原因であると分かった。
「確か、このアラーム音が鳴りやんだら、即座に通信が入るはず――」
私がその言葉を言い終わる前に警告音が消え、入れ替わりで通信が再生される。
「アプランツァイト学園のルシア・ラグニフラスよ。
ヴェレナ、聞いているならすぐに私の家まで来るか、もしくは通信で返答を返してくれないかしら?
――アプランツァイト学園高等科の生徒会選挙に、貴方のとこのオーディリア先輩が介入してきたわ。
今年の生徒会長候補の最有力はソーディスさんだったのに。あの、先輩。最早外部生なのにも関わらず、私達に真っ向から仕掛けてきたわよ」
――はい?
オーディリア先輩、外泊届を使って一体……何をしているの!?




