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オーディリア先輩から水族館のパンフレットとともに渡された茶封筒を誰も居ない自室で開ける。
中に書かれていたのは大体オーディリア先輩に言われていた通りの内容。
魔法教育統括部総務部からの機関紙掲載の依頼であること。魔法爵育成学院に通う生徒の感想文を来月の機関紙に載せたいということ。ただし、紙面上に多くのスペースを割いているわけではないので、感想文も縦横罫紙400字詰め程度でまとめて欲しいとのこと。
まあ作文の類で文量を求められるのはかなりしんどいので、400字でも多いかなとは思ったりもするが増やされたらたまったものではないから、ここは有難く受け取っておく。
そして行き先は、ノヴレフルス水族館という場所らしい。何でも王都では初の水族館ということで、しかもオープンも比較的最近とのこと。これはパンフレットに書いてあった。
……で。その来月の機関紙とやらだが、5月25日付で発刊される『イプシシマス探報 6月号』のことで、月決めとなっていることから分かる通り月刊紙である。
その出版日に間に合わせるために水族館感想文の提出期限は5月の中旬に定められていた。そして封筒の中には水族館のチケットそのものは入っていなかったが、その代わりに日付指定のされた半額割引優待券が2枚入っていた。これ使ってローザさんの分も買えってことですね、はい。
というか、魔法使い上層部はそういう取材にかける費用をケチるのはどうかと思うぞ……。一応依頼として出していて、実質的に日付指定までされているのにその費用を一部でも学生側の自費で計上するというのはちょっと筋が通らない気がしないでもない。いや、お金は出すけどさ。
それよりも。問題は指定された日付の方。
基本的に週末は外泊するローザさんの予定がこの日だけ空いている、なんて都合の良いことが起きるのだろうか。
*
「……ぁ、えと、水族館ですか? それも遊びではなく新聞に載せる用の感想文を書くために……?」
ローザさんと仲良くなりたいということを先輩方に相談したという部分だけを隠して、オーディリア先輩に押し付けられた水族館での依頼を、帰宅したローザさんに説明する。
その反応を見るに、困惑といった面持ちが強い。
「えっとね、オーディリア先輩が魔法教育統括部の総務部から受けてきた依頼みたいなんだけど、訳あって私達2人で受けることに……」
私としては『2人』という部分を強調して、オーディリア先輩――つまり『中央校の先輩』からの依頼ということで、ローザさんの退路を断とうとした発言であったが、思わぬ部分が拾われる。
「あ、魔法教育統括部の総務部……の依頼なのですね。
それは断れませんね、分かりました。それで……日付は……、うん。大丈夫です、その日は丁度用事がありません。行きましょうか」
――流石にこのローザさんの急転降下の反応を前にして、今までオーディリア先輩やらソーディスさんなどの『アプランツァイト学園生』との経験を重ねてきた私がそのままスルーすることはできなくなっていた。
魔法教育統括部総務部とローザさん。それを繋ぐものが……うん、1つある。
ローザさんの出身地、レーヴンヴァルト州の魔法使いの一派である片翼党。その実質的後継者が魔法教育統括部の総務部長だ。
だから、彼女は総務部の話を聞いた瞬間に『断れない』と称したわけだ。まだ本人の口から直接聞けていないが、ほぼ間違いなくここが彼女に援助をしている後援団体なのだから。
そうなると、急にオーディリア先輩が黒く見えてくる。だって、水族館の優待券は2枚入っていたのだから。上層部にとってオーディリア先輩が受けるだけであれば1枚で充分なのに。
となると、私とローザさんを水族館へ行かせるのは最初から仕組んでいて、私の相談を体よく利用しただけ……という考え方も出来る。
――その根拠として、王子から伺った『儀仗組』廃止に関わる話をオーディリア先輩にしたのにも関わらず、結局先輩も王子も具体的なアクションを取っていないということ。
オーディリア先輩は可能性として、私のお父さんのネームバリューで『学閥』、ローザさんが所属すると思われる『片翼党』、それを『女性魔法使い』で繋ぐことができることを示唆していた。
そして、ここに至り『片翼党』後継者候補たる総務部長と『女性魔法使い』1期生首席のオーディリア先輩の繋がり。今までの先輩の言動も鑑みれば意図が無い、という方がおかしいだろう。
だがその可能性をローザさん相手に口にすることはせずに、もう1点気になったことを尋ねる。
「ローザさんの予定が空いていて良かった……。
……というか、普段週末にローザさんはどこへ出掛けているのです?」
今までプライバシーとか、関係の探り合いとかで聞かなかった質問をあえてここでする。
「……ぁの、すみません。
知り合いの伝手を頼って、魔法青少年学院や魔法爵育成学院に入学しようとしている家に赴いて……家庭教師の真似事をしております」
アルバイトしていたのか、ローザさん。そりゃ仕送りだけでやっていけなさそうな雰囲気はあったからなあ。ほぼほぼ、私が原因である部分が大きいとはいえ。
だが、この返答については想定通りだ。そしてだからこそ普通では考えられない点が生じる。
彼女は週末に家庭教師のアルバイトをしている。だが、同時に外泊もしている。
――女子生徒が1人で、どこに泊まっている?
「……『片翼党』関連のお仕事ですか?」
初めて確信に至るような、踏み込んだ質問をローザさんに対して尋ねた気がする。
「……ぁ、ヴェレナさん知っていましたか。
そうです、王都に引っ越したレーヴンヴァルトの方々も居りますので、彼らの中で魔法使いを志望する家庭を『片翼党』の皆様に紹介して頂いています。
『片翼党』はもう1つの家族みたいなものですので、招待頂いたご家族のお子さんに教えに行き、夜遅くなると泊まっていくように言われるのですよね……」
割とさらりと語られたことは予想外だが、概ね私が考えていた通りであった。
「――だから。水族館へ行く日にお仕事が入っていなかったのですね」
「……あっ、そういうことなのですね。総務部長のフルドウィグ・ノーマン様はそこまでお見通しだったわけですか」
様、と来たか。ローザさんを水族館へ行かせるがために意図的に彼女の予定を開けていた『片翼党』の実質的後継者を様付けで呼ぶことからも、彼女の中での『片翼党』の重要度の一端が窺える。
*
ノヴレフルス水族館。王都南部の中核駅であるノヴレフルスの地にあることから、その名が付けられた。
そんなノヴレフルスという地名をどこかで聞いたな、と思ったが、思い返せばあの飛行場や運動公園があり、2つ下の後輩であるアロディアさんとサッカー観戦に度々行ったプティドルフへ行くときの乗換駅になっていた場所である。
関係は薄いながらも予想外に馴染みのある場所であった。
そんな場所に私とローザさんは路面列車に揺られながら向かう。一応感想文を書くだけとはいえ、お仕事……と言えなくもないので正装、つまりは魔法使いの制服を身に纏い外出する。
そして流石に制服を着たままだと街中では結構浮くことが、アロディアさんとの経験で露呈したので、路面列車は一般客から見たら1ランク上の2等車を使っている。まあ、私にとってはいつも通りの車両ではあるのだけれどもね。
3等車と比較すると明らかに混雑度合いが緩和されている2等車の座席にローザさんと2人で座ってひたすらにノヴレフルスの地への到着を待つ。
すると、珍しくローザさんから口を開く。
「……あの、新聞の記事になる感想ってどう書けばいいか……ヴェレナさん、分かりますか?」
いやー……私も、そういった経験はしたこと無いので、正確なことは分からないね。
ただ、まあ今回に限って言うのであれば総務部長やら『片翼党』やらの背景を王子から聞いていることと、絵図をオーディリア先輩が描いていることから意図はまあ掴みやすい。
お互いにとっての試金石というわけなのだろう。
オーディリア先輩にとっては『片翼党』……というかノーマン総務部長が、王子が危惧する程の人物であるのか、それを知るため。
そして『片翼党』側にとっては、将来女子魔法使いとなる私達とローザさんの関係を見極め、そしてそれが彼らにとって有益となるか害となるのかを判別するため。
いや、本当はそこまでは考えていないかもしれないが。というか情報が少なければ私達中央校女子生徒は王子の庇護下にあると誤解するかもしれない。
吟遊詩人との一件まで探られれば基本的に王子と協調しているし、オーディリア先輩も現段階では王子のオーダーに沿って動いているしねえ。
となれば。正直感想文の中身の巧拙は然程評価される項目ではないだろう。いや、勿論読み物として完成度が高いことに越したことは無いのだが。
「……まあ、そんなに悩まなくていいんじゃないかな? あまり考えずにお魚を見て感じたことをそのまま書くとかで良いと思うけれど」
機関紙とはいえ新聞に載ること、そして複数の勢力が横断的に関わっていることから逆に政治色を出す方が危ういとは思う。だから、お魚の感想が最も当たり障りなく、そして無難だと私は考える。
「――それにパンフレットを見る限りでは王都初の水族館らしいし。あんまり後のことを考えて頭を悩ますよりは、目の前のことを楽しんだ方が良いと思うよ
……ローザさんも、水族館は初めて?」
意識して、ローザさん『も』と問うことで、自然に私が水族館へ行ったことが無いことを暗喩できたのは我ながら成長したと思う。
前世で水族館には行ったことはある。だが、今まで王都に水族館が無かったという情報を前にして私が行ったことあるというのを仄めかすのは些か拙い。
「……私も行くのは初めてですね。ラルゴフィーラに大きな水族館があるのは知っていましたが、結局魔法青少年学院時代に行くことは無かったので……」
……ラルゴフィーラにはあったのか。それは知らなかった、ちょっと気になるのだけど。
でも水族館という概念そのものは知っているというわけね。道理で話が早かったわけで。
「じゃあ、やっぱり楽しんだ方がお得だよ! 行ったことの無い者同士で……ね?」
そのとき、ローザさんの顔は軽く俯き、何とか私に聞こえる声量で呟いた。
「ぁ……な、なら。……トラウトも水族館に居るのかな? うん」
――ちょっと羽目を外してもローザさんに楽しんでもらいたいな、と改めて思った瞬間であった。
*
「ノヴレフルス水族館学芸員のアルボイン・シギマーと申します。この度は魔法青少年学院に通うお二方の御案内を務め上げることに――」
パンフレットの住所に示された水族館の前までやってくると、少々小太りの人付き合いが上手そうな壮年の男性が私達を出迎えてくれた。
あー……そう、来るわけですか。成程。
そして、そのシギマー学芸員は私達を先導するかのように前を歩きながら水族館の紹介を行う。
「――本ノヴレフルス水族館は、王都初の水族館として諸外国の最新鋭の技術を導入して作られました。
運営母体であるグローアーバン路面軌道株式会社の新しい創遊事業の一環として開館致しました」
グローアーバン路面軌道株式会社。
その創遊事業がどこかで聞いたことがあると思ったら、少女劇団を抱えているところだ。私が初等科のとき、演劇をやる時に参考にしたことがある。
それを学芸員の方に伝えると、「よくご存じで! 少女劇団を始めとして、遊園地・温泉・スポーツチームに唱歌隊などなど様々な『遊び』の事業を『創り』上げております!」と返される。地味に遊園地あったんか、この国。
「……ぁ、あの、すみません。グローアーバン州って森の民でも第二の人口を誇る、王都と双璧を為す都市ですよね。何故、王都に水族館を……?」
「良い質問ですよ、エルミンヒルトさん。
勿論グローアーバン州とその隣接州で我が社は事業を広げておりますが、この度王都へ是非進出したいと相成りましてね。このノヴレフルス水族館はその牙城として建てられた側面もあるのですよ!」
ここまでで何となく察したのが、この人おそらく学芸員である身分が嘘かまでは分からないが何か裏はあるだろう、ということ。一介の解説担当者が会社の内情をすらりと説明できるのはちょっと異常だ。明らかに学芸員の職分を超えている。
でも正直、その辺りの探り合いはどうでも良い。今回の主目的を考えれば大事なことではない。
重要なのは……。
「あちらの巨大な魚はパーカーホと言いまして、コイの一種です。
が、7年かけて人の背丈を優に超えるまでに成長します。当館で飼育している個体も成体です。英雄の国の直轄地に主に棲息しておりますね」
「それで、こちらの個体はマロンと呼ばれるロブスターの一種です。
背中の色が、植物のマロニエの実に似ているでしょう? この種は野生ですと主に聖女の国に棲息するものですが、料理用として輸入・養殖されているようですよ」
――これはこれで、さ。
ためにはなるのだけれども……ねえ?
私は、ローザさんと仲良くなるために水族館に来たのに、これじゃあ遊びに来ている感ゼロじゃん!




