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7-8


「ねえ、イダリア。あなたの地元のローヴェクセル州で新しい錬金術工場が作られているらしいわね」


「新しい染料の生産設備らしいなー、オーディリア。

 ……確か石炭から作られているらしいが、これ本当なのかビルギット?」


「そうねラウラ、私も詳しくは存じ上げないけれど、染料そのものはもう流通しているものらしいわね。それで藍染め職人やら青苧あおそ業者やらが苦境に陥った話は、実家の御用の装飾人から聞いたことがあります」


「……うん、3人ともそうだけどねっ!

 何なら基礎工場は、私の祖父が財務預りをしていた時代に誘致したもので、今回の拡張は地域生産複合性を高めただけなんだけど……。って、いやいや。

 ヴェレナちゃんが私達4人に相談しに来たのに、何その塩対応。可哀想じゃない!」



 あー……はい。

 まずは、何というかイダリア先輩に対してはただただ申し訳ない。


 先輩方4人に相談があるといって、教練等を行う一般授業とは異なる特別教育が終わった土曜日のお昼過ぎに声を掛けたらたまたま全員の予定が空いていたので集まった。土曜の午後から日曜日にかけては授業は休みなので、外泊届さえ取れば泊まりで出かけてもいいので珍しい。特にオーディリア先輩とビルギット先輩が学内に残るなんて珍しい。

 ちなみに私のルームメイト兼同級生であるローザさんは、午後から外出している。どこに行くのまでは聞いていない。入学して以降まだ3回目の週末だが、毎回休みになるごとに出かけているからね。


 で、相談があると集めた瞬間にこれだ。

 ほとんど私に対しての関心皆無で、例の先輩3人衆は突然雑談に突入する。


 この場で味方なのは、新しい先輩であるイダリア先輩だけだ。


「あー……なんかすみません、イダリア先輩」


「何で、ヴェレナちゃんが謝るの!? 悪いのは露骨に興味無さそうなオーディリアちゃん達じゃない」


 ええと、もしかしてイダリア先輩って今まで私が出会ってきた人の中でも随一の良識ある人物というか、しっかりとした感性を有している。

 常識的な反応が返ってくるというのは落ち着く。とはいえ、彼女も彼女で錬金術染料工場トークに普通に付いていっていたし、そもそも中学校課程の魔法青少年学院に地方校とはいえ女子生徒解禁の一期生として入学しているのだから、一般人というわけではなく、むしろ能力的には規格外タイプに近いのだろうけれど。


 すると明らかにやる気が無さそうに背もたれによりかかるどころか、ダイニングテーブル付属の4脚椅子をまるでロッキングチェアかのように揺らしていたラウラ先輩が、その振り子運動を止める。というか先程までかなり振れ幅あったぞ、地味に体幹やばくない?


「だってさーイダリア。この感じのときのヴェレナは、割とどうでも良い悩みのときだしなあ」


 そうラウラ先輩が話せば、他2人も続けるように口を開く。


「深刻なときは、割と切羽詰まった表情や立ち振る舞いをしていますから、分かりやすいですものね、ヴェレナさんは」


「……というか。差し迫った問題があるときは、基本的にはオーディリアだけに話すわけですし。

 深刻なときにはいつも相談相手を絞って動くヴェレナさんが、こうやって全体に周知して相談があるときは、大抵そこまで……ねえ?」


 結構ぼろぼろに貶されたが、最後のビルギット先輩の言葉には少々引っかかるところがあった。

 曰く、差し迫った相談はいつもオーディリア先輩にしているという部分。


 かつての監視役であったオードバガール魔法準男爵のこと、吟遊詩人・ベルンハルト氏との面会、あるいは『二段階制空論』の論文を取り寄せた後に魔法大臣との対談などなど――確かに深刻な問題に関しては、この3人の内であればオーディリア先輩にしか相談していない。

 というか、どれもこれも政治的な動向が僅かにでも関わるものばかりだし。


 そう考えると、私からビルギット先輩やラウラ先輩に相談を個別で持ちかけたことってあんまりないかもしれない。更に3人同時に相談することなんて、大きなことでは一度も無かった。

 というか、大体は先輩方から伝えられて……ってパターンのが多かったし。ラルゴフィーラの旅行や卒業研究についてはそうだった。


「まあまあ、話してみないと分からないでしょ、ねっ? ヴェレナちゃん!」



 そして、そんな最中でもフォローしてくれるイダリア先輩は、本当に貴重な存在だ。




 *


「――で。ここまで勿体ぶって『ローザさんと距離を感じる、もっと仲良くする方法が知りたい』と……。やっぱりしょうもないじゃねえか。

 そんなこと、人に聞くことでも無いだろ、自分で考えろよ」


 実際、ハードルが上がりに上がりまくった状態で相談内容を口に出したら、開口一番ラウラ先輩に酷評された。


「ですけれど、ローザさんは私のことをどうやら都会の遊び人みたいに思っている節があってですね……。本当はインドア派なのに……」


 そう言ったら目の前に居る4人全員が溜め息をついた。……イダリア先輩もか。



「そうでしたね。ヴェレナさんはそういう人でしたね、久しぶりだから忘れていましたわ。

 まず第一にあなた去年、後輩のガーヒルドさんと一緒にサッカー観戦を定期的に行っていたのでしょう? 他にも色々と遊びに行っていたことはアプランツァイト学園の伝手で伺っていますよ。

 これでインドア派を自称するのは少し無理がありませんか?」


 ガーヒルド……アロディアさんのことか。確かにそれはそうだったけれども……。


「ヴェレナちゃん、今着ている部屋着も大分お金をかけているのに、それは無理があると思うかな……?」


 イダリア先輩も突っ込み側に回ってしまう。

 今の服装はオフホワイトのサイドスリットパーカーとその中には、氷を思わせる淡い青色のフレアチュニック、そこに無地のストレッチ素材のパンツ。

 部屋着、と言われたが、外用としても普通に着て行っている服装である。


 まあ、そうした既製服を着ているという時点で洋服にお金をかけているということになるから、もしかしたらお洒落な服を着てるか否かという以前の問題なのかもしれんね。


「……後は、そうですわね。ヴェレナさんのことですからちょっと見栄を見せようと気軽に自分の私物を分けたり貸したりしたのでしょう?」


 うわあ、図星だ。ビルギット先輩の話す通りシャンプーとかコンディショナーとか貸していた。

 ……そういう姿を見て、私のことを金使いの荒い遊び人と判断した、と。



 うーん、この辺りはもしかしたら自意識と周囲から見たときに私の印象が乖離しているのかも。

 いつまでも前世のインドア派の意識が抜けないが、確かに今のヴェレナ(わたし)としてはアウトドア的なことも苦にならずこなせる体力と運動神経はある。お店で売っている服を買うという行為自体が、所得に左右されるとなればお洒落と言われるのにもそろそろ慣れないといけないのだろうか。いや、でも自身のセンスには未だに自信は持てない。


 まあ、これは自己意識の問題で結論が出ないので考えるのをやめる。


「……とにかく! どうすればローザさんと仲良くなれるのでしょうか!」



 とりあえず、もうヤケ気味でそう言い放つ。


「……もう、1ヶ月経ってるから結構印象固まってきてないか?」


「というか、今のこの姿を見せれば親しみやすいと分かってもらえるのではないですかね?」


「そもそも、ヴェレナさんが1ヶ月もボロを出さずに演じ切れている方が異常事態ですよ」


 先輩3人衆は、あまり協力する素振りを見せない。かくなる上は……。


「……イダリア先輩!」


「……えっ、私!? ……ええと、なんだろう……。

 そもそも私がヴェレナちゃんのこともあまり知らないから色々と口を出すのもあれなんだけど……。

 あっ! 趣味を聞くとか、どうかなっ! それで一緒のものがあれば、そこをきっかけに仲良くなれるし!」



「あー……。それ、もうやりました」




 *


「……」


「……」


 自室でお互いに出された課題を解いているときは、教えあったりしていないと基本的には無言で机に向かうことになる。


「……あれ? ローザさん、もしかして終わった?」


「ぁ、はい。……でもヴェレナさんはまだ終わって居ないんですよね。良いですよ、私待ちますから」


「……あー、うん。ありがとね。でもあと2,3問だし」


 とはいえ、残りは頭を使うものではなく手を動かすだけのそこまで難しくないものばかりだったので、今更切れた集中力を再度入れ直すことも出来ずに、そして再び訪れる沈黙に耐え切れず、私はそのまま声を挙げる。


「……そういえば、さ。ローザさんって『趣味』とかあったりする?」


「ぁ……はい、私のですか?

 趣味か……えっと、何があったかな……うーん……」


「ああ、いや別に地元に居た頃よくやっていたものとかで良いんだけど」


「は、はい。すみません、趣味……と言えるかは分からないですけど。

 レーヴンヴァルト州の魔法使いの小父様方と、たまにやっていたのは……兵棋、ですかね……」




 *


 私が語り終えるとまず声を挙げたのは、質問してきたイダリア先輩だった。


「え? 兵棋って、特別教育でやる兵棋演習のアレのことだよね?」


「ええ、その兵棋ですね。

 ……映写魔法を使って、駒を動かすことで兵の指揮を学ぶ教材のことです」


 私がそう答えれば、一瞬沈黙する先輩方。そうだよね、これ言われたら黙っちゃうよね!


「普通の家に、そんなものあるわけないって……そうか、ローザは知り合いに魔法使いが居るんだったな……」


「もしかして、一概にヴェレナさんだけに意思疎通の問題があったわけではなかった……?」


 ラウラ先輩が1人で納得している横で、いつものポーカーフェイスが若干崩れかかっている程に動揺をしつつあるオーディリア先輩。いや、そこでオーディリア先輩はメンタル揺さぶれるんかい。


 そりゃあ、各家庭にあるわけがない兵棋が趣味になる人なんてそうそう居ない。というか授業で触れただけなので私にとってはただの学習ツールでしかないし。まあ、確かに魔法でホログラムを見せているのとかは面白いな、って思ったけど多分ローザさんの感じだとそういう意見では一致しなさそうだったし!


 そんな私達の様子を見かねたビルギット先輩が口を開く。


「じゃあ、別の案ですが。

 ヴェレナさんは料理が得意なのだから、その辺りで攻めてみたらどうかしら?」


「そうですね……、実はそれも似たようなことはあって……」




 *


「あれ? ローザさん。キッチンに居るなんて珍しいね。

 懐かしいな……魔法青少年学院のときは食堂が男子寄宿舎にしか無かったから、料理当番やってたなあ……」


「……ぁ、中央校でもそうだったんですね? ヴァンジェールの地方校でも友達同士でやってました」


「……へえ。ってことはローザさん料理出来るんだね」


 私はそう言いながらローザさんの手元を覗く。そこには茶色に斑点模様が付いた両手の手のひらでは収まりきらないくらいのサイズの魚が居た。


「えっ……魚?」


「あっ、はい。イダリア先輩に教えてもらったお店で、地元によく居たトラウトが売っていたので買ってきました。

 ……ちょっと私1人じゃ、多すぎるかなって思っていたんで、良かったらヴェレナさんも食べますか?」


「……えっ、あっ、うん。それは願ったりは叶ったりなんだけど……」


 そう話している内も慣れた手つきで結構大き目の魚なのにあっさりと2枚切りにするローザさん。

 そして行儀切りにしていつの間にか料理屋さんで見るような切り身があっさりと完成。


「そう言えば何を作るの?」


「ぁ、はい。マリネです。

 今日食べる分は、これじゃあ浸からないから一口大に切りますか……」


 あれよあれよという間にお刺身のように整えて切られる。美味しそう、いや川魚だから生で食べれないけれど。

 それらに小麦粉をまぶして魔石コンロの下のオーブンを使って火を通す。


 で、調理前から用意していたのか冷蔵装置内に瓶で入っているマリネ液でその切り身と刺身状のお魚を浸ける。何か何時切っていたのか知らない野菜なども一緒に浸けこんで20分程待ったら、完成。


「あ、最後に風味付けで青唐辛子とミントを入れます」


「成程……これは参考になるけど、私は魚捌けないしな……って!!

 ローザさん、青唐辛子入れすぎ入れすぎ! それじゃあ辛くて食べられないって!」


「えっ。地元ではいつもこのくらい入れていたけれど……」


「いやいやいや! 王都の人そんなに辛党じゃないから!」




 *


「ローザさん、料理自体はとてもお上手なんですが……食文化の違いと言いますか、何というか……」


 その話をし終えたときには、何とも王都出身の3人の先輩は渋い顔をしていた。だが、そこから立ち直りが早かったオーディリア先輩が次のように話す。


「……いや。まあ理解できなくはないのですよ。

 確か、唐辛子を使用する料理は商業都市国家群で見られるはずです。確か麺料理にニンニクと共によく使うはずです。

 ラルゴフィーラに旅行へ行った時もそうでしたが、西国の料理は商業都市国家群の影響を受けたものがあったでしょう?」


 観光商店街で買った揚げペイストリーのことかな。

 あれはピザの具材を揚げたパンでくるんだような代物であったが、確か商業都市国家の料理であったはずだ。


 そして地味に深く頷いているのがイダリア先輩。その様子を怪訝に思い尋ねるとこう返ってきた。


「あはは……。私の方は唐辛子を沢山使うってわけでは無かったのだけどね。

 色んな地元の料理に塩を使うことがあって……多分王都の人が食べたら塩辛いと思うんじゃないかな? だから、最初の頃は食堂の料理もオーディリアちゃん達が戯れで作ってくれてた料理も、味が薄いなって思っていたり……ね?」


 結構、国内でも味付けが違ったりするんだなー、ということで本当の意味でのカルチャーギャップを体感。いや、確かに今まで前世世界とこの世界を比較していたけれども、それも所詮王都だけの基準だったということか。同じ国の北部と西部でも、味付け1つでここまで違うとは。



 しかし、結局ビルギット先輩の提案もこういったことがあったので活かせない……というか既に料理で何かアプローチを仕掛けるというのはやってしまった。


 再度振り出しに戻ってしまい途方に暮れている私。


 何と、そこに救いの手を差し伸べる救世主が居たのである。


「しょうがないですね……。

 ……はい。これ、王都の北方にある水族館のパンフレットです。

 ローザさんの空いている日でも伺って一緒に行ってきなさいな」


 そう言ってオーディリア先輩は、自身の荷物から四つ折りにされたパンフレットと、茶封筒を取り出した。


 もしかして、封筒の中にはチケットが2枚入っているということですか!?


 ……やっぱり。流石はオーディリア先輩! 持つべきものは私のことを良く分かっている先輩だということがこれで証明されましたね!



 おそらく、そうした考えが露骨に表情に出ていただろう私は、満面の笑みでオーディリア先輩にお礼を言って封筒とパンフレットを受け取った。


「……受け取りましたね。

 じゃあ、その水族館に行っての感想を魔法教育統括部の総務部に送り返しておいてくださいね。

 細かいことはその封筒の中の書類に書いてありますが、来月の魔法使いの機関紙の記事になるみたいなので、ちゃんと書いておいてくださいね?」



 ――オーディリア先輩に嵌められた!



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