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魔法爵育成学院におけるクラス編成で、様々な優遇措置が取られている『儀仗組』。それをまだ入学前になのにも関わらず、廃止を提言し私に協力を促してきたのはアマルリック王子であり。
ただし聞いていると明言こそはしていないが、他の4クラスと完全に対等にするというわけではなく、名称を変えて平等性を確保したと喧伝し王子として権威だけではなくその名声を確固たるものとするための策謀。
その一端に私も誘われた。
その行動の是非はともかくとして、まずこれを仮に成し遂げられたとして得られるメリットを考える。
分かりやすいところで言えば王子の信任と私個人の立場の確立だが。信用されるというのは大事だが、この王子に限って言えば口八丁手八丁で手駒として活用する可能性がある。……というか、現状がそうかもしれない。
そして後者の立場の確立も、一応政治的に爆弾を抱えている『魔法使いの』女子生徒であることから王子も一定レベルでは配慮していることから現状、そこまで必要としているものではない。
では、もう少し内容に込み入って考える。『儀仗組』という呼び名を廃止する。これによる私のメリットはあるのだろうか。仮に中身を骨抜きにして名目だけという部分を誤魔化し切れたすれば、他のクラス生徒から羨望を受けるとか地方校・外部出身者からの信頼を勝ち取れるとかかな。
ただ問題はまだ入学すらしていない身なので、この他生徒からの羨望や信頼の価値が判定できていないし、そもそも出身校による区分けについても私自身正直先日のローザさんの一件で初めて認識したばかりなので良く分かっていないとしか言いようがない。すなわちメリットと想定される部分がどれだけの恩恵か定量的に判断できていないのだ。
そしてデメリット。まず、これらのメリットが確約されているものではなく。少々俗物的ではあるが、今回王子は取引対価を提示していない。
前回の吟遊詩人面会時には、リベオール総合商会の仇ともいえる過激派組織の精神的指導者について比較的安全に知ることの出来る場を提供する、という明確なメリットが存在した。今回の『儀仗組』制度改革にはそうした部分が存在しないのである。
またメリット面でも話した私の中で問題認識が出来ていないという部分も、どのような反発を生むのか想定できないという意味では、これもデメリットとして働く。
本音を言えば、考えれば考える程に貧乏くじなのだけれども。怖いのはこれを王子からの提示であるということだ。
王家という立場もそうだが。それ以上に、少なくともオーディリア先輩と同等かそれ以上に政治的な立ち回りが出来ていることを既に見せているアマルリック王子が、何故私に対して明確なメリットが存在しない提案をしてきているのか、という部分だ。
私に重大な見落としがあるのか。それとも、そこを織り込み済みで頼む程の差し迫った何かがあるのか。あるいは私が断ることを前提としているのか。……どれも怖いのだけども。
いずれにせよ王子の判断の論拠が全く見えてこない以上、私の現時点での知識では不足するものがあるということだ。
仕方ない、何とかして聞き出すしかないけれど。
「申し訳ありません。色々と愚考してみましたが、王子が今ここでクラス編成の制度改革に動く意図が掴みかねます。おそらく私の与り知らぬ動きが関わっているということですね? ……そこを共有して頂けない限りは返答は何とも」
言い切ると、王子は僅かだが困惑の色をみせる。
……王子にとって私の発言は想定外だった? それとも、何らかのブラフで演技かこれ。
少々言い淀む素振りをみせながら、それでもアマルリック王子はこう紡ぐ。
「いや、すみません。共有するのはどうかと瞬刻迷ったのですけれども、よく考えたらフリサスフィスさんは別に事前知識が全く無いわけでもないですしね。
そうですね、どこから始めましょうか……。ほとんどが魔法使いの上層部の話ですけれども良いですかね?」
いきなり話のスケールが学内から国家組織まで飛んだが、ここに来て退くことも出来ないので短く了承の意を返す。
「では。
……事の発端は、前の魔法大臣、フロドプルト・クロドルフ氏が予備役となり辞職したところからですね」
*
クロドルフ元魔法大臣なら私も知っている。というか、魔法青少年学院時代に卒業論文である『二段階制空論』を書き上げたしばらく後に、学院を訪れてガソリンの所在を尋ねた人物だ。ついでに言うとお父さんの旧友でもあり、今でも私的な繋がりはあるらしいが、こちらは私が直接目撃したというわけではなく、お父さんから話を聞いたくらいだ。
更に私の監視役であったオートバガール魔法準男爵を派遣した張本人。
その人物が、王子の現在の行動に影響を与えている。
「後任の魔法大臣に就いたのは、オスカー・ワルドマ伯爵。魔法使いでありながら現役貴族当主でもある彼は、クロドルフ氏の懐刀でもあったからその就任自体は至極真っ当です。
加えて貴族である、というのも王家や他の高位貴族にとっても都合が良かった」
クロドルフ元魔法大臣が学閥の中心的人物であることは、相当前にオーディリア先輩から聞いていた気がする。
そして魔法使いの学閥というものは、名前だけ見れば魔法爵育成学院や、大学課程の魔法学院卒業者によって構成されていることは分かるが、実態は一枚岩の派閥ではなく、小勢力の乱立状態であるらしいことも。
……まあ、今の中央校・地方校やら、身分制度、そして『儀仗組』と区分けがひどく多いことを考えれば納得なんだけど。そりゃあ一枚岩にもなれないわけで。
ただクロドルフ氏は、そうした諸勢力入り乱れる中、一応学閥を取り纏めていた。これだけでも脅威の手腕だが、その上で彼は前回の魔王侵攻後には旧来の魔法使いと連携して軍縮を断行しているため、旧来の魔法使いとも関係が深い。
……と、ここまで考えれば、王子の話の流れを踏まえると自ずとその後の展開は何となく察しが付くわけで。
「後任のワルドマ伯は、クロドルフ氏の後継として舵取りに失敗した、ということでしょうか」
「……概ねはそうですね。正確には『ワルドマ伯は、そもそもクロドルフ氏の路線を踏襲するつもりが無かった』ということなのですが」
詳しく説明を求めると。
クロドルフ元魔法大臣は、学閥あるいは魔法使いを取り纏めるために自身の派閥関係者を積極的に要職に就け、学閥内の他勢力はその意見を汲み取ったり聞き置くという手段で手綱を握っていた。そしてその権勢を背景として旧来の魔法使いを棚上げさせ権威を高めて実権を手中に収めた。独裁……とまではとても言えないが、それでも主導的立場を確立はしていたのである。
その上での協調関係であった。
これに対してワルドマ伯は、そうした自派閥の影響力を用いなかった。というか使えなかった側面もあるのだろう。クロドルフ氏の手腕は誰しも認めるところであったが、非主流派からは抑圧的に見えたのは疑いようもない。
だからこそ後を継いだとはいえ影響力が減退している中で同じ路線を踏襲できないというのは納得の行く話だ。
ではワルドマ伯が取った手段はなにか。それは勢力均衡策であった。
つまりこれまで学閥内のクロドルフ派で独占していた魔法使い上層部の要職を、魔法使い内部の勢力に応じて均等に分配したのである。魔法使いの人事の最高責任者は魔法大臣だからこそ出来る芸当である。そして、これによりワルドマ伯は各派閥の調停者として君臨することで自身の権力を確立した。
「さて。ここから私の都合なのですが。
まず前提として、魔法使いの教育分野を掌る組織が、魔法教育統括部なのは御存知ですよね?」
それは勉強会で学んだことがある。正確には大学課程の魔法学院だけ魔法教育統括部の管轄外らしいが。そのまま王子に続きを促す。
「その魔法教育統括部で魔法爵育成学院や魔法青少年学院の運営母体となっているのが総務部なのですが。
総務部長に魔法使いの非主流派の一派である片翼党の次期後継者が就任したのですよね」
「……片翼党、ですか?」
「ええ。正式名称、レーヴンヴァルトの片翼党。その次期後継者の魔法使いの名はフルドウィグ・ノーマン。
レーヴンヴァルト州と言えばフリサスフィスさんの寄宿舎での同居人関係ですね?」
うわあ……。ローザさんと繋がる話なのかこれ……。
*
「レーヴンヴァルトの片翼党は、初代棟梁が自身は領主時代からの魔法使いで所謂『旧来の魔法使い』ではあったのですが、同郷出身者を学閥・非学閥に関わらず積極的に補佐官や派閥として組織したものです。
元々同郷という制約がある以上そこまで大きな派閥では無いのですが、故に学閥と旧来の魔法使いの調停者としての役割を期待されて、軍縮時代にそっくり残されて以降影響力が徐々に増していきます。
現在は2代目棟梁が魔法爵位の最高位である魔法大公となっております。ですから、私も2代目棟梁には教育係として幼少期に勉学を師事されたこともあるのですよ?」
そして、魔法教育統括部総務部長に就任したのは、そのまま行けば3代目棟梁になると目されている実質的な派閥後継者。
しかも王子の教育係にまで任命されているのか。魔法使いの直接的なキャリアからは外れるけれども、それでも凡百の名誉職では到底及ばない程の価値があるだろう。
……うん。段々と話が見えてきた。
「そしてレーヴンヴァルト州自体は西方の州ですので、片翼党関係者の多くがラルゴフィーラにあるヴァンジェール魔法青少年学院から進学してくる――つまり、地方校出身者なのですね」
情報を統合すると。
軍縮期に調停者として頭角を現し、棟梁が王子の教育係にまで出世したにも関わらず、クロドルフ氏の下では非主流派であり、魔法使いの卵である学生は地方校出身者ということで中央校出身者からは見下される有様。そして余程優秀でない限りは『儀仗組』に入ることすら叶わない。中央校出身者の多くは『儀仗組』に所属するのに。
さて、そのような状況を目の当たりにしている片翼党の次期後継者ともいわれる人物が、魔法爵育成学院の学院長よりも上位から教育システムに介入できる職に就いた。
……ああ、これは教育制度の抜本的な見直しが行われるやつですね。状況が整い過ぎている。
「レーヴンヴァルト一派としては、ここで中央校出身者への優遇策を取り消し、地方校出身者と横並びにすれば、自派閥だけではなく、他の地方校出身者の学生からも感謝される、と。
……なるほど、中央校出身者の反発を計上に入れておりませんがそこは問題とならないのでしょうか」
「ノーマン総務部長は野心的な方ですので、多少の反発は考慮の上でしょう。
中央校出身者は1学年30名程度。それに対して地方校出身者は各校90名の270名そこそこ。数の戦いに持ち込んでしまえば不利なのは中央校ですからね。
それに、私達はまだ学生です。中央校出身者でも目端の利く者は取り込むという動きをされた時点で一丸となり戦うことすら出来ない。
で、極めつけは私の教育係が片翼党棟梁である点。私自身が表立って反対の立場で動けないことも利用していますよ、彼は」
確かに王子の身分で教育統括部の実務者に対して反旗を翻すとなると、それは最早政治的な動きと見做される。ここにアマルリック王子の教育係の話も加わると、片翼党内部の棟梁と次期棟梁の代理戦争に王子が巻き込まれたという見方が出来る。いや、実際には王子自身がガッツリ介入しているけれど。
問題は、実態ではなくそう見えるという点。近衛兵の中にすら王家への政治的答責を問わないために王子の政治的な動きを好まない者らが居るのだから、それらの勢力は代理戦争に巻き込まれた王子を俗世の醜悪な争いから遠ざけるという名目で権限を制限するくらいのことは考えて動いているのだろう。
だからこそ、王子は基本的には教育統括部総務部長側に表立っては反対しないどころか追認する立場を敢えて取り、内部から制度を骨抜きにするというカウンターに出ようとしていると言う訳で、これが『儀仗組』廃止の是非へと繋がるというわけだ。
これであれば王子が政治力を発揮したのではなく、総務部長の卑劣な策略で王家を篭絡したとヘイトの目は総務部長側に向く。
それも誰も阻害しなかった場合でも、完全に総務部長のフリーハンドにするよりかは王子がある程度コントロール可能という保険付きで。
と、ここまで話した上で、王子は実に爽やかな笑顔でこう尋ねてきた。
「一応これで、『儀仗組』改正のために動いている意図を明かしたつもりですが……。
フリサスフィスさん、あなたも御助力お願いできますでしょうか?」
こうなると、見え方が変わる。
私を巻き込むことで、レーヴンヴァルトの片翼党と魔法使い上層部の政治力学的な問題を、魔法使いにとって新たな風である女子生徒が改革に動いた……という筋書きに書き換えるつもりだ。
それは即ち――人身御供として私の立場を全てひっくるめて政治的な抗争の隠蔽工作に使うということ。
「……いや、ごめんなさい。申し訳ありませんがお断りします」
流石に、この言葉が出たのを誰も咎めることはできないだろう。




