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「あはは! 確かに、私の実家は騎士階級だけれども片田舎のローヴェクセルの騎士なんて、大したことないですよ。私からすれば王都暮らしの都会っ子の方が遥かに羨ましいですけどね」
そんな答えを返す新しい先輩であるイダリア先輩。また、その『王都暮らし』という部分に反応して便乗するかのように追従するローザさん。
色々と気になることはあるけれど。
「ローヴェクセル?」
「あーごめんごめん、ヴェレナちゃん説明不足でしたね。
私の出身の州がローヴェクセルです。北方の州だけど山がちで何にも無いけれどね」
そう故郷を自虐するイダリア先輩。ただし、これに付け加えるように否定する人物が3名。
「……イダリア。ローヴェクセルには鉱山が各地にあって、製鉄工場で栄えてるじゃねーか」
「何なら魔法使いの軍馬の産地である牧場も保有していますよね」
「ラウラとビルギットに更に付け加えると。森の民統一前のローヴェクセルの領主に仕えていた家宰の一族から、我が国の歴代の宰相をも数名輩出しているじゃないですか。ただの田舎では、そうは上手く行きませんわね」
先輩4人の意見を統合すると。ローヴェクセルという場所は、山がちだけれども、いやだからこそ鉱山が豊富で、更に畜産業方面で発達している。
そして宰相とはゲーム内のヴェレナが就任した職でもあり、国王の有する統治の権限を代行して執行できる人物。そこに地元の人間を送り込めるということは、中央に対して政治的な影響力も有していると。北方の州と言えば、我が国最北の州でビルギット先輩とともに飛竜の育成施設を見に行ったオーヴルシュテック州が私の中では印象的だったけれども、他にもそうした州があるんだね。
そしてそんな州の騎士の出であるイダリア先輩。騎士、ということはこの国においては現在爵位を有する貴族が領主であった時代に貴族らに仕えていた直臣だ。
私の家――フリサスフィス家や、ビルギット先輩のところのウィグバーグ家のような騎士に仕える従士とは頭一つ違うわけで。
その辺りを若干含んでイダリア先輩から話を伺っていると、こんな言葉が飛び出してきた。
「うん、騎士とは言ってもねえ。
そりゃあご先祖様は偉いかもだし、お父さんは『騎士爵』を有しているけれどさ。私は平民な訳だし、そんなに変わらないって! ひょっとしたらヴェレナちゃんとかの方が良い暮らししてるかもだよっ」
快活そうに話す先輩の言葉の節々からは若干の影があるものの、当の本人は自分が騎士の家系だとかはあまり気にしていない様子。というか、周囲の人間が詮索してくるから逆にこちらに気を遣っているまで感じる。
まあ実家で馬を飼っていたり、あるいは分家の方々は正規の軍人顔負けの護衛能力を有しているビルギット先輩のところの従士家を知ってしまっている以上、昔の立場だけで言えば格上にあたる騎士であるという事実はイダリア先輩本人やビルギット先輩が気にしなくても周りはそうではなさそうだなあ、と。
そしてビルギット先輩自体は従士階級であったことを強く意識させるような教育を受けてきたイメージがあるだけに、その対極の主張をする騎士家系のイダリア先輩というのは相当に難しいポジションであることは何となく察しが付く。
更に、ここにローザさんの明かした中学校課程の魔法青少年学院区分の『中央校』と『地方校』問題も重なったら……うん。こりゃ面倒すぎる。
男子側はそんな身分やら出身中学やらで、同級生だろうと先輩後輩だろうと対応に気を付けなければいけないとか地獄でしかないね。そういう意味でもこの辺りの問題を取っ払ったオーディリア先輩は正しかったのかもしれない。
更に、もう1個。大分久しぶりに聞いた『騎士爵』という爵位。我が国の統一前の領主には貴族爵位が与えられたので、騎士や一部従士に与えられた爵位が騎士爵。
私の家だと祖父が従士ながらも例外的に叙爵したやつだ。ただし、他の貴族爵位とは異なり世襲は出来ず一代限りで失効する上、統一後は騎士爵を新規で与えたりはしていないので騎士爵保有者は減る一方である。
と、ここまで思い返したときに、イダリア先輩の発言は違和感があることは分かる。
我が国が統一したときに騎士に対して特権身分を保証したのが『騎士爵』であるが。そもそも統一したのってもう50年程昔の話だ。
「イダリア先輩のお父さんが『騎士爵』持ちなのですか?
……年齢計算が合わなくないですか、それ」
一代爵位なのだから、統一した時点の領主に騎士爵に付与されて以降、息子などに継がせることはできない。すると必然的に騎士爵を有する人物ってもう50年はずっと爵位を保有し続けていることになるのだけれども。
そこまで考えると私の1年先輩くらいの子供が居るってのは……うーん。謎が深まる。
「……あはは、それ良く聞かれますね!
私の祖父が領主様の館で近侍していたので、統一期に『現役当主』が騎士爵が配られる情報をいち早く入手して家督を父に譲ったのですよ。
そのとき父は6歳だったみたいで、私はその父の末っ子だからね。
2人兄が居て奴らは既に働いてるし」
……6歳で家督相続し騎士爵を拝領。それならばイダリア先輩が生まれたときの彼女のお父さんはアラフォーと言ったところか。それなら、まあ。まだ話は分かる。
って、イダリア先輩の祖父の情報収集能力と先見の明がちょっとおかしい水準だな。一代限りの爵位である騎士爵をなるべく長期に渡り続けて自家が保有するために家督継承を早めるとは。何というか、オーディリア先輩がめっちゃ好みそうな人物である。
「ぁ、あの……すみません! イダリア先輩のお爺様は領主に仕えていたときに、どのようなお仕事をしていたのですか!」
ここでローザさんから質問が飛ぶ。私は騎士ということで何となく漠然と納得していたが、ローザさんにとってみればその情報だけでは不足だったのか、先輩の祖父の仕事について尋ねた。
「ローザちゃん。お恥ずかしながら……騎士ではあるんだけど、ね?
祖父は文官だったのよね。
財務預り役、それを領主様から賜っておりました」
……あれ? 領主からお金の管理を頼まれるってそれ、すごく信頼されていたってことなのでは……?
*
「……で、ローザさん。改めてだけれどもこれから3年間よろしくね?
ローザさんがここに来る前に伺っていたような中央校と地方校の行き違いみたいなのは男子だけみたいだから、想像と全然違くて戸惑うこともあるかもだけど、これから同じ部屋で過ごすから、仲良くしてくれると嬉しいな」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いします! ヴェレナさん。
……すみません、色々と至らぬところもあって、ご迷惑ばかりお掛けすることになるかと思いますけれど……」
私達2人の歓迎会……というか女子寄宿舎利用者の顔合わせを終え、各自自室へと戻っていった。
……にしても、まだまだローザさんは固い。いや、まあ初日だしこればっかりは時間をかける必要がありそうだけれど。
そう考えると、知り合った初日でポンコツ扱いしてきたルシアって凄いよな。まあ、あの頃は私も随分と脇が甘かったし。
「一応この後私は、大浴場の方に行こうと思っているけれど。ローザさんもお風呂に入っていないのだったら一緒に来る?」
「ぁ、そうですね。ご一緒させていただきます」
その後、準備とお風呂までの道中は女子寄宿舎の構造がヴァンジェール魔法青少年学院でもほぼ大差無いなどの他愛のない話をしながらお風呂へと向かって行った。
「……あれ、ええっと……ヴェレナさん。
その容器はシャンプーですか? ……粉末以外のものは初めて見ました」
先輩方は時間がずれたのか、あるいは既に入っていたのかは分からないが大浴場には居らず、私達2人だけ。
大浴場の中には魔石装置の温水シャワー装置はたくさん並んでいるけれども、2人しか居ないのにわざわざ分かれて使うことも無いので、何となく隣り合ったシャワーを使用する。
すると、ローザさんが私の使っているシャンプーを見て驚きの色をみせる。
私が持ってきたのはボトル容器に入った液体シャンプー。泡立て式のポンプなどは付いておらずキャップ式で液体を直接取り出すタイプなので、手の中でよく泡立たせてから使う必要があるが、まあ前世で使っていたシャンプーに感覚は近い。
「ああ、液体タイプは珍しいかもね。
……これ聖女の国からの輸入品だし。使ってみる?」
問題は液体シャンプーは、存在しないわけでは無いが全く普及していないということ。
この森の民で一般的に流通しているシャンプーは粉末タイプだ。イメージとしては粉末石鹸。ただ一応カリウム石鹸――せっけんシャンプー系統の材料は使っているので、石鹸で髪の毛を洗ってしまったときのようなゴワゴワ感ではないものの粉末なので個人的にはあまり馴染まなかった。だからこそここは、お母さんにも強く主張してシャンプーを探していた。
……まあ、結局見つかったのは、ルシアとその背後のリベオール総合商会と情報網で繋がり、聖女の国関係の情報が手に入るようになった吟遊詩人との面会以後なんだけど。やっぱり大手商会の伝手を使えると段違いにスムーズに探し物が見つかる。
そして聖女の国。かの国が錬金術で進んでいることは聞き及んでいたが、シャンプーみたいな化学系の製品もこの世界では錬金術や魔錬学の学際領域となるため、森の民では存在しないものも手に入る。まあルシア居なきゃ私は買えもしなかった訳だけど。あまりにも手に入らなすぎて自作も考えてみたが、そもそも前世でシャンプーの自作をするほど女子力は高くなかったし、勘と推測で作ったものを自分の髪で試すのってあまりにも怖かったのでチャレンジできなかった。
そんな液体シャンプーに興味津々なローザさんは無言で顔を赤らめて頷く。その様子に一瞬髪も私が洗ってやろうかと考えたけれども、流石に今日初対面な訳だからそこは自重して彼女の手のひらにシャンプーを注いだ。
粉と比べると泡立ちが段違いだからなあ、これ。一回使うとこの世界標準の粉末に戻ることができなくなったけどローザさんはどう感じるのかな。
まあ、それは後で聞いてみよう。今聞くことは他にある。
「あ、そだ。ローザさん。
普段シャンプーを使った後って何か髪の毛のケアってしてる?」
「……えっと、クエン酸を水に溶かして流していますが」
聞きたかったのは、コンディショナーのことだけれども、この世界で『コンディショナー』って商品がちょっと確認できていないので迂遠に尋ねる。『シャンプー』は粉末で売っているものの商品名で付いているから通じるのに不思議だ。
でも、だからといって髪を洗ってそのまま放置、というわけではないことは知っている。まあほとんどお母さん情報だけれども。
そして、ローザさんの言ったクエン酸で洗い流すというのは一般的な手法であるようだ。ってかクエン酸はあるのな。基準がマジで分からん。
まあカリウム石鹸とはいえ、アルカリ性ではあるからそのままだと結構髪がきしむ。前世世界のせっけんシャンプーでも、基本コンディショナーは使うからそりゃそうかという話だけれども。まあクエン酸水溶液というのは中和させる意図なのだろう。けれどヘアケアに向いているかと言われれば、ちょっと良く分からない。
「それなら! お風呂あがった後にも私はちょっと使っているものがあるから試してみる? ……馬油なんだけど」
コンディショナーが見つからなかった私が現段階でたどり着いた到達点が馬油の利用であった。最初はこの世界標準のクエン酸水溶液を私も泣く泣く使っていた。そもそも概念的に存在しないものを探すのは難しい。
ただ転機となったのは私が液体シャンプーを手に入れてから。タイミング的に先輩3人衆も3年生の頃なので知った話ではあったのだけれども、そこで非常に有益な情報と試供品をくれたのがビルギット先輩だった。曰く、精油した馬油はそのまま無添加で髪のケアにも使えるとのことで。
最初はビルギット先輩から分けてもらう形で使っていたが、途中からはクレティの家と連絡を取り、そちらから仕入れるようにした。……想像以上に油って様々なところで使うよね、クレティの偉大さが分かった同時に最初からクレティに聞く機会があれば解決する問題だったという虚無感を抱くこととなった。
ただし髪に使うということで相当高品質の馬油を使っている。……それこそ輸入品である液体シャンプーすら遥かに凌駕する程に。というか、クレティのところって一部の商品は一般販売はしているものの、問屋なので基本的には業者への調達が主流なのに無理を言って高品質馬油を小分けにしてもらっているので、当然これ非売品の上に特注品である。そりゃ値が嵩むわな、とそこは割り切っている。
まあ私が使い始めてからお母さんも私の購入分に混ぜて一緒に購入しているから、そこそこ効果はあるんだろうな、きっと。
そんな実はシャンプーよりも希少なヘアケア、けれどもおそらく液体シャンプーよりかはローザさんにとっては聞き馴染みのある馬油というワードなため価値が逆転していることには気が付いていないだろう、再び首を縦に振ったのであった。
「……やっぱり都会の人ってすごい……。
ぁ、ちなみにヴェレナさん? 石鹸は何を使っていますか」
「あー……、石鹸は実家で使っていたやつを送ってもらっているので、銘柄分からないんですよね」
尊敬された途端に、私の美容知識が付け焼刃なのが露呈する。
体を洗う石鹸については別に特に不満も無かったので、元々その手のスキルが極めて高いお母さんが使っていたものに全幅の信頼を置いていたから、気にも留めていなかった。
私は分からないので予備で持ってきた石鹸の箱をローザさんに見せる。
「……うわっ! 最高級品の『桐箱』石鹸……。
それに石鹸に彫られた弓と矢束と風の紋章――王家御用達品じゃないですか」
……あれ? もしかして実家普段使いの石鹸が一番高価だったりするの!?




