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7-3


 高校課程相当である魔法教育機関、魔法爵育成学院。

 その女子寄宿舎の新しい私室の扉の前には、見覚えの無い子が居た。


 ただし、その初っ端から放たれたセリフと、狼狽というか動揺した様子からシャイというか引っ込み思案そうな女の子だな、という第一印象を受けた。

 言葉尻だけを捕らえれば相当なネガティブ思考だと考えることができるが、色々と状況を加味すると無視できない要素がある。


 まず第一に私の名前を知っているということ。

 今まで初対面時点でお父さんのことを把握している人はかなり居たけれども、彼女の様子は明らかに『私』を知っている……そう感じた。


 そして、自身を田舎者と卑下したということは、私が王都出身であることも把握されている。

 更には、中央校と地方校。これは今まで通っていた中学校課程の魔法青少年学院の区分だ。『魔法青少年学院』の名前を関する中等教育機関は森の民に4つ存在し、王都・ガルフィンガングにある魔法青少年学院のみを中央校と呼び、他の3校を地方校と呼ぶ。王都の魔法青少年学院は少数先鋭だが、地方校は各校ともに中央校の3倍程度の受け入れ人数を誇る。


 と、したときに私が中央校、即ちガルフィンガング魔法青少年学院に通っていたことも把握しているのだ。


 現実的に考えれば、先輩3人衆の誰かから話を伺ったというのが本命だろうが。問題は、その先輩方は私にルームメイトが居ることも、同級生が――多分反応からすると私の同級生だと思うけれども――居ることも明かしていないのよね。年上に私の知らない先輩が居ることしか聞いていない。


 まあ、気になることは多々あるけれども……うん。第一声は決まっている。


「あっ、はい……確かにヴェレナ・フリサスフィスですけれども。……あの、あなたのお名前は?」


「……ぁあっ! すみません、名乗っていませんでしたね、ごめんなさい!

 ヴェレナさんと同じく新一年のローザ・エルミンヒルトと申します……」



 とりあえず同級生の線は確定。……しかし。めっちゃ謝るなこの子。そういう性分なのだろうか。私に対して大分委縮しているようにも思える。……ふむ。


 前者であれば別にそういう性格の子というだけで話は終わるが、問題は私に対して恐れを抱いているときだ。

 つまり、その場合彼女は私について知っている情報の内に、警戒すべき相手であると判断した情報がある、ということだ。そして私はそれを認識していない。


「――って! とりあえずいつまでも扉の前で立ってないで、入って入って……えっとローザさん? でいいかな」


 危うく思考の湖に沈降しかけたけれども、ずっと扉の前で立ちっぱなしで部屋に一向に足を踏み入れようとしない彼女をこちらへと誘う。


 すると、小さく頷きおずおずといった様子で部屋の中に入ってきた。……うん、とりあえず名前呼びで良いみたい。


 ――しかし、これはちょっとやりにくいな。初の魔法使いとしての同級生が完全に私に対して警戒心を有しているというのは想定外だ。

 警戒心を解くか否かは必要に応じてだけれども、とにかく何に対して恐れているのかははっきりさせねばならない。


「じゃあとりあえず……あ。立ち話ってのもあれだから座って話しましょうか。

 まあ座るとは言っても机の椅子しかないけれども、ローザさんは左右どちらの机が良いか希望はある?」


 そう言いつつ私が指差したのは左右の窓の正面に設置された机。いわゆる木製の学習机で部屋の左隅・右隅に設置されている。

 ローザさんとは同室になるのだから、この段階でどちらの机を使用するかついでで決めてしまおうと言うことだ。まあ多分今までの性格からしてどっちでも良いと言うとは思うのだけれど……。


「あっ……私は右側の机が良いです」


 あれ、予想が外れた。いや、まあどっちの机を使うかなんて別に構造が違う訳でも無いからどうでも良いことなんだけれども、何故ここで右側にしたいと断言したのか、その判断基準が気になる。……それくらいは聞いても答えてくれるよな。


「ローザさんが右側ね、オッケー。ちなみに、右側を選んだのって何か理由があったりするの?」


 ローザさんが答えやすいように問いかけは少しだけフランクになるように、けれど踏み込み過ぎないように注意を払いつつ質問を重ねる。


「ぁ……えっと、すみません。

 ……私、左利きなので……」


 左利きと聞いて内心幼少期のことを僅かに思い起こすが、今回はそれは関係ないとそのまま流す。

 しかし、左利きだからか。それが何故と思い、机を再度見ると気が付く。

 机の引き出し部分が足元右側に付いているおかげで椅子は必然的に机の下左半分のスペースに置かれている。そして、机は部屋の角に設置されている関係上、左側の机だと、左手を使って作業をするときに壁が邪魔になるのだ。


 言われてみれば、成程というか、そりゃあ右側の方が良いと言うよなという納得の発言だった。

 そして分かったことが一点。私を怖がっているように見えても、自己主張をする部分ではしっかりとこちらに伝えてきている。


 ただ、まあそれで何が分かったかと問われれば、まだまだ私は彼女のことを全く掴めていない。

 とりあえず椅子に座るように勧めて、同時に私も左側の机から椅子を取り出して、彼女の近くに座る。


「……それで、私は全く身に覚えが無いのですけれども。ローザさんは私のことを知っているのだよね? ……どこかで会ったことあったかな?」


 すると彼女は逡巡、考えを巡らせるように目線が忙しなく揺れ動き、数度口を開いては閉じる所作を繰り返してから、少々早口で話し出した。



「あの、お会いしたというか一度私が一方的に見かけたことがあって! 私はヴァンジェール魔法青少年学院の出身なのですけれども、そのときに……えっと……フリサスフィスさんが、魔法使いの人と先輩方とともに学院の車をお借りしたことがありましたよね……?」


 ……えっと。一度整理しないと分からないな。

 まずヴァンジェール。これは彼女の通っていた地方校の名前だが、同時に州名だ。州都は――ラルゴフィーラ。我が国西方で随一の州である。

 そしてラルゴフィーラと分かれば彼女が私のことを見かけたのが、あの旅行の折だと言うことが芋ずる式に判明する。


 確かに、あの時。商業都市国家群駐在公使不審死事件の際に、ラルゴフィーラから脱出するために先輩とオードバガール魔法準男爵とともに公用車を借りる目的で一瞬ヴァンジェールの魔法青少年学院に立ち寄った。そこを目撃されていたのか。成程。


 ……って、あれ1年生のときのことだから3年も昔のことだよな。ローザさんにとっていつまでも覚えている程印象深い出来事だったのか。一般的に考えれば学校の中に普段見かけない人が居れば、その瞬間は「あれは誰だろう?」と疑問を思うのは自然なことだし、先生方とかから漏れた噂話などから私達の素性を把握することもありえないわけではない。ただしそれを3年経てもなお、覚えているというのは、何か他のバイアスがかかっていない限りありえないことだ。


 現時点で言えることは、ローザさんが私のことを見かけたという話自体には嘘はおそらく無い。ただし、それと私のことを記憶に残すようになったきっかけは別であろう、ということだ。そっちのが重要なのに。


「あっ……私のことはヴェレナで良いよ。私もローザさんのことを名前で呼ぶから、名前で呼んで?」


「ぇ……いや、はい。……じゃあ……あの、ヴェレナさん?」



 ――私を名前呼びにすることを一瞬拒否しようとして、翻して受け入れたように見えたが。いや、それは気のせいだろうか。


「……ん? なに、ローザさん?」


「あ、あの! ヴェレナさんはどうして……。

 どうして地方校・・・出身の私に対して、そのように対等に接しようとするのですか! 郷里のレーヴンヴァルトの魔法使いの小父様方はそんなこと、一言もおっしゃって居なかったのに……」



 重大な認識の齟齬が発覚した瞬間であった。




 *


「ガルフィンガング魔法青少年学院出身。オーディリア・クレメンティーと申します」


「右に同じく。ビルギット・ウィグバーグです。ヴェレナさんはともかく、エルミンヒルトさんはこれからよろしくね?」


「わたくしはラウラ・ワルデブルグですわ。……って、別に同じ女子だから猫被らなくても良いか、ヴェレナ居るし。こっちが素だからよろしく」


「ぁ、ヴァンジェール魔法青少年学院出身のローザ・エルミンヒルトと言います!

 中央校の皆々様にわざわざ名乗って頂くなど……とても畏れ多いことなのに……しかも先輩なのに……」


 ――結論。

 ローザさんが何故こんなに委縮しているのかと言えば、それは彼女本来の気質という面以上に、中央校と地方校の間にある溝が要因であった。

 ローザさんはラルゴフィーラのあるヴァンジェール州の隣にあるレーヴンヴァルト州の出身であったが、同郷の現役魔法使いの方に援助されてこのガルフィンガング魔法爵育成学院へと進学したようである。

 その魔法使いに吹き込まれたのが出身の魔法青少年学院によって学内での力関係が決定されるということ。……まあ言われてみれば、中央校は地方校3校よりも定員が大きく少ない。それに貴族はおろか王族すらも通うのだから否応なしに選民的な思想が生まれるという流れで。


 ――そして。


「男子はともかく、女子では中央校出身の3人がそういった区別をしないと約束をしてくれたからね! 

 ……あっ、申し遅れました! 私はローザちゃんと同じ地方校……とは言ってもオーヴルシュテック魔法青少年学院の方だけれどね。

 で、今はここガルフィンガング魔法爵育成学院の2年のイダリア・アーミンヒルトです、はじめましてローザちゃん! ヴェレナちゃん! ぜひ名前で呼んでくださいね!」


「あっ……同じ地方校なのですね……はい、よろしくお願いします! イダリア先輩」


 先輩3人衆が存在を仄めかしていた、最後の先輩はイダリア先輩と言うらしい。確かに、一見して快活そうな性格の彼女は、3人も言っていたがタイプが違うというのも納得。そして地方校と聞いて露骨に安堵しているローザさん。如何に固定観念の先入観だったとはいえ、中央校の生徒ばかりでは心労も一際であっただろう。その辺の意識が薄れていくまでは、しばらくは彼女のケアはこのイダリア先輩にお任せすることになりそうだ。いや初めての魔法使いの女子同級生だから、私は手放すつもり皆無だけど。


 そのイダリア先輩は早速積極的にローザさんに話しかけている。多分その辺りの感覚は言われずしても理解しているのだろう。


「ねえ、ローザちゃんはヴァンジェール時代に女の子の同級生は居たの?」


「ぁ……はい! 私の他に3名程居りましたが、2人は地元から離れられないと言ってそのままヴァンジェールの魔法爵育成学院分校へと進学しています。もう1人は衛生部志望でしたのでグローアーバンの分校へ行っていますね」



 そんな2人の会話を尻目にしながら、私はオーディリア先輩に問う。


「あの、オーディリア先輩。……仕組み(・・・)ましたか?」


「ええ、多少・・は。当然でしょう。

 それにヴェレナさんは必ず今の状況の方が、好ましいと考える性格……でしょう?」



 そう紡ぎ、実に良い笑顔を浮かべるオーディリア先輩と、私の暗喩した会話の意図を即座に察知し『またこいつらやってやがる』といった露骨に表情をしかめるラウラ先輩、そしてこの手の悪だくみには特に反応を示さないビルギット先輩。


 ともかくオーディリア先輩の反応で確定した。女子において中央校やら地方校やらの区別を男子側から輸入しなかったのはオーディリア先輩の画策によるものだと。

 そうだよな。先輩の目標は旧来の魔法使いと学閥に次ぐ第三勢力である女性魔法使い勢力の樹立なのだから。そもそも数の少ない女子の中で区分けを作るのが派閥形成的に悪手でしかないことは良く分かっている。


 まあ、私としてもローザさんを迫害する意図は全く無い……というかそういった風潮が魔法爵育成学院内部にあったことすら知らなかったのだから、先輩の行動結果を反対するわけがない。……というか、この手のことは私のお父さんはほぼ語らないから先輩方から伺うしかないのだけれども、多分男子にそういった意識があることを意図的に隠していたまで考えられるな。



「あっ、そういえば。ヴェレナさん?」


「ビルギット先輩なんでしょうか?」


「言い忘れていたけれど、イダリアは私達みたいな従士出身ではなく、騎士階級の出自だそうよ」



 えっ……従士と貴族と王族の知り合いは居たが、騎士は初めてだ。

 騎士出身の人が魔法使いを志すというのは、何というか時代の流れを感じるね。

 って、そうかイダリア先輩は時代が時代なら女騎士ってやつなんだ……。久しぶりにファンタジーめいた概念に出会ったねこれは。

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